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簡単なお仕事です

電話で指示されたお店は、六本木にある会員制のbarだった。



店名をネットで検索したけど、あまり情報が無かった。



見るからに高級そうな、セレブ感たっぷりな店の前。やっぱり引き返そうとしたときに、中から怖そうな黒服が出てきた。入口にカメラが付いてるのだろう。



「加賀様ですね。伺っております。こちらへどうぞ」



ケイタに言われた通り、黒服に会社の名刺を見せて名乗ると、すぐに中へ入るよう促された。



仕方ない、覚悟を決めるか。



ガラス張りの暗い廊下を進む。

バーテンダーがシェイカーを振っているカウンターを横目に奥に入っていく。


やばい店だったらどうしよう。嫌なニュースばかりが頭を過る。



セキュリティカードで開くドアの先は、個室なのかいくつかのドアが並んでいる。



「こちらです」



1番奥のドアの前、黒服がノックをする。



ドアが開くと同時に、流行りの曲が大音量で流れてくる。廊下には静かなジャズが流れていたので、部屋の遮音性は抜群らしい。


黒を基調とした室内は薄暗く、毛足の長い絨毯が敷かれている。


ベッドみたいな大きなカウチソファが2組。そこに座っていた数名の男女が一斉にこちらを見ている。


カラオケを楽しんでいたらしい。dulcis〈ドゥルキス〉の最新曲のイントロが流れはじめた。



「やっほーー。待ってたよ、杏奈ちゃん」



ケイタはリモコンで音を止めると、笑顔で駆け寄って来た。


その笑顔だけ見れば、まるで仔犬がしっぽを振っているように見えなくもない。犬種に例えるなら、ゴールデンレトリバーか、いや、ポメラニアンでもいい。



「ごめんね、夜遅くに急に呼び出して。でも来てくれて嬉しいよ」



腰に手を回されて、部屋の中へと促された。



「悪いけど、みんなさっさと帰って。今夜の主役が来てくれたから」



手をひらひらとさせる。声のトーンは低くはないのに、なんだか冷たく聞こえる。



男性たちはケイタに軽く声をかけながら部屋を出ていくが、女性たちはハッキリと私に敵意を向け、顔面に「邪魔者め」と書いている。


その1人、どこかで見たことのある顔だと思ったら、この前見た「胸キュン」ケイタ初主演の映画のヒロインだ。キレイな子だと思ったけど、すごい、キツそう。



プライベートでもケイタと仲良いんだな。そういえば、共演者キラーとか週刊誌に書かれてたような?



「杏奈ちゃん、何飲む?今さっきシャンパン開けたばっかりなんだ」



ケイタは私をソファーに座らせると、ガラス棚から、フルートグラスを取り出した。テーブルに置かれたワインクーラーの中に高そうなボトルが冷えている。



「電話でも伺いましたが、仕事のお話ってなんでしょうか?」


「まぁ、いいじゃん。とりあえず飲もうよ」



ケイタは片手でボトルを持つと、シャンパンをグラスに注ぐ。黄金色に小さな泡が美しく輝いた。


その慣れた手つきに違和感を感じる。ボトルの持ち方、注ぎ方は、付き合いで何度か行ったホストクラブで見たものとよく似ている。



「ケイタさん、ホストの経験でもありますか?」



「よくわかるね。事務所に入る前だから、まだ10代の頃に少しだけね。でも、あんまり言わないでね。未成年で飲酒したとかなんとか、言われちゃうからさ。事実かどうかなんて関係ないから」


「ホスト時代は、かなり売れっ子だったんでしょうね」


「まぁ、それなりかな。はい、どうぞ」



グラスを受けとる。


ケイタは私の隣に座ったが、肩が触れるくらいの近さのため、少しだけお尻を動かし位置をずらすよう移動させる。



「大丈夫だよ、変な薬は入ってないから」


「この状況でそれは、冗談でも笑えませんね」


「そうだね、じゃあ、乾杯」


「はぁ」



多少のお酒には負けない自信がある。仕事のための接待や飲み会は散々経験してきたから。


とりあえず、一杯だけはいただこう。



ゴクリ。



「……おいしい」



最近は仕事が忙しく、お酒を楽しむ余裕もなかった。



「よかった。何か食べる?お腹空いてるんじゃない?遅くまでおつかれさま」



確かにお腹は空いた。お昼もコンビニのサンドイッチだけだった。



「この前、会った時より疲れた顔してるね。仕事忙しいの?」


「おかげさまで。クライアントの前で言うのもなんですが、この仕事が決まるかどうかでみんな必死ですから」


「それは大変だ」


「他人事みたいに言いますね。ケイタさんにとっても大事なライブグッズですよね。この前はあまり発言されなかったので、メンバーの方から直接ご意見や要望を聞けると思って来ました」



せっかく本人を目の前にしているのだから、情報ゲットをして会社に持ち帰らないと。



「うーーん。特にないかな」


「ない?」


「うん。なんでもいいよ、杏菜ちゃんに任せる」


「でも、ケイタさんが今回のグッズをメイン考えるって、葉山さんがおっしゃってましたよね」



ライブの演出や構成、衣装、グッズは、できる限りメンバーが考えていると聞いた。今までは年長組のアラタやコウキが主導で行っていたが、今回はケイタにやらせたいと。



「僕はみんなと違って、途中からグループに加入したからね。下積みの経験もないまま、パッと出てデビューしたから、古参のファンには好かれていないんだよね。だから、そういうファンへの好感度アップのために、形式上はそういうことにしたいの、事務所の方針で」



事前情報としては確認済みだ。ダンス経験もなく、渋谷でスカウトされてすぐデビューが決まったらしい。



「僕にとっては、正直なんでもいいんだけど」



ふいにグラスを奪われる。グラスを2つ並べてテーブルに置くと、



「この後、お相手してくれるなら、僕からゲンキライブさんに決定するって、葉山のお姉さんに伝えてあげるよ」


「え、ちょっと!」



ソファに押し倒されたと気付いたのは、鏡張りの天井に、自分の姿が映ったからだ。



「あーーあ。よりによってジーンズ、それもスキニーか。杏菜ちゃん、足が細いから似合うけど、脱がしづらいから、次はスカートで来てね。さっとできて楽だから」



なにが、さっとできるって?



「期待して来たんじゃないの?」


「何のお話ですか?冗談でも笑えません」


「笑わせようなんて思ってないよ」



私の両手首をしっかりとつかみ、ケイタは言った。



「大人しく抱かれたら、お仕事が決まるなんて簡単でいいしょう」

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