責任の取り方、の形
「九十九さんっ‼ あなたお昼休みに何やったんですか⁉ あなたが村崎さんにセクハラしたとかなんとかで、噂になってますよ⁉」
昨日、『明日もするわよ!』と言われたので今日も今日とてお勉強会の会場である育才部の部室へと向かった俺は、扉を開けるなり目が合った皇に問いただされていた。
皇の話を聞きつつ部屋の中に目をやると、一ノ瀬は何やら真剣な様子で顎に手をやり考え事をしており、そしてなぜかその一ノ瀬の対面では村崎さんが泣いていた。
……意味が分からない。
試験の問題よりもこの状況の方が俺にはよっぽど難問なのだが。
「まあ落ち着け皇。ドードー、とりあえずアメちゃんでも食べて頭を冷やせ」
言って俺は常に常備しているイチゴ味の飴玉をポケットから取り出し皇の手に握らせる。
「こ、こんなものでは騙されませんよ⁉ 九十九さん、あとでちゃんと説明してもらいますからね⁉」
そんなことを言いつつ俺の渡した飴玉の袋を丁寧に破き、その小さなお口に放り込む皇。すぐにバリバリとものを粉砕する音が聞こえだす。
……女の子が公共の場で当たり前のようにアメをかみ砕くのはどうなんだ?
「で、どうして村崎さんはさっきからずっと泣いてん――」
ガラガラッ
「ちょっと九十九君⁉ あなたが翠を手籠めにしたってどういうことっ⁉」
『…………』
俺が泣いている村崎さんに話を聞こうとしたそのとき、勢いよく育才部の扉が開かれ、顔面蒼白の村崎先生が慌てた様子で入ってきた。
「う……ぐす……うう」
「…………」
「バリバリバリバリ」
未だなぜか涙を流し続ける村崎さんと、黙ったままの一ノ瀬。最後のはアメをかみ砕いているアホだ。
「……お前ら、テスト勉強しろよ」
俺は学習意欲が今年一上がった。
*
「なるほど。それであなたはあんなことを言ったのね」
「……もう、それならそうと最初から言ってくれたらいいじゃないですか。ですが私は最初から信じていましたよ? ええ、九十九さんがそんなことするような人じゃないことくらい私は知っていますので」
修羅場と化した教室で、何故だか俺は取り調べを受けていた。
おかしいな? 俺は勉強をしに来たはずなのに。というかこれはもう尋問である。拷問と言ってもいいかもしれない。
あと皇は誤魔化すのが下手なら黙っていて欲しい。信用のなさがひしひしと伝わってくるようで、余計傷ついちゃうから。
「はい、ですからもうそろそろ開放してもらえませんか」
俺は今、教室の中央、机の下から引っ張り出された椅子に縛られ、それどこの同人誌だよってツッコミたくなるような縛られ方をしていた。どっかのテロリストかこいつらは。そもそも俺がこれをして一体誰得なんだよ。こういうのは美少女かショタっ子美少年と相場が決まっているはずだ。
「いいえまだよ。あなたの噂の件は分かったけれど、それでも私の妹を泣かせた以上、責任を取ってもらうまで解くわけにはいかないわ」
捕虜の懇願を一切無視して先生は厳しい視線を俺に向ける。いくら普段あれなことばかり言っている先生も、妹を泣かせた相手となると看過できないようだ。
それはそうだな。俺だって万が一にも姉や妹を泣かせるような男がいたら、正直正気を保てる気がしない。一族どころか人類ごと絶滅させる、悪の帝王となるだろう。
「……九十九君、責任を取って翠と結婚しなさい」
続いた先生の言葉に沈黙が場を支配する。
そして、
『………は?』
この時ばかりは、この場に居る先生と一ノ瀬を除く全員がそろって間抜けな声を出していた。
*
「結婚⁉」
「ど、どういうことお姉ちゃん⁉ 私と九十九さんがけっ、けっこんなんて⁉」
静寂の中、皇が驚きの声を上げ、そのすぐ後に村崎さんが戸惑ったように声を荒げる。
先ほどまで泣いていた村崎さんは、先生が入ってきたあたりで正気を取り戻していた。
「どういうことも何も、あなたを傷者にした以上、恩人とはいえ九十九君には責任をとって一生あなたを幸せにしてもらうしかないじゃない」
何を当たり前のことを? とでも言いたげな表情で言う先生。
「いっ、一生って⁉」
「一生は一生よ。病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しき時も、一生私と妹の傍にいてもらうわ」
「マ、マジですか?」
やばいな。早くも俺の永久就職先が確定しそうだ。終身雇用制は時代錯誤だとよくきくが大丈夫だろうか。
……ん? というかなんかおかしくない?
