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へっ

 ぶさを捕まえた甲冑はそのまま外に出た。そして敷地の外へとそれを放り投げた。ぶさが着地すると同時にガシャンと大きな音を立てて隔たりを閉じた。

 ぶさはきょろきょろと辺りを見渡す。アキの姿はない。飼い主がいないことに悲しみに暮れる……ことはなく反対にテンションが上がっている。


 ここ知ってるー! ドッグラン(遊び場)だ!


 アキに何度も連れて行ってくれたことがある。リードを付けなくていい外。囲いの中にいろいろ置いてあって何しても良い場所。

 ひゃっほーいと駆け出す。他に誰もいない。遊び放題の広大な大地をぶさは縦横無尽に走り回る。


 ぶさは知らない。ここが元の世界、日本ではないことを。アキと引き離されたことを。建物から追い出されたことを。囲いも何もないただの大自然の中だということを。



「へっへっへっ」


 ぶさに凝視されているスライムは怯えるかのようにぷるっと震える。


 ぶさは潰れたボールを見つけた。ちょっと揺れているけど気にしない。ちょんちょんとボールを転がすように触れるとぷにっと手が沈む。狙いを定めて突っ込むとポヨンと反発してぶさは転がってひっくり返る。


 …………なにこれ楽しーーー!!!


 キラッキラと瞳を輝かせる。ぶさはスライムに夢中になった。噛んでは走り、ぶるぶると首を振っては投げて、だだだっと走っては突っ込んでさらに遠くに飛ばす。足で押さえたまま噛んでグイっと頭を上げればぐにょーんと伸びる。そのまま首を振ったらべちんと体に当たって驚いて飛び跳ねる。


 しばらく遊んだ後、ぶさは疲れてスライムの上で眠った。だらんと伸びたスライムの上にぐでんと体を伸ばす。ぐっすりと眠るぶさの下敷きになっているスライムはぷるると小さく揺れる。そして、ずりずりとゆっくり移動を始めた。ぶさは僅かな振動に気付かないまま眠りこけて、知らず知らずのうちにアキから離れていく。



 * * *



 ふっと意識が浮上して、目を開ける。


「知らない天井……」


 病院でもなければ倉庫でもない。誰とヤりあったのか記憶を探って――


「ぶさっ!」


 意識を失う直前のことを思い出して勢いよく起き上がる。慌てて辺りを見渡す。

 アキはベッドの上に寝かされていた。服はそのまま、けれどなぜか体が軽い感じがする。しかしその違和感はすぐに意識の外に外れる。


 見える範囲では部屋の中に誰の姿もない。ふかふかで沈むベッドから下りる。


 寝かされていた部屋は高級ホテルみたいな部屋だった。実際に行ったことはないが見せられた画像がちょうどこんな感じだった気がする。


「ぶさー、どこだー。返事しろ、ぶさー」


 ここがどこで今どんな状況かなどアキには関係なかった。何はともあれ大事な家族(ぶさ)を探すのが先決だ。部屋の豪華さに気後れしないし、むしろ堂々と部屋の中を探し回っている。

 ベッドの下やカーテンの裏など隅々まで探す。クローゼットらしき引き出しを開いて思わず声が出た。


「うわ、趣味悪っ」


 ひらひらした服が並んでいた。いかにも女子が好きそうな服だなと思った。それと同時に他人の部屋で寝かされていたことに嫌気感を覚えた。潔癖症ではないが、見ず知らずの他人が使っているであろう居住域に居ること自体が嫌だった。

 嫌な顔しながらも服を端に寄せる。中にぶさはいなかった。


 頭を掻きながら部屋の中をウロウロしているとふと鏡に目が向かった。鏡に映ったアキは驚いたように目を見開いている。吸い寄せられるように足が向かう。鏡に手をついてもう片方の手で自分の顔を触る。


「治ってる……」


 そこには傷一つないきれいな自分の顔が映っていた。



 アキが異世界に召喚される瞬間より少し前の事。その日は金曜日だった。言わずと知れた華金である。だから何だと声を大にして言いたい。いや別に口に出して言うほどのことではないか。とにかく、五日間働いた後にはしゃぐほどの(ヒャッハーする)体力は残っていない。


