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 城は広大で、公爵に案内されるままに歩き続けるシェリーは、どこをどう歩いたのか途中でよく分からなくなってきた。シェリーもそれなりに広い屋敷で暮らしてきたし、事実上の使用人としてラグロフ伯爵邸を隅々まで知っているし、名目通りの行儀見習いの貴族令嬢として他家へのお呼ばれに同行することもあったからよその邸宅のことも多少は見知っている。

 だが、ここは桁が違いすぎた。

 そもそものスケール感がおかしいのだ。一つの地域を治めれば領主を名乗れるのに、公爵は三つの地域を治め、しかもそのそれぞれが広大だ。王国の北東部は国土の七分の一くらいを占めるだろうか、それがまるまる公爵の支配下に置かれている。

 北東部は気候が厳しく荒涼たる土地が多く、人が少なくはあるのだが、国防上重要で王国軍が滞在しているし、公爵の私兵ももちろん多く配置されている。

 農業用地の面積は広いが、寒冷な気候ということもあって作物の収穫量はさほどでもなく、畜産業や林業、鉱業が国の平均以上に発達している。

 そして公爵家が独占的にとは言わないまでも群を抜いて優れているのが、幻獣の扱いだ。繁殖、飼育、もちろん売買。上流階級のステータスとも言うべき幻獣、その元締めとも呼べるような存在だから、貴族たちはヘイズ公爵のことを無視できない。たとえ彼がどんなに社交嫌いで、人間嫌いで、偏屈な世捨て人だとしても。

(……とはいっても……嫌い、というのとは少し違うような……)

 公爵はシェリーに、親切とさえ言ってもいいほどに接してくれた。少なくともシェリーが今まで関わってきた誰よりも。……下心を持って近づいてくる人を除いて。

 社交が嫌いなのかどうかは知らないし――とはいえ社交界に出ないのは知っている――、人間が嫌いというよりも遠ざけている感じだし、偏屈な世捨て人という評判も本当かは分からない。変人であるとは思うが。

 公爵はお荷物のシェリーを捨てていかずに、彼の城へと連れ帰ってくれた。三つの地域を統括する公爵家の権威を象徴するかのような、この立派で大きな城へ。

(……廃墟じみているけれど……)

 それでも不衛生な感じはしない。埃や砂は溜まっていても、幻獣の排泄物などは見当たらない。多数の幻獣を住まわせている場所だから、幻獣を躾けるなりしてそうした最低限の衛生には気を配っていそうだ。それにしても何というか、屋内にいるはずなのに外にいるような感じがする。人の手が入っていない、というか。

 人が住んでいる場所に当然あるべき明かりや暖かさのない、幻獣の羽ばたきや足音や気配などに満ちた広い廊下を、公爵は淡々と歩いていく。

「ずいぶん歩くんですね……?」

「普段は鷲獅子などに乗って移動する。外を飛ばせて向かうこともある。あなたがいるから合わせて歩いているだけだ」

「……それは申し訳ありません……」

 特に責めるでもなく、歩調と同じく淡々とした様子で公爵は言った。シェリーは肩を縮めつつ、公爵の浮世離れ度合いがまた一つ明らかになったなどとこっそり考えた。

 家畜でもあるまいし、幻獣に気軽に日常的に乗る人なんて、しかも様々な種類の幻獣にだなんて、「幻獣公爵」くらいしかいない。人を乗せて走ったり飛んだりできる幻獣は少なくないが、気まぐれに人を振り落としたりするし、家畜よりも身体能力が高くて落下が洒落にならないし、よほどの信頼関係があって訓練されているとかでなければ幻獣に乗るのは危険だ。

 シェリーも一応は貴族だし、幻獣を所有する伯爵家で行儀見習いもしていたが、幻獣に乗った経験などいくらもない。まして一般の平民であれば幻獣を見る機会さえ稀だろう。

 さらに歩き、ようやく人の気配を感じる場所に着いた。とはいっても、掃除されて居心地よく整えられている、などといった意味では断じてない。食料があり、お酒があり、紙やら布やらがあり、人が暮らしていける物資があるというだけの場所だ。そうしたものが荷解きもそこそこに積まれている。

「何人かの商人と契約し、幻獣に物資を運ばせている。あなたに必要なものがあったら持って行って構わないし、不足があったら購入するから教えてくれ」

「あ……りがとう、ございます……」

 大貴族の購入品というよりも、なんだか災害救助品のようだ。さすがにシェリーも唖然とした。味がいいとは言い難い携帯用食料をそのまま口にしようとした公爵を見たから分かるのだが、これらの物資はそのまま使われるのだろう。喩えるなら、生のままの野菜を、食べられるからといって調理せずにそのまま食べるようなものだ。もちろんそうした食べ方も時々は楽しいだろうが、少し手間をかけるだけでサラダになるし、火を使うだけでポトフになるのに、文化的な行為の一切を投げ捨てている。

 幻獣というものが、貴族的で退廃的で、言ってみれば非常に文化的なものであるというのに、幻獣公爵はこんなにも正反対の気質をしている。それがおかしくて、シェリーは思わず笑い出した。

「……何だ?」

「いえ、ちょっと面白くて。閣下、よろしければこれらで、何かお作りいたしましょうか」

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