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離婚しました

帰宅したら、寝室で夫と知らない女が真っ最中だった。



思わず乾いた笑いが込み上げた。


彼は不快そうに顔をしかめたが、怒っても仕方ない。人はどうしようもない時、思わず笑ってしまうものらしい。



「なんだよ、なにがおかしい」



血は繋がらないのに戸籍上は家族。目の前で素っ裸に正座する夫に、私は尋ねる。


「だって、笑うしかないじゃない」



血は繋がらないのに戸籍上は家族である男が、ベッドの上、素っ裸で正座をしている。おかしいなんてもんじゃない。



「だって、笑うしかないじゃない」



正解があるなら教えて欲しい。



「あの、その、すみません」



毛布で胸を隠した女が口ごもる。



「浮気?不倫?どう違うのかも分からないし、どっちでも構わないけどね」



床に落ちていたレース下着を拾い、女の頭にふわりと乗せてあげた。



「夫婦の話があるので、今すぐ消えてくれる?」




 ◆◆◆




「禁煙はやめたの?」



勤務先のビルの屋上で一服をしていると、後ろから声がかかった。



「タバコ、やめるのやめました」


「ふぅん。妊活は?」


「それもやめました」



まだ休憩時間はある。


もう1本吸ってから仕事に戻ろう。もう、誰に遠慮もしなくていい。電子タバコの加熱ボタンを押した。



「それは良かった。杏菜に産休取られたら、仕事が回らないからね」


「和泉さん。それ、ハラスメントですよ」


「優秀な人材だと認めてるんだ。素直に受け入れて欲しいもんだな」


「離婚しました」


「いつ?」


「先週、離婚届けを出しました。さっき、人事には報告しました」



職場ではずっと旧姓である『加賀杏菜』として勤務していたから、周りに離婚したことを説明する手間が省けた。



2人が吐いた紫煙は、晴れた空に溶けて行った。いい天気だ。太陽の日差しが眩しくて辛い。



「やけ酒なら付き合うよ」


「禁酒したんじゃなかったですか?」


「やめるのをやめたんだよ」



なるほど、何でも無理してもいいことなんてないか。



「悪かったね」


「はい?」


「仕事で無理をさせ過ぎたことが、原因だろう」



視線を伏せる和泉さん。そう、多忙が原因だと言えたら良かった。



「自分が反省していることを、部下にまで経験させたとなれば、親御さんにも面目ないな」



40代になる和泉さんは離婚歴がある。


小学生の息子さんは、前のだんな様が育てている。男性顔負けの仕事ができる女だが、時折、寂しそうな顔もしている。



「確かに毎日遅くまで仕事をして、スレ違いがありました。でも、浮気されて離婚になった原因は、仕事じゃないと思っています」


「そうなのか?」



私の勤め先は、ライブグッズの企画会社だ。


ペンライトやアクリルスタンドなどのデザインから、製造管理、自社ECサイトでの販売まで手掛けている。


社員30名程度の小さな会社。よく言えばアットホーム、悪く言えば無法地帯だ。限りなくグレーな環境。


肩書きはチーフデザイナー。大手からのおこぼれ仕事や、最近ではパチンコ店のPOP作成、住宅展示場のノボリなども作っている。業界特有なのか、夜型な生活になりがちだ。



「彼はごく普通のホワイト企業だし、元々、考えも合わなかったんですよね」



自分の好きなことを仕事にしている、クリエイター気質と、いわゆる会社勤めのサラリーマンでは、仕事に対するモチベーションはまったく違う。



その違いを軽視したまま、結婚生活をはじめてしまった結果がこれだ。



「価値観の違い、でしょうか」


「なるほどな」



2年ほど前、友人が主催した合コンという名の飲み会で元夫に会った。大手企業、高学歴、顔はそこそこだが178㎝という高身長がイケメン風な雰囲気を演出していた。



意気投合してお酒の勢いでその日のうちにホテルに行った。身体の相性が良かったこともあり、付き合ってわずか半年で結婚。



30才という節目を目前に焦りがあり、また友人の結婚ラッシュに後押しされての結婚だった。



「和泉さーーん!」



屋上の扉が開くと、営業の小山君がやって来た。



「杏菜さんもいるならちょうど良かった!聞いてください。ビッグニュースです!」


「小山君、くだらない話なら怒るよ。私、いま離婚したばかりでオセンチモードなんだから」


「え、離婚?それは、僕にとったら仕事なんかより大事なニュースでチャンスです!詳しく教えてください」


「おい小山、上司の前でよく言えるな」



和泉さんの肩書きはクリエイティブディレクター。私の所属する企画と営業チームのボス。



「いいからニュースとやらを教えて」



さらにもう1本吸おうとした。



「あの、人気アイドルのdulcis〈ドゥルキス〉のコンサートグッズ、作成依頼が来てます!」


「あ?」


「なんですって?」



火のついていないタバコをくわえ、和泉さんがポカンとしている。



「嘘でしょう」



こんな小さな会社に、なんでそんな大きな案件が?




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