【序章】絶える光 ──その一手が、国の命運を左右する。
朱に染まった地図の上、最後の軍が崩壊する印が刻まれる。
重く沈んだ戦況盤を前に、老いた男の背がさらに小さく見えた。
「……これまでか……」
大陸の覇を夢見た強国も、今は四方を敵に囲まれ、孤立無援。
内政は瓦解し、前線は総崩れ。降伏を口にする臣下も現れ始めていた。
それでも男――この国の“王”は、玉座を降りていない。
代々、戦術と棋道を重んじたこの国が、今や戦場で劣り、盤上でも後れを取っている現実。
「我らも、“人ざるもの”の力に手を染めるべきだったのか?」
その声に応じた一人の士官。
その手には、揺れる黒曜石のペンダントと、起動を待つ“界珠”。
「……時間を越えましょう」
男は頷いた。眼差しには王の気配はなく、一人の“父”としての苦渋があった。
「この国は滅ぶ。それは止められぬやもしれぬ。だが、希望は残せる。あの子だけは、生き延びさせねばならぬ。やがて盤上と戦場の両方でこの世界を変えられる者として」
界珠が蒼白い光を発し始め、時空にわずかな裂け目が生じる。
男は少女を籠に誘い、その胸元にペンダントを忍ばせた。
「行き先までは、さだまりません。」
「それで良い。あの子が自らの意志で、世界を選び取ればよい」
強い風が吹いた。天が裂け、籠ごと少女の姿は光の中へと消えていった。
「さらばだ、我が娘…… ──今のこの国の未来を封じ、願わくば新たな未来を……」
瞬間、界珠は砕け散り、空間は元に戻った。
しんと静まり返った空間で、男はひとつ深く息を吐いた。
「残る者はここで終わる。だが……未来だけは、おまえに託した」