アンアン
「休憩しよー、お腹空いたー、お昼ご飯食べたーい」
三度の雪合戦が終わったところで『首輪野郎』が駄々をこね始めた。それを聞いた『襟巻小僧』は上を見上げ、『和女郎』は懐中時計を取り出して時間を確認する。ここは地下なので上を見上げた所で太陽があるわけがない。
「もう昼だね。食事にしようか。うーん、ここだと時間が分からなくなるね」
だと言うのに『襟巻小僧』は実際に太陽で確認したように言う。お得意の魔法だろう。誰もツッコミはしない。
ハウスには壁に時計を設置しているが地下空間には小屋を含め一つも時計を設置していない。時間のことが単純に頭から抜け落ちていたからだ。超絶有能魔王と言えど彼は子供……いや、人間だ。ちょっとしたミスだってする。
彼はうっかりまた子供の姿に変えてしまってもいる。なんですぐに戻ったのか『田舎婆』に詰められて、そこで気づいた。無意識だった。彼女は彼女でもう少し二人の甘酸っぱい雰囲気を堪能したかったのでとても残念に思った。
「あの小屋に全員入ります?」
最初に入ってきた部屋を思い浮かべて『三下野郎』が問いかける。立っていても少し窮屈だった。犬もいるから尚更だ。少し疲れたから座りたいというのが本音だ。
「一つには厳しいだろうね」
「ですよ……え? 一つ?」
地下空間には合計四つの小屋が建っている。そのどれにも転移魔法を組み込んでいるので、いつでもどの小屋にも瞬時に行き来可能だ。だから高原地帯に行くために平原地帯の長い距離を歩かなくてもいいようになっている。そのため、実は地下空間を利用すれば魔王城から愛の巣までの距離をショートカットできる。
一応言っておくと愛の巣側の地上への出入口は愛の巣直通ではない。少し離れた森の中に小さく小屋が建てられている。その小屋は本当に地下に行くためだけに建てたので入ってすぐに階段がある。降りた先は同じく冬のログハウス仕立てだ。ついでに言えば四つの小屋はどれも内装の雰囲気が少し異なっている。そこは魔王様しっかりこだわっている。
「かまくら作れば?」
『襟巻小僧』の説明を全く聞いていないアキが提案する。長々と話始めた時点で聞く必要なしと判断している。理解出来ないから……。
「かまくら?」
「雪で作った家……みたいなもん? こんな感じで空洞になってて、中は暖かいらしい」
「へぇ……」
その場に小さくだが簡単に作ったアキ作のかまくらを見た『襟巻小僧』の目がギランと光る。
「いくつか作って分かれて入るのもいいな。テーブルやイスもユキで作れば面白そうだ。……って王様、何してるんだ?」
すぐに構想を練るのは職業病だろう。だが視界の端でなにやら雪をかき集めて固めているアキに『和女郎』が首を傾げる。気づけばアキの周りにはぶさと『和女郎』しかいなかった。
ぶさはアキの作ったかまくらに入ろうとして頭を突っ込む。サイズが違うので壊してしまい落ち込んでいる。とぼとぼとアキの元に向かい、ごめんなさいと言うように下げた頭をアキにくっつける。
料理担当は食事の話で小屋に向かっていた。『襟巻小僧』は早速かまくらを作っているし、世話担当は犬集めだ。
遠くで『首輪野郎』が叫ぶ声が微かに聞こえる。雪と同化している白い犬の尻尾を誤って踏み、追いかけられている。追いかけっこだと勘違いした犬たちが後に続く。奇しくも犬集めは順調にいっている。
「雪だるまを作ってる。お前も手伝え。大きい雪玉の上に同じ大きさの雪玉を乗せて顔を入れんだ」
「あいわかった」
特に反対する理由もないので二つ返事で動き出す。どんな物か分からなくても関係ない。手伝いを求められたら手伝うのは当然の事だ。『和女郎』はアキを真似て雪をかき集め、固めた雪玉を転がす。コロコロゴロゴロ転がすと面白いぐらい大きくなっていく。
