彼の本音、の形
昔から、『家族』というものが俺にはよく分からなかった。
血の繋がりがあるから家族なのか?
心で繋がっているから家族なのか?
父がいて、母がいて、妹や弟、姉や兄がいて、祖母や祖父、曾祖父や曾祖母、いとこに叔父や叔母、親戚がいる。家族とはそういうものだ。
しかし、血の繋がりを言うのなら、養子をとっても家族という。親戚の中でも大半の者たちとは血がつながっていない。
では、心で繋がるから、お互いにお互いを家族と認識しているから家族なのか。
しかしそれを家族と言うのなら、認識一つで変えられる。そんなものを家族と言えるのだろうか?
俺は昔から分からなかった。
小学校。さっきまで笑って遊んでいた友人達が、迎えに来た両親と幸せそうに手を繋いで帰っていく姿。運動会や遠足、音楽祭、その度に休みをとって自分の子供の頑張りを応援する夫婦。
それを遠くから見つめるだけの俺。
俺にとって、『家族』とはいつも枕に『誰かの』がつくものだった。
『――どうしましたか? 真さん。こんなところで一人でお弁当なんて、美味しくありませんでしたか?』
俺にとって『家族』とはただ一人、姉さんだけを表す言葉だった。
『いや、……美味しいよ、姉さん。ありがとう』
俺の家族は姉さんだけ。
いつからかそう思うようになって、そう願うようになって、それだけが俺の生きる意味だった。
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「俺はね万才、……ずっとずっと姉さんに頼りきりで生きて来たんだ。昨日、俺の両親のことについて話したよね? でもあれはほんの少し、一部でしかないんだ。俺の悩みはあれだけじゃあ説明できない」
「だろうな」
明らかに昨日の鈴宮の様子はそれとはかけ離れていた。そう言われた方が納得だ。
「はは……君にはバレていたみたいだけどね……」
さっきもう一度注文したコーヒーが運ばれてくる。
俺たちは一旦話を止めて、一口すすった。
「じゃあ、俺の話を聞いてくれるかい? 今度はちゃんと、俺の言葉で話すよ」
「ああ、もちろんだ」
言って鈴宮は話し始める。
鼻腔をくすぐる慣れ親しんだ香りは、見慣れぬ友人の瞳を、日常というぬるま湯には戻してはくれなかった。
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昨日両親の離婚の話をしたけど、そもそもどうして二人がそんな仲になったのか……。
それは父親の浮気がそもそもの原因なんだ。
前に父が珍しく飲んで帰って来た時、風呂場で言っているのを聞いたよ。
『ああ……どうしてっ…どうしてだよっ……。ちょっと浮気したくらいでどうしてこんなに攻められないといけないんだ! お前だって他の男と寝てるだろっ! っ……だいたいっ……誰のおかげでお前らが飯食えてると思ってる! 俺がっ……俺が毎日毎日毎日毎日、毎日毎日必死に働いてっ! その金でお前らは飯食えてんだよ‼ っああああああっ…クソッ……バカにしやがって……っ!』
……正直思い出したくもない記憶だけどね。
父はどちらかというと温和な人間で、あまり感情を表に出すような人じゃなかった。
だからそんな父の言葉を聞いたときは少し驚いたよ。あれがあの人の本音だったのか――ってね。ああ……いや、そうじゃない。あの人にもそんな一面があったのか、か。
とはいえ、もともと幼いころから他の家より放任主義だった両親がどんな人間だったところで、あまり思うところはなかったけどね。
俺にとって『家族』っていうのは姉さんのことだったし、姉さんさえいればそれでよかったんだ。
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「……なかなか大変な家庭なんだな」
鈴宮の話を一通り聴き、落ち着いたところで一口コーヒーをすする。
昨日から思っていたが、鈴宮は見かけによらずなかなかの苦労人のようだ。てっきり家柄も教養も完璧の上流家庭出身だと思っていた。
「はは、そんなことはないんだけどね。それに俺はいい方だよ、姉さんが両親に代わって俺の面倒をみてくれて、たくさん経験を積ませてくれたから、そこら辺で困ることはなかったしね」
さすが瀬上先輩だな。幼いころからきっと優秀だったんだろう。不器用なところは今と変わらないみたいだが。
「昨日言ったけど、父は仕事中に事故に遭ったんだ。それはとても残念なことなんだけど、でも俺が悩んでいるのはその後のことで……」
言って言葉を区切る鈴宮。
両親の離婚、父親との二人暮らし、瀬上先輩とのやり取り、そして突然の父親の死……なるほど。つまりはそういうことか。
「なるほどな、理解した。……お前、高校辞める気だな?」
「っ⁉ ……なんで、そう思うんだい?」
「さあな。……でも、その選択は間違っていると思うぞ?」
適当にはぐらかしつつ俺は素直な感想を伝える。俺にしては真剣な声だったと思う。
「っ、……そんなこと、君に言われる筋合いはないよ」
珍しく感情をあらわにする鈴宮。というか思った以上にきついな、言葉。俺が女の子だったら百年の恋も冷めてしまうぞ。
「筋合いならあるだろ? 俺はお前の友人だ。そう言ったのはお前だし、友人とはそういう関係なんだろ?」
ネットにそう書いてあった。インターネットはなんでも教えてくれるな。
「っ……はは、そうだったね。……すまない」
俺の言葉が意外だったのか、驚いた様子を見せた鈴宮は、下手くそな笑顔を作った。その笑みはいつもの貼り付けたようなものではなく、なかなかにハンサムだと思った。
「……ま、気持ちは分からんでもないがな。俺もお前と同じ立場ならそう考えるだろうし、お前の選択は立派だと思うぞ。……ただ、俺も最近学んだからな。自分が最善だと考えて、誰も傷つけないと思っている選択は、案外間違っていることの方が多いらしい。お前も俺の評判は知っているだろう? 生粋のしくじり先生だからな」
言って俺はニイッと口の端を吊り上げる。
我ながらなかなか長いこと語ってしまった。思いのほか情が移っていたようだ。
「そうか。……そうかもね。君を見ているとなんとなくそんな気がしてきたよ」
「言ってくれるな、鈴宮。……これ以上、俺がお前にしてやれることも言ってやれることもないが、少なくともお前の選択一つで俺の体育の授業は地獄に変わるからな。それは忘れないでくれ」
ほんと俺の体育のモチベーションはマイナスだからな。こいつがいるからまだ何とか参加しているが、こいつがいなくなるといよいよもって悲惨すぎる。間違いなく出席日数がそれ以上増えることはなくなるだろう。世紀の大予言だな。
「ああ、肝に銘じておくよ。……ありがとう、万才。もう一度、姉さんと話し合ってみるよ」
言った鈴宮の顔は晴れやかだった。
この物語の主人公は鈴宮真。お助けキャラはここまでだ。




