バフッ
後日談です。
「……ん? どうした?」
犬を抱えた『三下野郎』はプラシーヌに抱えられている『男姫サマ』に声をかける。彼は何かを探すようにキョロキョロと首を動かしてハウスを見回している。
「いや、騎士のよう「っバカ! しーっ」……あ、えっと、あーの人のっ、姿が見当たらないからどこかなって思って……」
禁句を言おうとした『男姫サマ』の口を抑えようとしたがプラシーヌに抱えられているために叶わず、あたふたするしか出来なかった。けれども頭のいい友は機敏に気づき、察してくれた。
『男姫サマ』はプラシーヌの頭をポンポン叩き……何度かバシバシ叩いてようやく降ろしてもらえた。それから内緒話をするように顔を寄せ合う。
「彼女はずっとあそこにいるぞ」
「…………かの、じょ?」
小さく指差した場所はハウスの中央だった。加えて、聞き間違いかと首を傾げる。
「ほら、今王様を膝枕してる」
「……は」
「お前、目ぇ大丈夫か? ……あ、そっか。ずっと隠してたって言ってたっけか。お前が探してる人な、女性だよ」
「は…………はぁあああもがっ」
「バッカここで大声出すな!」
今度こそ彼の口を塞ぐ。叱りながら後ろを窺い、大丈夫そうな様子にホッと息を吐く。いくら客人といえどハウスのルールは適用されるだろう。もしかしたらハウスの立ち入り禁止を言いつけられるかもしれない。それは俺が困ると『三下野郎』。
ポンポンと優しく叩かれて、口を押さえた手を離す。冷静さを取り戻した彼だが、視線はなおも中央に向いている。
「あの人が……?」
「うん」
「あの胸おっきい」
「うん?」
「色っぽい人が」
「う、ん……?」
「え、めっちゃ美人。本当に妖精じゃん」
キュンっと口元を手で覆う。両拳を合わせて顎に沿わすように口元を覆う。乙女のような顔をする。
「…………」
「あー、だからか……」
汚物を見るような目を向ける『三下野郎』を後目にエリートな彼は色々納得したと言うように頷く。
そりゃあ粗暴な男どもの中に女性が入れば癒しになるわ。読みやすい綺麗な字も、細かい気遣いも、特に女性に優しいのも、本人の性別が女性だと分かれば当然と思える。
「で、どうすんの?」
手紙には国王城に戻ってきて欲しい旨が綴られていた。今回の主目的は違うが、本人がいるのなら話さない理由がない。『三下野郎』は彼女なら話を振られても断ると断言出来るが、それでも決めるのは本人の意思だ。仮に彼女が国王城に戻ると言うのなら涙を飲んで見送るつもりだ。
「いや、やめとくよ。今の姿を見てなお戻ってきて欲しいだなんて野暮ってもんだ。とても幸せそうだ」
「そうだな」
眩しそうに目を細めて、彼女らを見る。
二人の視線の先には魔王様が沈んでおり、それを『田舎婆』がおかしそうに笑っているのが見える。
…………うん、幸せそうだ。深く考えてはいけない。楽しい=幸せだろ?