 特に何もない日だった。強いて挙げるなら定時で帰れたことぐらいだろうか。そんなわけでさっさと家に帰って寝ようと自宅に直行した……かった。残念ながら疲労困憊のアキの前に邪魔者が現れた。


 邪魔者は四人居た。奴らはアキの過去を知っている人間だったらしい。真っ当な社会人をしているアキを見て馬鹿にするように嗤う。道のど真ん中で迷惑な奴らだ。周りを見ろ、浮いてるぞ?

 嘲笑されても罵られてもアキは反応しなかった。本当に疲れていて相手にする気力がなかったのだ。しかし、無視されたことに奴らは憤ったらしい。一瞥もくれずに素通りしようとしていたアキを路地裏に連行して一番に顔を殴った。抵抗せずに殴られたアキは地面に倒れると頭を踏みつけられる。


「おいおいコレが本当にあの戦聖(ヴァルキリー)か?」

「間違いないっすよ姐さん。少し変わってますけど本人っす」

「こんな弱っちい奴が最強とかふざけてんのかアァ!?」

「ババアになって衰え……」

「クソが」

「あァ?」

「キメェーんだよクソったれども」


 アキは頭を踏みつけてる足の足首部分を掴む。握り締めたまま立ち上がり、体勢を崩して転がったソイツを近くのヤツに向かって投げる。大きな溜息を零して奴らを睨みつける。


 ――そして、殴り合いが始まった。


 東雲(しののめ)秋聖(あきよ)二八歳性別女。職業会社員。約十年前までは『戦聖(ヴァルキリー)』と呼ばれていた黒歴史あり。一言(いいわけ)、多感な年頃だった。


「二度と戦聖と呼ぶ(だせぇことす)んじゃねえぞ」


 アキは邪魔者どもを片付けて今度こそ帰路に帰った。そして、玄関で疲労の限界に達して倒れ、気がついたらコスプレパーティーの会場に居た。


 閑話休題(前日譚完)



 さて、部屋の中を探し回った結果ぶさは居なかった。ということでアキは今いる部屋から出て捜索範囲を広げる。

 普通にドアを開けて廊下に出た。部屋で誰かが来るのを待つとかはしない。そんな考えすら持っていない。


 知らない場所。知らない言語。理解できない状況。困惑しているし、参っている。しかし、彼女を突き動かすのはぶさの存在。惰性で飼っていたとはいえ、ぶさはもう立派な家族だ。当然、大事にしているし、居なくなったら心配する。


 アキは特にコソコソと隠れながら行動することはなく、堂々と建物内を歩いていた。すれ違う人々はアキを見るや驚き、あるいはどこかへ走り出す。注目を浴びることに慣れていたアキはその視線の数々を気にしなかった。


「救世主様っ!」

「あ゛あ?」


『ローブ野郎』が前からやってきた。現在のアキの状態は不機嫌メータあるいは苛立ちメータが見えるのなら上限に達しているだろう。もしかしたら振り切っているかもしれない。つまり、触るな危険警報発令中(命惜しくば関わるな)である。

 アキは近づく奴に鋭く睨みつける(ガンを飛ばす)。敵対心露わなアキにたじろいだのは一瞬で、すぐに気持ちを持ち直す。


「救世主様、お加減はいかがですか。よろしければ朝食のご準備を」

「ぶさはどこだ」

「朝食の後は訓練を始めさせて」

「どこだ」


 女とは思えない威圧感に『ローブ野郎』が慄く。冷や汗が流れ飄々とした態度が崩れる。


「どこだ」


 追い打ちとばかりにアキは同じ言葉を繰り返す。アキはそれほど身長(タッパ)はない。だから『ローブ野郎』相手に見上げる側なのだが、それなのに見下されているように感じられるほど眼力が強かった。

 開ききった眼に小首を傾げ、無表情で淡々とその三文字だけを繰り返す。視線が吸い込まれるようにアキの瞳に留まり、蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなる。視線を逸らすことができなかった。


