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僅かな違和感、の形

 終業式が終わって教室に戻った俺たちは、もう一度甘地先生から面倒ごとを起こさないようにと釘を刺された後、一学期最後の号令とともに長かった学校生活から一時の解放を手に入れた。

 ……釘を刺している間、なぜか甘地先生の目は終始俺の方を向いていたが、俺は別に心当たりなどまったくないので気のせいだろう。迷惑かけてごめんね先生。愛してる。


「よっしゃー! やっと終わった~……!」


 号令が終わってすぐ、大声を張り上げたのはいつも鈴宮たちのグループにいるお調子者。確か宮地琢磨(みやじたくま)という男子生徒だ。少し前の体育の時間に心の友になったので覚えている。


「まったく、タクは元気だな。まあ、気持ちは分かるぞ。夏と言えば海。海と言えば女の子の水着だからな。俺も今から楽しみでムラムラしてきたぜ。な、鈴宮」


 それに呆れた仕草をしつつ笑って同意したのは沢田優斗さわだゆうと。こいつも鈴宮の近くにいつもいるので覚えている。

 標準より少し小さな宮地とは反対に、180弱ぐらいはあるだろうか。平均身長を優に超える身長になかなかに男前な容姿。鈴宮と比べればやはり魅力は薄れるが、それでも一般的な高校生の中でいえばかなりのイケメンだ。あと若干言動が下ネタ大目だ。そういうところで損をしているようにも見えるが、本人にあまり気にした様子はない。


「ちょっと優斗! あと宮地も! 真がそんな気持ち悪いこと考えてるわけないでしょ? あんたたちと一緒にしないで」


 鈴宮が何か言う前にピシャリと言い放ったのは我らが1-4の女王、桐谷京子きりたにきょうこちゃん。前に体育の授業で俺が鈴宮と仲良くしているところを見て、株が落ちるから近づくなと脅してきた鈴宮大好きギャルその人だ。


「ええ~、桐谷は鈴宮を美化しすぎじゃねえか? 鈴宮だって男なんだぜ? ちょっとくらいそういうことも考えるって」


 沢田がおどけてそう言うと、


「はあ? あんたたちが汚すぎるだけでしょ? てゆうかあんたたちと真はもう同じ男ですらないから! 真はそのずっと上だから! 性別ですらあんたたちと一緒だとか言わないで!」


 眉根を寄せて睨みつけながら不機嫌さを隠そうともせずそれを全否定する桐谷さん。


「お…おう……。相変わらず桐谷は鈴宮ラブだな。……悪かったって、冗談だよ冗談。鈴宮さいこー」


 桐谷さんに不機嫌な表情で睨まれて、沢田は慌てて誤魔化す。宮地はそんな沢田を「やっちゃたなあ……ガンバッ」と他人事のように眺め、女子たちはいつものことだとばかりに笑っていた。ただ一人、俺が入学式の日にやらかしてしまった女子生徒、葉桜(はざくら)さんだけは二人を見て慌てた様子だった。


 沢田の弁明に桐谷さんは「……フンッ」と唇を尖らせて、金色の眩しい髪から覗くおしゃれなイヤリングをいじる。


「てゆうか、さっきからどうかしたの?鈴宮くん。今日、朝からずっと上の空だったみたいだけど……」


 面倒くさい桐谷さんには慣れているのか、友人の女子生徒(ここではA子ちゃんとでも呼んでおこう)が鈴宮に話を振る。


「――……ん? ああ、いや、すまない。なんの話だったっけ?」


 彼女から話を振られ、友人達から視線を向けられた鈴宮はまるで今の今まで彼らの会話を聞いていなかったというようにとぼけたことをつぶやいた後、いつものように完璧な笑顔を向けた。


「んだよ鈴宮。全然聞いてなかったのか? あっ、さてはお前、夏休みの予定考えるのに夢中だったんだろ?」

「ちょっ、おい、また桐谷に怒られるぞ」

「アハハ、でも鈴宮くんでもそんな感じだったらギャップ萌えかも~」

「ってそれ遠回しに俺達ディスってんだろ! 俺達だっていつもはもっと高尚なこと考えてんだよ?」

「いやそれは絶対ないわ~(笑) 沢っちはどうせエッチなことばっかでしょ? 宮地くんは興味ないし」

「そんなことねえって。いや、そんな風に思われてるなんてさすがに泣くわ~(笑)」

「いや、お前はまだいいじゃん。俺とかガチのマジで泣きそうだぞ……」


 沢田たちはそんな鈴宮の様子を気にした風もなく、いつもの会話を楽しんでいる。宮地君の扱いは非常に育才部での俺のそれとかぶる。流石は俺の心の友だな。


「………」


 そんな中、いつもと違う、その()()()()()鈴宮の様子に違和感を抱いている生徒がいた。もちろんそれはいつも鈴宮のことを観察している桐谷さんだ。


 何かを鈴宮に尋ねようと口を開こうとした彼女だったが、目が合った鈴宮にニコリと微笑を向けられ、言葉を飲み込んでいた。

 有無を言わさぬその完璧な笑顔はやはりいつも通りで、だからこそ、俺はそのいつもの鈴宮らしくない様子に僅かな違和感を覚えた。



 と……、放課後、周囲の生徒たちがロッカーの中や机の中の大荷物を苦労して背負って席を立つ中、そんな目立つやつらに視線を向けていた俺はふとこちらを向いたその中の一人と目が合う。


「っ……(ぺこり)」


 俺が見ていることに驚いた様子を見せた彼女は、何を思ったかぺこりとこちらに会釈した。それに伴い、先ほどまで会話に夢中になっていた沢田たちもその彼女の視線を追う。

 目が合ったら面倒だと思った俺はさっと視線を逸らして荷物をまとめる。生憎と俺は今日までに置き勉していた教科書などをコツコツと持ち帰っていたため、少し鞄の中身が多いくらいだ。


 目は逸らしてはいるが、俺の話題で盛り上がっている声は聞こえてくる。もちろん悪い方だ。鈴宮や葉桜さんがそれをうまいこと和らげようとしてくれているが、焼け石に水。罪悪感が物凄いな。


 これ以上彼らの会話を聞いていてもろくなことにはならないだろう。そう判断し、俺はいつもよりわずかに重い鞄を背負い席を立つ。


「あっちー……」


 教室を出た瞬間、エアコンの冷気からの急激な温度変化に俺の身体は大ダメージを受ける。黄色いゲージが半分近く減ったぞ。早く携帯食料を食べなければ。


 教室を出て育才部へと向かう道すがら、ふと今日の鈴宮の様子を思い出す。

 そういえば今日だけでなく、今週になってからのあいつの様子はどこかおかしかったな。今日はそれが顕著だったというだけだ。

 俺があいつらの様子をストーカーの様に観察していたのも、あいつの様子が気がかりだったというのが理由だしな。


「……ま、あいつならきっと自分でなんとかするんだろうな」


 未だにあいつは俺たちの部に相談に来てはいない。

 何を悩んでいるのか知らないが、現時点での俺とあいつとの距離はこれなのだろう。

 情熱的に愛を歌い続けるセミたちの声を煩わしく感じつつ、俺は軽く握っていた拳を開いた。


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