「あーあ、俺も魔王城に乗り換えようかな」
「おっ、来る? いいよ来いよ。俺と一緒に犬に埋もれようぜ!」
「いや俺そんな犬好きじゃないし……」
「安心しろ。俺もだ」
「あっ、やっぱり?」
うんうんと『三下野郎』は深く頷く。ハウスでする話ではないのだが、みんなと遠く離れてるし誰も聞いてないと思ってるので遠慮がない。
彼は忘れてる。上司が地獄耳だということを。ちゃっかりしっかり会話を聞かれ、視線を向けられていることにも二人は気づいてない。
「――ねぇ」
「「ひッ?!?!」」
突然声をかけられて、二人の口から悲鳴が漏れた。ぎぎぎっと重厚なドアを開くようなゆぅっくりなスピードで『三下野郎』は振り返る。
誰か、なんて見なくても分かる。その特徴的な声を聞き間違えることはない。けれど、それでも、心の中で願った。違う人であってくれと。絶望的だと分かっていても願いたくなった。だってタイミングが良すぎる。絶対、今の会話を聞かれた。
振り返った先に居るのは案の定、魔王様だった。
「ま、魔王様っ……あの、そのですね。犬が好きじゃないってのは言葉のあやでして……」
「ああ、うん。それはいいよ。大丈夫」
「へ?」
「それくらい、見てれば分かるよ。君の好き嫌いがどうであれ、仕事は丁寧だし、イッヌを大切に扱ってくれてる。それだけで十分だよ」
「あ、ハイ」
思わぬ評価に拍子抜けする。
少し考えれば分かることだ。とても察しのいい魔王様が気づかないわけがないということを。それでも何も言ってこなかったのは、それでもいいと思っているから。彼の基準は犬が好きか嫌いかではない。大切に接するかどうかだ。
話は済んだと『襟巻小僧』はクルッと『男姫サマ』を見る。視線を向けられた彼は少し怖気付く。何を言われるのだろうかと、とても不安である。過去、何度か魔王城には足を踏み入れてるし、彼とは言葉を交わしたこともある。それでも相手は魔王だ。それだけで緊張するには十分過ぎる理由だ。
何を言われてもいいように心の準備をする。一言一句逃すまいと聴覚に集中し、顔には汗が流れる。ゴクリと生唾を飲む。
「ぜひ、ワンダ=ランドで働いて欲しい!」
「……え?」
両手を握って懇願された。思いがけず、勧誘された。さっきまでの緊張を返して欲しい。一気に気が抜けて、なんとも言えない気持ちになる。
「その心は」
「プラシーヌが居る」
「……はあ」
理由の補助付けをした『三下野郎』はだろうな、と呆れた目で魔王様を見る。もう切り替えている。やはり彼はメンタルが強い。
プラシーヌが『男姫サマ』に懐いているのは誰の目でも明らかだ。それはそれは、羨ましいを通り越して憐れむぐらいだ。見る分にはいい……いや、他人でも恥ずかしいわ。大の大人が等身大のぬいぐるみに抱えられるってナニソレ。
しかし、プラシーヌの作製者である『襟巻小僧』は違う。妬ましいの気持ちでいっぱいだ。彼はプラシーヌを愛している。その理由は単純で、犬の姿をしているから。彼は犬なら見境なく好きになる。犬の姿をしていれば好感を持つ程の犬好きだ。そこまでいけば不純ではないかと思うが、まあ魔王だから。
『男姫サマ』とプラシーヌはもうセットだ。だから、『男姫サマ』を魔王城に置けば自然とプラシーヌも魔王城に居続けると、そういう魂胆で勧誘している。
「う……あーでも、ぅぬーん。俺は彼女みたいに簡単に抜けれるような役職じゃないからなー」
これでも『男姫サマ』は国王城の要職に就いているエリートだ。一般騎士の『犬人間』とはワケが違う。今回の逃避行は強引にもぎ取った故の強行手段だ。おいそれと巫山戯ていられないのだ。エリートツライ。
「それなら交換する?」
「誰を……あっ、指名していいですか?」
この時、『襟巻小僧』と『三下野郎』の思いは重なった。二人とも『首輪野郎』を差し出すつもりだ。だって、彼は仕事しないから。古参だからそのまま置いているけど、このままの様子なら考えざるをえない。働かざる者食うべからずだ。そうでなくとも性格が無理。
「え、彼?」
「大丈夫大丈夫。要は使い方だから。それに、抜けるならその後のことなんか考えなくていいじゃん」
話を進めていく『三下野郎』はもう入れ替える気満々だった。これでようやくお守りが終わると分かれば清々しい解放感が身に寄せる。
