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仲人の形

「……忘れてたな」


 翌日の育才部の教室。

 午前の部活動を終え、昨日俺が伝えていた通り俺たちの部を訪れた鈴宮。

 そんな鈴宮を迎えた俺達の間には、複雑な空気が流れていた。


「ねえ、九十九君。誰なの? あの妙にキラキラしたいけ好かない男は……。正直、物凄く関わりたくないのだけれど」

「九十九さん、やっぱり浮気してたんですね⁉ 私以外にも友人がいたなんて……やはりあとでホームセンターによって――」


 どうせ話は昼からなので、まなみが作ってくれた昼食を食べて腹を満たしてから来た俺は、午前中から来てイチャコラ談笑を楽しんでいたらしい一ノ瀬たちに恨みがましい(オンリー一ノ瀬)目で見られながら迎えられ、しばらく話をしたのち、鈴宮のことを説明しようと口を開きかけたところで部室のドアが開けられ、鈴宮が入って来た。

 もちろんこれから一ノ瀬たちに説明しようとしていたため一ノ瀬達は何も知らないし、鈴宮にも特にこの部のことについて説明はしていない。前に少しだけそれについて触れたこともあるので鈴宮は気づいていたかもしれないが、一ノ瀬たちは何一つ知らない。

 鈴宮が来て以来、猫の様に俺の左右に席を移して鈴宮と目を合わせようとしないコミュ障姉妹は、先ほどから俺の耳元でこそこそとそんなことを言っている。一ノ瀬は主に陽のオーラを振りまく鈴宮への拒絶で、皇は……ちょっとよく分からない。


「ええと……、万才以外にも相談に乗ってくれる人がいたんだね。そういえば前に蝙蝠がどうのと言っていたような。ということは、二人のどちらかが部長さんなのかな?」


 部活終わりで気を遣ったのか、部室で軽くシャワーを浴びて来たらしい鈴宮は制服姿だ。

 拒絶心を隠そうともしない我が部の部長と違って、鈴宮はどんどんと話を進めてくれる。

 困ったように言いながらも、鈴宮はどこか探るような視線を二人に向けた。


「「………」」


 もちろん口を開こうとはしない二人。というか目すら合わせようとしない。ここまでくると社会生活に支障をきたすだろ。


「悪い鈴宮。昨日はいろいろと驚いて説明するのを忘れていた。とりあえず紹介すると、こっちの大きい方の美人が一ノ瀬雅でこの部の部長だ。近づきすぎるとかまれるから注意してくれ。そんでこっちの小さい方の美人が皇き――皇だ。前に少し話した俺の初めての友達だ。ちょっとアホの子だが可愛い奴だ」


 俺は両隣の姉妹(鈴宮には伝えていない)をそれぞれ紹介する。


「……あなた、あとで覚えてなさいっ……!」

「っ……か、可愛いとかっ……そういうのは今は言わなくていいんです!」


 一ノ瀬はなにやら『触れるな危険』なオーラで俺を睨み、皇は頬を赤くしてテレテレしている。きっと遊園地のお化け屋敷はこんな気持ちなんだろうな。ちょっとだけ恐怖が強すぎる気もしなくはないが、ビタービターショコラみたいな感じだ。……命の危険を感じます。


「ああ、そういえば前に理事長の娘さんが新しい部を作ったって噂が流れていたね。それで、万才の初めての友達というのも覚えてるよ。そうか、君たちだったんだね」


 俺の説明ですぐに察したらしい鈴宮がそう言って、貼り付けたような笑みを浮かべる。


「……悪いがふたりとも。ちょっとだけ席を外してもらえるか?」


 俺が言うと、その理由を察したらしい二人は頷いて渋々ながらも外に出てくれた。


「なんで私たちが暑いなか外に出なくちゃならないの」

 と不満を隠そうともしなかった一ノ瀬だったが、皇が、

「まあまあ、いいじゃないですか少しくらい。それに前のときは九十九さんが出ててくれたんですし」

 と説得してくれた。





「いや、ほんと悪かったな鈴宮。さっきも言った通り、あいつらのことをすっかり忘れていた」


 一ノ瀬たちが教室を出た後、あらためて鈴宮に謝罪する。


「気にすることはないよ。俺の方こそ何も言わなかったからね。さっきは少し変な態度になってしまったかもしれない」


 いつも通りの爽やかな笑顔でそう言って笑う鈴宮。

 確かに日頃から付き合いのある俺は僅かに違和感を感じたが、それでも初対面の二人からすれば十分キラキラに映っただろう。現に一ノ瀬なんて初っ端から拒絶満々だったからな。……あいつはどっちにしても拒絶するとは思うが。


