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大掃除、の形

 ガラガラッ


「おつかれー……って、全員集合か?」


 育才部の教室に到着した俺は挨拶とともに教室に入り、目に入った光景に気になったことを尋ねる。

 なぜか教室には一ノ瀬と皇のほかに村崎姉妹と甘地先生までいた。


「お疲れ様です九十九さん。はい、今日は一学期最後の部活動ですからね! 大掃除をするんです!」


 元気にそう言って俺の下へと歩いてきた皇は、手に持っている掃除道具を自慢げに見せつけてくる。


「掃除? ……ああ、だから全員集まってんのか」


 こちらに歩いてきた皇もそうだが、みんな机に座っているわけではなく、それぞれが何かしらの道具を持って部屋の掃除に取り掛かっていた。


「ええ、とはいっても、さっき持ち場を決めたばかりだからまだ全然だけれどね。ちなみにあなたの係はそこよ」


 大量の新聞紙を破いていた一ノ瀬がそれを濡らしに行くついでとばかりにそう言って、部室の入り口のドアの入ってすぐ左、雑然と積まれた大量の資料の山を指さす。


「おお……え? これ全部?」


 恐る恐る尋ねると、


「ええ、それ全部 (ニッコリ)。大丈夫よ、すべて処分していいと言われているから、そこの非常階段から降りてすぐのテニスコート脇のゴミ捨て場に運ぶだけだから。単純な作業でしょう?」


 それはそれは優しい声と笑顔だった。そんな一ノ瀬の話を聞いているとだんだんと楽な仕事に思えてくるから不思議なものだ。


「いやいや、だからってこの量だぞ⁉ 少なく見ても十往復以上はしないといけないだろ!」


 とはいえそんなことでほだされる俺ではない。明らかに理不尽な仕事の割り振りに俺は抗議の声を上げる。


「相変わらず文句ばかりだな。いいからとっとと取り掛かりたまえ。でないと夏休みの話をする時間が無くなってしまうぞ」


 俺の声に答えたのは一ノ瀬ではなく、なぜか大量の白い粉の入った袋を持ってそれを水の入ったバケツに投入している甘地先生だった。


「文句じゃなくて正当な抗議ですよ、これは! 労基違反でチェックメイトです! ……それで、夏休みの話ってなんですか? てかなんで先生まで掃除してんですか? あとその白い粉って大丈夫なやつですか?」


 自分の正当性を示すため言いつくろっていた俺だったが、話しているうちにそんなことよりいろいろと疑問が浮かんできたので、気になったことを片っ端から尋ねる。


「掃除が終わったら夏休みのこの部の活動について、みんなで話し合おうってことになってるのよ」


 少し遠いところから声が返ってきた。ホワイトボードを消しゴムで丁寧に消しながら答えたのは村崎先生。

 なんでさっきから尋ねた奴と違う奴が答えてくんの? 一ノ瀬なんてもう俺に用はないのか、先ほどちぎって濡らした新聞紙で窓を上の方から拭き始めていた。流石一ノ瀬。掃除の仕方も素人ではないようだ。


「そういうことだ。ちなみに私が掃除を手伝っているのは人手が足りないからと菫に頼まれたからで、私が今持っている粉は掃除に使う重曹やクエン酸などだ。洗剤などはまとめてそこに置いてある」


 言って甘地先生が指さしたのは机の上。そこには様々な種類の洗剤や掃除用具、よく分からない粉などが置かれていた。

 俺も昔は我が家の家事を一任していたので、それらの使い方や掃除についてのある程度の心得は持ち合わせているつもりだ。だがそれにしてもこいつら、たかが部室の掃除に本気出しすぎだろ。


「なるほど。……てか先生すみませんね。忙しいなか手伝わせちゃったみたいで」


 俺は甘地先生に礼を言う。

 最近何かと先生には甘えすぎているような気がする。名前の通り先生は人を甘やかす魅力があるのかもしれない。


「なに、気にすることはないさ。言っただろう? 君たちは私の大切な生徒だからな。困ったときはいつでも手を貸すよ」


 キュン♥


 濡らした雑巾で床にこびりついた汚れを取りつつ、なんてことないように言う。

 エアコンを止めて窓を閉めているため暑い室内。そんななかでしゃがんで作業する先生。爽やかに手の甲で汗を拭う様子は、若干汗ばんだうなじがちらりとのぞく様子と相まってとてもカッコいい。あとめちゃくちゃ色っぽい。


「さすが先生。油断も隙もありませんね……」


 俺が目を逸らして戦慄していると、先生は「なんのことだ?」と首を傾げていた。いつか誰かに刺されますよ、ほんと。


「あれ? でもそれなら村崎さんはなんでいるんだ?」


 先生たちが各自自分の作業に戻り、一ノ瀬や皇も窓を拭く作業と上の方のホコリを落とす作業に集中し始めたので、俺も言われた通り自分の作業に取り掛かろうと思ったのだが、その前にふと窓を拭く作業に参加している村崎さんが視界に入り、気になったので聞いてみる。


「えと……わたしは使い終わった紅茶のティーパックを掃除に使いたいから持ってきてほしいと一ノ瀬さんに頼まれたので持ってきたんですけど………持ってきたらお姉ちゃんもいて、気付いたら参加することになっていました」