「いーやいやいや、さすがにそれは酷くね? 国王城は……そりゃ過激派はクソだけど、それ以外の人は普通だから。割食うのいつも普通の人だから、申し訳がないよ」
「優しいのな」
「全員クソならとっくに辞めてる」
鼻で笑って言葉を吐き捨てる。やはり類友だった。
「そっか。残念だけど無理強いするつもりはないよ。気が変わったらいつでもおいで。歓迎するから」
「ありがとうございます魔王様」
頭を下げた彼の前には、もう魔王様の姿はいなかった。
「プラシーヌ、君はずーっとここにいても」
ぷいっ
アプローチの相手を変えた『襟巻小僧』は、しかしすげなくあしらわれた。ガガーンと手と膝をつく魔王。そんな彼を気にもしないプラシーヌはぎゅっと『男姫サマ』に抱き着く。話が終わったならもう良いよねと言うように抱き締める。
「うーわ」
魔物に執着をされている友の姿を見た『三下野郎』は引いていた。可哀想に……と哀れむ目で見つめていた。魔物って意思ないよな? 中に人が入ってない? と頭の隅で思考がチラつくが全体的には引いていた。
じーっと友を見つめる『男姫サマ』の目は助けを求めていた。無言で視線だけで助けを求めていた。
哀愁混じりの瞳を受けた友はニッと笑んで、無情にも見捨てた。目が合ったのに、意図を察したのに、面倒いと見捨てやがった。
「裏切り者ぉーおうわぁあっ……」
涙の雄叫びはぬいぐるみの中に埋もれて消えた。
プラシーヌに捕まった彼はもうダメだ。ゴメン……と心の中で友に謝る『三下野郎』には遺憾の意が少しはある。けれども触らぬ愛に怨みなしだ。潔く諦めろとまさに他人事であった。
* * *
ガチャリとドアを開ける。ヨタヨタと力無く肩を落としている彼の後ろでドアが閉じる。バタンっとドアが音を立てて閉まると、その人はのそりと重そうに頭を上げる。
「う、うぅ……うーっ!」
誰にもぶつけられない気持ちを唸って逃がす。頭を振って地団駄を踏む。その姿は正しく見た目に合っていた。『襟巻小僧』は執務室で一人、平和的に感情を爆発させる。
「プラシーヌぅ……」
うっうっと涙ぐむ。悲しい、寂しい、羨ましい。けれどこの気持ちは表には出せなかった。プラシーヌの気持ちを尊重したいから、制限させたくないから、自分が我慢するのが一番の解決策だから。諦めたくはないけど、希望は無いに等しいことは分かっている。
「もう一回、作ろうかな……」
二体目のプラシーヌを作ろうと考える。けれども、新しい子も『男姫サマ』に行かれると今度こそ耐えられる気がしない。有り得そうな未来に葛藤する。
「――……みんな、今日はパーティーを開こう。まずはおめかしからだね」
頭を抱えて唸っていた彼は突然糸が切れたかのように手をだらんと下げる。一本の糸だけで吊るされているような力の無さ。それが一転して、顔を上げた彼の表情は明るかった。
執務室に居るぬいぐるみを隣の部屋に持っていき、着替えさせる。執務室にいた四体分だけでなく、隣室にいるぬいぐるみも全てだ。それから執務室も着飾って、ぬいぐるみを移動させる。
「よし、準備は完璧だね。さあ、パーティーを始めよう!」
一際大きく、一際明るい声で言う。満面の笑みで声を弾ませる。けれどもここには自分以外の人間はいない。ここには自分以外の声はない。それでも彼は明るく振る舞う。
傍から見れば寂しく虚しい一人芝居だ。現実逃避の一種、子供返りしているように見えるだろう。それともそういう趣味なのかと気色悪く思うだろうか。
だが、彼は真剣だ。現実逃避でもストレス発散でも、理由はなんであれ関係ない。子供っぽいとか、気色悪いとか、それは他人の価値観だ。誰も迷惑かけていないし、そもそもここには一人しかいないのだから放っておけ。
一体一体順番にぎゅっと抱き締める。名前を呼んで、話し掛けて、楽しそうに笑う。
傍から見れば微笑ましい光景だろう。子供が大きいぬいぐるみで楽しそうに遊んでるのだから。けれども彼は……いや、それは野暮というもの。
『襟巻小僧』は幸せだ。今この時確かに幸せを感じている。
その様子を一対の視線が追っていた。
「わう?」
何も分かっていないような声で、何も考えていないと分かる顔で、ぶさは首を傾げた。
ぶさの行動経路
アキが寝ちゃった。撫でてくれない。遊び足りない。あっ、ゴハンがどこか行く。遊んでー。←イマココ