アン
その日、魔王城にいる十人と101匹はハウスに集まっていた。久しぶりの全員集合だ。
犬には『襟巻小僧』が作った防寒具を着用させ、人にはこれまた『襟巻小僧』が作った耐寒リングを付けている。
「よーし、みんな準備は出来たね? それじゃあサンノメに行っくよー!」
「「「「「おー」」」」」
ノリの良い連中が『襟巻小僧』の掛け声に合わせて拳を上げる。ただし全員、声は抑えている。ここはハウス。間違っても大声を出してはダメなのだ。例え『襟巻小僧』に誘導されたとしてもダメなのはダメ。自制大事。一線越えれば待っているのは仕事だ。
今日はようやく完成した雪遊び場、サンノメのお披露目会だ。こうしてみんなが集まったのは晩餐会以来である。つまり二回目だ。不仲ではないが特別仲良しというわけでもない。良く言えば仕事と休息のメリハリをつけている。悪く言えばビジネスライク。まあ、一緒の場所に住んでいる分、ビジネスだけで終わるというのは無理な話。それでも四六時中一緒だとやはり疲れるだろう。誰とは言わないが。毎夜厨房に居座る酒飲みだって居るし、趣味が仕事のヤツもいる。
自由奔放自分勝手の集まりがそうそう宴会を開くかと言われれば答えはノーだ。もちろん前回のように晩餐会やるよと言われれば参加するが、まずその話すら持ち上がらないのが現状だ。わざわざやる必要がないから。割とドライである。
サンノメの内情を知っているのは『襟巻小僧』ただ一人だ。他は誰も知らない。もちろんアキも、物造担当である『和女郎』もだ。今回に限っては彼一人が一から十まで設計したのだ。だって全てにおいて魔法で解決したのだから。地下空間を掘り始めるところから雪を積もらせるところまで全て魔法だ。だから仕方のないことだった。犬の防寒具と耐寒リングはその延長線上のことであり、もののついでだ。やるならとことん最後までというこだわりを貫いた。
魔王城の住人は全員、魔王が何かを作っていることは知っていた。知っていたが、それが何かまでは誰も知らなかったし、知らされなかった。地下を掘り終わってからは入口を厳重に施錠していたから入ることも叶わなかった。しかも、いつもに比べてそれにかかりきりで、それにしては時間が掛かっていたので皆口にはしてないが密かに期待していたのだ。一体何を作っているのだろうか、と。
地下に降りると部屋だった。部屋の中だった。何を言っているのか自分でも分からないが、そうとしか言えなかった。ドアも何もなく、すぐ部屋に入ったのだ。違和感を感じないほど自然な移り変わりだった。
ログハウスのような木目の壁床にラグが敷かれ、ソファやクッションが置いてある。暖炉があってさらには火も灯されて暖かい空気が流れている。アキの思い描く冬のログハウスそのままだった。
視線を滑らしていると丸い窓から見えた白い景色に、アキは急いで玄関らしきドアを開けて外に出る。
「…………っは」
目の前に広がる一面の銀世界に目を見開く。風が吹きつけ冷気が肌を刺す。口の端が上がり、漏れた吐息が白くなる。階段をひとっ飛びで飛び降りて雪の上に降り立つ。
「ゆーきだぁぁあああ!!!」
両手を上げて叫び、笑いながら走り回る。思考回路は停止している。何も考えず、子供のようにただただ雪にはしゃいでいる。
「うわぁすっげー……」
「ヒャッホーイ! なにこれ冷たーいふわふわしてるー!!」
「これは……凄いな」
「うえーん寒い〜」
「壮観だな」
「その格好では寒くないですか?」
「……少し」
「きれい……!」
各々思い思いの感想を口にする。その様子を後ろから見ていた『襟巻小僧』は喜色満面に溢れている。頑張って良かったと心の底から喜んでいる。
