ラブコメ主人公の形
あれだけあった食べ物を見事に食べきった三人を見て、俺は思わず二度見した。
シェアという言葉が前に流行ったが、こうして実際に人がしている様子を見るとなかなかに効率のいいシステムだ。人とモノを分けあうことに抵抗のない人ならぜひ実行することをおすすめしたい。俺の様にする相手がいない場合は、一人分二人分追加で頼んで根性で完食してくれ。
『鯛も一人は旨からず』ということわざがあるように、よくテレビなどで食事は一人でするより誰かと食べる方が美味しいと言っているのを耳にするが、たしかに一人で一つの料理を黙々と食べ続けるより、誰かといくつかの料理を分け合って食べたほうがメリットは多そうだ。
一人で食べているとついつい食事のペースが速くなり、気付いたら腹八分目を大きく超えて苦しくなっていたということもあるかもしれないが、誰かと会話を楽しみながら食事をすると、自然とそういうことがなくなり、ダイエットにもいいと聞いたことがある。
好きでもない今流行の人気店のキラキラした料理をSNSに載せた後はそれを連れに食べさせて、自分は帰りにラーメンで濃厚こってり豚骨ラーメンを食べられるという素晴らしいアイディアもシェアと言えばシェアだ。
――シェア。
なかなかいい響きだ。
もちろんメリットばかりではないだろうが、みんながシェアシェアとイヤミのように連呼するのも納得だ。
……ここで一つ注意点を上げるとするなら、ラーメンをシェアするときは事前にお互いのチャーシューとモヤシの価値観の違いを共有することを忘れてはならない。まなみとラーメンを食べるときはいつも何故かチャーシューがやせ細ってしゃっきしゃきになっているからな。肉汁ではなくただの水分。身代わりの術だな。
「そろそろ花火の時間か。案外ここからでも十分見えそうだが……どうする? 一応少し歩けば、向こうに俺たちがいつも行くいい感じの場所があるにはあるが」
俺に食べ終わったゴミを押し付け、三人で談笑に勤しむ三人に手元の腕時計を見ながらそう声をかける。よく見えるよう腕を上げた時、デメサンの入っている袋がぷよぷよと手に当たった。ひんやりとして気持ちいいが、なかなか鬱陶しいな。
「っ! 花火⁉ たのしみです‼」
今日何度目かになる花火のようなきらきらした目を向けられる。
「ここでも十分綺麗に見られそうだけど、でもせっかくだし座ってみたいよね~」
「お前らは今も座ってんだろ……」
四人掛けのベンチ。座っていないのは俺だけだ。荷物まで持たされているのにな。
「そうね。どうせ見るのなら美しいものを見せてあげたいわ。その場所というのはここからどれくらいなの? あまり混んでいるようならここで見るのと変わらないけど……」
「言ってもそんな遠いわけじゃない。ここから少し行ったところにちょっとした丘みたいになっているところがあるんだが、道を知っていないと行きづらいうえ、あまり進んで行きたいとは思わないようなところだから人気もない」
俺が何でもないように説明すると、まなみは微妙そうな顔でうーん?と頷いていた。
*
「なにが少し歩くとよ……っ。山の上なんて聞いてないわよ⁉ というか、もう花火始まってるじゃない!」
前方から一ノ瀬のぼやき声が聞こえるが、正確には住宅街から少し離れたところにポツンとある小高い山。山というより丘といった方が近そうなそこは、むかし俺があの人に出会った場所だ。
「一応人工の道があるんだから山登りではない。それにあともうひと踏ん張り、この階段を上ればすぐだ」
祭りの喧騒から離れるようにバスで五分ほど移動した俺たちは、俺にとっては通い慣れたあまり整備されていない道路を歩き、ところどころが割れていたりコケなどの植物がコンクリートを突き破って出てきてしまっていたりする年季の入った長い石段を登っていた。
ここに来る途中のバスの中から既にドーンドーンという音が聞こえており、とっくに花火は始まってしまっている。ビルの影に隠れた光はちらりと見えたが、生憎と祭りの場所からは離れているため、まだきちんとその全体像を視界に捉えられてはいない。
「なんだかお祭りの場所からどんどん遠ざかっているようですが、本当に花火が見られるんですか? あと、この靴がちょっと大きくて歩きにくいのですが」
一ノ瀬に続き皇もまた手すりのない階段を一歩一歩重たい足取りで上りながら、不満と疑心をにじませる。