高さが胸ぐらいに到達するとアキが声を掛ける。力を合わせて持ち上げて乗っけると雪だるまは見上げる高さになった。
「木の枝とか……ねぇか」
辺りを見渡しても雪以外何も無い。平原地帯には木は植えられていない。見通しを良くするために障害物を置かないようにしてあるのだ。つまり、雪だるまに付ける飾りが何一つない場所だった。
「うーん……あっ! ちょっと待っててくれ」
そう言って走り出した『和女郎』は少しして手に何やら抱えて戻ってきた。
「これはどうだ?」
そう言ってアキに見せたのは雪合戦で使用した旗と使わなかったくじ引きのくじだった。これらは『襟巻小僧』が魔法で生み出したものだ。雪合戦の跡はそのまま残っているので道具もまた、跡地に残ったままだった。
旗は一段目の雪玉の左右、手の部分に斜めに刺す。くじ紐は先端が赤と青で塗られているのが四本ずつある。赤を三本使って二段目の雪玉に目と口を付ける。斜め上を見てちょっぴり舌を出してる様な顔になった。青の四本とも一段目の雪玉にぐるぐる丸めてつける。縦一列のボタンに見立てる。
アキの手には残った赤一本が握られている。雪だるまを見つめてどこに付けるかを見定めている。なんとなく全部使いたかった。
「……あ。よし、肩貸せ」
アキは『和女郎』を雪だるまの前に立たせると彼女の肩に足を乗せる。腕を伸ばし雪だるまの頂点にくじ紐をぶっ刺す。降りて少し離れた位置から見上げて、満足気に頷く。
タイミング良く食事の用意とかまくらができたので『襟巻小僧』の采配で各自指定されたかまくらに入っていく。もちろん彼はアキとぶさと同じかまくらだ。当たり前のように隣を陣取っている。
かまくらは大口開けた犬の頭みたいな形をしている。丁寧に鋭い犬歯まで再現されているという徹底ぶりだ。本当に犬へのこだわりが強い。かまくらの中は冷気が入ってこないからなのか暖かかった。ただまあ、外観が外観だけに犬に食べられに行っているような感じになる。再現度が高すぎるのも考えものだ。
「こうなるとこたつが欲しいな……」
雪で作られたローテーブルの前に腰を下ろすとアキは何気なく口にした。こたつ、温かいよな。
「こたつって何?」
「布団が挟まった木の机」
アキはぼーっとしていた。心ここに在らずで、『襟巻小僧』の話も気に止めて居ない様子だった。けれども体はちゃんと返答していた。ほとんど反射だったと思う。
「っ!?」
思いを馳せてもここにはないと諦め、息を吐いて目を閉じる。再び目を開けて現実を見ると驚いた。目の前には今さっき思い描いていたこたつがあったのだ。さっきまでは真っ白な空間だったのに、気づいたらど真ん中に赤い布団と木の天板があった。その隣にはふんすと誇らしげな『襟巻小僧』の姿があった。
こたつでまったり昼食を食べながらアキは午後は何して遊ぼうかと考える。雪合戦はしたし、雪だるまも作った。ついでにかまくらも。一通りの雪遊びには触れたし、スキーでもしに行こうかと考えがまとまったところで外が騒がしいことに気がついた。いつも騒がしいと言ったら否定はできないが、騒ぎの種類が少し違うような気がした。
「ん、何かあったのかな?」
それは『襟巻小僧』も同様に感じたらしく、かまくらから顔を出して辺りを見渡す。
「だぁーもう! くっつくな鬱陶しい」
「だぁーかぁーらぁー、本当に居たんだって! 俺の言葉信じてよぉ~」
「おまっ、自分の胸に手ぇ当てて考えろ! 信じれるわけないだろ?」
「今回は本当なんだってぇ。お願いお願いお願いぃ!」
騒いでいるのはいつもの二人だった。『首輪野郎』が『三下野郎』の腕にしがみつき、『三下野郎』はそれをとてもウザそうに押し剥そうとしている。騒ぎの中心というか当人である二人はアキと『襟巻小僧』が居るかまくらに向かって来ている。それはもう真っ直ぐ目指している。だって『三下野郎』がこっちを見ているし、顔を出していた『襟巻小僧』とバッチリ視線が交わっている。