「さあさあ、イッヌたちも楽しんでおいで!」
その声を合図に百匹の犬が一斉に玄関から飛び出し、雪に突っ込む。ぶさは既に雪の上で、アキの尻を追いかけている。
「みんなも今日は仕事のことは忘れて、遊んできていいよ」
と『襟巻小僧』が声をかける前に既に自由行動は始まっていた。その様子に苦笑を零しながら自分もと外に出ようとしたが、一人暖炉の前で蹲る人物を目にして立ち止まる。
「大丈夫?」
「魔王様〜あたしここに居ていい? 寒くて無理ぃ〜」
そう言って暖を求めるように暖炉の前に手を翳すのは『はね女』だ。彼女の腕にはちゃんと耐寒リングを付けられていた。
地下空間は雪の絨毯が隅々まで敷かれている。さらには雪を保つために空間全体に冷たい空気を維持する魔法がかけられている。だから、地下にいる限りどうしても冷気がついてまわる。その対策として耐寒リングを作ったのだ。それでも完全に防げるわけではない。あくまで防寒具の代わり程度の効果だ。
「無理、寒い」
そこに『クズ男女』が外から戻ってきて『はね女』の隣に座る。二人は身を寄せあって暖炉の火に当たる。どうやら二人は寒さに弱いようだ。
「無理しないで辛くなったら上に戻っていいからね」
「ううん、女の子が遊んでる姿が見たいからここに居る」
「それならここの温度をもう少し上げておくね。……これでどうかな?」
「暖かーい! これなら問題ないわ。ありがとう魔王様」
「どういたしまして。じゃあボクも外に行ってくるから、何かあったら机の上にある鈴で呼んでね」
「はーい、行ってらっしゃーい!」
手を振って見送る。魔王様が正面を向くと『はね女』はすぐさま玄関のドアを閉めた。これで冷気は流れ込んでこない。見えなくなるまで? いやいやそんなの寒いから無理。
「はぁ〜、みんな元気ねぇ」
部屋が暖かくなったので暖炉の前に陣取らなくても良くなった。窓の前にあるソファに腰を下ろすとクッションを抱えて背もたれに凭れる。だらけた姿勢で窓を眺めて呟く。
「行けば?」
「絶対嫌! あんなところに居たら凍っちゃうわ。……でも、雪ってきれいよね」
「…………おっ、なんだ酒あるじゃん」
「あっ、あたしも呑みたい〜」
同じく暖炉から離れられた『クズ男女』は何か無いかと部屋を探索する。隣の部屋は簡易キッチンになっていた。躊躇うことなくパントリーを物色していると酒瓶を発見した。二人は暖かい室内で酒盛りを始めた。……朝から酒。
地下空間はとても広い。それは『襟巻小僧』が調子に乗って掘って掘って掘りまくり、少しやり過ぎたかと後悔したほどに広いのだ。そんな地下空間の構造は二つに分けられている。平原地帯と高原地帯だ。
地下への入口は二つある。どちらも長辺の端に位置している小屋にある。その小屋の前、つまりは両端は平原地帯である。では中央は自ずと高原地帯ということになるが、そう、山だ。地下に山があるのだ。高度は高く、木も植えられている。人工の雪山だがその再現度は高く、本物と錯覚するほどだった。
高原地帯はスキー場になっている。アキの要望でいくつかそれらしいコースを作ったし、スキー板やボードも用意している。ただ一つ、ゴンドラだけは原理が分からなかった。椅子がロープで引っ張られる。山を登る移動手段なら転移すればいいじゃないかと魔法で代用した。そのため登るのは一瞬である。
