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ウーウー

「ひいぃぃぃやぁぁああああああ」


 魔王城の裏口に着いたアキは中に入ろうとドアに手を伸ばす。だが開ける前に中から悲鳴が聞こえて伸ばした手がピクリと止まる。ドタドタと慌ただしく廊下を駆け走ってるような音がだんだんと大きくなる。


 アキは嫌な予感がしてスッとドアから離れると時間経たずしてドアが盛大な音を立てて開け放たれた。それと同時に『三下野郎』が飛び出す。


「っ! どっか行けどっか行けどっか行け……!」


 出てすぐに振り返り、ドアが開かないように全身で体重を掛けて押さえる。青ざめた顔でギュッと目を瞑り、祈るように小さく早口で呟く。


 酷い状態だった。青ざめた顔には脂汗が浮かび、体には切り傷があり、血が滲んでいる。ゼェハァと荒い息を吐き肩を上下させている。生死を脅かされ逃げてきたような雰囲気がある。


 アキもぶさもぬいぐるみも『男姫サマ』も、静かに彼を見つめる。ただ、彼を心配そうに見ている者はただの一人しかいなかった。それはアキ……ではなく見ず知らぬの男である『男姫サマ』だった。アキは何してんだコイツと白い視線を送っている。ぶさは何も分かっていない様子なのはお察しの通りだが珍しく静かにしている。ぬいぐるみは……未だに一言も発してない。何を考えているのかも分からない。ぬいぐるみなので表情は変わらないし、考える頭があるのかも不明だ。視線は、彼を見ているような気はする。


 ちぐはぐな複数の視線に晒されているとは気づいていないのはギュッと強く目を瞑っているからだろう。バックンバックンと頭に響く心臓の音を煩く思いながらも頑張って息を潜める。耳を立ててドアの向こう、魔王城内の音を拾おうとしている。


「…………お、おい……大丈夫か?」


 その時、前の方から人の声が聞こえて大袈裟なほど驚いた様子を見せた。ビックンと跳ねるように体が反応し、声を掛けた側が恐怖を感じるほどの酷い顔が勢い良く面を上げた。それはもうホラー映像のようだった。


 それを真正面から受けた『男姫サマ』はひぃっと喉が引き攣ったような悲鳴を漏らした。叫ぶに至らなかったのは、ぬいぐるみが彼の口を塞いだからだ。

 未だにお姫様抱っこは継続しているので手は塞がっている。となれば残る可動部は頭しかない。押しつけられた布の中に悲鳴は埋もれて消えた。


 そしてもう一人、悲鳴を上げそうになった男がいた。何を隠そう『三下野郎』である。心臓が飛び出るのではないかというぐらいめちゃくちゃ吃驚した。驚き過ぎて声が出なかっただけだ。さっきまでも十分大きかった心臓の音がさらに大きくなったように感じる。限界を超えた気分だ。とても嬉しくない。

 耳は痛いし、頭痛もしてきて顔を顰める。視界が一瞬真っ白になったし、今もぼやけている。何だか頭がグワングワンする。


 立っていられなくて、ズルズルと体が落ちる。へにゃっと尻もちつくと上体が倒れ、体を支えるために地面に手をつく。極度の緊張状態から強い外部からの刺激で失神しそうになっていた。はっはっと短く息を吐き、十分に空気を吸えない呼吸困難に陥っていた。ぽたぽたと異常な量の汗が滴り落ちる。とても危険な状態だった。


「ぶさっ?! …………あ」


 突然ぶさが走り出した。ボケっと突っ立っていたアキはちゃんとリードを握っていなかったために滑り抜ける。まっすぐ『三下野郎』の元に駆けていったぶさは、懐に入って飛び跳ねた。


 アキは思わず声を漏らした。だって、ぶさが『三下野郎』の顎を下から突き上げた(アッパーした)のだ。それはもう鬼畜の所業だ。どう考えたらそんな酷いことをできるのか。何も考えていないんだろうな。(ぶさ)だし。


「ぃ……つー。あえ? 王様?」


 だが痛みによって奇跡的に現実に戻ってこれた『三下野郎』は顎を押さえて下を見下ろす。そこにぶさ(犬の王)がいて首を傾げる。まさかのショック療法(物理)だった。けれどもそれが功を奏し状態が安定した。下手すればぽっくりお亡くなりということも十分にありえる。まさに奇跡と言えよう。


「え、えーっと……っ?!」


 正常に戻った彼は現状を把握しようと顔を上げ、辺りを見渡す。その折に目撃してしまった。


 もふもふとしたのが抱えている人にキスしているところを。


 言葉が出なかった。頭の中には疑問符(はてな)が次々と浮かび上がり埋め尽くされた。人は理解に苦しむ光景を目の当たりにすると言葉を失うらしい。処理が追いつかない。けれども新たな驚きによってさっきまでの色々(こと)が頭から抜け落ちた。


 何あれ。え、キス? キスしてるよね? 情熱的〜っじゃなくて、え、見せつけられてる? じゃない、違う。いや分からないけど、違ってて欲しい。てか、なに、ぬいぐるみ!? は? いや……はぁ?!?!


