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はな太郎の形

「ねえお兄ちゃん、これってどういう意味?」


 今朝のことを思い出していた俺は、まなみの声に目を開けて意識を切り替える。


「ん? ……ああ、時差の問題か」


 先ほどから社会の問題プリントを解き続けているまなみが質問してきた問題は、時差についての応用問題だった。


『ある年のクリスマスの日。ニューヨークに住んでいる鼻太郎くんは、日本に住んでいる遠距離恋愛中の恋人、花子ちゃんにちょうど十二月二十四日午前零時ぴったりにクリスマスプレゼントが届くよう、宅配業者の人に頼みました。人生で初めてできた彼女に、ロマンチストの血が騒いだ彼の渾身の粋なイベントだったのですが、なぜだか午前零時を少し過ぎた頃に花子ちゃんに電話すると、彼女は言いました。

「プレゼント? そんなの届いてないんだけど。あと私たちもう別れよ?」

突然のことに鼻太郎くんの心はボロボロ。聖なる夜に黒く荒んでしまった彼の心は、いったい、どのようなプレゼントがあれば癒せるでしょう?』


「………いや、知るかっ‼」


 読み終わった俺はそう叫びつつ全力でプリントを放り投げた。

 けれどただの紙なので、ひらひらと思った以上にあっちこっちに揺れながら、それは無傷で元あった机の上に落ちた。


「なんなんだこの問題は? ていうかどこがこれの問題なんだ? あれか? 『癒されるでしょう?』のところか? そんなの知るか! だいたい鼻太郎くんってなんだよ! 全然ニューヨークって顔じゃねえよ! いや、顔知らねえけど! でも多分鼻が垂れてんだろ! てかなんでそんなやつに彼女ができんだよ! そんなやつにできてなんで俺にはできないんだよ! ふざけんなよ! ッ………ハア……ハア」


 疲れて来たのでこの辺でやめる。


「そんなこと言われても、このプリントの問題なんだから仕方ないじゃん。それで、どんなプレゼントなら鼻太郎くんを癒せると思う?」


 俺のツッコミを無視して回答を考え始めるまなみ。

 え? これ本気(マジ)で考えなきゃだめなの? 無理だって。てかどんなプレゼントだったら癒せるかなんて、絶対出題者も分かってないだろ。せめて聞くならどうして鼻太郎がフラれたのかってところじゃないのか?

 ……しかしそうは言っても問題は問題。このふざけた問題はたしかに社会の問題としてプリントに出題されている。もしかしたら、俺が知らないだけでこれがみんなが日頃から取り組んでいる勉強というものなのかもしれない。

 であれば、俺もまた真剣に答えなければならないだろう。


「そ、そうだなあ………まなみはどう思うんだ? 軽くでも答えが思いついてんなら聞かせてくれないか?」


 そのまま答えをまるっと教えたとしても、本人の理解にはつながらないからな。決してどれだけ考えても「知ったこっちゃねえ」という感想しか浮かんでこなかったわけではない。


