友人からの相談、の形
誰かがいるのは誰かのおかげ。
子供の頃からそう教えられ、生きていれば自然と理解する。
人は皆一人では生きてはいけない。
生きてはいけないのだ。
では、人でないのならどうだろうか?
答えは同じ。
人も動物も、何であれ、己だけでは存在できない。
親がいて、食べ物がいて、世界があって初めて存在できる。
どんなに特別な存在も、他者によって支えられ存在する。
だから、どんなに特別な鈴宮も、きっと誰かに支えられ、誰かのおかげでそうなれたのだろう。
あいつにとってそれが誰なのか。
それを知らない俺は多分、本当の意味であいつの悩みを解決してやることはできない。
結局のところ、あいつから本当の笑顔を引き出せるのはその”誰か”だけなのだ。
……友人という関係がそういう存在でないのは、なかなか歯がゆいな。
*
「よっ、遅かったな」
いつもの喫茶店。
顔見知りのマスターと自作のオリジナルブレンドコーヒーについて話していると、入り口の鈴の音が鳴り、見ると目的の人物がやってきた。
俺はマスターとの話を切り上げ、気さくにそいつに手を上げ挨拶する。
「遅かったなって……。よくそんなことが言えるね。というか、待ち合わせ場所を指定するのなら周辺の地図くらい教えてくれないか? 店の名前と近くの駅だけだと、どの店か分かりづらくて困る」
俺と顔を合わせるなりそんな小言を並べる鈴宮。
「悪かったな。でも人と待ち合わせなんてしたことがなかったんだから仕方ないだろ? 次からはそうするよ」
俺は軽口を返しつつ、カウンター席から立って店の奥の二人掛けの席へと鈴宮を案内する。
村崎さんの件をきっかけにこの店のオーナーと顔なじみになった俺は、もうすっかりこの店の常連だ。テスト明けに皇たちと集まったことで大まかな店の構造は理解した。そしてその経験から、俺はこの奥の席は最も人に話を聞かれにくく、最も不便な場所であることを知っている。
「それで、一体何のつもりだい? わざわざ部室に不法侵入までしてこんなところに呼び出すなんて」
席に着いて注文を済ませた鈴宮はまだ若干の不満を言葉の節々ににじませつつ、さっそく本題を切り出す。
「まあまあ、その前に一回ここのコーヒーを飲んでみてくれ。マスターこだわりのなかなかの絶品だぞ」
「っ……一体何のつもりか知らないけど、どうせ昨日の話の続きなんだろ?」
訝しむように言ってくる鈴宮に、俺は何も答えない。
「……はあ、分かった。とりあえずその話はコーヒーを楽しんでからにするよ」
俺に引く気がないことを悟ったのか、諦めたように言った鈴宮はいつもの爽やかな笑みを浮かべ、気を取り直すように目を閉じた。
さすが鈴宮だな、もうその次元に至るとは。そう、諦めるということは俺のようなどうしようもない人間を相手にするとき、最も重要なスキルなのだ。……ほんとどうしようもないな、俺。
それから少しして、もう既に顔見知りとなった女性店員が慣れた手つきで注文していたコーヒーとコーヒーゼリーを運んでくる。
「っ! ……たしかに美味いね、これ。コーヒーのことはあまりよく分からないけど、たまに自販機で買うものとはまったく違う」
二人とも同じものを注文していたので、先に来た方を鈴宮に譲った。
「だろ? ここのマスターはガチの変態だからな。若い頃に世界中のコーヒーを飲み歩いて修行して、その中でオリジナルブレンドをいくつも生み出したらしい。今でもコーヒー豆は自分で調達しに海外に飛ぶし、焙煎から何から全部自分でやってるんだと」
「えっ⁉ あ…ああ……はは、それはすごいね……」
流石に驚いたのか引いたのか、鈴宮は下手くそな空笑いで「ははは」と繰り返す。気持ちは分かるぞ鈴宮。いくらなんでも趣味がそこまでいくともう病気だ。病膏肓に入るとはよく言ったものだな。とはいえ、マスターはその趣味を仕事にしているわけだから、言い換えると物凄く仕事熱心ということになる。質が悪いな。
店の奥に目をやると、俺たちの会話など聞こえるはずもないのにマスターは堀の深い顔をニイっと歪め、サングラス越しにも分かるダンディーな笑顔でサムズアップしていた。