 絶賛混乱(パニック)中の彼は頭の中にぐるぐると思考(ツッコミ)が飛び交っている。本体は口をパクパク開閉させるだけで言葉は発してない。


 こ、ここここれ、こぇっ……声掛けていいヤツ? いやでも最中だし、見と……いや見るのも失礼か。視線逸らした方がいいか。うん、声掛けるの気まずいし……てか長くない? 全然動かないじゃん。大丈夫かな、息してるかな。バシバシ頭叩いてるし止めさせた方がいい? え、気まず……。


 そーっとソレから視線を逸らすとアキと目があった。どうしようと無言でお伺いをたてるが彼女からの反応はない。チラチラと視線で会話を試みるが伝わっている気配がまるでない。


 と、『三下野郎』がうだうだと無駄な努力をしている所でようやくキス組に動きがあった。ぬいぐるみが顔を上げた。


「え…………えぇっ!?」


 二度見でもしたような驚きっぷりだった。大きく目を見開いて食い入るように釘付けになっている。


「なんで、ここに……なんでプラシーヌと一緒にいるんだよ!?」

「や、えっと……なんでだろ?」


 混乱を露わにしたまま『三下野郎』が叫ぶ。それを受けた『男姫サマ』が照れているのか恥ずかしいのか、顔を赤らめながら歯切れ悪く答える。


 何だか状況が全く分からないアキはあらぬ場所に視線を移してお腹を擦る。腹減った。


 詰めるような言い方をした『三下野郎』は『男姫サマ』の言葉を聞かずに懐に手を突っ込むと何かを取り出した。彼が手に持っているのは鈴だった。それを思いっきり振り鳴らすが不思議と音はなかった。

 けれど、その数秒後にその場に突然『襟巻小僧』が現れた。


「呼んだ? ……あれ、イッヌ様?」


 地べたに座り込んでいる『三下野郎』を不思議に思いながらも用件を尋ねる。その後、角度的にちょうど見えなかったぶさの姿を目にして目を丸くし、小首を傾げる。

 そんな『襟巻小僧』の問い掛けに言葉で答えず、『三下野郎』は震える手で一方を指す。指先は『襟巻小僧』に向いていた。けれども勘のいいガキ()は後ろを振り向く。


「なっ!」


 驚愕の声を上げ、体が硬直する。視線は固定したまま、体がぷるぷると震えている(バイブレーションする)


「ぷ……っ、プラシーヌぅーー!!」


 声と共に駆け出して、彼はぬいぐるみに抱きついた。まるで感動の再開を果たしたというような場面(ワンシーン)だ。

 ただし、その光景はとてもではないが涙を誘うような感動を感じなかった。男を抱えた大きなぬいぐるみに抱きつく子供の図。テーマパークで好きなキャラクターに会ったようなハイテンションな子供(ガキ)にしか見えない。アキの拳は避けていたぬいぐるみだが攻撃の意思がないと判断したのか抱擁を甘んじて受けている。しかし、相も変わらず『男姫サマ』を抱えたままだった。


 ……腹、減ったなぁ。



 * * *



「コイツはオレの友だちです」

「お初にお目にかかります王様。先程は大変お恥ずかしい姿をお見せして申し訳ありません。どうか記憶から抹消して頂けると幸いです」


 色々と気を取り直して挨拶する。

 今は三人仲良く……かは定かではないが、とりあえず同じテーブルを囲んでいる。


 深々と頭を下げた『男姫サマ』に対してアキはスプーンを口に咥えたまま「ん」と小さく頷いた。行儀が悪いがやっとの食事なので大目に見て欲しい。しかし、誰もアキの態度に文句は言わなかった。目の前の二人だって挨拶もそぞろで食事を始めたからだ。朝から騒いでお腹が空いた。変に体力を消耗したからめっちゃお腹が空いていた。

 美味しい美味しいとスプーンが進む。『男姫サマ』は何故か目に涙が滲んでいた。ひもじいのか、久しぶりの食事にありついたような食いつきだった。それでも育ちが良さそうな食べ方をしていた(がっついてなかった)


「はぁ〜ん、会いたかったよプラシーヌ。今までどこに行ってたの? 無事で良かった」


 三人(プラス一匹)が食事に夢中になっている隣では『襟巻小僧』が犬のぬいぐるみに抱きついて頬擦りしていた。台詞が恋人のそれだが、相手はぬいぐるみだ。子供の人形遊びの延長としては微笑ましく見えるが、残念ながらこの子供は実際には大人だ。つまり、ただの痛いヤツ。