「仕方ないだろ? 一ノ瀬がお揃いにしたいってごねたんだから。同じサイズしかなかったんだから我慢してくれ。花火のことなら心配するな。花火が見えるのはちょうどこの裏だ」
後ろからみんなのお尻を……いや、安全を確認しながら階段を上りつつ、皇の駄々にそうこたえる。
靴というのは、履き慣れていない下駄では怪我をするかもしれないので、ここに来る途中のホームセンターで適当なスリッパを購入したのだ。まなみは念のためいつも通りスニーカーを履いてきていたのだが、一ノ瀬達はばっちり足元からお祭りを楽しんでいたからな。
店で適当なサイズの靴を手に取ってレジに向かおうとする俺を、
「せっかくなのだからもう少し浴衣に合うもので皇さんとお揃いにしたいわ」
と一ノ瀬が引き留め、それっぽいものを選んで渡してきた。確かにデザインは安物にしては浴衣にマッチしていて、二人が履けばお値段以上の見栄えとなることは想像に難くなかったが、生憎と二足とも同じサイズのものしかなく、どう考えても皇には大きい。しかしそんな俺の心配など無視し、いいですねだの、流石一ノ瀬さんだの、お兄ちゃんとはセンスが違うだのと話しながら俺に支払いをまかせ、三人ともさっさと店から出て行ってしまった。
そして現在、予想通りというか見えていた展開というか。案内役に先頭を歩くまなみと、ぼやき声をあげながらも難なくそれに続く一ノ瀬の後ろで、ただでさえゲージの少ない体力がサイズの合わない靴によってごりごり削られ、ついに皇は俺の前で力尽きた。
「も、もう無理……げんかいですう~……」
へろへろと階段の隅に座り込み、荒くなった呼吸を整える皇。
「まったく。だからサイズの合ったものにしたほうがいいって言っただろ?」
こうしている間にも、先を歩く二人はどんどんと階段を上っていく。よく浴衣であんなに身軽に動けるものだ。慣れているのもあるのだろうが、まなみは既にほとんど階段をのぼりきっており、一ノ瀬もそのすぐ後ろにいる。二人ともこちらを気にしてか何度かちらちらと視線を向けてくるが、先ほどから聞こえる花火の音が焦燥感を募らせ、その階段を上る足はどんどんと加速しているように感じる。
「だ、だって……。この浴衣を着つけてもらった時に、せっかくなのでお揃いにしませんかと伝えてから一ノ瀬さん、なんだかすっごく嬉しそうで。それに私も……、母の浴衣を着ている以上は、……その」
疲れているためか、弱弱しい声で言いながら、それでもできるだけ疲れを見せないよう取り繕う皇。立ち止まっている俺達を気にして、ちらちらとこちらに視線を向ける二人に気を遣っているのだろう。
皇の表情からは、無事このまま上り切れるのだろうかという不安の色がみてとれる。
……思えば、一ノ瀬も出会った頃に比べれば幾分か丸くなった。初対面で俺を蝙蝠と呼んでいたあいつが、今では皇や初対面のまなみと普通に……と言えば少々言葉に詰まるものがあるが、まあ、それでもまともに笑って話しているのだ。それが女子同士だからにせよ、皇が妹だと分かったからにせよ、それでも話しかけるのに一月もかかっていた皇とお揃いの浴衣を着て祭りに来た。母親の形見を皇に着させ、皇の初めての祭りの思い出を美しくするためにこんなに長い階段を上っている。
それは偏に、皇の笑顔が見たいからだ。この祭りから帰った後、いつかの未来で今日が楽しい思い出だったと笑顔で振り返ってもらえるように、そのために彼女は頑張っている。
一ノ瀬の心の内も、皇の心の内も、俺にはそれらを正確に推し量ることはできない。
けれど彼女が笑顔を望むなら。彼女が彼女の笑顔を望み、彼女がそれに報いたいと願うなら。俺はそれを全力で叶えるだけだ。
一ノ瀬たちは階段を上り切り、最後にこちらにチラリと視線を向けた。俺はそれに「先に行ってていいぞ」と手を上げて合図を送る。しばらく逡巡した後、二人はコクリと頷きを返し、花火の見える山の裏側へと歩いて行った。
俺は二人が完全に見えなくなるのを確認した後、一つその視線を夜空に移して、目をつぶり、いつかのあの人の顔を思い浮かべる。
『あの子たちを頼みましたよ、少年』
会ったこともないのに当たり前のようにそう言われ、そして俺はその時、何と返しただろうか。
自然と自分の頬が緩むのが分かった。
「この場所でお前たちにそんな顔をさせたら、あの人にあわせる顔がないからな。通報するなら後にしてくれ……よっ」
