彼の選ぶ最低な手段、の形
「なっ、何を言っているの⁉」
「そ、そうですよ、九十九さん! 何でそんな嘘を」
姉妹二人の狼狽っぷりに、「私をめぐって争わないで!」というなかなか愉快な思考をしつつ、さも本気でプロポーズしてますよ、という表情を作る。
「嘘じゃない。俺は先生を一目見た時からぞっこんもぞっこんのラブラブラブな恋をしていたんだ。だから村崎さんの依頼にも張り切って取り組んだんだしな」
もちろん嘘だがそんなものはどうでもいいことだ。要はこの場で先生の妹の依頼相手ではなく、“関係者”になれればそれでいい。
「そんなっ。な、なら私を励ましてくれたのも」
? 良く分からないが肯定しておこう。
「ああ、好きな人の身内には嫌われたくないからな。ほら、彼だって同じようなことを言っていただろ?」
俺の言葉に物凄く意気消沈している村崎さん。どうしてそんなに落ち込むのか分からないが、それよりも本題に入ろう。
「俺は先生のことを愛しているので他人ではありません。さて、これで俺も関係者ですね。これからは恋敵として、俺も関わらせてもらいますよ」
とは言ったもののここからどうしようか。そこら辺は完全にアドリブなのでとりあえず適当に話してみよう。
「先生、さっきの続きですけど、俺と付き合ってもらえませんか? まだ学生だし結婚できる年でもないですけど、既婚者の男の浮気相手でいるよりはいいと思いますよ?」
「ちょっ、九十九さん、何を言っているんですか⁉ まさか本当に――」
「悪いが、少しだけ黙っててもらえるか?」
先生よりも先に反応した村崎さんを目で黙らせる。
「っ……、わ、分かりました」
不満や疑心を抱きつつも、俺の意図を組んで引いてくれた村崎さん。
それに俺は「悪いな」と一つ頷くと、再び先生へと向き直った。
「……悪いけど冗談にしても笑えないわよ、九十九君。あなたの告白には驚いたけれど、その目的は分かっているわ」
「そうですか。でもま、一応俺の人生初の告白なんです。答えだけでも聞かせてもらえませんかね? 今後の参考にしますんで」
ぶっちゃけ俺もこんなことで初めてを使うことになるとは思わなかった。俺が女の子なら責任とって結婚してもらいたいレベルだ。
「……なら答えはNOよ。これで満足かしら?」
「ちなみにその理由を聞かせてもらっても?」
俺はなぜ好きでもない相手に妹さんとその恋人の前で告白して振られているのだろう? 並みの心臓の持ち主だったら、今すぐAEDを持ってきてもらうことになっていたかもしれない。
「そもそもあなたのことを良く知らない上に、あなたは生徒で私は教師。そんなあなたと関係を持つだなんてありえないわね」
思いのほか真面目に返してくれた。本気じゃないからとか嘘だからとか言われたら面倒だったが、あくまで俺がこの場でそれを認めるつもりはないと確信しているようだ。面倒ごとはお互い省いた方が楽だからな。嬉しい誤算だ。
「そうですか。それはとても残念です。しばらくは涙で枕を濡らす夜が続きそうですね」
「……白々しいわね」
眉根を寄せて睨まれてしまった。まあ、彼女の立場からしたら腹を立ててもおかしくはないが。というか未だ手を上げられてないだけマシだな。
さて、建前はこれくらいで十分だ。ここからは攻めに出よう。
俺は先ほどから俺たちの会話に入らず、ただ黙ってコーヒーをすすっている三島の方へと目をやる。
「でも先生、俺は駄目なのにどうして三島さんはいいんですか?」
「っ」
いきなり名前を出されて慌てたように顔を上げる三島。そんな俺に先生が怪訝そうに尋ねる。
「なぜ……とは、どういうことかしら?」
「だって先生は、俺と付き合えないのは俺と先生が生徒と教師の関係だからだっていいましたよね? でも、それなら三島さんには奥さんがいるんですよ? 結局、世間に胸を張れない関係という意味では同じでしょう? なのに彼はよくて俺は駄目なんですか?」
「っ、……そもそも私はあなたのことをよく知らないと言ったはずよ。どんな立場にせよ、好きでもない相手と付き合うことなんてあるわけないでしょう」
なるほど。でもそれは逆に言えば好きな相手なら、相手がどんな立場であれ付き合ってもいいということだ。
「そうですか。なら先生は三島さんのことを愛している、というわけですね?」
「え、……ええ、当然よ」
なぜ照れる。
俺の問いに若干俯いて恥ずかし気にもごもご言う先生を見て、隣で気まずそうな表情をする三島に殺意が湧いたのは隠しようもない事実だ。いや、隠せよそこは。(一応自分で突っ込んでみた)
「ちなみに三島さんのどんなところが好きなんですか? やっぱり顔ですか? それか社会的地位? あ、お金持ってるところとか?」
わざと下世話な話でこの鬱陶しい空気をぶち壊す。
