思い出の地、の形
誰にとっても思い入れのある場所というのは存在する。
たとえばそれが家であったり、学校であったり。または青春の若葉を散らした故郷の地であったり。
そこに入れるのがどのような感情であれ思いであれ、自分にとって何か特別なものであれば人はそこに一つの愛着を見出す。大袈裟に言えば固執、ある種の執着だ。
しかし、ここで一つ気を付けなければならないことがある。
世界に隔たりを作るのなら、真っ先に己と他者という壁が存在するということだ。
自分にとって大切なものが、他人から見て大切だとは限らない。いや、むしろそうでない場合の方が多い。もしも誰もが誰も同じものを同じように愛し、慈しみ、執着するような世界があったとしたら。きっと人類はあっという間に絶滅の一途をたどったことだろう。欲と欲が重なった時に起こるものが争いであり戦争だ。
息子の死に涙し、歩道橋に花を手向ける母親に、通行人の爺さんが「ゴミを捨てるな」と注意することだってある。
大切なのは他人と自分とでは価値観が違うということを理解することだ。
そして理解した上でなお、相手のことを思い、その価値観を尊重し、同じ世界を見てみたいと思えることが、きっと“愛”というものなのだろう。
花火の音が鼓膜を揺らす。
ぱっと視界に入った夜空に浮かぶ炎の大輪。
俺にとって大切なこの場所が、二人にとってどのような場所になるのか。
少なくとも俺が昔あの人と見た世界の中で、きっとこの場所は――……




