先輩と友人、の形
一ノ瀬達と別れた俺はさっきまで何往復もしていた非常階段を下りて、第一体育館の方へと向かう。
玄関ではなく部室から出たばかりの廊下で一ノ瀬達と別れたのは、こちらに用事があったからだ。
――ダムダム――キュッ――バンッ――ドンッ――ダムダムダム――
近づくたび、ボールをつく音とバッシュと床がこすれる音、運動部らしい活気のある声が大きくなってくる。
正面のドアから中をのぞくと、友人や恋人を待っているらしい何人かの生徒の視線がこちらを向いた。俺のことを知らないのだろう。この赤い目に驚いた様子だったが、無視しているとやがてそれも収まった。
「鈴宮……鈴宮―――お、あれか」
目的の人物を見つけたので、俺は邪魔にならないよう隅っこの壁に背を預けて観察する。
一年にして一軍レギュラーの鈴宮は、先輩たちに混ざってチーム戦を行っていた。
監督らしいおっさんの(多分外部の人間を雇っているのだろう、なかなかガタイのいい)怒鳴り声や選手たちが掛け合う声など、すごくうるさい。いるだけで頭が痛くなってきた。よくこんな環境で毎日プレイできるものだと尊敬する。
パスをもらった鈴宮がドリブルで一際でかい選手を一人躱して、スリーポイントを決めた。危なげなくすスッポリとゴールに収まったボールを眺めて拳を握って声を張る。
仲間たちが喜ぶ中、あいつはすぐに切り替えて守りに走った。
そんな彼を見て、喜びに浸っていたチームメイトたちも各自やるべきことを自覚する。
さすが鈴宮だ。一年にしてチームの主力を務めている。
ビーーーーッ
試合終了を知らせる音が鳴って選手たちが礼をする。どうやら鈴宮たちはギリギリで負けた様だ。相手チームには先輩が多かったとかどうとか周りの連中が言っていた。
「よ~し、今日はここまで。明日は午前中までだからな」
監督らしき男はそう言い残してキャプテンと思わしき生徒にいくつか指示を出した後、一足先に体育館を後にした。
キャプテンの指示に従ってダウンと掃除に取り掛かる生徒達。
悔し気に汗だくの髪をかき上げた鈴宮は気を取り直すように深呼吸した後、モップがけを先輩と代わっていた。
ふとこちらに向いた鈴宮の視線が俺と重なる。
「っ……‼」
驚いた様子だ。
俺はそれに手を挙げて、親指で中庭を指さす。終わったら会わないかというジェスチャーのつもりなのだが、うまく伝わっただろうか。
俺はそれきり鈴宮から視線を逸らし、中庭へと向かった。
虫も多いのであまり待たないで済むことを祈る。
*
あれから少しして、外灯の下で佇む俺の前に鈴宮は走って来た。
「どうしたんだい? 何か俺に用かな?」
「………」
それに俺は答えない。
「? 万才?」
不思議そうに首を傾げる鈴宮。
俺はそれに目を合わせず、
「……暇だなー。時間が有り余ってるなー。それこそ少し誰かにあげてもいいくらい暇だ。誰かもらってくれないかなー」
これ以上なく棒読みで言った。
「っ……⁉」
「ああ、暇だ。そんな暇すぎる俺は、誰かの悩み事を少し聞いてやるくらい何でもないんだけどなー。誰か悩んでるやつはいねえかなあー」
わざとらしく言う俺を見て、俺の言いたいことを察したらしい鈴宮は、しばらく悩む仕草を見せた後、
『――すまない万才。少し時間をもらえるかい?』
そう言って真面目な顔で話しかけて来た。
***
今日あったことを振り返っていると、先ほどから俯いてなかなか話を切りだそうとしなかった鈴宮が動きをみせた。
「……この前、先週の休日でのことなんだけど」
脈絡なく切り出されたその声は、しばらく沈黙が続いたせいか少し懐かしく感じた。
「ああ」
俺は一言相槌を打って、続きを促す。
「……いや、その前に、前に少し話したよね? 俺には一つ上に姉がいるって」
「ああ、厳しい人で子供の頃はよく叱られたって言ってたな」
やはりそれか。
前に鈴宮に姉がいるという話を聞いたときから、何かお姉さんとの間に問題があるらしいということは分かっていたが、鈴宮の言葉から察するにどうやら先週の休日にそれについて何か悪い方の意味で変化があったのだろう。それは鈴宮にとって普段の学校での『鈴宮真』というキャラクターとしての仮面を維持できなくなるほど深刻な問題で、今週に入ってからの鈴宮のおかしな様子の原因は、それだったのだと考えられる。
そう考えた俺は続く鈴宮の言葉を待った。
――結論から言えば俺の考えはほとんど当たっていた。
鈴宮の悩みはそのお姉さんとのことであり、先週の休日にいろいろとあったらしい。
だが、俺は続いた彼の言葉に自分の耳を疑った。
「……実はね、あまり自分の不幸話をするのは好きじゃないんだけど、いや、べつに不幸ってわけでもないんだけどね。……俺が中学の時に俺の両親は離婚しているんだ。それ自体はあまり大したことじゃないんだけど、その時に俺は父親、姉さんは母親の方に引き取られて、今はお互い別々の家で暮らしていて名字も違うんだよ」
「なるほど。なかなか複雑な家庭なんだな」
何か普通ではない事情があるというのは分かり切っていた。なかなか珍しい家庭事情かもしれないが、その程度では驚きはしない。
問題は次に続いた言葉だ。
鈴宮は俺の薄い反応に「はは、やっぱり君は変わってるね」と軽く笑った後、
「それでね、もしかしたら君も見かけたことくらいはあるかもしれないけど、……その、姉さんの今の名字は母方の瀬上になっていて、今日の式でも進行役をやっていたから分かるかもしれないけど、この学校の生徒会書記なんだ」
…………え?
「はあっ⁉⁉」
「っ⁉ ど、どうしたんだい?」
育才部について知らない鈴宮は当然、俺と瀬上先輩との面識など知るわけもない。
だから俺のその反応に戸惑う鈴宮の反応は自然だ。
鈴宮の姉が瀬上先輩だった?
鈴宮がおかしかった原因は姉である瀬上先輩と何かあったから?
思ってもみなかった事実に訳が分からなくなった俺は、最終的にある結論に至った。
「……よし、とりあえず今日はもう終わりだ。明日、部活が終わった後、俺が前に話した特別教室棟四階の奥の部屋に来い。先輩も同席してもらった方が楽に終わりそうだからな」
「……え?」
明日もどうせ一ノ瀬達は部に集まるだろう。瀬上先輩は姉さんに頼めば大丈夫。というか生徒会の仕事があるかもしれない。
俺の言葉に顔に“?”を浮かべて困惑する鈴宮をよそに、俺は思ったより簡単に解決しそうな問題に、僅かな安堵感を抱いていた。




