ヒメユリの日、の形
部室へ行くと、もう既に二人は来て紅茶のペットボトルを机の隅に置き、向かい合って話し込んでいた。
俺はそんな二人に一言挨拶し、いつもの席。二人から二席ほど離れた隅っこの椅子に腰かける。
俺の挨拶に元気よく返してくれた皇と、もちろん無視の一ノ瀬さん。しかし一ノ瀬も最近はこちらにちらと視線を一瞬向けてくれるようになった。どうしてかその目は煩わしい物、邪魔者を見るときのそれにしか例えようがないが、きっと俺たちの距離も縮まっているのだと、俺は自分に言い聞かせる。俺の癒しは皇だけか。
とはいえ、最近では皇も一ノ瀬とばかり会話を楽しみ、専ら俺に話が振られることはない。ほとんど皇と一ノ瀬の会話を子守歌に昼寝したり本を読んだり。本当になんで俺、毎日こんなところに通っているのかな? 自分でも不思議だ。
机に突っ伏し、いつも通り目を閉じて夜にアニメを観るために犠牲となった睡眠時間を確保するのも悪くはないが、そろそろ切り出さなければ時間が無くなってしまう。
「なあ二人とも、今日は何の日か知ってるか?」
「「?」」
可愛らしく首を傾げる二人。双子だけあって仕草が似ている。
「今日はたしか八月一日ですが……何の日、ですか? ……一ノ瀬さん分かりますか?」
皇は早々に考えるのを放棄して一ノ瀬に尋ねる。
「そうね………あの有名な自動車会社の創始者が機織り機の特許を取得した日で、愛知発明の日ね。他には……水の日、花火の日、バイキングの日……語呂合わせだと肺の日とかパインの日とか………そんなところかしら?」
皇に尋ねられて張り切ったのか、一ノ瀬はむむむと全力で記憶を掘り起こす。いや、けど突然聞かれて凄いな。百科事典か。
しかしこれだけの情報量なのに、何も俺の伝えたいことに引っかからない。本当に無駄な質問だったな。
「ヒントは誕生花だ」
女の子はそういうのに詳しいと聞いたことがある。俺も綾さんにその知識でマウント取られたからな。
「そんなもの、突然聞かれて答えられるわけないでしょう?」
なんでトヨタの歴史を知ってて、それを知らねえんだよ。
「他にもいろいろあるが、八月一日の誕生花はヒメユリだ。ヒメユリの花言葉は“甘美”。ここまで言えば分かるか?」
得意げに言ってみるが、二人は首を傾げる。というか一ノ瀬に至っては段々腹が立ってきたようで、段々とその眉間に薄く皺が寄ってきている。美人な分分かりやすいな。
とはいえ、二人が気づかないのも無理はない。俺も今朝、母さんたちに笑われて気づいたからな。
「今日は甘地先生の誕生日だ」
「「っ!」」
言うと、二人は驚いた後、納得したように頷く。
「なるほど。それで九十九さんは、甘地先生の誕生日を祝ってあげたいということですね?」
「ああ、先生にはいつも世話になってるからな。たまには何か返せたらと」
「……あなたにしてはなかなか気が利く情報ね」
褒められてしまった。ちょっと嬉しい自分がなんか悲しいな。
「そういうことなら私も賛成です! 是非やりましょう! すぐやりましょう!」
「あ、ああ……。一ノ瀬、お前もいいか?」
提案した本人より乗り気な皇の圧に押されつつ、一ノ瀬にも一応確認する。
「ええ、先生にはいつもお世話になっているし、皇さんが乗り気なのなら断る理由はないわね」
なぜか後半の理由の方が強そうだが、部長の了解が取れたのなら良かった。
「よし、それじゃあ今日の活動は、甘地先生の誕生日をうまい事祝おうぜ、だな」
家族以外の誕生日などどう祝うのか不明だが、きっとなんとかなるだろう。
*
「……なんとかならなかったな」
忘れていた。船頭多くして船山に上る。コミュ障が何人そろったところで、誕生日の祝い方など分かるはずもなかった。
「ど、どういうことかしら? 誕生日って、プレゼントを渡す以外、他に何かやることがあるの?」
眉間に手を当て目をつぶり、心底分からないと首を傾げる一ノ瀬。
「……ですね。プレゼントの中身も、お金とか割引券とか臓器とか……ろくなものがありませんし」
机の上に置かれたA4用紙に目をやりながら、盛大にしかめっ面をする皇。可愛い顔が残念なことになってるぞ。
それにしても、たしかにろくなこと書いてないな。
言っておくが臓器と書いたのは一ノ瀬だ。「あら、ならあなたの肝臓を一つ分けてあげたらどうかしら?」とか平気な顔して言ってきやがったからな、あの女。その後に「少しは人の役に立てるわよ?」までセットだった。アンハッピーセットっておもちゃついてくるのか?
「だな。……というわけで、こちらをご覧ください。来る途中ネットで調べて、誕生日会で必要になりそうなものを一式購入済みだ。プレゼントはあれだが、ケーキ作りの材料とか花とか、そういうのはそろってるぞ」
これで今日のコミュニケーション教室は終了だ。そろそろ作業に取り掛かろう。
「……今更驚きはしないけれど、さっきの話し合いは無駄な時間だったわね」
「はい。まあ、楽しかったですけど」
とはいえ、俺はこの教室に入った時点で両手いっぱいに荷物を抱えていた。少しくらいこちらに意識を向けてくれれば違和感に気づいたはずだが、まったく悲しい限りだ。




