宿題は計画的にやった方が絶対ラクだ!、の形
先生の誕生日から数日が経ち、今日は楽しい登校日。原則として授業を行ってはいけないことになっているため、その内容は課題の進捗状況の確認などなのだが、正直このイベントは必要なのだろうかと常々思う。
そもそも俺はこの登校日というイベントにほとんど参加したことがない。小学生の頃からずっと当たり前のように自宅待機(お留守番)して、夏休みが終わって登校した日に職員室に呼び出されてごめんなさいするというのが中学までの俺の夏休みの思い出だ。
本来であれば高校に入ろうが俺は俺の信念に従い行動し、きっちり呼び出されて甘地先生からのあま~いお仕置きを………お叱りを受けようと思っていたのだが、昨日珍しく皇からメールが届いたのだ。
『明日の登校日とはどんなことするのでしょうか?
わたし、これまで登校すらしたことがなかったので何をするのかよく分かっていなくて。
一ノ瀬さんに尋ねても、「一度も登校日に参加したことがないから分からないわ」といわれまして……。
ですので何が必要なのか教えてもらえないでしょうか?』
すぐさま姉さんとまなみのもとへ調査しに走った俺だったが、二人からの答えは、
「何もいらないわよ。あとあんたもいらないわ」
……………。
「お兄ちゃんの学校のことはよく分からないけど、登校日に持ってくものって言ったら筆記用具とかじゃないかな? あとは、私たちは夏休みの課題を持って行って、終わってない課題とかやってるよ? てゆか、お兄ちゃんたちは登校日に提出しなきゃいけない課題とかないの?」
……………。
……どちらがどちらの答えなのか『なぞなぞ』だ。
姉さんはともかくまなみからは有益な情報を得られた。
そう、とても有益な情報だ。
「………え? 登校日に持っていく課題……?」
まなみに言われて、俺は急いで自室へと向かい、終業式の日以降一度も触れることすらしていないスクールバッグを恐る恐る開けた。
そして目にしたのは、最後の最後にとどめとばかりに出されたたくさんの課題の山。
OH~……NO……
絶望である。一瞬脳裏に芍薬の大輪が咲き乱れた。
…………………(ピッ)
悟りの境地に至った俺は冷静な思考と判断で皇に電話した。
『PPPPP……♪ PPピッ―――はい、もしもし、九十九さんですか?』
『オイオイ、わたしだ皇さん。さっきメールで言ってた明日のことだけど――……』
それから俺はまなみから聞いた内容を皇に伝えた。特に、明日提出する課題があるという部分はそれはもう事細かに。
『――……ということだ。明日提出の課題は数学、物理、英語……まあ、細かいことは一ノ瀬にでも聞いてくれ。クラスが違うとそこのところよく分からないからな。それじゃあ皇、お互い頑張ろうぜ』
『……あ、あの……うっ……嘘ですよね? か、からかってるだけですよね?』
『あはははは』
『ちょっ‼ あはははじゃなくて(プッ)』
………………。
取り乱す友人《仲間》の声に心地よさを感じつつ、皇の言葉を遮って電話を切った。
やり切った。
俺はすがすがしい笑みを浮かべ、目の前の課題の山からそっと視線を逸らすと、夢の世界へとダイブした。
それから数分後、一ノ瀬から何皇さん泣かせてんだという怒りのメッセージが届いていたことを、俺は次の日の朝知ることになるのだった。
*
「それで、君がなぜここに呼ばれたのか、分かるな?」
慣れ切った生徒指導室。
足を組んで俺を見下ろす先生。
床に正座し先生を見上げる俺。
物凄くデジャブだ。
「ついこの前のことなのに、随分懐かしく感じますね」
「……その一言が出る時点で、君は何一つ反省していなかったということだな……」
いつも通り威圧感たっぷりに俺を見下ろす先生にへらりと笑って言うと、もういろいろと諦めたような溜息とともに、先生は組んでいた腕と足をほどく。正座している俺の前に足を組んで腰かける先生といういろいろとチャンスな状況なのだが、生憎と先生はいつも通りのパンツスーツ。スカートの中からこんにちはという夢の状況は夢のままだ。
「しかしあれですね。先生くらいの美人だと想像しかできないこの状況も……。今ならチラ見え派の戯言も理解できそうだな……」
「……何を言っているのかよく分からないが、とりあえずそれ以上こちらにその不愉快な視線を向けるのなら生徒会長に言いつけるぞ」
バッ!