「もぐもぐ……ほへえ? ……っんぐ、それで、どうしてプラシーヌといた……ってか、お姫様抱っこされ……」

「それは言わないで! ……オレだって、なんであんなことになったのか分からないんだ。気づいたら……あんな…………!」


 相当恥だと感じているらしく、彼は顔を歪ませて俯く。だが耐え切れないとテーブルを叩いて頭を抱える。


「先に教えてくれ! あれは何なんだ!?」


 ビシッとぬいぐるみを指差す。友を見咎める彼の目には少し涙が溜っていた。


「プラシーヌは魔王様が作った魔物だよ。ほら、出入口の横に張り紙が貼ってあるだろ? あれだよ」

「は…………あぁ、あった、な」


 視線を上にやって記憶を探るように考え込む。少しして発見したのか脱力して同意する。

 同じく聞いて考えていたアキはあれね、とはならなかった。張り紙ナニソレ。てかなんでコイツは知ってるんだと不思議に思う。


「そんなっ! どうして……どうしてなんだ、プラシーヌ!?」


 涙に濡れる『襟巻小僧』が跪いて手を伸ばす。その先にいるプラシーヌだが今は『男姫サマ』にピッタリとくっついている。椅子に座っている彼を持ち上げて、自分の膝の上に座らせる。わざわざ食事を終わるまで待っていたのだろうか。彼の頭に自分の頭を乗せて、腕でしっかりホールドしている。『男姫サマ』に逃げ場なし。魔物って束縛するのか。自我はないって聞いたけど。


「何やったんだよ」

「何もやってない! 国王城を出て、休憩所で休んでたらこれ……プラシーヌ? が現れて……それで突然……っ」


 呆れ顔の『三下野郎』に弁明する彼は泣きそうになっていた。ぬいぐるみに埋もれて泣きそうになっていた。絵面は凄く微笑ましいが。


 国王城で働く『男姫サマ』がどうして魔王城に居るのかと言うと、単純に『三下野郎』に会いに来たのだ。友だちの家に遊びに来ただけのことである。少し前に手紙で遊びに行くわと伝えて今に至る。

 理由はもちろん仕事から逃げてきた(匿ってくれの意味合い)。対外的には少しの間暇をもらって(有給を使って)いる状態だ。しかし彼は国の要所に勤めている云わばエリートだ。そんな彼に休日はあってないようなものだ。休みでも関係なく家に呼び(取り立て)に来る。しかも今は過激派のせいで方々への尻拭いやらそれに付随して残業やらで頭が回らない状態だった。だから自宅ではなく友人の住居に一時避難の形を取ったのだ。


 彼の今の立場は魔王城の客人だ。事前に料理担当には連絡していたので食事は出るし、客室はもちろん使用可能。ホテル滞在みたいなものだ。どっかの誰か(クズ)とは違って義理は通してある。過去にも数回しているので魔王城側も慣れたものだ。ただし、それはアキが来る前の話である。


「休憩所って、大回りしたのか?」


 休憩所は二つある道の迂回ルートである森の中にある。往来は最短ルートの橋を使うのが一般的で、なにか事情がない限りは森に入ることはない。


「そーそーそれを伝えないとだった。ここに来る時、過激派の連中が橋の上に陣取っていたんだ。一応、立場的に見つかるとまずいだろ? それで見つからないようにするには森を抜けるしかなかったんだ」

「えー、もしかして攻めてくる気? バカなの?」

「な。少し考えれば勝てるわけないって分かるのに、本当頭おかしいよ過激派(アイツら)。そのせいでオレのところに仕事が流れこんでくるし、最悪だよ。……オレも騎士の妖精様みたいにこっちに移り住もうかな」


 二人とも辛辣である。

 過激派には王族も含まれている。それを知ってなおの言葉である。不敬罪である。国王城ではないから言っても問題ないとかの話ではない。特に国王城で働いている『男姫サマ』は思っても口に出してはいけない。


 そして、『男姫サマ』の口から「騎士の妖精様」が出てきた瞬間、『三下野郎』はピシリと石のように固まった。ギギギっと強ばりながらアキの方へと視線を向ける。その言葉は禁句であった。これで一騒動あったのはまだ最近のことで、記憶に新しい。あの二通の送り主は『男姫サマ』である。だから、どこかで話題に上がることは想像に容易い。その前に釘を刺しておかなければと思っていたのに、その前に地雷を踏まれてしまった。


 言い逃れできない状況に焦る彼だが、そのすぐ後にはホッと安堵の息をついた。視線の先、テーブルを挟んだ向かい側にアキの姿はなかったからだ。九死に一生を得たり。心の底から安心した。


「いいか。その呼び方はここでは絶対するな」


 顔を近づけて声を潜めて忠告する。真剣な顔だ。それはそうとプラシーヌがチョット邪魔だ。


「本人には呼ばないよ?」

「そうじゃなくって! その呼び方をすると王様から容赦ない暴力(キツイお叱り)を受けるんだ。だから、絶対、口にするな!」


 小声で叫ぶという高等技術をもって訴える。『男姫サマ』はアキの拳を思い出して、青ざめた顔で高速で頷く。ただし、頭上にプラシーヌが乗っていたために動いてズレて覆い被さってきたので一度しか頷けなかった。ぬいぐるみなのに重いのは大きさ故か。綿しか詰まってないのに。


「うがーぁ、鬱陶しい!! うぐっ?!」


 耐えきれなくなって強引に抜け出すように押し出る。だがすぐに抱き締められて再び拘束された(元通りに戻った)

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