「……お前の気持ちは分からないでもないが、でもあいつらはいいヤツだぞ? 片方はちょっと性格に難があるが、根は優しい良いやつだ。……たぶん」

「ああ、そうなんだろうね。君の初めての友人たちなんだろ? さっきの様子を見てればそんなことはすぐに分かるよ」


 俺は保険をかけて言ったのだが、鈴宮は全肯定だ。俺より評価が高いとは驚きだな。


「……そうか。なら、やっぱ席を外させて正解だったな」


 それが分かっていておかしな態度をとっていたのなら、そういうことなのだろう。

「……はは、そうかもね」



 俺たちは一旦席に着いてお互い向かい合う。


「さて、そろそろ昨日の続きを聞かせてもらいたいんだが、悪いがもう少し待ってくれ。昨日姉さんに頼んだからな。もう少しで来ると思う」

「……? 昨日から気になっていたんだが、来るっていうのは――」


 コンコンコン―――ガラガラッ


「失礼します。会長にこの部に行くよう言われてきたのですが――……っ⁉」


 鈴宮の声を遮って扉がノックされ、入って来た先輩は、いつものように淡々と挨拶していたが、鈴宮の顔を見て、弟とそっくりな驚いた顔をして固まった。


「まあ、そういうことだ。話を聞くなら二人ともいる方が早そうだからな」


 俺が言うと。


「……九十九さん、これはいったいどういうことですか?」


 固まっていた先輩だったが、鈴宮から一旦目を離して俺に尋ねる。


「すみません先輩。姉さんには俺が頼んだんですよ。鈴宮が先輩と何かあったらしいんで、先輩にも話を聞いた方が早そうだと思いまして」


 先輩はそれに沈んだ声で、「……そうですか。なんだかんだ言いつつ会長とは仲がいいんですね」と話を逸らすように言った。


「……驚いたよ。君は姉さんと知り合いだったんだね」


 先輩と話していると、気を取り直したらしい鈴宮はそう言って俺に話を振った。


「まあな。少し前にこの部のことで世話になってな。……というか」


 俺は未だお互い顔を合わせようとしない二人に、


「そろそろ本題に入らないか?」


 言って鈴宮の肩を掴んで席に着かせつつ、先輩にも着席を促す。


「ええと、久しぶりだね姉さん……」

「……はい、一週間ぶりですね、真さん」


 ぎこちない会話。『お見合いか!』と叫びたくなるな。

 このままでは話が進まないので、俺が仲を取り持ってやろう。

 月下氷人に俺はなる!


「というか、先輩と鈴宮は姉弟ってことで間違いないんだよな?」


 念のためもう一度確認しておく。


「ああ、昨日言った通りだよ」

「はい、両親の離婚で名字は違いますが、数年前までは同じ家で暮らしていました」


 先輩にも視線を向けると、頷きつつそう言って補足した。


「いや、それにしてもあんま実感わかないな。姉弟だと言われた今ですらちょっと疑っちまう」


 俺はもう一度、二人の顔を見比べて素直な感想を述べる。


 常に表情が硬く、生真面目で近寄り難い瀬上先輩。

 常に周囲に笑顔を振りまき、誰であろうと等しく優しい態度で接する鈴宮。


 姉弟だとすればあまりにも性格が違いすぎる。

 まあ、二人とも美人ってところには血のつながりを感じるけどな。


「ははは……、そうかもしれないね。さて、じゃあそろそろいいかな?」


 空笑いした後、鈴宮は言って俺達を見る。

 それに俺は首肯し、瀬上先輩も黙ったまま頷いた。


「ええと………正直今日、姉さんがいるとは思わなかったから何から話せばいいのかわからないんだけどね。というより、相談自体何をすればいいのかわからなくて……。だからまずは、少し俺の話をきいてほしい」