俺は全力で視線を逸らした。
「それで、今日は一体何の用なんですか、先生? 大好きな俺が恋しいのならそう言ってくださいよ。いつでも俺の進路先には先生の名前を書きますよ?」
「……そうか。ならば二年後の進路指導には私がなろう。さっそくこの後理事長に相談に行ってくるよ」
「じょ、冗談ですって! ツッコむか無視してくれないと反応に困ります! ……そ、それより今日は何の用で呼び出されたんですか?」
久しぶりのこの感じに慌てつつ、俺は話題を変えようと本題に入る。
「ん? ……ああ、そういえばそうだな。というか、私はさっき君にそれを聞いたんだが」
「アハハ……まあ、なんとなくは察してますが」
「できれば確信していてほしいが……はあ。今日提出の課題、何一つ手を付けていないとはどういうことだ? ほぼすべての教科の先生から君の名前を聞いたよ」
呆れ、からのため息、からの諦め。コンボ技でクリティカルヒットだ。
「……まあ、そういうことです」
サッと目を逸らす俺。
「……そうか。そういうことなら仕方ないな」
サッと拳を振り上げる先生。
「嘘です先生っ! 分かってますって! 理解してます! むしろもう熟知していると言って申し分ないほど完璧に把握しています‼ つまり俺が昨日の夜に今日提出する課題があることを知ったにも関わらず、睡魔とめんどくささに負けて無視して寝ちゃったことがいけないんじゃないかなってことですよね?」
「……そこまで分かっているのならなぜさっきからそんな態度がとれるのか、私はつくづく不思議だよ」
心底分からないと言う先生だが、それはもうむしろ開き直ってクルクルパっといろいろ考えないことにした結果。つまりは悟りの境地に行き着いた仏の精神です。いやー、悟っちゃったからなー、俺。常人には理解できなくても仕方ないよなー。
「とりあえず、このことは君たちの部長の一ノ瀬に既に伝えてある。君一人ではいまいち信用ならないからな。どうせ毎日暇を持て余していると言っていただろう? 部活の時間は彼女たちと宿題に励め」
一つため息をついて言う先生に、俺は驚きを隠せない。
「一ノ瀬にって……え? 部室で宿題するんですか? しかもあいつら二人のいるところで?」
ムリムリムリムリ。ただでさえ最近、一ノ瀬の俺を見る目が冬に近づいているのに、夏休みに入って宿題どころか一度も鞄すら開けていないなどとばれたら……
「ちなみに君だけじゃなく、皇も色々とやらかしているらしい。二人ともみっちり一ノ瀬にしごいてもらえ」
…………。
夏真っただ中だというのに、部室に入る前に防寒対策したいと思った。
*
「――まったく。予想はしていたとはいえ、まさか二人ともまったく宿題に手をつけていないとはね」
先生に呼び出された後、クラスに戻って夏季休業中の課題に励んだ俺たちは、午前中のみの登校だったため、午後からはいつも通り部室へと集まった。
いつも通り席に腰かけた俺達は、先生が言っていた通り、既に俺たちの惨状を理解していた一ノ瀬にこんこんと説教され今に至る。
いつも通りずっと床に正座した状態で叱られていたので、いつも通り足が痺れてえらいことになっている。
一通りの説教を終えた後、まったく反省の色を見せずに足のしびれを気にする俺達を見て、いつも通り呆れた声で言う一ノ瀬さん。
「まっ、まってください‼ 確かに私もやりなおしと言われましたが、私は昨日の晩に九十九さんから今日提出の課題があると教えていただいた後、すごく頑張ってやったんです! 夜更かしに慣れていなくて途中で眠ってしまいましたが、それでも半分は終わらせましたし、今朝早起きしてギリギリで終わらせました! ただそれがあまりにも不正解が多く、まとはずれなことばかりだったからやり直しだったんです!」
一ノ瀬に呆れられたのが悲しかったのか、俺と同レベルだと思われることが嫌なのかは分からないが、皇は痺れる脚をプルプル震わせながら必死に否定する。小鹿みたいだ。
「……残念ながらそれはやったとは言わないわ……。まあ、あなたの頑張りは認めるけれどね」
皇の目の下の隈を見て、一ノ瀬はフッと優しい目で言う。
「一ノ瀬さん……」
感動で目尻に涙を浮かべ、一ノ瀬をみつめる皇。
「ま、俺はもちろん何一つ手を付けていなくて、そもそも提出すらしていないがな」
「「…………」」
笑ってもらいたくて言ったのだが、二人から向けられたのはいつも通りの諦めの視線だった。
*
一ノ瀬に監視されながら俺たちは宿題に励む。
「そういえば、一ノ瀬さんは宿題しなくていいんですか?」