「んんー、私は………新しい恋? っとかじゃないかな///」


 言っていて恥ずかしくなったのか顔を赤らめ目を逸らすまなみ。なるほど。ロマンチストだな。

 先ほどのまなみの回答で、大体のやり方は分かった。つまりはそういう路線で攻めていけばいいわけだな。


「なるほど。なかなか軽い男なんだな、鼻次郎は」

「鼻太郎だよお兄ちゃん……。あと、別に私の鼻太郎は軽くないから! ちょっと前しか見えないだけだから!」


 私の鼻太郎ってなんだよ。というか鼻太郎ってそもそもなんなんだよ。


「それで、お兄ちゃんはどう思うの?」


 そんなこと微塵も興味はないし、これが一体試験でどう役に立つのか不思議でしかないが、妹から質問されたのなら真剣に考えなければならない。それが兄というものだ。


「俺はあれだ。改名手続きの方法でも教えてやればいいと思うぞ」


 きっと鼻太郎ではなく華太郎とかにしたかったんだろ? けどそれを変換し間違えたんだよ、きっと。だからそれをなおせばきっと明るい未来が待っているさ。


「ほんとかなあ。……じゃあ、答え見てみるね」


 疑いつつまなみは手元のファイルの中から新しいプリントを取り出す。どうやらこのプリントの解答のようだ。


 地理 問題六

『一度無くしてしまった幸せは、もう二度と同じものは手に入りません。鼻太郎くんは花子ちゃんからの愛というかけがえのない大切なものを失ってしまいました。そんな彼がもう一度、その垂れた鼻水を流さずにいるためには、きっとそれ以上の幸せを手に入れるしかないでしょう。そしてそれは鼻太郎くんが自らその鼻水を拭い、自分の頭で考えて、自分の足で前に進んで、後悔と失敗と、それに打ち勝つためのたくさんの努力を積み重ねた先にあるものです。自分自身で手に入れなければ意味はありません。幸せとは他人から与えられるものではなく、自分でつかみ取るものなのです。サンタさんはプレゼントはくれますが、幸せをくれるわけではありません。それと同じで、恋人から与えられる愛に甘えているだけでは、きっといつか彼の様に失くしてしまいます。あなたがもし鼻太郎くんのようになりたくないと思うのなら、もう一度周りの人に目を向けてみてください。幸せとはあなた一人で作るものでも、誰かから与えられるものでもなく、あなたとあなたの大切な人々。みんなで作っていくものなのです。

 ……ちなみに鼻太郎くんのプレゼントが届かなかったのは、途中で宅配業者のアルバイトが、クリスマスに労働している自分がリア充たちの恋人へのプレゼントを配達しなければならないという社会の理不尽に抗った結果だそうです。これもまた、一つのクリスマスの過ごし方ですね』


 ……………は?


「……え? これが答えなのか?」


 正直何を言っているのかよく分からない。だが配達業者のアルバイトの気持ちは痛いほどによく分かった。そこが一番気になっていたのですっきりした気持ちだ。

 ……花子? それはもう決まっている。”ナイト・トラディショナル・レース”だ。そりゃやることヤってるときに連絡されたらイラっとするよな。……知らんけど。


 わけがわからないと首を傾げる俺の隣でまなみは、


「ひっぐ……えぐっ……うう~、おにいぢゃ~ん」


 号泣していた。

 大粒の涙を大きな目から滴らせながら、まなみは感極まった様子で俺を呼ぶ。


「こ、これからいっしょに……っ……いっしょに、わたしといっしょにしあわせな家庭をつくっていこうね! おにいちゃん!」

「……お、おう」


 もう何が何だかよく分からないが、まなみがそれでいいのならいいだろう。

 俺はまなみの言葉に戸惑いつつも適当に相槌を打つ。深く考えないことにした。



 それからややあって、教科を変えて問題プリントに取り組むまなみ。


「………」


 息抜きのときは際限なく甘えてくるまなみだが、やるときは真剣だ。一度やり始めると集中してしまい、質問がないときは会話がない。

 俺はあまりにも暇なので、先程まなみが解き終わったプリントの束からさっきの社会のプリントを取り出す。


 そしてまなみに質問された問題以外にも目を通した俺は、


「……ってこれやっぱこの問題作った奴の実体験じゃねえか‼」



『お恥ずかしながら問題の一部に少々私の若き日の思い出を語らせていただきました。しょうもないお話ではありますが、皆様のこれからの人生に少しでも役に立てることを願っています。

                                     著  田中鼻太郎』



 よくこんな問題集を選んだなと、俺はまたしても姉のことが分からなくなった。


 ……あと、クリスマスは二十四日の日没から二十五日の日没までなので、鼻太郎くんがわざわざ二十四日の午前零時ぴったりにサプライズすることにあまり意味はない。やるなら二十五日の午前零時だ。

 どこまでも間違いだらけの男、鼻太郎くんでした。……作者の名前とかそんなところはもう無視だ。


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