ワオーン
「ごめんなさいっ!!」
ハウスの中央で『襟巻小僧』は土下座する。ハウスにいるため声は抑えてるが、本気で謝っていることが伝わってくる。
彼の前にいるのは『犬人間』だ。そして彼女の膝の上にはアキの頭が乗っている。所謂膝枕だ。さらに仰向けで横たわるアキの腹の上にはぶさが乗っている。
なんだこの状況。
ハウスに入った『男姫サマ』は目の前の光景に唖然とする。しかしその彼もプラシーヌに抱っこされているのでお前が言うな、であるが。
ちなみに、今は片手抱っこだ。横抱きは全力で拒否した。その折衷案が片手抱っこだった。それでも恥ずかしいのは変わらない。どちらもお姫様抱っこであることには変わりない。
さて、現在ハウス内は今までで一番混沌としている。なんせほぼ全員が集合し、思い思いの行動をしているから。
中央はさっき言った通りアキとアキ親衛隊が占拠している。一つ情報をつけ加えると『犬人間』の横に『肉弾野郎』が座っている。その間には小さなテーブルがあり、一口サイズのお菓子が盛ってある。
そこから少し離れた二箇所にそれぞれ男が倒れている。片方は『首輪野郎』だ。犬の好きな匂いを発する魔法を延長でかけられたために今なお襲われ中だ。もう片方は『クズ男女』だ。定期検診の時間だが始める前に眠ってしまった。その彼を覆うように犬たちがくっついて眠っている。天然の犬の毛布だ。もふもふと体重と体温で温かさ三倍。
匂いと睡魔の二つの魅了に惑わされなかった犬の世話を『三下野郎』が担う。右から左へ行ったり来たりと一人だけ忙しそうに動いている。
その上空をふわふわと旋回しているのは二人の女、『はね女』と『和女郎』だ。背中に羽を背負って空を舞う。
情報量がスゴイ。もう……スゴイ。
エリートである『男姫サマ』でもこの状況は理解し難いものだった。一言にまとめるとスゴイ。稚拙な感想だが、それしか出なかった。
もう一度言うが、お前が言うな、である。
プラシーヌは抱き上げた彼を優しくギュッと抱き締める。ふわふわなぬいぐるみを押し付けられている彼の思考は停止している。視覚情報の処理が追いつかなかったのか、考えることをやめてしまったのか、とにかく彼は現実逃避した。
今ハウスに居ないのは『田舎婆』だけだ。その彼女は何をしているのかと言うと……
「まあまあ、随分と立派になられましたね」
「あっ! た、助けてくれー!!」
サンノメに来ていた。正確には『パリピ爺』に会いに来ていた。
『襟巻小僧』にこってりと搾られた『パリピ爺』だが未だ罰は継続していた。今の彼はサンノメで火炙りの刑に処されている。磔にされて、土台部分には焚き火がメラメラと燃えている。野外暖炉だ、暖かい。
もちろんちゃんと死ねないように冷却している。その手段はユキダルマの雪塊と少々手荒だが。焚き火を囲んで雪塊が飛び交う。集中砲火だ、楽しそう。
熱いと冷た痛いがずっと続いてはさすがの『パリピ爺』の毛が生えた心臓でも参っていた。それはもう泣くほどだ。
「おほほ、もちろんお断りします。それでは楽しみが無くなってしまうではありませんか」
笑顔で願いをぶった斬る。清々しいほどの一刀両断だが、足蹴にして踏み潰すような残酷さを孕んでいる。
「へ……?」
「確かにここに来た目的はあなたに会うためであり助力するためです。ですが……助ける相手は愚者ではなく賢い魔物の方でしてね」
ニッコリと笑う彼女の手には雪玉が握られていた。『田舎婆』はユキダルマの手助けとしてサンノメに来た。つまり、『パリピ爺』にとっては敵だ。
この的当てに遠慮はいらない。魔王となる者は生半可な攻撃では死なないし、死ねない。魔力の鎧があるからだ。だからこそ、鬱憤晴らしのサンドバッグにはちょうどいい。しかもこの魔王は意地が悪い。それも超がつくほど。だからこそ、サンドバッグにするにはこれ以上ないほどピッタリの人物なのだ。
雪玉も雪塊も所詮ふわふわの雪を固めて作った球体だ。殺傷能力は期待できない。重厚な鎧を纏う魔王には嫌がらせの範疇から出ない。そう、例え投球速度が物凄く速くて岩に穴が空くほどの威力があっても、嫌がらせでしかないのだ。
さて、焦点をハウスに戻そう。
「ごめんなさい。謝っても許されることではないけど、それでも謝らせてほしい。本当にごめんなさい」
「いい」
「ちがっ、違うんだ。ボクが、ボクのせいであなたが選ばれた。それなのにボクはっ」
「やかましい。怒ってないし、どうでもいい」
謝り続ける『襟巻小僧』の言葉をアキは気怠そうにぶった斬る。アキは目を閉じたまま手慰みする。片方の手は腹に乗ったぶさを撫で、もう片方の手は『犬人間』の手をにぎにぎしている。
アキの好きにさせている『犬人間』だが内心は大荒れだった。嬉しいやら申し訳ないやら幸せやら気恥しいやら。
