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エンカウント、の形

 一ノ瀬を送り届けた俺は、早足に駅までの道を急ぐ。夕食はいいと伝えてはいるが、遅くなりすぎて心配をかけるわけにもいかない。


 今日はなかなかに濃い一日だったなと思いながら歩いていると、見覚えのある高級車が俺の横を通り過ぎ、道路脇にウィンカーを出して停車した。というか俺の進行方向だ。あと見覚えがあったのは、その高級車が一ノ瀬と歩いているときにすれ違った車だったからだ。


 夜の住宅街で真っ黒なハイヤーが俺の前に駐車した。怖くてしかたないな。

 しかしここは直線しかなく、引き返せば遠回りになって帰りが遅くなってしまう。なので俺は仕方なく、できるだけ顔をそちらに向けないようにそっと車の横を通り抜ける選択をする。


 歩道の端ギリギリを歩く。


 ガチャ。


 ドアが開く音がした。しかし俺はそれを気にすることなく通り過ぎようとして、


「……月が綺麗ですね」


 聞き覚えのある声は、我が校のボスのものだった。





 ……しまった。

 俺は心の中で深いため息とともにつぶやく。


 夜空に浮かぶ月を車のドアに背を預け、不敵な笑みで見上げて、意味ありげにつぶやいた理事長。なかなかの奇行と聞き覚えのあった声に、つい足を止めてそちらに視線を向けてしまった俺は今、数秒前の自分の行動をこれ以上なく悔いていた。


「………」


 とはいえ俺のような出来の悪い学校の恥部が、学校のボスであるところの理事長先生などと面識などあるわけもなく、意味ありげに月を眺める理事長を、

「そんなとこに突っ立ってられるとメチャ邪魔だな~」

 という感想と表情で観察することしかできない。


 俺がいっそ何も見なかったことにして通り過ぎようかと思案していると、ふと月に向けられていた理事長の視線がこちらに向けられる。


「……おや、こんな時間に散歩かい? 遅くまで出歩くなんて、君もなかなか悪だね」


 ダンディーなのに茶目っ気のある大人の声。余裕たっぷりといったその声は不思議と不快には感じなかった。

 わざわざこんな場所で俺の目の前に駐車しておいて白々しいが、理事長といえば何よりも一ノ瀬のお父様である。

 粗相のないようにしないとな。


「ええまあ、俺は出来損ないの不良ですからね。安心してください。娘さんは無事ご自宅まで送り届けましたから。……もちろん狼的な意味ではなくて」


 疑問や驚きはたくさんあるが、今はそれより一番大切なことを伝えておく。世の中の親父は全員、娘の無事が一番なのだ。


「はは、聞いていた通りの生徒のようだね」


 背を預けていた車のドアから背を離し、こちらに向き直った理事長。


「……いや、それよりすまないね。ありがとう。仕事柄なかなか娘たちと話せる機会が少なくて心配していたが、君のような友人がいてくれて安心だよ」


 何その信頼? 普通娘を家まで送り届けたとか聞いたらいろいろ勘ぐって腹立たない? というかそれが親父じゃないの?


「もちろん君だからだよ………九十九万才君。君以外の男なら、今すぐ狩人に転職して狼狩りさ」


 俺の考えを読んだのか、爽やかな笑顔でそう言って笑う理事長。

 うんうん。やっぱりそれでこそ娘をもつ父親だよね。


「それは光栄ですね。……それで、今日はどうしたんですか? 育才部に入部させられた件なら別に構いませんよ」


 むしろ綾さんの娘と知り合わせてくれたり、枯れてしまった青春の舞台に居場所を与えてくれたことには感謝しかない。


「……ふふ、やはり甘地君から聞いていた通り君は鋭いね」


 言うと理事長はふと真剣な顔を作った。


「挨拶が遅くなって申し訳ない。一ノ瀬雅の父、一ノ瀬英司だ。君たちの学校の理事長をさせてもらっているよ。君には娘たちがお世話になっているね。……その節は申し訳なかった。強制的に入部させるような形になってしまって」


 礼儀正しい自己紹介を終えた理事長はそう言って頭を下げる。


「いえいえ、むしろ俺の方こそ感謝してますよ。……まあ、最初言われたときは甘地先生じゃなかったらデコピンくらわしてたぞって思いましたけど、今は娘さんたちに出会えてよかったと思ってます」


 あの部に入部しなければあいつらとの出会いはなかった。だから本当にあの部には感謝している。ありがとうとごめんなさいはきちんと伝えた方がよいと習っているので、俺は正直に感謝を伝える。


「はは、それはよかったよ。やっぱり君は――……」


 俺の言葉が意外だったのか何だったのか。理事長は先ほどから落ち着いた様子ではあったが、今はその中に少しだけ安心……のようなものを感じた。


「?」


 何か言葉を続けようとした理事長を不思議に思っていると、


「――いや、今はまだやめておくよ」


 思い直したようにそう言って、軽く頭を振って車のドアを開けた。


「それじゃあ僕はこれで失礼するよ。今日は久々に娘たちの手料理が食せるかもしれないからね。いろいろと思うところはあるだろうが、悪いが今は受け入れてほしい。いつか時間をとって説明するよ。……皇さんの件についてもね」

「……ええ、ではまた。一ノ瀬によろしくおねがいします」


 俺の言葉にニコリと満足げに笑った理事長は、そのまま車に乗り込んだ。

 少ししてウィンカーを出して車が出発する。


「……まったく、疑問ばっか残していきやがって」


 そう独り言ちて再び駅の方へと歩みを進める。時間も時間なので早歩きだ。



 今日は濃い一日だった。

 土日が開けて水曜の終業式が終われば夏休み。

 そういえば夏休みの部活はどうするのだろうか?

 ……まあ、きっといろいろとあるのだろう。


 歯車がそろい、そろそろ面倒ごとが起こりだしそうな予感。

 昔とは違う。俺を取り巻く様々なものが変わり始めている。

 そんなことを自覚した夜だった。


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