エピローグ
夏は夜。
そんな一説がふと頭をよぎる。
「んん~~~っ! っさいっこ~に美味しいよお兄ちゃん! ホント天才、万才、甲斐性なし‼ さっすがお兄ちゃんだね♪」
昼間にまなみと作ったケーキを食べながら、溶けそうな表情で俺の膝にケーキのクリームをべたべたと落としながらまなみが弾んだ声で言う。ほらほらもうもう、ちゃんと口元拭きなさい……って、甲斐性なしってなんだ⁉ ……合ってるけども。
「……まあまあね」
そんなまなみとは対照的に、むっつりとした表情で、俺の分のケーキまで当たり前のようにぱくぱくもぐもぐと無心に食べ続ける姉さん。
「とっても美味しいわ~♪ さいちゃんもまみちゃんも天才ね、毎日でも食べたいくらい」
そんな俺達を目尻の下がった瞳で眺めながら、母さんは嬉しそうに笑う。
これが俺の家族。
可愛くて、優しくて、温かい、自慢の家族。
そんな彼女たちを俺はどこか遠いところから眺めながら、少し昔のことを思い出していた。
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「ねえ、綾さん、家族ってどういうものなんですか?」
あの丘の墓地。
少年は無垢な瞳で尋ねる。
「? どういうもなにも、両親や親族ですよ。あなたにもいるでしょう? 帰った時にお帰りなさいって言ってくれたり、保険割引とかいろいろお得だったり」
きょとんとした顔でコーヒーを一口。
そんなお姉さんに少年は。
「……そうですか」
表情の読めない瞳で言って、今日もお姉さんが奢ってくれたレモンティーを飲む。
「……ですが、いいものですよ、家族は。その輪の中でなら自分は自分らしく生きていいんだなって思わせてくれたり、そういうものです」
少年の様子に何かを察したお姉さんは、今度は茶化さず優しい目で語る。
その話を少年は興味深そうに聴いていた。
「それで、どうしたんですか少年? 何か思うところがあるのなら聴きますよ?」
それはいつも通りの彼女の態度。彼女の声で彼女の笑顔。
しかしその目には確かな優しさがみてとれて……。
「……いえ、何でもないです」
でも――と少年は。
「家族ですか。――いいですね」
その空っぽの瞳には、どんな景色が見えているのだろう。どんなことを考えているのだろう。
ただ少しだけ、いつもと変わらないその赤い瞳の奥が、ほんの少しだけ色づいて見えたことに、目の前のお姉さんは微笑んだ。
**
「――お兄ちゃん?」
「ん? ああ、美味しいな、俺の分始めからないけど。どうだまなみ? ケーキ作り楽しかったか?」
まなみに声をかけられ、俺はすぐに話を戻す。
「うん♪ 今回はほとんどお兄ちゃんに手伝ってもらったけど、次からはもっと自分でも作ってみたいし、また一緒に作ってくれる?」
言って分かり切った答えを確認するようににんまりと笑顔で尋ねてくるまなみに、
「ああ、もちろんだ」
「ほら、それ食べ終わったらさっさと勉強するわよ、急ぎなさい」
「あっ、ちょっとまってよー! てゆか、お姉ちゃん食べるの早すぎ、ちゃんと噛んでる?」
「っ! ……プリント五枚追加よ」
「ちょっ⁉ じょっ、冗談だよ‼ ごめんってお姉ちゃん! あっ――さ、さすがにそれは死んじゃうよ~~~‼」
慌てて残りのケーキをかき込んだまなみは、頬をパンパンにしながら絶叫をあげて姉さんの後を追う。
そんな二人の様子を微笑ましく見守る母さん。
家族。
俺の家族。
ああ、それはなんだかとても――
いとをかし。




