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変わらない彼女、の形

「おお、大分綺麗になったな」


 教室に戻ると既に掃除は終了して、みんな机に座って休憩していた。

 教室を見渡すと、一目で綺麗になっていることが分かる。とくに窓はピカピカで、心なしか普段より部屋が明るく感じる。……今日曇りだけどな。


「おかえりなさい九十九さん……って、大丈夫ですか⁉ なんでそんなにレモンティーばかり抱えてるんですか⁉ 服濡れちゃいますよ!」


 大量のペットボトルを抱えて入ってきた俺を見て、皇がぎょっとして慌てて駆け寄ってくる。


「いや、みんなの分も買ってってやろうと思ったんだが、買い終えた後でこれ持てないなって気づいてな。シャツを袋代わりにして運んだんだが、これ歩きにくいだけで意外としんどくないんだよ。というか、結露した水滴がしみ込んできて結構涼しくて気持ちよかった」


 俺はシャツに抱えたペットボトルをいくつか皇に持ってもらいながら説明する。


「私たちの分まで買っていただけたことは嬉しいですが、相変わらず九十九さんはあんぽんたんですね……。ありがとうございます」


 あきれたように言った皇は、しかし掃除でのどが渇いていたのか、嬉しそうに言って他のみんなに配るのを手伝ってくれる。先生たちからも礼を言われたが、ジュース一つで日頃の感謝が伝えられるのなら安いものだ。


「それにしても、全員分レモンティーにするところがあなたらしいわね」


 全員に渡し終えた後、シャツをズボンに入れて身なりを整えた俺が空いている椅子に腰かけると、気持ちよさそうにクピクピと上品にジュースを飲みながら、一ノ瀬が気の抜けたような笑顔をこぼした。


「たしかにそうですね。九十九さんに飲み物をもらうときはいつもこれですし」


 それに冷たいペットボトルを頬にあてて涼しそうにしていた皇が笑いながら言う。その隣では村崎さんもコクコクと頷いていた。


「なんだ、やはり一月もいっしょにいると変わるものだな。少なくとも一月前の君たちはお互い、顔と名前すら知らなかったというのに」


 俺の渡したジュースを豪快に一口で半分近く飲み干した先生は、ふと懐かしむように言った。


「当たり前ですよ、先輩。私だってまさかこの部の顧問を引き受けることになるなんて思っていませんでしたし。人は変わるものですから」


 村崎先生が上機嫌に言うと先生は、


「フフ……本当に、その通りだな」


 そう言って笑った。


 人は変わる。その通りだ。

 三つ子の魂百までとは言うが、今の自分が数秒後、数分後、数時間後、数か月後、数年後。今と同じである可能性はゼロに等しい。

 でも、だからこそ俺は変わらないものが欲しかった。

 変わらないものを知りたかった。

 そうすれば、きっと何かが”変わる”と思っていた。

 ……もっとも、それは諦めたんだけどな。


「そうかしら? 私は別に変ったつもりはないけれど」


 っ!

 一ノ瀬が漏らしたその声に、俺たちの視線が集まる。


「そうですか? 一ノ瀬さんも出会った時と比べると随分と丸くなったと思いますが……あっ、いえ、丸くなったというのは優しくなったという意味で、太ったとかそういうわけではありませんよ? 出会ったころからずっと一ノ瀬さんは綺麗です」


 皇がいらんことを口走りながら言う。

 それに一ノ瀬は、「わ、わかってるわよそんなことっ……‼」と照れたように言った。恥ずかしさや嬉しさで口元をモニュモニュさせている様子は凄く可愛らしい。


 村崎さんはそんな一ノ瀬を見て、

「確かに初めて会った時はもっと怖かったです……」

 とつぶやいて、一ノ瀬にギロリと睨まれていた。「ひっ……やっぱり今も怖いです」と震える姿は小動物のようで見ていて和むな。

 ……同情? あれくらいの睨みは一ノ瀬にとっては犬の甘噛みより優しいじゃれあいだ。もし俺が同じことを言っていたら、まず間違いなく言葉のナイフでめった刺しにされていただろうからな。


「……別に変ったわけではないわ。ただあなたたちと出会って、初めての経験をたくさんして、これまで知らなかった自分に気づいただけよ。少なくとも以前も今も私のなかで大切なものは何一つ変わっていないもの。ただちょっとそれが増えただけだわ……っ///」


 言っていて恥ずかしくなったのか、若干頬を赤らめる一ノ瀬。


「「「「「…………」」」」」


 そんな一ノ瀬を俺たちは呆けたように見つめていた。


「な、なんでみんな何も言わないの……??」


 困ったように、不安げな目で俺たちを見る一ノ瀬。


「っああ……、いや、まさか君がそんなことを言うとは思わなかったからな。すまない、少し驚いてしまった」


 一足先に我に返った甘地先生が手元のレモンティーでのどを潤して言った。

 それに続いて村崎先生や村崎さんも頷いていた。


 そんななか、皇だけは、

「ふふ、なるほどです。変わったのはあなたではなくて、あなたの中での私たちだったんですね」

「っ……」


 俺は彼女のその言葉に息を呑む。

 皇らしい声で、皇らしい言葉だ。

 けれどその笑顔は随分と昔、ムードも何もない墓のベンチで、あの人からかけられた言葉と重なった。


『――少年、変わることを恐れてはいけません。変わることは悪い事だけじゃないんです。“何が”変わるか。それが大切なんですよ』


 あの頃は分からなかったその意味を、今の俺は少しだけ理解できた気がする。これもまた、一つの変化なのだろうか。


「……なら、もう少し俺にも優しくしてもらいたいもんだな」


 何も言わないのも変なので、俺も軽口を叩く。


「あら? 私がいつ、あなたもその中に入っていると言ったかしら?」


 俺の軽口に、一ノ瀬はほっとしたような表情でいつも通りの罵倒を返す。

 ぬるま湯のような優しい空気。

 先生たちも普段と同じその空気に自然と頬を緩めていた。

「あれ……? めちゃくちゃ恥ずいんだけど。俺泣いちゃうよ?」

「プハッ……す、すみません……プッ……フフ」


 悲哀を込めて言うと、村崎さんが吹きだした。

 それを皮切りに先生たちも笑い出す。



「フフ……まったく、――嘘つきばかりで困ったものですね」


 呆れたような皇のつぶやきを俺は聞こえなかったことにして、貼り付けた笑顔をさらして笑った。


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