なんでこうなってるのか、順を追って話そう。
まず『襟巻小僧』がサンノメに現れた理由は二つある。一つはぶさの行動。徐々に慣らしていると言っても未だにぶさはハウスの中を自分で動くことはできない。他犬がいるからだ。ハウスに行く前に医務室に寄って『クズ男女』に診てもらおうとしたが門前払いされたので時間を置くことにした。
結果を言えばぶさには『右腕』のように『パリピ爺』の意思が混入されていた。タイミングはアキがプラシーヌに構っている時だ。森に潜んでいた彼はたまたまその時近くにいて、悪戯に監視の目をつけただけ。当人は『右腕』の代わりとしか考えていない。
馴染ませようと動かしていたのが悪目に出た。彼はぶさを知らなかった。煩いのが常であることも、他犬を怖がることも知らなかった。今は無事に抜かせたので元通りだ。
そして二つ目は『男姫サマ』の話だ。
国王城で行われた召喚の儀式。それによって救世主がこの世界にやってきた。そして、その儀式の主導者が大賢者と呼ばれる男だった。
この世界には極稀に異なる世界のモノが落ちてくることがある。それは道具だったり、生物だったり、建造物だったりと様々だ。ある日突然、前触れもなくそれは落ちてくる。だから誰も把握できない。偶然見つけてもそれが異なる世界のモノだと判断できない場合だってある。
それ故に『襟巻小僧』はアキを落ちてきた人間だと認識していた。国王城で保護されて何も知らされずに過激派の巻き添えを食ったのだと。
だが違った。アキは故意にこの世界に連れてこられた被害者だ。大賢者が先代魔王だということはすぐに気がついた。召喚魔法は転移魔法と同系統の魔法だ。これらの扱いは難しく、魔王クラスの使い手でないとまず発動しない。それに、これらの魔法原理が書かれた書物は魔王城にしか存在しないはずだ。
召喚と転移の違いは対象を選択するかだ。
例えば、転移は『首輪野郎』を彼が居る自室からハウスに飛ばすという対象者の選択、対象者の現在地、着地点の三つを定める必要がある。
それに引き換え召喚だと誰かハウスに来てという大まかな人選の枠組みを設定するだけで召喚者の前に呼べるのだ。上記であれば魔王城の使用人の誰かがランダムで選ばれて召喚される結果になる。
難易度は転移の方が高い。必要な魔力量も転移の方が多い。
さて、では問題は大賢者がどういう人選を設定したのかということになる。国王が頼んだ魔王を倒せる強い人を設定することは彼の性格上ありえない。彼が目をつけているのは後釜を任せた現魔王様だ。ワンダ=ランドなんて面白いことをしている彼に何か一石投じたくなった。そこで閃いたのが魔王様の好みな人物という人選設定だった。それで選ばれたのがアキだった。
『襟巻小僧』がアキに一目惚れするのは当然の帰結だ。そうなるように仕込まれたと言っても過言ではない。そこまで察した『襟巻小僧』は自分に責があると感じている。それで土下座しているということだ。
加えて今回の襲撃だ。過激派に不穏な動きがあることを事前に知っていたというのに、易々とアキを危険に晒してしまった。相手に先代魔王がいるのは想定外だったとは言え、軽く捉え過ぎていた。国王城の過激派にアキのトラウマ相手だっているのにだ。スケート靴とプラシーヌに気を取られて、終いにはぶさの様子に意識が向いた。つまりはタイミングが悪かった。それでも言い訳を連ねず自分の責任とするのは彼の美徳とも言えよう。
今回の襲撃事件、作戦名「救世主奪還作戦」は失敗に終わった。要である三人はサンノメで散った。大賢者は言わずもがな帰らぬ人となり、王族の二人は急速冷凍され氷像となって橋の上に待機している騎士たちの元に返却された。もちろん二人とも生きているし、氷も分厚いためとても時間がかかるが解凍される。これに懲りてくれればいいが、望みは極めて小さいと予測されるため、目下対処策を考案中だ。
「わーぁ、楽しいっ! 見てみてー、あたし空飛んでるよ!」
「すっげー……」
「これはねレッドブルの毛皮を使ってるの。レッドブルは耐久性に優れてるんだけど伸縮性がないのが難点でね。一般的なブルよりその特徴が覿面に現れてるのね。ブル素材はベルトに使われるのが主なのは知ってるよね。レッドブルはそれすらも合わない素材よ。硬すぎるからね。けど今回はそれが功を奏したの。体に沿った作りだから専用になっちゃうのは残念だけど、その分壊れる心配はないわ。部分魔物化はそれ以外に負荷がかかって……」
「あ、もう結構です」