「魔王様! ここにはオレたち以外、誰もいませんよね?」
「うん? うん、そうだけど……何かあった?」
「コイツが何か見たってうるさいんですよ。見間違いだとか、気のせいだって言っても聞かなくて……」
「白くてでっかいのが動いてた!」
「らしいですけど、ここで大きいって言ったら一人しかいないじゃないですか。でも彼女は近くに居ましたし、いつもの妄言「じゃない! 本当に居たの!」……って言って聞かないんですよ」
どうにかしてくれと声に出さずに表情で頼んでいる。今も嫌そうに引き剥がそうとしているし、対応もなかなかに辛辣である。『首輪野郎』だからかもしれないが。
幽霊では? とアキは思ったがそれは口にしなかった。だってアキ自身、幽霊を信じていないのだ。それに地球でもいるいないで賛否両論だった話題だ。それが果たしてこの世界にも幽霊の概念が存在するのかは知らないし、そもそも意見を論するのすら面倒くさい。今までのようにナニソレ説明してという流れになりそうな予感もあった。なのでここは黙ってやり過ごすことに決めた。藪蛇はつつかないに限る。
「大きいのって、ここには今日来てから作った物しかないよ? かまくらと見間違えてない?」
「そこまで目が悪くないですぅー。動いてたんですー!」
「えー、そんなの…………アレの事?」
否定しようとした『襟巻小僧』は、けれど言葉が途切れ、とある方向を指差した。全員の視線が指の先を辿る。そこには昼食前にアキと『和女郎』が作った雪だるまがあった。
「あ……ああああれっす! ほらぁ、本当にあったじゃん!」
「いやいや雪玉が動くわけないじゃん。やっぱり嘘ついてたのか」
「だから嘘じゃないってぇ! 本当に動いていたの! 信じて!!」
なおも二人が言い合っている間に『襟巻小僧』が件の雪だるまに近づく。雪だるまの周りをぐるぐると何回も回り、観察する。正面に立ち雪だるまを見上げながら首を傾ける。そして、手を伸ばした。
「っ?!」
触れるまであと数センチというところで距離が空いた。『襟巻小僧』は目を瞬かせる。少ししてもう一度手を伸ばすと、先程と同じように手を避けるように動いた。
「ねえ、きみはボクのことが嫌い?」
雪だるまに話し掛ける。傍から見たら頭のおかしいヤツにしか見えない。しかし――
フリフリ
雪だるまの手と言える旗が左右に揺れる。まるで「違うよ」と言っているような反応だ。
「じゃあ、触られるのが嫌?」
考えるように少し間が空いて、同じように旗が左右に揺れた。その様子に興味を抱いたアキが『襟巻小僧』と雪だるまに近寄ると、雪だるまは明確に動いてアキにピッタリとくっつくように傍に寄る。
「……あっ、わかった。男に触られるのが嫌なんだね?」
確信を持った問いかけに肯定するように両旗が縦に振られた。
「――どうやら魔物化したみたいだよ」
相も変わらず騒いでいる二人を物理的に静かにさせてから『襟巻小僧』は言った。魔法で作った拳大の雪玉を彼らの口に投げ入れたのだ。勢いが強かったのか仰け反っているが雪だから特にダメージはないだろう。ゴスッて音がしたがまあ大丈夫だろう。
「なんだーびっくりした〜」
心底ホッとしたように『首輪野郎』が胸を撫で下ろす。ふにゃりと気の抜けた顔だ。その隣では『三下野郎』が口を押さえながら咳き込んでいる。
「な、っんで、魔物化? だって、作ったのは……」
「うん、ボクは手を加えてないよ。だけどね、このユキはボクが魔法で作ったモノなんだ」
「そうですね?」
「だから、このユキで形さえ作ればボクが何もしなくても魔物になる……と思うんだ」