平原地帯は二ヶ所で仕様が異なっている。まず魔王城側は雪原だ。障害物は一つもない。ただ小山をいくつか作って少し斜面があるぐらいだ。対して愛の巣側は氷を張った平面があり、ぐるりと木の柵で囲っている。ただしこちらは残念ながらスケート靴が未完なのでまだ使用はできない。ブレードに手こずっているのだ。『襟巻小僧』は安心安全設計を目指している。妥協はしない。だから尖って殺傷力がある刃のエッジは許容できなかった。
平原地帯と高原地帯の境は分かりやすく柵で仕切っている。だから犬が高原地帯に入ることはできないので安心だ。柵の中央にも小屋を建て、そこからしか行き来できないようになっている。スキー関連の道具は全て高原地帯側に建てた納屋に収納している。
「雪合戦やろうぜ」
冷静さを取り戻した? アキはみんなに向かって声をかける。その目はキラキラ輝いている。ワクワクが溢れ出ている。
「雪合戦ってなんですか?」
「こうやって雪玉を作って、ぶつけ合うんだ」
実際に雪玉を作って、近くにいた『首輪野郎』に向かって投げる。放物線を描かずまっすぐに飛んだ雪玉は彼の顔面に命中した。
「二チームに分かれて旗を取るか、全滅させた方が勝ちだ」
「面白そうですね。やりましょう!」
「八人だからちょうど四人四人で分けれるね。ボクは彼女と同じチームがいい!」
「わ、わたしもっ、王様と同じが良いです」
アキの腕に抱きついた『襟巻小僧』と彼を真似するようにアキの袖口を掴む『犬人間』。そこにスススっと静かに『田舎婆』が近づく。
「ちょ、ちょっと待って! それじゃあそっちのチームが戦力過多じゃないっすか!」
「そーだーそーだーズルいぞぉ〜。ブーブー」
慌てて異議を唱える『三下野郎』と同調してブーブー言う『首輪野郎』。我儘を言うなと宥める『襟巻小僧』と『田舎婆』だが『三下野郎』は正論を言っている。武闘派三人と雪玉製造機魔王が組まれると勝負にならない。それはもう圧倒的な力の差で、一方的な蹂躙にしかならないだろう。その光景がまざまざと思い浮かぶ。いとも容易く想像できてしまう。
「おーい、フィールドはこんなんでいいかー?」
しょうもない口論をしている間に、話し合いに参加していなかった『和女郎』と『肉弾野郎』はせっせと雪を集めて盛って固めてフィールドを作っていた。
「おぉーいいじゃん!」
「それじゃあくじ引きでチーム分けしよっか。……心配しなくてもイカサマはしないよ」
魔法で紐を作り出した『襟巻小僧』が見せるように掲げる。ジトーっと訝しむ視線を感じた彼は弁明を口にする。けれども納得されない。信用がないわけではないがアキが絡むと面倒臭い。何をしでかすか分からないからだ。いや別にやらかしているわけではないけどね? 今回のように競争したことがないから何とも言えないのだ。遊びと言えど真剣である。
「じゃあさ、こういうのはどぉ? みんなで雪玉を作ってー上にせーので投げる」
要領を得ない『首輪野郎』の提案だけれど、他に案も道具もないので従うことにした。等間隔に離れ、掛け声に合わせて上に雪玉を投げる。
「はーい動かないでねー。足元にバッテンを引いて、縦と横で別れよー」
足元を中心にしてバツ印を引き、雪玉が落ちた位置が縦か横かでチームを分ける。『首輪野郎』にしてはまともな案だった。そして、きれいに半々に分かれることができた。
縦チーム
アキ、『襟巻小僧』、『首輪野郎』、『肉弾野郎』
横チーム
『犬人間』、『三下野郎』、『田舎婆』、『和女郎』
「ぃやったぁぁーー、同じチームだー!」
「王様と魔王様が居たらこっちの勝ちだあ!」
「とりあえずあの煩いのは落とそう」
「うふふ、腕がなりますね」
「が、頑張ります」
一回でチームが分かれたので早速各自位置につく。合図はアキが真上に投げた雪玉が落ちた瞬間だ。
