夜10時の電話、再び
再び訪れた、MICOプロダクションの会議室。前回よりも豪華な顔ぶれに、プレゼン前に腰を抜かして不戦敗になりそうだ。
マネージャーの葉山さんその他、スタッフ2名、メンバーからは、ケイタ、ジュン、コウキの3名が揃っている。
それに、今日は和泉さんが不在。私と小山君の2人でなんとかしなきゃ。
「あら、和泉さんは?」
簡単な挨拶を済ませると、葉山さんから質問が入る。小山君は緊張からか、額の汗をふきながら答えた。
「和泉も伺う予定でしたが、急遽、予定が入ってしまいまして」
「急用、ですか」
表情が曇る。うちの仕事より大事な仕事がそちらにあるのか?と、言いたそうだ。曖昧な回答は好まないタイプだろう。
「和泉の息子さんが体調を崩してしまい、今日は伺うことができませんでした」
「お子さん?」
意外そうな表情をした。
「いいじゃん、別に。小山さんと杏菜さんが、しっかり話してくれたら問題ないでしょ」
ケイタが言った。
「早くはじめようよ。ボクたち、この後は歌番組の収録あるしね」
部屋に入ってから、1度も私を見ない。
あの日の夜、あんなに弱々しく泣いていた少年が、今はこんなにも感情を隠し、冷静さを装っている。どちらが本当の顔なんだろう。
しっかりしろ。いまは仕事に集中だ。和泉さんに『絶対決めてくる』と豪語したんだから。
「こちらのサンプルと同じ品質が保てるのであれば、中国と日本、どちらの工場でも構いません」
葉山さんは、試作品のペンライトやアクリルスタンドを手にしながら言うと、小山君がすぐに切り返す。
「品質と納期厳守には自信があります」
和泉さんが不在なため不安はあったが、小山君は思った以上にしっかりと受け答えをしていた。新卒の時の、頼りなかった印象はもうない。
葉山さんは軽く頷く。
「ゲンキライブさんに頼んで良かった。最後にそう思えることを期待しています。どうぞよろしくお願いいたします」
はじめて笑顔を見せた。
「よろしくお願いします!」
私と小山君が同時に立ち上がり、頭を下げた。
「 はは。すごいね。2人とも息ぴったりですね」
ジュンが笑いながら言うと、コウキも頷いた。
「俺たちもそうだけど、何かを作るには、チームワークが大事だからな。ケイタも異論はないだろう?」
「うん、いいんじゃない」
ケイタは面白くなさそうな表情をしている。
「はい!自分は杏菜先輩と一緒に仕事ができて、幸せです!」
「ちょっと、小山君。そういうの、場所をわきまえてちょうだい」
さっきまでのピリついた空気から一転し、会議室は和やかな雰囲気に変わっていた。ただ、1人を除いて。
ケイタが小山君に視線を向けた。その瞳はガラスのように色が無い、冷たさを感じさせた。
その後 少しだけ雑談をして事務所を後にした。
みなさんにエレベーター前まで見送ってもらう。ひとり仏頂面の顔をしていたケイタは、 最後まで、私を見ることはなかった。
◆◆◆
最終プレゼンを終え、大成功の報告を会社に持ち帰った。
みんなが大喜びだった。社長が隣のスーパーで人数分のビールを買ってきて、仕事を中断してお祝いをした。
和泉さんにも電話で報告をするととても喜んでくれた。お子さんの体調も良くなったそうで一安心だ。
この数日の疲労からか、みんな酒の回りが早かったようだ。ほろ酔いで早々に仕事を切り上げて帰って行った。
「杏菜さん、まだ帰らないんですか?」
「報告書を書いたら帰るので、気にせず先に上がってください」
残業していた経理の方を見送ると、社内には私だけになった。
久しぶりに軽い足取りで家に帰れそうだ。
さあ帰ろう。そう思った時だ。
またしても、会社の代表電話が鳴る。
まさかね。いや、でも、きっとそうだろう。 電話に出ずに 帰るという選択肢もあるが……。
「 お電話ありがとうございます。ゲンキライブ企画です」
『……杏ちゃん』
「ケイタ?」
頭の中では、圭太君なのかケイタなのか。
『杏ちゃん、助けて』
「どうしたの?泣いてるの?」
声が震えていた。それは、あの日聞いた怯えた少年の声に思えた。
『この前のお店にいるから、来てよ』
「六本木のお店?」
『会いたいんだ。杏ちゃんに。会いたくて、会えないと、死んじゃいそうだよ』