「完全に魔物化する線も考えたんだけど、やっぱり飛ぶなら自分の意思で飛びたいじゃない。それでもレッドブルは厚みがあるし重さがあるの。軽量化するにしても面積が少ないと人間側に負荷がかかるからその兼ね合いは難しかったわ。それとやっぱり見た目は重要よね。機能性重視なんてつまらないわ。どうせならうんと可愛くないと。でもリュックって飾り応えがないのよね。しかもレッドブルじゃあ強いのよ。存在感があって加工もしずらくてとにかく……」
「あっ、止まらないヤツだ。うわーめんどくせぇー」
空を飛ぶ『はね女』への賞賛とも取れる呟きに反応した彼女は急転回急降下して『男姫サマ』の目の前に降り立つ。着地と同時にリュックについて語り始めた。さらには断ったのに聞き入れずに語りが続く。一度熱が入ると満足するまで止まらない。しかも早口だから聞かせる気はないようだ。
語りが止まらない『はね女』はそれでもプレゼンはしっかりしている。『男姫サマ』の目を見て、商品を指し示しながら説明する。しかし、傍観者の状態についてはなおざりのようだ。
そして、いつの間にか『和女郎』は外に出て文字通り羽を伸ばしていた。自由だ。自分勝手が過ぎるだろう。
『和女郎』とすれ違うようにハウスに入ってきたのは『田舎婆』だ。彼女はハウス内を見渡して標的を見つけた。それは中央を陣取る土下座とティーパーティーだった。トットットッとそこに近寄り、土下座する『襟巻小僧』の背中の上に腰を下ろす。そこは特等席だった。頬を赤らめる『犬人間』と膝枕でゆったりするアキを見物するにはちょうどいい場所と高さだった。
「あ、あのっ! お、王様……その、おおお手をっ!」
「んー?」
ずうっとにぎにぎされて、嬉しいけど手汗とかが気になってきた『犬人間』は暗に終了を持ちかける。けれどもアキは何を思ったのか、彼女の手を自分の頬に添わせる。そして頭を僅かに動かしてその手に擦り付ける。猫がスリスリするように、甘えるような仕草。擬似撫でに『犬人間』の顔が真っ赤に火照る。
「でっ、デレてるぅ。可愛いぃ!!」
「まぁぁあ、愛らしいわぁ」
真正面から堂々と見入る二人からハートが飛ぶ。きゃいきゃいと吐息のような声量で盛り上がる。
「お、おお、っ王様……」
「ん、もう少し」
甘えるような声で続きを強請る。『犬人間』はピクっと手を僅かに引いた後、恐る恐るアキの頬を撫でる。すると、気持ちよさそうな小さな笑い声が漏れ聞こえる。
『犬人間』からはアキの表情は見えない。けれども前で悶えている二人の様子から間違ってはないようだ。
実際に王様の顔が見えなくて良かったかもしれない。だって今でも心臓が限界に近いから。
急なアキのデレに『犬人間』はタジタジだ。彼女は彼女で、最近まで人との接触を避けていたから、余計に緊張している。剣だこがある筋張った掌と同じようにカチカチだ。
なぜアキがこうなっているのかと言うと、『バラ女』のせいだ。一度は限界を迎えそうになった彼女は、壊れはしなかったが精神的ストレスを多大に受けた。その結果、少し退行してしまった。元々の精神年齢が低いからそう変わってないんじゃ……とか言わない。
実際には避けたい存在に会う前までの状態に戻っている。実年齢で言えば小学生ぐらいだろうか。遊び盛りの純粋無垢な少女。まだ人間不信になる前の頃。だから、人との距離感が近いし、仕草が子供っぽい。
それでも魔王城の記憶は失ってはいない。みんなのことは覚えてるし、地球のことだって覚えてる。ただ、避けたい存在の記憶だけがごっそり欠落していた。
「王様、元の世界に帰りたいですか?」
不意に『田舎婆』が真剣な声で問う。下で喚こうとする『襟巻小僧』の動きを封じる。
希望を持たせるべきではない。元の世界に戻る手段など存在しないのだから。問うた彼女もそれは知っている。けれども聞かないわけにはいかなかった。それがどれだけ無情だろうと、うやむやにしてはいけない問題だから。
うーん、とホンの少し考えてからアキは口を開く。
「いい。家族がいるし、楽しいから。とても幸せだ」
穏やかな声で答える。それは本心から出た言葉だった。地球に心残りはない。家族はぶさだけだったし、そのぶさもここにいる。地球でやりたいことは特にないし、この世界で不便だと思ったこともない。それ以上に、遊んで暮らせる魔王城での暮らしの方が魅力的だった。地球に帰れと言われても難色を示すぐらいには、今の環境をとても気に入っていた。
「〜〜っ、ボクもあなたに会えて良かった。不謹慎だけど、とても嬉しい。あなたが好きです。大好きです。ボクと結婚してください」
アキの言葉に感極まった『襟巻小僧』が上に乗ってる『田舎婆』を押し退けて前に寄る。『犬人間』の手を握ってる方の手を優しく取って包むとまっすぐ告白する。顔を横に倒したアキはようやく目を開いて『襟巻小僧』の目を見る。
「結婚は、嫌」
――『終』
『犬人間』の膝枕、巨乳につき視界には胸しか映らない。