悪魔というだけで婚約破棄!? 種族で判断しないでください!!
「すまない……イブ。君とは結婚できなくなった」
私、イブ・ラインズは、この国の王子であるアルディ・シュラインさまと二年交際し、ついには結婚することになっていました──。
しかし、結果はご覧の有り様。彼の部屋に呼び出され、二人きりになったところで目の前で婚約を破棄されることになったのです。
「そんなっ、どうして!?」
「どうしてもこうしてもない。キミは隠していたんだ。自分が悪魔だという、とてつもない事実をね!」
「──っ!」
私と婚約を結んでいた彼は、そう言って紙と羽根のようなものを突き出してきました。
「これは、君の部屋にあったもの。この羽根は明らかに鳥のものではないね。鳥の羽根は、この紙に描かれているように毛が両側に生えているが、この羽根は片側にしかない。これはれっきとした悪魔の特徴さ」
「──っ!」
たしかに、私は悪魔です。しかし、誰かを傷つけるために力を振りかざすことはしません。
「え、ええ、そうですわ。私は悪魔──ですが、悪魔というのは先入観を持たれがちなので、いつか明かす心づもりでした──」
「ならばもっと早く言うことだったな! 悪魔などというものは忌み嫌われるもの。『悪魔の証明』が済んだいま、貴様など『汚らわしい悪魔』でしかないっ!」
食い気味に罵られ、心がバキッと折れる音がしました。泣きたくもなりましたが、両目をギュッとつぶることでその感情を押し殺しました。
「──そうだな、仮にも婚約相手だったんだ。新たな妻を紹介しよう」
アルディはそう言うと、扉の外から女を一人呼び出しました。
「この女性が新しい王女、シルフだ」
「こんにちは〜、かつての婚約者さん? わたくしがアルディさまの王女、シルフ・アルベよ。よろしく、ね。もう会うことはないかもしれないけれど。アルディさまとは出会って二ヶ月になるわ」
──浮気もしていたの、ですか。怒りと悲しみで混乱が止まりません。しかし、それを表に出すのは負けたような感じがするので、なんとか感情を押し込めます。
「そ、そうですか。私はイブ・ラインズです──。たしかに会うことはなさそうですね。失礼いたします……!」
私は吐き捨てるようにそう言ってから部屋を後にしました。ムカつく。それどころでは済まされません。先程まで我慢していた涙がボロボロと零れてきます。情けない。あんな男だったなんて。
色々な負の感情が巻き起こりますが、ふと脳裏に考えがよぎりました。いや、あの女、なにかある。第一、二年も付き合っていた相手に、二ヶ月程度で付き合っていた女が勝つだなんてことがあるとは思えません。なにか細工があるはずです。私は城の中にとどまり、シルフの動きを探りました。
城にとどまるのは容易ではありません。なんせ、私は本来追い出されている立場なのだから。しかし、私も伊達に二年間も付き合っていないのです。城の構造はかなり把握しています。ゆえに、人がほとんど訪れないような場所も知っているのです。その分ホコリを被っていますが、復讐をするためならそんなことを気にしてはいられません。しかも、悪魔は自らの気配を消せるのです。あくまで『気配』だけなので、触れられでもしたらバレてしまうのですが。
◇ ◇ ◇
彼女が怪しい動きをしたのは、別れを告げられたその日からでした。彼女は従者たちに着替えを選んでもらっていました。彼女はやや傲慢な態度でメイドに接しています。
「この服、なんだか色が良くないわね。別のものを用意してくださるかしら」
メイドはその声に合わせ、いろいろな服を持ってきました。シルフは不満を顕にしながら、呆れたような表情を見せます。そして、従者に服を脱がせては着させを繰り返し、不平不満を垂れました。しかし、従者が靴に手を伸ばした時、突如として態度を変え、従者の手を掴みました。
「うっ、うふふ。靴は自室で履き替えますわ。なのでお気になさらず」
──間違いない。悪魔の勘が言っています。シルフという女は、私以上に生きている悪魔です。アルディと結婚するまで至ったカラクリは、一部の悪魔に使える『魅了』能力でしょう。そうやってアルディを魅了し、結婚しようとまで言わせた。私は別れを告げられたときに受け取った羽根を眺めながら、大きくため息をつきました。すると、私はひとつの重大な事実に気づいたのです。
──この羽根、私のものじゃない。私の羽根は、外側先端の部分が丸くなっています。しかし、証拠として出された羽根は、その部分が非常に鋭利です。もしや、この羽根……。
◇ ◇ ◇
私はシルフの部屋の隣の部屋に潜伏し、ティーカップを用いて聞き耳を立てました。しばらく成果はありませんでした。が、突如としてシルフが愚痴をこぼす時間が訪れました。
「はぁ〜あ。王妃の座を得るのも簡単じゃないわね。あの悪魔が結婚する寸前まで至れるのだから、私にもチャンスがあるなと思っていたけれど──。まさかここまで上手くいくとはね」
彼女は私が悪魔であることを知っていたんだ──! そして、『イブの部屋から取ったもの』として自らの羽根をアルディに渡し、別れる口実すらも作っていた、と考えれば辻褄があう……!