なんであの人、店ん中でサングラスなんてしてんだ? 太陽は心の中にあんのか? 禿げてる客が来たらきっとバカにしてるって勘違いされるぞ。まあ、マスターもちょっと怪しいから、視界を黒くして現実逃避したい気持ちは分からんでもないが。
「さて、じゃあそろそろ本題に移らせてもらうよ?」
一通りコーヒーを楽しんだ後、鈴宮が言って瞳を鋭くする。
俺はそれに一言「ああ」とだけ頷いて残りのコーヒーをすすった。
「それじゃあ、さっそくこの手紙の意味を聞かせてもらえるかい?」
そう言って鈴宮が取り出したのは一枚の紙きれだった。何の変哲もないノートの切れ端。切れ目からしてハサミではなく手でちぎったのだと思われるが、それにしてはなかなかに綺麗な切れ口だ。そしてその紙には見覚えがある。俺が昨日バスケ部の部室に忍び込み、こっそりと鈴宮のロッカーに入れておいたものだ。夏休み中だが案外生徒も多く、堂々としていれば何も言われなかった。生憎と部室の鍵は閉まっていたが、そこは昔動画でおぼえたピッキング技術が役に立ち、安物の鍵だったため容易く開けられた。流石にそんなところまでは金をかけていなかったみたいだな。
「昨日、お前らが帰った後に入れといたんだよ。ほら、昔そういう遊びが流行ってただろ?」
俺が小学生の頃だったか。何でかよく分からないが、学校の登下校のときに靴箱を開けると必ずハートだらけの手紙やよく分からない果たし状、怨嗟のこもっていそうな生ごみやほこりが詰められていた。
だいたい三日に二回の確率でゴミだらけだったな。靴も上履きもよく無くなっていたから、毎日持ち帰る羽目になってしまった。しかしそれも片付けが面倒なので、最終的には靴箱自体を使わないようになった。今考えると俺って嫌われてるのか好かれてるのか分からない子供だったんだな。俺の周りはツンデレばっかりだ。
「……いや、そういうことを聞いているんじゃないんだけど……その、悪かった」
何故だか悲哀の眼差しを向けてくる鈴宮。おかしいな、俺は幼いころの美しい思い出を回顧していただけなのに。
「俺が聞いたのはこの手紙の内容についてさ」
『今日は悪かった。もう一度話をしたいから明日の午後、以下に示すカフェに来てくれ。
by頼りになるお前の友人』
簡素な文面。驚くほどに適当だった。
「書いている通りだ。昨日はちょっとあのままだと話が進みにくそうだったから、少し荒っぽい手段をとってしまった。お前たちを傷つける意図はなかったが、それについては悪かった。先輩には嫌われてしまったな」
それなりに情も湧いてきていたので思うところもあるが、それについては構わない。所詮俺は俺ではないのだ。
「……そうか。君があの場であんなことを言うのだから、きっと何か意図があるのだろうとは思ったが……やっぱり君は優しいね」
妙に落ち着いた様子、驚いたというより腑に落ちたといった反応だった。
「なんだ? 思ったより冷静なんだな」
とはいえ、この形を望んだのはこいつ自身。俺はそれに合わせただけだ。
「そうだね。俺は……友達を信じているからね」
白々しく言った鈴宮は、もうすっかり冷めきってしまったコーヒーのマグカップに残ったそれをぼんやりと眺めながら、フッと苦々しい笑みを浮かべる。まるでカクテルでも飲んでいるようなその様は、高校生とは思えない程様になっていて、それはこれまで見たこいつの笑顔のどれよりも冷たく、最も人間味を感じた。
「それじゃあ今度は俺の方から聞かせてもらおうか。……鈴宮、お前の悩みは、なんだ?」
嘘と真だけが言葉ではない。言葉とはつまり人だ。
人が言葉を作るのか、言葉が人を作るのか。
否、そのどちらも真であり、そのどちらも嘘である。
故に結論。
――言葉を受け取る側が人を作り、言葉を作り、それだけが真である。
昨日のこいつの言葉は多分、そのどちらでもなく、しかしそのどちらでもあったのだ。
「――やっぱり、君は気づいてくれたんだね」
期待通りだと笑う鈴宮を眺めつつ、こいつの友人としての役割を果たせることに僅かな安堵感をおぼえた。




