表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/137

夏休みの一幕、の形

 夏休み。

 俺にとってそれは、何の意味もなさない言葉だった。


 学校に行かなくていい。宿題がたくさんでる。暑くてしんどい。家族でお出かけ。楽しい思い出。アサガオの観察。遊園地でカップルを呪う♪(ルンルン♪)――……


 そんな世間一般でいう夏休みの出来事が、昔の俺には酷く遠いものだった。

  学校があろうとなかろうと、特に何を思うこともない。

 学校で受ける授業は既に理解しているものばかりで、友人と呼べる相手どころか誰かと話すこと自体ほぼ無かった俺は、昔から学校というものにあまり興味がなかった。

 はなから興味がないものが休みになったところで、特に何かを思うこともない。来いと言うのなら行き、来るなと言うのなら行かない。


 俺にとって、夏休みとはそれくらいのものだった。


 そんな俺だが、ある時から長期休みを心待ちにするようになった。

 休みの間は毎日、毎日、朝から晩まであの墓地に通った。

 俺にとって、夏休みはあの人との他愛ない語らいの時間だった。

 彼女は来るときもあれば来ない時もあり、ほとんど会えないまま休みが終わってしまうこともあったが、そんなときは図書館に行った時にこつこつと記憶しておいた本を読んで時間を潰した。


 俺にとって、夏休みとはそういうものだった。





 九十九万才の朝は早い―――ということはなく、特にやることのない休日は昼過ぎまで寝ていることもざらである。


「おーい、朝だよ~お兄ちゃん」


 妹のまなみのモーニングコールに徐々に意識が覚醒する。


「――ん? んん……ああ――おはようまなみ、いい朝だな」


 まどろみの中、布団の上で寝転がる俺の腹の上に乗っかるまなみを見上げて、爽やかな朝の挨拶を返す。


「おはよ、お兄ちゃん♪ ……てゆか、もうお昼なんだけどね」


 俺の上に乗ったまま呆れたように言いつつ、


「朝ごはん……もうお昼ご飯だけど、作ったけど食べる?」

「ああ、もうそんな時間か。分かった、食べる。……食べるからそろそろそこ降りてくれない?」


 寝起きとはいえ結構な空腹感だ。一月ほど前に新しく購入した目覚まし時計に目をやると、時刻は十一時半を超えていた。

 俺は起き上がろうと腹筋に力を込めたのだが、そういえばまなみがまだ腹の上に乗っていたのだ。傍から見るとお馬さんに乗っているようにも見えなくもない光景。このまま無理に身を起こせばいろいろとまずいことになりそうなので、俺はまなみに降りてくれるよう頼む。