「え? ――わっ、ちょっ……⁉ 九十九さん⁉」
少し休んでまた上り始めようと腰を浮かせようとする皇の手をとって、俺はその手に俺の抱えている荷物を渡し、背中と太腿の裏を抱きかかえるようにして持ち上げる。俗に言う、お姫様抱っこの態勢だ。まさか現実でやる日がくるとは思わなかった。
「わっ、わわわ………だ、大丈夫ですか? お、重くないですか?」
顔を朱に染め、慌てまくっている皇だが、今ジタバタ動いた方が危ないと判断したのか、真っ赤な顔を両手で覆って、羞恥心に耐えるようにわなわなと身体を硬直させ、若干震える声でちらりと手の隙間から俺の顔を窺うようにのぞく。
「ふむ……四十四キロってところか? 服の分もあるからもう少し低いな。身長から考えると少しやせすぎだな。もっと飯食え飯」
「わっ、わあーーっ‼ なんでそんなことまで分かるんですかっ⁉ というか、おっ、おろしてください! とても恥ずかしいです!」
重くないかと聞かれたので素直に答えたのだが、先ほどまでとは違った意味で顔を真っ赤にした皇が、おろせおろせと暴れ出す。魚屋で言ったら刺身にされそうだな。
「こら、暴れるんじゃない、落ちるぞ。それと今更だが、おんぶとお姫様抱っこ、どっちがよかった? 俺としてはいろいろ堪能できるおんぶの方が嬉しいんだが」
「~~~っ‼ さ、最低ですっ! いっ、いいから下ろしてください! 自分で歩けますから!」
言いながらも、言われた通り暴れるのを止めて声だけで抵抗する皇。もちろんこのまま下ろすという選択肢はない。おんぶで背中に柔らかさを感じたいとも思ったが、慌てふためく皇を眺められるこの態勢も悪くない。というか感じられるほどの柔らかさも多分ないててててっ!
「……今、変なこと考えましたよね?」
「…………いいえ」
脇腹をつねられるのは地味に効く。
ああだこうだ言いつつその間も階段を上っていたので、もうあと少しで頂上だ。
ひとしきり抵抗を続けた皇だったが、俺におろす気がないと理解すると、もういろいろと諦めたような表情でされるがまま、ただただ恥ずかしさに耐えるよう両手で顔を覆って唇をモニュモニュさせていた。いろんな意味で背徳感が凄いな。一ノ瀬にばれたら消されそうなので口止めしておかなければ。
*
「つ、着いたぞ~」
頂上付近までなんとか上り切った俺はゆっくりと皇を腕からおろす。
「……あ、ありがとうございました」
まだ恥ずかしさが尾を引くのか、少しよそよそしい態度の皇にぎこちなく礼を言われる。
「おお。先にあいつらのところに行ってていいぞ。俺は少し疲れたからゆっくり行く」
手をぷらぷらさせながら、薄く呼吸を整えつつそう伝える。「す、すみません」と申し訳なさそうに言ったあと、いいんですか?という瞳にああと手を上げて答える。それに遠慮がちに微笑みを返した皇は一つ礼をして、急ぎ足に一ノ瀬達のいる方へと駆けて行った。
その遠くなる背中を見送りつつ、俺は未だ彼女の温もりの残る両腕に意識を向ける。
……っぷはあ~~~。
皇が見えなくなったのを確認して、俺は思い切り深呼吸する。
重かった。すごく重かった。いや、皇の体重は軽いのだが、この真夏の夜に浴衣姿の人間を抱えて階段を上るという重労働。しかも女の子ということもあって、汗くさいとか思われないように、あとできるだけ手の震えとかが伝わらないように神経をすり減らしながら気を遣って気を遣って慎重に、且つ気持ち急ぎ足で。いくらなんでも流石にへとへとだ。
「うわ……」
見ると今になって腕がプルプルと震え、若干手汗が滲んでいる。頬を伝う汗の感触からして、どうやら緊張の糸が解けて一気に疲れが押し寄せて来たみたいだ。本来俺はあまり汗をかく方ではないのだが。
俺はまなみのために持ち歩いているウェットティッシュをポケットから取り出しそれで汗を拭う。生憎とシトラスの香りはしない。
荷物は皇が持って行ったので、俺はポケットに財布とスマホが入っているだけで手ぶらの状態だ。
プルプルプルプル、いっちに~さ~んしっ、プルプルプルプル――……(手足のマッサージ)
よしっ。
なんとか体力が回復した俺は、重たい足取りで彼女達が去った方へと歩みを進める。
「ラブコメ主人公はゴリラだったんだな……」
少女漫画のヒロインは手を繋ぐ前に、まず握力を鍛えることをおすすめする。