おもむろに、一ノ瀬に教えられながら間違えていた箇所――というかほぼすべて――を直していた皇が、一旦鉛筆を置いて一ノ瀬に尋ねる。俺? 俺は二人にかまってもらえず寂しい思いをしつつ、少しさぼろうとすると二人から叱られる。いつも通り一人孤独に宿題に励んでいる。
「私は甘地先生からあなたたち二人の監視を頼まれているもの。それに夏休みの宿題は七月のうちに終わらせているわ」
「「…………」」
当たり前でしょ? とでも言いたげな一ノ瀬の表情を見て、俺たちは黙って作業に戻った。
*
「――と、悪いが今日はこの後用事があるんだが、今日はこれで帰らせてもらっていいか?」
無心で宿題に励むことしばし、ふと時計に目をやると時刻は十五時を回っていた。
「いいわけないでしょう? あなたの言う用事なんてどうせサボるための口実でしょうし、あなたの信用は無に等しいわ」
「九十九さん、できればそんな嘘はやめて欲しいです……」
…………。
不思議そうに首を傾げる一ノ瀬と、悲し気な表情で目を伏せる皇。
まさかここまで俺の信用が地に落ちていたとは……。
あれ? 室内なのになんで雨なんて降ってるんだろう。雨漏りだろうか。
「いや、今回はちゃんとした理由があるんだ」
「今回は? ということは、普段はちゃんとした理由がなくても帰ると言うことかしら?」
うっ……。そう言われてしまうと「はい、そうですね」としか言えないが……
「ならその用事というのを教えてもらえるかしら? 私も先生から頼まれている以上、あなたがサボるのを見過ごすことはできない。きちんとした理由を説明してくれるのならべつに止めはしないわ」
クソ真面目な一ノ瀬さん。
その隣では皇もコクコクと頷いている。
「今日、隣町で祭りがあるだろ? 前から妹と一緒に行く約束をしていたんだ。登校日に学校に行くとは思ってなかったから何も考えず約束していたが、先に約束していたのはあっちだからな」
明日登校日だと伝えた時のまなみの悲し気な目は、兄の心を射抜くには十分すぎるものだった。
「……まあ、それなら仕方ないわね。というか、あなた、お姉さんだけじゃなくて妹もいたのね?」
「はい、約束は守らないといけませんからね! それより、九十九さんお姉さんがいたんですね。一ノ瀬さんもそれを知っていたなんて……なんだか仲間外れにされた気分です」
ムッと唇を尖らせる皇。
「ちっ、ちがうぞ皇! べつにお前にだけ隠してたわけじゃなくて」
「そっ、そうよ皇さん‼ ただ偶然姉さんに聞かされただけで、私とこの男があなたをのけものにしているとかっ……、そういうことはまっっったく! まったくないわっ‼ それにこの男の情報なんて、興味もなければあなたが知る必要もないわ!」
全力で否定する俺達。
「そ、そうですか? ……それならいいですけど」
なんとか皇は納得してくれたようだが、心なしか俺の方こそかなりの疎外感を感じました。
「皇には伝えていなかったんだが、俺の姉さんはこの学校の生徒会長だ。不出来な弟のせいで迷惑をかけると申し訳ないからあまり積極的に話そうとは思わなかったが、まあ、お前らに隠す必要はなかったな」
一ノ瀬には知られてしまっているし、こいつらが誰彼構わず人に話すような奴らではないことくらいもう既に分かっている。
「なんですか? それは、私にはそれを話す相手もいないだろって言ってるんですか? 確かにそんな相手はいませんが、それでもあなたには言われたくないです!」
…………。
俺は『信用できる相手だから』と言いたかったのだが、ひどい誤解だ。
「いや、そういうわけじゃないんだが。というか、話したんだからそろそろ帰っていいか? 浴衣に着替えるとか言ってたから、遅れると割と命の危険にさらされるんだが」
「そうね。ではもうあなたは帰っていいわよ」
一ノ瀬の許可を受け、俺は荷物をまとめ帰るよう席を立つ。
と、そんな俺達の会話を聞いていた皇が、
「そういえばお祭りがあると言っていましたね。……お祭りですか。お祭りというのは、あのいろいろな屋台が出ていて、太鼓とか、みこし……?とか、花火が上がったりするというあのお祭りですか?」
「まあ、そのお祭りだな」
先ほどまでの怒りを忘れ、目を輝かせる皇。
そんな皇の瞳を見ていると、前に皇の言っていたことが思い起こされる。
白い病室に一人切り。遠くで聞こえる花火の音。
窓から見える祭りの明かりをたった一人見上げる幼い少女。
「……なあ、一ノ瀬」
「ええ……あなたに言われるまでもなくそのつもりよ」
祭りに目を輝かせる皇からそっと距離を取り、席を立って俺と一ノ瀬は小声で話す。
「――それじゃあ、またな」
一声そう言って部屋を出る。
家までの帰り道。
なんだか妹が増えた気分だなと、そんなことを思った。




