相応しい贈り物、の形
「俺が調べた結果。誕生日会とは家族や友人とケーキを食ってプレゼントあげて、いろいろ飾りつけして盛り上がるイベントらしい」
というわけで、
「なるほど。それで調理室というわけね?」
流石一ノ瀬。話が早くて助かるな。
「ああ、来る前に職員室に寄って頼んだが、教員の監視が必要だと言われたからな。連絡先交換しといて助かりました、先生」
「いえ、あなたの頼みならこの身を差し出すことも厭わないわよ、九十九君。というよりウェルカムね。むしろこちらから行くわ」
夏休みなのにスーツ姿でビシっと決めた村崎先生がおかしなことを口走るが、それにしても助かった。先生以外にこんなことを頼める教員はいないからな。
念のため甘地先生がいるか確認したときにも思ったが、先生たちは夏休みにもこうして学校に来ないといけないのだから大変だな。よく夏休みがあると思って教員になったと言う人がいるが、どんまいとしか言いようがない。
「ハハハ……ですね。村崎さんも悪いな。どうにも俺達だけじゃよく分からんことが多くてな。手伝ってくれると助かる」
俺は先生の隣、ハアハアと息を切らしている村崎さんに視線を向ける。
「いっ、いえ……、たまたま私も学校に用事があったのでっ」
汗をぬぐいつつ言う村崎さん。先生に連絡したら彼女もいっしょに来てくれたのだ。
そんな彼女を見て先生は。
「あら? あなた、私が九十九君から呼び出されたって連絡したら慌てて支度してきたんじゃ」
「わーーっ‼ だ、だまっててお姉ちゃん! ち、違うから! べつにそんなことないから! 私は学校に忘れ物をして――」
「それで、まずはケーキを作ればいいのね? 部屋の飾りつけもするのなら二手に分かれた方がいいんじゃないかしら?」
いつもの姉妹のやりとりを眺めながら、それを無視して一ノ瀬がさっそく調理器具を用意し始める。
「ああ、そうだな。それとプレゼントも買ってくるのなら三組に分かれるか。ケーキや飾りつけの材料は買ってきたが、プレゼントまでは分からなかったからな。こういうのは同性が選んだ方が確実だろ?」
突然のことだったのであまり盛大にはできないが、調べた限り、誕生日会はこれくらいはするらしい。
「では誰がケーキ作りをするかだけど、得意な人はいるかしら? 私は問題ないわ」
「私は調理室の監視として呼ばれたから、必然ケーキ作りね。一応料理の心得はあるわ」
「私は………調理場に立ったこともないですが、それでもできるでしょうか?」
「よし、皇は俺と一緒に飾りつけをしよう。一ノ瀬と先生がケーキ作り。村崎さんは、悪いがプレゼントを頼みたい」
皇がケーキ作りをしたいと言い出したら危険なので、早々に結論を出す。みんな異論はないと承諾してくれた。ちなみに村崎さんは先生と同じく、それなりに料理はできるそうだ。
*
「プレゼント、ですか。でもどんなものを買ってくれば……」
一ノ瀬と先生にケーキ作りをまかせ、調理室を後にした俺たちは一旦育才部の部室へと戻って来た。
「そうだな。まあ、先生の欲しがりそうなものを……そういえばあの人が欲しがるものって、全然想像つかないな」
素敵な婚約者とか結婚生活とか、割とガチで欲しがってそうなものなら想像つくが、それを叶えようと思ったら最悪俺が、
『プレゼントは私♥』
を実行しなければならなくなりそうなので却下だ。男子高校生の裸リボンなんて需要マイナスだからな。……一部では分からないが。
「大人の女性ですし、やっぱりお洒落なモノとかでしょうか?」
真剣に考え込む皇。
しばらく三人で考えるが、一向にいいプレゼントが思いつかない。さっきは候補にあったが、流石に金や臓器を渡すわけにはいかないしな。
「なあ、もしお前らがプレゼントをもらうなら、やっぱり形が残るものの方がいいのか?」
俺の誕生日には母さんやまなみがプレゼントをくれたりするが、そのとき、俺から何かが欲しいと頼むことはない。というか、俺にはあまり物欲というものがない。趣味のコーヒーの道具などはよく雑誌を見て欲しいと思うし、豆は定期的に買い出しにも行くが、そういったものは自分で買う。
与えられることよりも与えることの方が楽だからな。養ってもらっている立場で何言ってんだって話だが。
「そうですね……。私の誕生日には父が盛大に祝ってくれますが、私から何かが欲しいと伝えたことはないですね。欲しいものもあまりありませんでしたし。……言い出したら切りもなかったですし」
……まあ、皇はそうか。こいつの過去を知っている分、その言葉が何を意味しているのか。考えても仕方ない。
「私はよく誕生日にはお姉ちゃんに欲しい物を頼みますね。昔はその時流行っていた人形や可愛いぬいぐるみなんかだったけど、最近はもう少し実用性のあるものが多いかな。それで言うと、形が残るものでなくてもいいんじゃないでしょうか?」
なるほど。ならやはり消耗品であってもいいということか。
「あっ! それならお菓子とかはどうですか? チョコレートとかならおしゃれなものがありますし、お酒のおつまみにもなりますよね?」