「ちょっと待って、おかしくない⁉ なんでお姉ちゃんまでいるの⁉ 結婚するのは私と九十九さんでしょ⁉」
俺の疑問はすぐに村崎さんが指摘してくれた。よかった。流石に俺がそれを聞くのは少し恥ずかしいからな。でもなんかその言い方だと、もうすでに俺と村崎さんが結婚することは確定しているような気がする。あれれ? おかしいな。
「チッ……言葉の綾よ。言い間違いは誰にでもあるわ。些細なことでそう目くじらばかり立てているとストレスばかり溜まるわよ。その貧相な胸がその証拠ね」
『なっ⁉』
なぜか始まる姉妹喧嘩。しかし先ほど声を上げたのは村崎さんだけではなかったな。
村崎さんを泣かせた責任をとるために俺と結婚させようとした先生。それなのにどうして先ほどそんな美しい姉妹愛を見せた彼女たちは今、お互いを罵りあっているのだろう。
「ストレスなんて、お姉ちゃんにだけは言われたくないよ! この前まで浮気准教授とのごたごたでしんどそうにしてたくせに、最近は口を開けば九十九君九十九君。責任とって一生なんてどの口が言ってるの⁉ お姉ちゃんの節操なし‼」
「っ……そ、それは……。あの時のことは悪かったって言ってるじゃない! でも私は、あなたには私と同じような思いはしてほしくないから言っているんでしょう⁉ 大体、九十九君九十九君言っているのはお互い様じゃない! あなた、気づいていないと思ってるみたいだけど、最近朝は鏡の前で小一時間髪の手入れをしたり、今日だって薄く化粧していることくらい知ってるのよ? 校則では生徒の化粧は禁止されているわ。さあ、早く落としてきなさい」
「ちょっ⁉ そ、そんなことしてないし⁉ というかいきなり先生とか言い出すのずるくない⁉ お姉ちゃんだって前はオシャレなんてほとんどしなかったくせに、最近ちょっとずつ髪型変えたりしてること私知ってるよ! お姉ちゃんみたいな美人がこれ以上綺麗になったら、私に勝ち目ないじゃん⁉ ずるいよ!」
「それを言うのならあなたもそうじゃない! 若くて可愛くて、私には年齢差があるんだから、あなたの方が有利でしょ⁉」
未だ繰り返される恥ずかしい暴露。というか途中から喧嘩じゃなかった。
そんな二人の様子を俺たちはただ黙って見つめていた。一ノ瀬は未だ顎に手をやって何やら考え込んでいて、皇は初めて見る姉妹喧嘩にどうしていいか分からずただおろおろとその様子に戸惑っていた。
しかし少しずつその喧嘩の内容が二人の恥ずかしい話になっていくと、見ているだけの皇まで顔を赤くしている様子は見ていてなかなか可愛らしかった。
ちなみに俺は今もまだ縛られたままだ。そろそろ手足がしびれて来たので、いい加減ほどいてほしいのだが。
「……ねえ」
と、俺がそんな思考をしていたその時。いつの間にか席を立ち、移動していたらしい一ノ瀬が俺の背後に立っていた。
「え……?」
そしてその美しい唇を俺の耳元へと近づけて、
「一体さっきから何の話をしているの?」
心底訳が分からないという表情でそう言った。
*
「さて、落ち着いたかしら、あなたたち」
先生と村崎さんの姉妹喧嘩が一通り落ち着いた段階を見計らい、一旦話を整理しましょうと場を整えた一ノ瀬は、そう言って正座する俺たちを見下ろし、淡々とした声で言う。
「はい……」
「その、ごめんなさい。少し大人げなかったわ」
一ノ瀬の言葉に、視線を逸らして申し訳なさそうに謝罪する正座姉妹。
「まったく、いくらなんでも今は勉強会を理由に部室を使わせてもらっているんだから、喧嘩なんてダメだぞ?」
「……九十九さんがそれを言いますか?」
俺の正当な説教になぜかジトリとした視線を向ける皇。見れば先生や村崎さん、一ノ瀬までもが同じような目で俺を見ていた。
おかしいな。俺が言ったことは間違っていないはずだが。
「まあそれはもういいわ。それより、結局さっきから何の話をしていたのかしら? というか、先生と九十九君はいつからいたの?」
俺の話を無視して一ノ瀬は話を進める。
「いつって……さっきだろ? 入った途端皇に因縁つけられて、脅されてたじゃないか」
「い、因縁なんてつけてませんよ⁉」
慌てている皇だが、部屋に入った瞬間突然大声で詰め寄られる恐怖はもはや因縁をつけるチンピラそのものだ。これが美少女でなければ俺はすぐに逃げ出していた。
「そう言われても、私は少し考え事をしていたからそのときのことは分からないわね。私があなたたちに気づいたのは村崎先生がストレスがどうのと言っていたあたりからよ」
言って一ノ瀬は先生に目を向ける。
そういえばあの時声を上げていたのは村崎さん一人じゃなかったな。
「ああ、ストレスで胸がちっさいとか言ってたときか」
(ピク)
(ピク)
(ピク)
(ビクッ⁉)
瞬間。膨大な殺気が部屋中を包んだ。
静寂に満ちた室内でハイライトの消えた瞳で俺と先生を見つめる少女たちの瞳。
『すみませんでした‼』
先生との初めての共同作業は土下座でした。