「ま、三日後の結婚式さえ行えば、あとは安泰の生涯が確定しますわ……あははは!」
三日後……!? そんなに早く式を上げるの……!? 私はその日まで城に留まれることを祈りました。
◇ ◇ ◇
無事……という言葉を使うのが正しいのかは分かりませんが、ついに結婚式の日が訪れました。飲まず食わず、という訳ではなかったのですが、食べれる量などたかが知れているので、ひどい飢えに襲われてしまいました。しかし、今日の結婚式でシルフの悪行を証明することが出来れば……。晴れて復讐の完成です。
日が高く昇りだすと、城は一気にお祭りムードになりました。しかし、それは城外の民衆たちだけで、城内の従者たちは忙しなく動いてます。私は会場である大広間の近くまで向かい、物陰に隠れてました。その先では、シルフとアルディが準備を進めているようでした。
「──ふふっ、綺麗だよ、シルフ」
「アルディさまも素敵ですわ」
適当な言葉を並べている──。そんな怒りの感情は一旦置いておき、そのまま様子を伺います。
「あんた」
突然従者に肩を叩かれ、ビクッと身体が跳ねました。
「追い出されたんじゃないのかい? 参列者はここには入れないよ」
高圧的に話され、少し困ってしまいました。なんとかここを切り抜ける方法を考えなくては──!
「ご、ごめんなさい!」
私はそう言って、悪魔の力で従者を眠らせました。心苦しいですが、これも復讐の完成のためには仕方がないことです。死ぬことはないので、ただ人手が減って大変になるだけ──と言っては失礼かもしれませんが、それ以上に苦しむことはありません。
すると、ギィィィッと扉が開く音がして、拍手が大きく聞こえてきました。私は控えの部屋へと入り、誰もいないことを確認しました。
残念なことに、式は順調に進んでしまいました。しかも、普通に進むだけならまだしも、かつての婚約者であった私を『二年も騙した悪魔』などと罵る場面すらありました。そして、そのまま式は進み、誓いのキスをする場面まで至りました。ここしかない。そう思いました。
「病める時も健やかなる時も、永遠に愛することを誓いますか?」
「誓いま──」
「ちょっと待ったぁぁーー!」
「なっ!? 悪魔がなぜここに!?」
「いえ、その女こそ、私以上に生を維持する大悪魔なのです!」
私が花嫁に指をさすと、彼女は大きく顔を歪めました。
「な、なんですって!? あなた、もう一度おっしゃいなさい!!」
「何度だって申し上げます! そこの女、シルフ・アルベは悪魔です!!」
「証拠もなしにグチグチと適当なことばかり並べてっ……! 小癪よ! あなた!!」
「証拠ならございます! あなたの体にね!!」
「っ!?」
「悪魔というものは、かかとがないのです。私の足をご覧下さい。このように、かかとの部分だけがへこんでおります。さあ、人間なら足を見せられるでしょう?見せてください!」
「──っ!?」
「ま、待て、イブ。公衆の面前だ。今は靴を脱ぎたくないという事情もあるかもしれないじゃないか」
「ならば別の証拠がございます!」
私はそう言って二つの羽根を取り出しました。
「これらをご覧下さい! 右のものが私が悪魔だと断定されたときに提出されたもの、そして左のものが私の羽根です!」
「それがどうしたっていうの!?」
「私の羽根の外側は丸くなっております! しかし、この羽根は鋭利になっている! すなわち、私の婚約破棄は誰かによって仕組まれたもの……! そして、それを狙うのは……新たな婚約者であるあなたしかいない!」
