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繰り返す彼、の形

「うう……昨日は酷い目にあったな」


 翌日。

 家を出て学校へと向かう道すがら、俺は昨日の夜のことを思い出して、未だぎゅるぎゅると絶不調の胃をいたわるようにお腹をなでながら一人つぶやく。横を通った何人かの生徒たちがそんな俺を見てクスクスと笑っているが、正直今の俺には笑い事ではない。食した瞬間気絶する、アニメのようなダークマターであってくれたならまだ良かったが、ギャグではなく、本気で不調になる料理なので質が悪い。

 まなみは今日は学校を休むと言っていたし、姉さんに至っては今朝、部屋から出てこなかった。母さんは朝も早くから忙しく仕事に向かったのでバレてはいないだろうが、帰りに二人には胃に優しいゼリーでも買って行ってやろうと思う。



 そんな調子で学校に到着し、席についてお腹をいたわっていたらいつの間にか午前中の授業が終わっていた。


「さて、弁当はないから、……食堂かな」


 いつもはまなみがお弁当を作ってくれるのだが、今朝はフラフラしがら死にそうな目で包丁を手に取ろうとしているのを慌てて止めたので、珍しくお弁当がない。

 正直一日くらい昼食を抜いても問題はないのだが、今はあまり胃に負担をかけるようなことはしたくない。

 何でもいいので軽く胃に優しいものを食べて胃の上書きをしよう。


「はあ、でも食堂って人多いんだよなあ」


 文句を言いつつあまり遅れては余計混むうえ、昼休みも終わってしまうので、俺は早急に椅子を引いて腰を上げる。


「あ、九十九さん、どこか行くんですか?」


 俺が立ち上がって教室のドアの方へ向かおうとすると、珍しく名を呼ばれた。

 空耳かと思ったが、一応きょろきょろとあたりを見回す。

 と、


「あの、九十九さん? ここです、わたしです」


 どうやら空耳ではなかったようだ。

 そう言って可愛らしく手を上げ、ぴょんぴょんと飛び跳ねる彼女は村崎さん。この前、姉の村崎先生のことで依頼に来てくれたクラスメイトの少女で、あれがきっかけでたまに俺たちの部にも顔を出すようになった。

 始めの頃は緊張してか人見知り気味の様子だったが、今ではこの通り普通に話せるようになった。


「ああ、村崎さんか。俺はこれから食堂だよ」

「あれ? 九十九さんっていつもお弁当ですよね?」


 はてな?と首を傾げる村崎さん。可愛い。


「いや、いつもはそうなんだけどな。今朝はいろいろあってまなみ――妹の弁当がないんだよ。というか良く知ってるな、俺がいつも弁当だなんて」


 いつも俺は昼休みになるとさっさと教室を出て、中庭の隅に直行しているのだが。


「え……あっ⁉ い、いえ、たまたま、たまたまです。たまたま。それより、……その、もしよければ、その、一緒に」


 何故か顔を赤らめてタマタマタマタマと繰り返す村崎さん。

 そして公衆の面前で玉を連呼する美少女の姿は、当たり前だがとても目立つ。


「なあ、あの村崎さんが話してるあいつって確か」

「ああ、あのセクハラのクズ野郎だろ?」

「噂じゃあいつ、学校中の女子の胸を揉みしだいたとか……」

「ああ、あれな。俺は女子更衣室に盗聴器仕掛けたとか、ストーカーの常習犯とか聞いたぜ?」

「でもどうして村崎さんがあんなやつと」

「ま、まさか、既に彼女もあいつの魔の手に……」


 ……まあ、絶妙にあっているだけに否定し難いが、そこまで酷いことはしていない。

 いや、そんなこと言っている場合じゃないな。

 このままでは俺と一緒に村崎さんまで面倒な噂が立ちかねない。


「まあ、そういうことだ。またな、村崎さん」

「え……」


 言って俺は困惑する村崎さんをよそに、大きく息を吸い込むと、


「なんだよ! ちょっと飯付き合うくらいいいじゃねえか‼ ケッ」


「え、ちょっ⁉ 九十九さん⁉」


 大袈裟な声でそう言って教室を出る。

 気持ち強めに扉を閉めて聞こえてくるのはいつかと同じような、いや、今度はあの時以上の容赦のない罵倒の嵐。そしてそんな俺に絡まれた村崎さんを励ます声。

 最近収まりかけたように思っていた俺の噂が、またしてもリニューアルの最新版となって更新された瞬間だった。面倒なことに他クラスの生徒も何人かいたので、この噂はすぐに広まるだろう。


「……また今度村崎さんに謝らないとな」


 気持ち速めに足をまわし、食堂へと急ぐ。

 入学から三か月。

 また俺は繰り返す。


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