 アキは返しがないことに分かりやすく苛立ちを露わにした舌打ちし、踵を返す。元より期待はしてなかった。なぜなら彼らはぶさを誘拐した側であり、易々と居場所を吐くとは思わなかったのだ。

 痛めつけて無理矢理吐かせる手もあるが、ここは敵地だ。その間にぶさに危害を加えられては意味がない。怒り心頭でも多少の冷静さは残っていた。あるいは経験則から無意識に避けたのか。


「お、お待ちください! い、救世主様のお探しになっているモノはこの城にはおりません」


 待てと言われて大人しく待つつもりはなく、そのまま立ち去ろうとしたアキだったが『ローブ野郎』が放った言葉に釣られて足が止まった。苦し紛れのような発言ではあったがアキを引き留めるには十分効果がある内容だった。

 ホッと安堵の息を零した『ローブ野郎』はしかし、その直後息が止まった。首だけで振り向いたアキは先程の比ではないほどに高圧的だった。無言で先を促され、情けなくも震えた声で『ローブ野郎』が急遽考えた筋書きを話す。


「じ、実はあれが魔物に連れ去られているところを目撃した者がいるのです。そ、そう! あれは魔王に捕らえられたのです!!」

「……」

「城下では犬が行方不明になったという報告が幾つも上がってきています。お、恐らくは救世主様のも魔王の手に……」

「で?」


 一言。アキのたった一言、いや一音だけで『ローブ野郎』を黙らせるには十分だった。条件反射のように口を固く噤む。ドクドクと耳が痛くなるほど大きく鳴る心音が恐怖心を煽る。ゴクリと喉を鳴らして二の句を待つ。


「どこにいる、と聞いているんだ」


 アキが求めているのはぶさの居場所であって経緯等の説明ではない。うだうだと話し始めた『ローブ野郎』の話なんて最初(はな)から聞いていない。要領を得ない回りくどい話し方も遠回しな物言いも嫌いだ。アキは地頭が良くないと自覚している。だからこそ必要な情報だけを欲し、質問には簡潔に答えて欲しいと常々思っている。今回は口に出たようだけど。


 滝のような汗をかいた『ローブ野郎』は少しだらしがないような姿勢(猫背)から瞬く間に背筋をピンっと伸ばし気をつけをして答える。


「魔王城にいます! すぐにご案内致します」


 勢いよく頭を下げた『ローブ野郎』は、しかし下げた状態で密かにほくそ笑む。思惑通りに事が運ぶことに内心ガッツポーズをした。本音を言えばもっと慎重に事を進めたかった。十分に力を高めて万全の状態で確実に魔王を打ち滅ぼす予定だった。

 しかし、このままでは計画自体が破綻してしまうと感じて予定を前倒しにした。それはもう中間工程を全部短縮する(すっ飛ばす)ほどの大巻きであった。

 不安が無いわけではない。力の発現が未確認なのだ。力量だって計り知れない。だから、これは賭けである。それも命運のかかった大勝負である。


「すぐに出立の準備をしてまいります。救世主様はその間にお召し物とご朝食のほどを、何卒!」

「…………早くしろ」


『ローブ野郎』の必死な嘆願によりアキは少し溜飲を下げた。あくまでも少し、である。

 何らかの陰謀があろうともアキは彼らの手を借りるしかなかった。ぶさの居場所を知らない。『ローブ野郎』以外とは会話すらできない。忌々しくても頼りにする以外の選択肢がないのだ。全く腹立たしいことである。


 一旦は怒りを収めると途端に体が空腹を訴える。思えば昨日から何も食べていない。アキは仕事中はあまりお腹空かないし、睡眠防止のために小食にしている。

 さらには足元の冷えも気になってきた。アキは靴を履いてなかった。ストッキング一枚の極薄な防御力しかなかった。どうせ暴れるならスーツ姿では心許ない。動けなくはないがやはり可動域が広い服の方がいい。


 腹が減っては戦はできない。まずは腹ごなしからだとメイドのコスプレをした女の後に続いて歩き出す。

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