 言って鈴宮は話始める。


「昨日、俺の両親の話をしたよね? 俺が中学のときに離婚して、そのときに俺と姉さんはそれぞれ、俺は父親、姉さんは母親の方に引き取られた。今、俺たちの名字が違うのはそういう理由だって」

「ああ、そう聞いたな。今日はその続きを話してくれるんだろ?」


 鈴宮は昨日言ったことを改めてまとめて話す。たぶんこれは俺に向けてではなく、瀬上先輩に俺にどれだけの事情を話しているのか示唆するためだろう。


「……なるほど、そういうことですか。真さん、やはりあなたはまだ、自分でも結論を出せていないのですね?」


 と、鈴宮の話を聞いて、先輩は何かを納得したように目を閉じて考えた後、常通りの鋭い視線をレンズ越しに鈴宮に向ける。


「っ……うん、そうだね。この前はああ言ったけど、やっぱり少し迷っているんだ。それを友人の万才に相談しようと思ったんだけど……」


 若干恨めし気な目を俺に向けてくる鈴宮。

 俺はそれからそっと目を逸らし、先ほどの二人の会話を考える。


「それで、一体お前は何を悩んでいるんだ? というか、その両親の離婚ってのは結構前の話なんだろ? 今になって何を悩むことがあるんだ?」


 考えたところで情報が少なすぎて分からないので、二人に続きを促す。


「……今からちょうど三年くらい前かな。両親が離婚したんだ。とは言っても、もともと仲はよくなかったし、関係も希薄になっていたから時間の問題だったんだと思うよ。二人とも家にいる時間はほぼなかったし、家に居ても顔を合わせることも月に数回あればいい方だった。俺たちの前ではある程度取り繕っていたこともあったけど、それでも家族でいる時間がもうすぐ終わってしまうことは明らかだった」

「………」


 鈴宮の独白を俺はただ黙って聴く。瀬上先輩は昔を思い出したのか、キッとより一層目つきを鋭くし、鈴宮の言葉を聴いていた。


「でも別にそれ自体は構わないんだ。二人が離婚してもしなくても、それはあの人たちの問題だからね。幼いころから放任主義で、俺達にもあまり干渉してこなかったから、正直二人の離婚で傷ついたりとか、そういうことはなかったよ。……離婚の話が出た時、お互い俺たちを引き取りたがらなくて、それぞれ一方ずつを押し付けるように今の形になったのは少し腹が立ったけど。……でもそれも、姉さんと離れることが嫌だっただけで、あの人たちの俺たちの扱いには思うところはなかった」


 驚いた。

 これほど万能な男だ。てっきり主人公のごとき裕福で、恵まれた家柄なのだと思っていたが……。

 まあ、これほど美人の姉がいることは十分恵まれていると思うがな。……その点においては俺も十分主人公だな。めちゃくちゃ可愛い妹がいる分俺の勝ちだ。アイアムアヒーロー、オーイエ―。


「そしてすぐに二人の離婚の話はまとまって、俺は父親、姉さんは母親についていくことになって今の状態になったんだ。母と姉さんが家を出て行って、俺と父は今、元の家で二人暮らしだよ」

「へえ、男の二人暮らしって、考えるだけでむさ苦しいな」


 話の節目に俺は尋ねる。……いや、なに、どうしても気になったからさ。

 とはいえ、それがそこらの汚い男であればむさい事この上ないだろうが、しかしこいつは鈴宮だ。そして同居人はその父親。なんか、めちゃくちゃ綺麗にしてそうだな。ラベンダーの香りとかしそうだ。……わりとその匂いはどこもありそうだな。


「はは、といっても父さんはほとんど家に帰ってこなかったからね。事実上の一人暮らしみたいなものだよ」


 ?