ルールは一回でも体のどこかに誰の雪玉でも当たれば脱落。味方の雪玉でも脱落になるし、手で受け止めても脱落だ。
勝利条件は旗の先取、もしくは敵チームの殲滅。
開始時の雪玉は八個。当然、魔法の使用は禁止だ。
「それじゃあ行くぞー」
アキが投げた雪玉は山なりに軌道を描き、フィールドのど真ん中に落ちた。開始と同時に両方から雪玉が飛び交う。山なりの投球で障害物を超えて狙っている。
「あっぶね〜。集中攻撃とかひどぉい!」
横チームの雪玉は全て『首輪野郎』に向けられていた。避けるために出てきた彼に今度はまっすぐの雪玉が投げられる。
「うひぃっ! へっへーん当たらないもんねー……もがっ」
反射的に避けて躱したことで天狗になったところを狙われ顔面に当てられた。ガッツポーズした『三下野郎』は飛んできた雪玉に慌てて隠れる。
「ほいっほいっ」
「ぽーいぽーい」
気の抜ける声で投げる『田舎婆』と『襟巻小僧』。しかし、その投球は恐ろしく速く、また威力が高い。空中で相殺してるとそうは見えないが、障害物に当たると一目瞭然で、固さを持たせたフィールドの方が負けていた。
そんな二人を横目に五人は真っ当な雪合戦らしい試合になっている。作っては投げ、左右に別れて同時に進み、たまに流れてきた剛速球は全力で避けて、ガンガン行こうぜと攻めの姿勢で後退しない。
「やべ……っつークッソー」
「あうぅ」
アキと『犬人間』がほぼ同時に当たり脱落した。
「ほほほ、これで三体二ですね」
「まだまだ、こっからだもんね!」
既に作ってあった雪玉を全て投げると『襟巻小僧』は『肉弾野郎』の元に駆け寄る。次の瞬間、『肉弾野郎』が両手に一球ずつ持った『襟巻小僧』を空に投げた。
「うっそぉおおお」
「泣き言言わずに! 撃ち落としますよ」
きれいな放物線を描いた『襟巻小僧』は空中でくるくると縦回転に回る。その軌道はちょうど旗の元に落下する。空という回避不能の場所にいる彼に向かって雪玉が投げられる。空中で器用に身を翻して寸でで躱し、避けきれないのは相殺して難を逃れる。
けれど手持ちは二球のみ。狙いのいい『田舎婆』の雪玉によって早々に使い切った彼は旗に向かって手を伸ばす。後少し、というところで第三の雪玉が接近する。
「ワン!」
ぶさの吠えと『襟巻小僧』が旗を手に取るのと雪玉が当たったのはほぼ同時だった。
どっちが先か、絶妙なところだ。しかし――
「勝者、横チーム」
アキは『襟巻小僧』がいる敵陣営の旗ではなく自陣営の旗の方を見ながら宣言する。そこには旗を掲げた『和女郎』の姿があった。
「あひゃひゃひゃ。おもしれぇー」
アキと同じくよく見ていた『首輪野郎』が腹を抱えて笑い転げる。大胆な戦法で注目を集めた『襟巻小僧』。しかし、彼が飛んだと同時に『和女郎』は飛び出していた。外周を走る彼女は『肉弾野郎』が特攻する自分に気づいたと同時に雪玉を投げ当てる。勢いを殺さずに走り続けてそのまま旗を取ったのだ。
だから『襟巻小僧』が旗を取ったのが先か、雪玉に当たったのが先かは関係なかった。その前に『和女郎』は旗を取っていた。
「そんな〜」
肩を落として分かりやすく落胆する『襟巻小僧』の肩が叩かれる。振り向くと『田舎婆』が立っていた。
「勝ち〜」
Vサインで煽る。子供を揶揄う老人。容赦はない。上下関係だとか年齢だとかはここにはない。あるのは目先の勝負の勝ち負けだけ。大人気ないとか忖度だとか、そちらの方が
「ムッカ〜、もう一回!」
簡単に煽られた『襟巻小僧』は二戦目を所望する。
再度チーム分けをし、すぐに二戦目が始まる。
雪合戦はフィールドが半壊したため、たったの三戦で幕を閉じた。