 なかなかに気の毒な話だった。というか紅茶のティーパックが掃除に使えるなんてよく知ってたな。流石は紅茶通だ。


「そ、そうか。べつに無理して参加する必要はないんだぞ? 自分の部の掃除とかあるんだったら、全然そっちに行ってくれて」

「い、いえ、大丈夫です! 私たちは昨日掃除を終わらせましたから!」


 気を遣って言ったのだが、村崎さんは食い気味に否定した。


「そうなのか? 君が構わないんなら別にいいが。……ありがとな、手伝ってくれて」


 手伝ってくれるというのならそれを拒否する必要はどこにもない。人手が増えるのはむしろ歓迎だ。


「いえ、育才部のみなさんにはすごくお世話になったので、そのお返しがしたいんです」


 やはりというかなんというか、村崎さんは真面目だな。

 そんな必要はないと言おうか言うまいか迷ったが、結局言わないことにした。

 だから代わりに俺は、


「そうか。……なら、しっかり役に立ってくれよな」


 そう言って軽口を返した。

 すると思っていた通り向こうの方から、

「あなたの方こそ早く役に立ってくれないかしら? いい加減自分の仕事に取り掛かりなさい。今のところあなたもそこのゴミ箱の中身とたいして変わらないわよ?」

 という皮肉が聞こえてくる。

 分かっているのかいないのか分からないが、一ノ瀬ならそう言ってくれると思っていた。ごみ掃除で俺をごみ扱いしないなんて一ノ瀬らしくないもんな。


 そんな俺たちの様子にクスリと笑みを浮かべた村崎さんは、


「はいっ! 任せてください!」


 出会った頃とはまるで違う嬉しそうな声でそう言って、自分の持ち場へ戻っていった。





「……さて、いい加減おれもやらないとな」


 とりあえず俺は荷物を近くの椅子の上に置いて、山の様に積まれた資料の処分に取り掛かる。ちなみに俺がこの仕事を承諾する決定打になった一言は、皇がふと漏らした、

「でもきっと綾さんなら、――優しい九十九さんはか弱い女の子たちに、こんな重たいものを運ばせたりなんてしませんよね? だって、男の子ですものね。――って言うかもしれませんね」

 という一言である。

 明らかに俺に押し付けるための罠なのだが、如何せん、あの人なら間違いなくそれと似たようなことを言うだろうと確信できてしまった。


 とはいえ、もちろん押し付けられなかったとしても、こんな重労働をこいつらにさせるわけがない。甘やかしすぎるのは良くないかもしれないと思って、一応言ってみただけだ。……俺の過保護も存外だな。甘やかすの規準が分からん。



 机の上にあった麻紐を適当な長さに切って、プリントや参考書などの山から同じようなものを適当な厚さに重ねて縛る。

 まずこの作業が面倒だった。

 すべて処分していいとは言われたが、念のため本当に必要ないものなのか一々中身を確認していたので、その分、余計手間がかかった。


 やっとのことで、すべての資料を縛り終える。全部で十二個もの本や紙をまとめた束ができた。

 それらを二つずつ両手に持って教室を出て、非常階段から降りてテニスコート脇のゴミ捨て場の、『紙・新聞・本』と書かれた看板のところへ置いてくる。

 それを数回繰り返して、ようやくすべての資料を処分することができた。


「ああ~~、やっと終わった~」


 達成感と開放感で思わず情けない声が出る。暑い中重たいものをもって歩き回ったので、疲労感が凄い。あまり汗をかきやすい方ではないが、それでも顔には汗が滲んでいる。


「お疲れさま。もう少しで我々の作業も終了するから、君は飲み物でも飲んで休んでいるといい」


 俺がふらふらになりながら突っ立っていると、床に雑巾がけしていた甘地先生が雑巾を絞るついでに俺にそう言って、先ほど言っていた白い粉を溶かした液が入っているバケツに雑巾をツッコんで絞り始める。


「了解です。じゃあ、お先に休憩させてもらいますね」


 俺はお言葉に甘えて休ませてもらうことにした。

 言われた通り水分補給しようと屋上の自販機へと向かう。財布を鞄からとってくるのを忘れて、一度引き返すことになってしまったのは、今の疲れた俺の精神的には普段の倍以上の疲れを感じた。



「コーヒーコーヒー、親分のコーヒー」


 気を取り直すように適当なことを適当なリズムでつぶやきつつ歩く。

 屋上のドアを開けると、ビュウッと強い風に頬を撫でられた。

 空模様はあまりよろしいとはいえない。曇り空というやつだ。雨が降らなければ涼しいので曇りは好きだ。ぜひ継続してもらいたい。


「……ついでにあいつらの分も買ってってやるか」


 自分の分のコーヒーを買った後、ふと先生たちの顔が思い浮かんで、閉じかけていた財布をもう一度開ける。本革製の長財布。昔、母からプレゼントとしてもらったおしゃれなそれには、珍しく野口さんが一枚入っていた。……羊質虎皮とはこのことだな。


 別にいちいち声に出す必要はないのだが、あれは決意表明のようなものだ。野口を失う決意。頑張ったな、俺。


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