まだ推測の域は出ないので最後は濁すように言った。
感心深く聞いていた『首輪野郎』が雪だるまに手を伸ばす。男の手から逃げるように離れる雪だるま。それが面白かったのか彼は執拗に触ろうと追いかける。砂浜でキャッキャウフフの追いかけっことは程遠い、変質者と本気の恐怖のような雰囲気を感じた。首輪を付けてニタニタする男……うん、変質者だ。
女好男嫌の雪だるまはしつこい男から逃げるのを止め、反撃に出る。グルンと正面を向き、一段目のボタンもどきなくじ紐がぐるぐるを解いて輪になる。その輪から雪塊を噴出した。四カ所から連続して噴出される雪塊は全弾命中の高精度。さらには連射機能も搭載されているのか一発二発では止まらなかった。雪塊は硬く硬ーく握硬められた雪玉のようで、当たっても形が残って地面に落ちた。
ということでどういうわけか午後はみんなで雪だるま作り大会になった。各々好きな形を雪で創造していく。飾りが欲しければ『襟巻小僧』に頼み、魔法で創り出してもらう。そうして一つ、また一つと奇妙奇天烈な見た目の雪だるまが作り出されていく。……自由にやりすぎた。
「なんだこれ」
「わん!」
思わず漏れたアキの呟きに返事をするようにぶさが鳴く。そう言ってしまうほど、目の前の光景が意味不明だった。
雪原をズルズル動く幾つもの白い塊。『襟巻小僧』が言った通り、雪で形を作ってしばらくするとそれは動き出した。雪だるま作りに特にやる気を出したのは『和女郎』だった。好きに魔物を作れるのがとても楽しいらしく、次々と生み出していた。
そうして魔王城側の平原地帯には大量の雪製の魔物がうごめくことになった。魔物の名前はユキダルマ。嫌者の排除を実行する魔物。それぞれ好き嫌いの好みは分かれているらしいので総括して捉えてはいけない。観察した結果、創造主は嫌者の対象にはならないようだ。
ユキダルマを小屋に入れた瞬間から溶け出したので外に出すことは厳しいようだ。けれどサンノメにいる限りユキダルマが壊れることはないので安心だ。
「いっけーユキダルマ!」
『襟巻小僧』と犬たちを乗せた巨大な犬の形をしたユキダルマが雪原を駆ける。作製者はもちろん『襟巻小僧』だ。どことなくクラーケンを思い起こさせる。『襟巻小僧』が作ったからか、精巧に作られたからか、そのユキダルマは他のユキダルマよりも速く複雑に動けていた。
「王様、お邪魔してよろしいですか?」
「ん」
「わ、わたしは寒くはな……クシュッ」
「心地いい場所ですねぇ。一歩も動きたくない気持ちになります」
こたつが設置されたかまくらに『田舎婆』と彼女に連れられた鼻の赤い『犬人間』が入ってきた。アキはぼーっとかまくらの外を眺め、ぶさは頭だけをこたつの中に突っ込んで動かなくなった。
それから夜までサンノメで心行くまで楽しんだ各人は、地上に戻るといつもより暖かく感じた。地上に戻る際、かまくらに居た三人が魔性のこたつに魅入られたり、『首輪野郎』がユキダルマの一部になっていたり、酒で寝落ちした『クズ男女』の上に所狭しと小屋に避難していた犬が乗っていたりと一悶着も二悶着もあったが、おおむねサンノメは大成功を収めたと言っても過言ではないだろう。
何より一番の功労者である『襟巻小僧』はアキの楽しそうに輝いている顔を見れた時点で目標は達成されている。ホクホク笑顔で幸せハッピーな心境だ。今日はゆっくり良い夢が見れそうだとにこやかに笑む。
そんな彼はサンノメ製作の疲労がたかり、アキの夕食中に寝落ちしてしまった。翌朝目覚めた『襟巻小僧』は愛の巣で眠ってしまったことに焦り、背中に掛けられた布団に喜ぶという感情がぐちゃぐちゃなまま逃げるように家を出た。そして、いつものように朝食を持ってきた彼の顔は、表情を取り繕うと必死になってぷるぷると表情筋が震えていた。