プロローグ
人気アイドル×30才バツイチの恋愛物語です
〈登場人物〉
相模圭太(23)
dulcis〈ドゥルキス〉最年少メンバー。明るく元気な天然キャラ。バラエティー番組で活躍中。
加賀杏菜(30)
ライブグッズ企画会社のデザイナー。結婚記念日の直前に浮気され離婚したばかりのバツイチ。サバザバした姉御肌タイプ。愛煙家
※本作品や関連作品はアルファポリスでも公開しています
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/411579529
「帰っちゃやだ」
――ああ、またこのパターンか。この甘い罠に引っかかってしまう。
年下の甘えん坊な彼は、子供みたいに駄々をこねる。
くせっ毛なのかパーマなのか、ゆるふわな金髪。白く透明感のある肌、まるでギリシャ彫刻みたいな裸体でベッドに寝そべっている。
たとえ裸だろうと、人に見られることには慣れているのだろう。自分に自信があると、羞恥心なんてなくなるのかな。
「朝まで一緒にいてよ」
相変わらずワガママな彼は、いつだって、自分の欲求を素直に言葉にする。
「ケイタ、今日が何曜日か知ってる?」
日曜日の23時。明日のためにも早く帰らないと、朝が辛いだけだ。
満員電車に揺られ出社して、大量のメールから必要なものだけをピックアップして返信。これだけで午前の時間は過ぎる。
月曜日の朝を想像すると、どんなに好きな職種でも、憂鬱な気分になる。
まぁ、会社勤めをしたことのないアイドルには、分からない感覚なのかしら。土日も平日も関係ない仕事だから。
床に散らばった下着を拾い、手早く身に付ける。あれ、服はリビングだったかな。
「杏ちゃん」
「なぁに?」
「ボクのこと嫌いになったの?」
「え、どうしてそんなこと聞くのよ」
仔犬が怒られたときのような、大きな黒目がこちらを見ている。私は下着姿のままベットに腰かけると、ケイタの髪にそっと触れる。
「さっき、杏ちゃんが『いや』って言うこと、ずっと、何度もボクがしたから、怒ってるのかと思って」
「それは……」
なんと返せばいいか分からず、ただ少し前まで、ここであった出来事の数々を思い返してしまい、耳まで赤くなってしまう。
「いやだったわけじゃ、ないよ」
「ほんとに?」
「うん」
「気持ちよかった?」
「うん」
「もう1回したいくらい?」
「うん……、え、コラ!」
後ろから抱き締められた。
せっかく身に付けたばかりの、ブラジャーのホックを外された。しかも、口でだ。なんて、しつけのなっていない犬なのか。
「しようよ、もっと」
引き寄せられて、そのままベッドへ引きずり込まれた。
「今でないと、もう終電に間に合わないから」
「タクシーで帰ればいいよ。なんで電車にこだわるかな」
答えは『給与日前だから』ですが?
口には出さないけど、そのへんの金銭感覚の違いもなんとかならないだろうか。
「明日の朝、ボクがタクシー呼んであげるから」
「ここから会社に出勤しろってこと?無理だよ」
泊まるつもりで来ていないから、服も化粧品も、替えの下着も、何より仕事道具のノートパソコンがない。
パソコン持たずに出勤したら、刀も持たずに戦場に行くのと同じだ。
「だから、一緒に住もうって、何度も言ってるのに」
イタズラな手は、巧みに私の弱いところに触れて、だんだんと思考回路を狭めてくる。
「ちょっと、ケイタ」
さっき、何度も指で弄ばれたばかり。
「また濡れてるよ」
「ん、やっ、やだ」
「やだ?本当の本当に?どつちのやだなの?」
身体はなんて正直なんだろう。
少し前まで枯れていた心と身体が、ケイタに愛され満たされると、すぐに泉のように彼を欲しがる。
「杏ちゃん、お願い。帰らないで」
私の鼻に自分の鼻をスリスリさせる。本当に犬みたいだ。
「杏菜」
不意に真面目な表情。普段は子供っぽいくせに。
ケイタの指が私の唇に触れ、そして口腔の中へ入り込む。答えを急かすように舌先をなぞった。
「もう、わかった。朝まで一緒にいよう」
本当は、私だって帰りたいわけではない。
帰らないという答えに満足したのか、安堵したのか……。ケイタが私の奥に入ってきた。
春のドームツアーでは、3都市6公演で約19万人を動員した、人気アイドルグループ、dulcis〈ドゥルキス〉の最年少。ファンには末っ子アイドルと可愛がられている、ケイタだ。
どれだけの女の子に、キャーキャー言われているのだろう。
「杏ちゃん」
それなのに、アラサーでバツイチの私のどこがいいのか。
「大好きだよ」
遠退く理性の中で、甘い言葉を何度と聞いただろうか。