『ひらめきました♪』とポンと手を打つ皇。
「ああ、先生酒好きそうだし、なかなかいいアイディアだな」
俺が肯定すると、二人はパアっと表情を明るくし、
「ではっ!」
が、今になって二人には悪いと思う。
「というわけで、はいこれ。来る途中で買ってきた、有名ブランドの高級チョコレートセットだ」
「「…………」」
…………。
沈黙が場を支配する。これもコミュニケーション教室のカリキュラムの一つなのだが、二人の感情の抜けきった表情を見て、流石に間違ったなと思った。
「……チョコレートでないもので考えましょうか。お菓子の類はチョコレートがあるので避けましょう。それ以外で言うと……」
「ケーキはお姉ちゃんたちが作ってくれるし、そればかりだとなんか……。ここはやはりそれ以外のもので……食べ物以外の消耗品、よく無くなるものといえば……トイレットペーパー……とか?」
「その線で考えるのなら、洗剤や調味料とかですね」
「いいですね! 業務用スーパーで箱で売ってるし、大量に買って――」
盛り上がる二人だが、誕生日にトイレットペーパーやサラダ油を大量にもらっても、確かに家庭にとってはメチャクチャ有難いが、お洒落感や特別感はゼロだろう。
このままではせっかく一ノ瀬と先生がお洒落に作ってくれたケーキと最高級ブランドのチョコレートと一緒に、一ロール十円台のトイレットペーパーが並ぶことになってしまう。これからめちゃくちゃ花とか飾っても、流石にその絵面をおしゃれなものにすることはできないな。
「消耗品、というより、食べ物路線を変える必要はないんじゃないか? ほら、飲み物とかならかぶらないだろ?」
いよいよトイレットペーパーとサラダ油、洗剤の詰め合わせという暑中見舞いのようなプレゼントでファイナルアンサーになりかけていた二人に提案する。
「飲み物ですか? ですがお酒は私たち未成年ですし」
「べつに酒じゃなくてもいいだろ? というか、先生は何飲んでても様になるからな。ミネラルウォーターでもいいかもな」
冗談で言ってみたが、先生が水を飲んでいる姿を想像すると、まるでCMのワンシーンのようだ。マジでなんでも似合うなあの人。やっぱトイレットペーパーでもいいかもしれない。
「さ、さすがにお水だけというわけにはいかないんじゃ……。それなら紅茶やコーヒーなどでしょうか? ケーキにも合いますし、おしゃれですし」
「いいな。コーヒーなら俺が用意してもいいが、お前たちも飲むんなら紅茶の方がいいだろ? そして村崎さん、君は紅茶研究会所属だ」
やっとこさゴールが見えたので、全力で乗っかる。アシストパス下手くそすぎるな。
「分かりました。紅茶の専門店なら部活でよく行きますし、珍しくてケーキにも合うものを買ってくればいいんですね?」
「ああ、今日この後ケーキと一緒に飲むものと、あとできればもう一つくらい欲しい。生憎俺達じゃ紅茶のよしあしは分からないからな。うるさい奴は今ケーキ作ってるからあれだし。頼んでいいか?」
通い慣れてるっぽいし、そこなら一人でも問題ないだろう。
「はい、任せてください! 必ず最高の紅茶を用意します!」
胸の前に手をやって張り切る村崎さん。
これで先生へのプレゼントは決まったな。
村崎さんはさっそく教室を出て店へと向かった。紅茶の相場や、どのくらい買うのか分からないので財布をまるまる渡そうとしたのだが、当然、断られた。村崎さんが立て替えておいて、あとからみんなで割り勘することになった。
「それじゃあ俺達も飾りつけに取り掛かるか」
村崎さんを見送った俺は言って、皇と部屋を飾り付け始める。
せっかくみんなが集まったので、できるだけ雰囲気のあるものにしたい。とはいえ、時間も限られているので、そこまでこだわるわけにもいかない。
俺たちは部屋の入口のドアといつも使っている長机や椅子などを中心に、今日ここに来る途中立ち寄った花屋で誕生日会にと勧められた花などを飾っていく。
「それにしても、流石ですね九十九さん。先生の誕生日会を計画したり、こんなものまで用意したり。私は今日が何の日かも知りませんでした」
机にテーブルクロスを敷くのを手伝いながら、皇は自嘲気味に笑う。
「いや、俺も今朝気づいただけだからな。ここに集まるのはいいけど、どうせ今日もやることなくて退屈だろうから。その暇つぶしと先生への日頃の礼ができればと思っただけだ」
最近、皇は一ノ瀬とばかり話していて全然かまってくれず暇だからな。それにこうしてみんなで何かをやってみるのも、こいつらの成長のためになる。
「ふふ、それなら納得ですね。ちなみに私の誕生日は十一月十七日ですが、そのときも九十九さんは今みたいにお祝いしてくれますか?」
手を止め、ふとこちらに視線を向ける皇。口調に反してその瞳は真剣だった。
「当たり前だろ? まあ、この夏休みが終わる頃に一ノ瀬に認められていればだが。もしその頃までお前たちとの時間が続いていたら、二人の誕生日は俺が盛大に祝ってやる」
そこで一つ俺は言葉を区切り、
「――ゆびせんぼんの約束だ」
この皇の笑顔をきっと守り抜こうと、俺はネリネの花に誓った。