「デタラメなことを……! 第一、それがあなたのものだという証拠すらないじゃないの!」
「ならば、私の羽をいま毟ったって構いません! どうせ悪魔なのだと吹聴されているのなら……いまさら隠すこともありません!」
さすがにここまで言われると、アルディもシルフが悪魔でないことを証明してやりたくなってきた様子です。アルディはシルフに耳打ちします。
「すまない、シルフ。私だけで構わない。かかとを見せてくれないか……?」
「だ、ダメです……!」
「いや、これはきみのためだから……!」
そう言ってアルディはシルフのかかとを見た。聴衆はアルディに問いかける。
「かかとはあったのかよ!?」
「あ、あぁ、ありましたよ。ありましたとも」
「じゃあ見せられるだろ!! 見せろ!!」
聴衆がザワつきだす。この様子にアルディの父、国王も黙ってはいられなかった。
「まさか、婚約した女が二連続で悪魔とは……アルディ、お前は女を見る目がないのではないか? 違うというのなら、彼女のかかとを国民に見せてやりなさい」
「ち、父上! 見せてやりたいのもやまやまなのですが、シルフが恥ずかしがるものですからっ」
「もう既にそれで済まされる状況でないことは分かっているだろう? まさか、本当に見る目がないのか?」
「いえ──ぐぅ、た、たしかにかかとはありませんでした……! しかし、見る目がないということはないのです! 現に、イブは悪魔の中でも優秀な悪魔です! ほ、ほら、彼女自身が証明してくれたではありませんか、ね?」
そう言ってアルディはこちらをチラチラと見てくる。しかし、私の腹の虫は居所が悪いままだ。
「優秀、だなんて。以前はあんなに罵倒してきたではありませんか」
「ち、違う! あの時は先入観があって、まともな思考回路じゃなかったんだよ!」
「──なにを仰られたところで、今の私には響きません。『汚らわしい悪魔』なんでしょう? 私は。ならば、そこにいる『綺麗な悪魔』とお幸せに。億が一撚りを戻すことがあったとしても、残念ながらそれは今ではありませんわ」
「──い、いや……」
「『悪魔の証明』が完成した今、あなたのやることはその女と『シアワセ』になることです。では、私はこれで失礼いたします」
私はそう言い捨てて城を後にしました。従者に手荒な真似をしたのは申し訳ないと思います。しかし、短絡的に物事を進めたのはあちらの方です。もしかしたら、アルディのあの行動はシルフの魅了によるものだったのかもしれません。しかし、それを弁明するのは彼女とのケリをつけてからでしょう。それまでは口を聞くこともありません。したくないのです。
さて、何をしましょうか。別にやりたいことがあるわけではありません。ですが、後悔なんてありません。いつか明かさなければいけない事でしたもの。結局その時に責められていたのなら、イヤな気持ちになるのが先送りになっていただけ。むしろ、この選択は正しいものだったとしか思えません。
悪魔の羽……自分の種族は好ましいものではないです。しかし、私に力を与えてくれるものであるというのも事実。私は羽を広げ、大空へ飛び立ちました。
なんだか、今日の空は澄んでいるように思えます。勘違いかもしれないが、それでも良い。私の心が晴れやかなら、それで良いのです。
あの二人の行く先は、どうなるのでしょう?今ごろ、聴衆に責められているのでしょうね。
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