 わずかな違和感。


「っ……ですが、それももう終わりでしょう?」


 先輩は僅かに表情を暗くし、そう続ける。レンズに遮られてよくは見えないが、その瞳には若干の期待の色が見えた。


「いや、それは無理だよ」

「――っ! なぜですかっ⁉ っ……いえ、すみません、少し取り乱しました」


 初めて見たな。

 瀬上先輩の取り乱した様子なんて想像もつかなかった。


「? どういうことだ? もう終わり?」


 一人ついていけない俺。

 こういうときって結構困るよな。会話でもなんでも、情報の非対称性は弱いほうが圧倒的に不利だ。電化製品は事前に調べて買いに行くことをすすめる。


「……実は、まだ九十九さんに伝えていない事実があるんです。……構いませんか?」


 俺の問いに答えたのは意外にも、先ほどの慌てた様子から落ち着きを取り戻した瀬上先輩だった。

 問われた鈴宮は無言でうなずく。


「……先ほど真さんは父親と二人暮らしだと言いましたが、今は事実上ではなく、本当に一人暮らしなんです。……私たちの父親は先週の金曜、勤務中に交通事故に遭い、その夜亡くなりました」

「っ! ……ああ、だからさっきお前は過去形だったんだな」


 先ほどの鈴宮の言葉に妙な引っかかりを覚えたとは思ったが、どうやらそれを匂わせていたようだ。


「はは、流石だね万才。君は何でもすぐに察してくれるから楽だよ」


 愛想笑いして軽口を叩く鈴宮。

 普段なら言いそうにない言葉。

 俺はそんな鈴宮の様子に、少なからずこいつのメッキが剥がれているのを感じた。


「……あまり驚かないのですね?」


 そんな鈴宮のことを不思議に思っていると、瀬上先輩がそう言って俺を不思議そうに見つめていた。


「……ああ、まあ、そうですね。というより、鈴宮の悩みってのが何なのか気になるんで、何を言われてもなるほどなって感想ですかね」


 冷たいと思われるかもしれないが、けれど結局それが本心だ。

 鈴宮や先輩が困っていることに興味はあるし、友達として、後輩として何かしてやりたいと思う心はあるが、しかしそんな二人の父親がどうなったところで、それをどうしてやることもできないからな。悲しむのも喜ぶのも、乗り越えるのも、すべては二人の役目だ。


「……そうですか。やはりそういうところは会長の弟なのですね」


 よく分からないことをつぶやいて一人納得した様子の先輩。


「? 会長の弟って――っ⁉ えっ⁉ 君は生徒会長の弟なのかい⁉」


 と、そんな先輩の余計な一言に、驚いた声を上げたのは鈴宮だ。


「ああ、……まあな」

「知らなかったのですか?」


 仕方がないので俺が頷くと、先輩は知っているものだとばかりといった様子で鈴宮を見る。


「ああ、いや、というかこの学校の生徒会長の名前自体知らなかったから……」


 そんな先輩に鈴宮は未だ驚いた様子で言う。

 それに先輩は。


「ああ、……たしかに会長ってそういうのは副会長に任せきりで裏方の仕事ばかりしていますからね」


 と呆れたように言った。

 ………ごめんね。うちのお姉ちゃん、照屋さんだから。


「まあ、その話はもういいだろ? それより本題だ。親父さんが死んで、その後がお前の悩んでいることの正体なんだな?」


 脱線した会話を無理矢理もとに戻す。

 今の俺の評判のまま、あまり俺と姉さんとのつながりを周知するのは姉さんに申し訳ない。もちろん鈴宮はそんなことはしないだろうが、それでもあまりその手の話題を長く続けたいとは思わない。


「え、ああ、そうだね。……その、先週父は勤務中に居眠り運転をしていた大型車と衝突したんだ。周囲の人がすぐに救急車を呼んでくれて、すぐ病院に到着したんだけど………即死だったらしい。ちょうどその日は部活が休みで、タクたちと話した後、家に到着して着替えているときに病院から連絡を受けてね。急いでタクシーで病院に向かったよ」

「私たちに連絡があったのはその頃ですね。真さんがタクシーで連絡してくれていました。生憎と私は生徒会の仕事をしていたので確認が遅れましたが」


 その日の経緯を詳細に説明してくれる二人。


「母にも連絡したんだけど、仕事が忙しくてそれどころじゃないって言われたよ」


 ……まあ、既に離婚した相手など他人でしかないからな。事故を起こそうが極論知ったことではないという気持ちも分からないでもない。


「……母もまさかそこまで大きな事故だとは思わなかったようで、病院に到着した真さんが事故の詳細を聞いて、慌てて私に電話して、そしてことの重大きさを知りました。ちょうど食事中だったのですが、急いで病院に急行し……。まさか久しぶりの二人との再会があんなことになるとは思いもしませんでした」