「はーい」


 可愛らしく言ったまなみは、そのまま俺の上から降りてドアの方へと向かう。


「それじゃあ用意して待ってるから、お兄ちゃんは顔洗ってきてね」


 部屋のドアに手をかけ、ガチャリと開く。

 引き戸になっているドアは、そのまままなみが外に出て閉められると思ったが、なぜかもう一度開いた。


「べつに、夏休みだからいいけどさあ。あんまり遅くまで寝てると、一緒にいられる時間が少なくなっちゃうから、もう少し早く起きてくれると嬉しい♪」


 小悪魔のような笑顔を残して去っていった。


 この日から、俺の起床時間が驚くほど早まったことは言うまでもないだろう。悪魔って怖いな。





 言われた通り顔を洗ってリビングに向かうと、珍しく姉さんと母さんの姿があった。


「あら、おはようさいちゃん♪」


 リビングに入ってすぐ、俺に気づいた母さんの上機嫌な挨拶に荒んだ心が癒される十六の俺。盗んだバイクをプレゼントしよう。どちらにしても親は泣くな。


「おはよう母さん、姉さんも。二人ともめずらしいね、今日は休み?」


 いつもは母さんも姉さんも忙しく、こうして昼間からリビングにそろって昼食をとることなど滅多にない。

 そう思い言ったのだが、どうしてか、二人とも俺のその言葉に不思議そうな顔をする。

 そして少しの間の後、突然二人は笑い出した。見ればキッチンで食器に料理をよそっているまなみもだ。


「??? どうした? 俺、なんか変なこと言ったか?」


 全くもって彼女たちの笑っている理由が分からない。あれか? 顔が面白かったのか? 地味に傷つくんだが。

 そんな困惑している俺を見て、更にみんなは可笑しそうに笑う。というか姉さんまで笑っているのは意外だ。


「プフッ――フフ、……あんたっ、今日何日か知ってる?」


 姉さんに言われ、俺は今日は何日だったかと思い出す。


「? もちろん。今日は八月一日だろ?」


 七月も終わり、いよいよ夏本番となった記念すべき日。誕生花は姫百合ヒメユリだ。確か甘地先生の誕生日だったな。四月の自己紹介の時に誰かが質問していた。


「フフ……そうじゃなくて、今日は何曜日?」


 またも笑い出す三人。母さんがニコニコとしながら優しく尋ねる。


「何曜日? ――ああ……そういうことか」


 言われて理解した。


「今日は日曜日だから、お母さんは仕事お休みなんだって。お姉ちゃんはお昼から生徒会の用事があるらしいけど」


 なかなか恥ずかしい思いをしている俺を見てニヤニヤと笑いつつ、まなみは昼食を運んでくる。


「いや、それにしても、二人とも日曜にいるのは珍しいだろ?」


 まなみの手伝いをしながら恨めし気に言うと、


「二人とも昨日言ってたよ?」

「………そうか」


 俺はもう抗うことをあきらめた。





「コーヒー淹れるけど母さんもいる?」


 昼食を食べ終え、洗い物を洗い終えたらアフタヌーンコーヒーの気分。


「ええ、お願いしようかしら」

「了解。姉さんは?」


 今日はみんな自室に引っ込むことはなく、何となくリビングで各自思い思いのことをして過ごしている。


「……淹れたければ淹れれば」

「了解。まなみはいるか?」


 文庫本を片手にソファを独占する姉さん。母さんはダイニングテーブルに腰かけ、何が面白いのかニコニコしながらみんなを眺めている。

 姉さんがそんな感じなのはいつものことなので、べつに気にしない。わがままお嬢様の給仕になった気分でお仕えするのだ。()()()()()()()()()()とはよく言ったものだな。


「んんー……いや、私はいらないかなあ。苦いの苦手だし」


 洗い物は俺が引き受けたので、退屈そうにテレビのニュースを眺めていたまなみはこちらを振り返り、数秒考えた後、やっぱいいやと首を振る。


「べつに苦くないコーヒーだってあるんだぞ? カプチーノとか、カフェラテみたいにすれば甘くなるし、豆を選べばそれだけで甘いのもあるが」

「へえ……でもいいや。今あんまりのど渇いてないし」


 感心したようにうなずいたまなみだったが、やっぱりいらないらしい。俺はそれに「そうか」と返し、母さんと姉さんと合わせて三人分のコーヒーを用意する。

 今回は人によって豆を変えるので、一杯一杯淹れられるドリッパーを使った方法で淹れる。

 俺は専用冷凍庫から『オリジナルブレン(母さん)』と『オリジナルブレンド(姉さん)』と書かれた豆を取り出す。

 お湯を沸かし、ドリッパーにフィルターをセット。豆をそれぞれ計り取り、挽く。それをお湯で濡らしたフィルターに入れ、湯を注ぐ。

 それを、豆を使い分けて三回、二十分ほどで完了。



「んん~~っ! さっすがさいちゃん♪ すっごく美味しいわ」

「…………まあまあね」


 二人の反応に安堵しつつ俺も自分のものを一杯。

 んん……まあまあだな。少し温度がぬるかっただろうか。もちろん温度は計っていたのだが、淹れている間に冷めてしまったか。面倒だからと、自分の分は適当にやったので仕方ないな。


「そういえば、さいちゃんは、今日はこの後予定とかあるの?」


 数口コーヒーをすすった母さんはおもむろに、まなみとテレビゲームを始めた俺に尋ねる。


「いや、今日も昼過ぎくらいに部活に顔出そうと思ってるけど。なんか用事あった?」

「いえ、久しぶりにみんなで外食でもと思って。だめかしら?」


 その言葉に、まなみや姉さんも同意する。まなみに至ってはコントローラーをほっぽりだしてドラゴンに瞬殺されるほどだ。俺のアバター初期装備のままなんだけど……。

 もちろん俺も母さんの提案に賛成だ。というか、俺がみんなの意見を否定することなどあり得ない。久しぶりに家族そろってどこかで食事というのも魅力的だ。


「……ごめん母さん。俺、今夜はちょっと用事があって、あんまり長くは居られないと思う。二十時までに帰ってこられるところを予約しとけばいいかな?」


 断ることはありえないが、生憎と今日は予定が入ってしまった。


「ええ、お願いしても大丈夫? いつもごめんなさいね」


 こういうとき店を予約するのは男の役目らしい。昔会った変なお姉さんが言っていた。


「了解。この前いいラーメン………フランス料理の店見つけたから、そこでいい?」


 ラーメン屋と言いかけて姉さんが顔をしかめたので、慌ててお洒落な方にシフトチェンジする。そういえば、姉さんはあまり麺類が好きではなかったな。

 三人とも納得してくれたので、俺は早速自室に引っ込んでパソコンを立ち上げ、店のウェブサイトから予約をとる。普通こういうのは何日か前から予約しておくもので、当日に予約を取ろうと思っても取れるものではないのだが、運よく一テーブル空いていた。

 まあ、金に糸目をつけなければ案外あるものだ。彼女たちの願いをかなえるためならば、俺のお小遣いなどいくらでもつぎ込もうじゃないか。


 時計を確認すると、既に十三時をまわっていた。


「よし、そろそろ行くとするか」


 部屋でそう独り言ちた俺は、階段を下りてリビングへと向かう。


「まなみ、俺の財布貸してくれないか?」


 さっきのデータをセーブせずに始めからやり直しているまなみに言うと。


「ごめん、今ちょっと手が離せないっ……私の部屋の机……鍵のついてるところに入ってるから持って行って。鍵はええと……ああっ! ……いいよ、私が取ってくる」


 再びゲームを悲痛な表情でプッツンしたまなみは、どことなく重たい足取りでリビングを出て行った。

 それから少しして。戻って来たまなみから、いつもと違う長財布を受け取った俺は、玄関を出て駅へと向かう。

 まずは買い物を済ませなければな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