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テスト勉強の形

 やらない。やれない。やりたくない。スリーYでヤ・ユ・ヨだと言ったのは誰だっただろうか。いや、そんなこと言ったやつはいない。適当言ってごめんなさい。

 小、中、高。大学に至るまで、生徒、学生である限り避けては通れない道。リア充だろうがボッチだろうが、誰であれ、流石にこの時ばかりは皆平等に苦難であり苦行である。つまりはテスト。

 ほとんどの学校で学期に二回、年約六回行われるこれを心待ちにしている生徒は少ないのではないだろうか。もっとも日々勉学に励んでいる者たちからすれば、午後から帰れるという利点を考え、小躍りするかもしれないが。ちょっと気持ち悪いな、そいつ。


 そしてここ、一ノ瀬高等学園でも他の高校同様、年に六回、中間期末それぞれ行われ、その総合点の平均が成績となる。

 先週の村崎さん関連のごたごたから一週間が経ち、いよいよ夏本番となる七月へと突入した今、年々過去最高を更新し続ける猛暑と並び、新たに俺たちの前に立ちはだかるのは人類の敵にして巨大な悪の権化、前期期末テスト。いつか駆逐してやる。

 今週はそのテスト期間ということで、月曜から一週間、部活動やその他の活動が停止となる。


 そんな決戦前の準備期間であるところの大切な週の放課後。なぜか俺たちはいつもの部室で、試験対策の勉強会を開催していた。


「……なあ、やっぱ俺、帰ってよくないか? 大丈夫だって。一夜漬け、いや、直前漬けでもなんとかなるさ」


 机に突っ伏し、この上なくやる気のない声でそう言うと、妙に嬉しげな声が返ってきた。


「あら、それは嬉しい提案ね。私は皇さんと二人で続けるから、あなたは今すぐ、即刻、可及的速やかに帰りなさい」


 帰っていいかと聞いて帰りなさいとはこれいかに。

 高校生となって早三か月が経過し、もうこいつとも一月近い付き合いとなったはずなのだが、未だに俺の扱いは酷いものだ。というか最初の頃より酷くなっている気がする。もうこのままいけばあれだな。俺が何かに目覚めるのが早いか、捨てられるのが早いか。……どちらにしても平和的にとはいかないんだな。


「だめよ、九十九君。せっかくの機会なんだから、しっかり勉強しましょう。先輩にもあなたの成績を何とかするように頼まれているんだから」


 一ノ瀬の帰宅命令に心の沈み分追加された重い腰を上げようとした俺の腕を、細く白い手が掴んだ。

 なぜだか俺の左横でソーシャルディスタンスって知ってますか?と尋ねたくなるくらいの至近距離で俺の集中を乱そうとするこの先生に、一体何を教わるというのだろうか。保健体育の実技なら今すぐ教えてもらいたいところだが、それを口に出すといろいろと面倒なことになりそうなので、お口チャックのチャックマンでその破壊力抜群の柔らかそうなものから距離を取っている。しかし思春期真っ盛りの男子高校生にとってこれがどれほどの苦行なのか、今すぐ先生に教えてやりたいものだ。テストなんてどうでもよくなるくらいには、俺の心は乱されている。


 村崎菫先生。少し前、このふざけた部に『姉が既婚者の男性と不倫している問題』を解決してほしいと依頼してきた、俺たちと同学年の女子生徒、村崎翠さんの姉で、つまりはその問題の張本人である。

 ややあって、最終的に先生はその倫理的に問題のある初恋に区切りをつけることができ、俺はちょうど問題であったこの部の顧問を引き受けさせるため、先生に恩を売ることができた。その結果、現在は村崎先生がこの部の顧問を引き受けてくれて、俺達は無事、育才部存続の危機を乗り切ることに成功した。


「そうですよ、九十九さん。というかお願いですからいてください。でないと私一人、勉強を教わるなんて恥ずかしいじゃないですか」


 口調とは裏腹の頭の悪そうな――もとい、アホの子のような声。

 対面に座る皇のその言葉に、俺は浮かした腰を戻して自席に座りなおす。

 ちなみに俺たちは今、でかい机を二つ並べ、一ノ瀬と皇、俺と村崎先生の四人で向かい合って教科書とノートを広げている。


「大丈夫だって、気にするな皇。既にお前は十分に恥ずかしい思いをしたじゃないか。もう何も失うものなんかないだろう?」

「なっ⁉ なんてこと言うんですか九十九さん! 一瞬の恥ずかしさと、継続される恥辱は、後者の方が辛いんです! 優等生のなかに一人だけ混ざっているのは、本当に虚しいんですよ!」


 俺の言葉に皇が興奮気味に言う。若干その瞳が潤んでいて、その言葉に実感が伴っているんだなと思った。玉石混交の粗悪品の方の意見だな。


「そ、そうか……。まあ、何にしても大変そうだな」


 何と言っていいのか分からないので、とりあえず当たり障りのない社交辞令で返したのだが、俺の言葉に一ノ瀬が溜息とともに、


「大変そうだな、じゃあないでしょう? 村崎さんも酷いものだったけれど、あなたはそれに輪をかけて酷かったじゃない。むしろあなたの方こそ恥じるべきじゃないかしら?」


 流石一ノ瀬だ。

 俺を罵る時だけ妙に饒舌になるその様子は、もういっそ喜びさえ覚えるな。最近ではその鋭さで、その日の一ノ瀬の機嫌の良しあしが分かるようになってきた。エッジはエッジでも言葉は刃物の方のエッジなので取扱注意。というか、機嫌がよくても罵倒されることには変わりないというのが流石だと思う。


 既にいろいろと察しはついているとは思うが、俺達がなぜテスト期間にわざわざ部室に集まって勉強会なんて開いているのか。


「生憎と俺はもうそんな次元には立っていない。人生恥ずかしいことが多すぎて、もはやそんなことでは何とも思わなくなったからな」


 一ノ瀬の言葉にそう”冗談”(←ここ大事)を返しつつ、三方向からの可哀想なものを見る目、つまりは憐れみの視線から逃れるため、俺は少し前へと記憶を遡った。


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