 言いながら、先輩の声は弱弱しいものになっていく。昨日全校生徒の前で見事進行をやり遂げた眼鏡の上からでも分かるその凛々しい視線は、今は俯いている。


「……姉さん」


 そんな先輩を見て、鈴宮も言うべき言葉を探すが、それきり詰まってしまった。


「「…………」」


 大まかな話を聴いたところで二人が黙ってしまったので、このままでは話が進まないと思い俺は、


「……つまりあれか鈴宮。今週、お前の様子がおかしかったのは、単に父親を亡くして落ち込んでただけだったんだな?」


 いつも通り軽い調子で、くだらないなとでも言うように、ため息とともに告げる。


「っ……だ、だけって」


 もちろん身内の不幸をそんな態度で言われて嬉しい人間などいない。

 鈴宮は一瞬ムッとした顔をしたが、すぐに取り繕った様子で苦々し気な笑みを作った。しかし苛立ちを隠しきれないようで、若干表情が硬い。

 だが、それ以上に腹を立てたのは。


「っ……九十九さん。流石にその態度はないのではないですか?」


 いつもの厳しいがその奥に優しさの見えるそれではなく、ただ俺の態度に怒りを覚え、それを責めるような厳しい言葉。


「そうですか? 気を悪くさせたならすみません。ですが、そういう問題なのであれば俺がどうこうしてやれることはありませんね。どうぞお引き取り下さい」


 俺は先ほどまでの態度を一変させ、もう興味はないとばかりに適当に言って教室の入り口を手で示す。


「っ! あなたが来るように言ったのでしょう⁉」


「そうですね。ですからすみませんと言ったでしょう? しょうもない時間をとらせてしまいすみませんでした」


「っ‼ ……九十九さん、あなたには失望しました」


 そんな俺の様子に言葉通り失望した様子の先輩は、冷え冷えするほどの冷たい視線を俺に向けつつ言って、振り向くことなく部屋を出て行った。


「……万才。っ………悪かったな、くだらないことで心配をかけて」


 鈴宮はそんな先輩の様子を見ながら、それに続くように貼り付けた笑みとともに言って、育才部の部室を出て行く。

 俺はそんな姉弟の姿を冷めた瞳で見つめながら、


「さて、先輩を呼んだのは失敗だったな」


 今日のまとめとしてそう小さくつぶやいた。





「大丈夫ですか? さっきすれ違った瀬上さん、すっごく怖かったですけど。……まさかとは思いますが九十九さん、あなたまた何か酷いことを言って女性を泣かせたんですか?」


 鈴宮たちが去った後、すぐに皇たちに連絡し、帰ってきて早々の一言がこれだ。

 ”また”って。自分の信頼が怖いな。……もちろん無い方の意味で。


「さあ? よく分からないが生理じゃないかブヘッ」

「バカじゃないですかっ⁉ デリカシー皆無ですかっ⁉ 私でもそれが非常識だってことくらいわかりますよ⁉」

「ひょっ、ひょうはんはひょうはん。悪かったっへ……」


 全力アッパーをくらい上手くしゃべれない。出会った時を思い出すな。こいつはいつも俺の顎を狙ってくる。神の右だ。


「学ばなないわね、まったく。……それで、今度は一体何をやらかしたの?」


 痛みで頬を押さえている俺を呆れた目で見てくる一ノ瀬。相変わらずぞくぞくするな。……冗談だ。


「んんっ、何をって……、なんでもねえよ」


 個人情報を話すわけにもいかないので、一ノ瀬には悪いが首を振ってこたえる。


「っ……またあなた一人で解決するつもりなのね?」

「? 何がだ?」


 言っている意味がよく分からない。


「……いいえ、なんでもないわ。それじゃあ今日はこれで終わりにしましょう。皇さん、行きましょう」


 言って、一ノ瀬はいきなり言われて戸惑う皇の腕を引いて出て行った。


「さて、また明日だな」


 高校一年の夏休み初日。

 夏の熱気に包まれた部室は、青春の匂いがした。



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