俺の言葉に先生も三島も眉根を寄せて睨んできた。声を荒げて怒らなかったのは二人が俺とは違い、常識ある大人だからだろう。まあ、常識があればそもそもここにはいないのかもしれないが。
「失礼にもほどがあるわよ! もう少し言葉を選びなさい」
叱られてしまった。これは自覚があるので「すみません」と頭を下げる。
が、これはあくまでもジャブだ。まだまだストレートには程遠い。
「それで、結局どこが好きなんですか? 顔は確かにイケメンですけど、それなら俺だって負けてないですし。社会的地位と言われれば敵いませんが、でも浮気なんてばれたらそれもなくなる。お金なら俺も結構ため込んでますからね。将来性で言えば、浮気相手になるよりもよっぽどマシだと思いますよ?」
正直自分で自分を褒めるのはあれだし若干盛りすぎたかもと思わなくもないが、ここは目をつぶってもらおう。(学年最下位の成績の俺の将来性なんてな(笑)とは俺も思ってました)
「そんなことじゃないわっ! 顔やお金なんてどうでもいいの! そうじゃなくて私はっ――」
「分かりました。だそうですよ? 三島さん」
「っ……」
突然話を振られて言葉に詰まる三島。やれやれ、こんなことも分からないのか。
「先生はあなたのことが大好きだそうですよ? それを聞いて、あなたは何を思うんですか? いえ、何も思わないんですか?」
ハハハハハ。性格が悪い悪い。ルサンチマンな俺はイケメンエリートが悔しがっている顔を見るととても気分が高揚します。
「…………」
「先生たちのこと、調べたと言いましたけど、あなたのことも調べましたよ、三島さん。あなたの結婚相手の方、何年か前に事故にあっていますよね? 幸い命は助かったそうですが、その時の後遺症で足腰が弱ってしまい、今は車いす生活だとか」
ムッツリチェリー先輩こと月影先輩からの情報だ。噂程度の話と言っていたが、軽く調べてみるとそれが事実だったことが分かった。
「っ⁉ 何故君がそのことを! 菫にさえ、詳しくは伝えていなかったはずだ!」
「三島さん、それは本当なの? その、奥さまが……」
俺の言葉に、今日一番の動揺を見せる三島。そしてそれと同じくらい驚いているのは先生だ。村崎さんもまた新たな情報に声を失っている。
「い、いや、それは……」
「ねえ、どうして私に教えてくれなかったの?」
先生の追及に戸惑う三島。なかなかワクワクな展開でこのまま見ていたい気もするが、そろそろ疲れて来たので話を進めよう。
「今はそんなことはどうでもいいでしょう? 大事なのは、俺がなぜそのことを知っているかではなく、これから俺は三島さんに何を言おうとしているのか、じゃないんですか?」
「「――っ」」
俺の言葉に二人同時に息を呑む。
先生は今この場でそれ以上、三島に言及しようとはしなかった。
「三島さん、あなたの奥さまは事故の後遺症で下半身が弱ってしまい、車いす生活を強いられている。今は都内の介護施設で療養中。それは事実ですよね?」
とりあえず俺はそれを三島に確認する。
「……ああ、二年ほど前に自転車とね。けれど、それが一体どうしたというんだ? 私の妻が事故にあっていたことと今回のこと、一体何の関係が」
「あります。あるから話しているんです。それにあなたも、あるからそれを先生に伝えていなかったんじゃないんですか?」
「っ」
言い切った俺に言葉を詰まらす三島。けれどこのままではペースをつかまれると思ったのか、すかさず言葉を切り返してきた。
「わ、私が妻のことを菫に伝えていなかったのは、妻の名誉と菫にいらぬ心配をかけたくなかっただけで」
「そうですか。それより、三島さん。もう一度聞きますが、あなたは先生を愛しているんですよね?」
三島の言い訳を聞き流しつつ、それにかぶせて尋ねる。
「……あ、ああ、私は菫を愛している。断言できるよ」
苛立ちを飲み込むように俺を睨みつつ、それでも表に出さないよう努めているのは感心だ。
先生や村崎さんはそんな俺たちのやり取りを黙って聞いていた。どちらも知らない情報ばかりで戸惑っているようだが、今は口を挟むべきではないと判断してくれたみたいだ。
「三島さん、覚えていますか? 先週俺があなたのもとを訪ねた時、あなたは毎朝奥さまが弁当を作ってくれていると言いましたよね?」
「ああ、確かに言ったが」
「あれ、嘘ですよね?」
「「「―――っ」」」
俺の言葉に三人とも目を見開く。
「な、なぜっ。まさか……」
さっきから俺の脈絡のない質問に戸惑う三島だが、ここに来て何かを察したように顔をこわばらせる。
「あなたの奥さまは車いすの介護生活。家にもいない奥様からの手作り弁当なんて、どう考えてもありえない」
「でも、それならどうして彼は妻からの手作り弁当と」
俺の言葉にこらえきれなくなったのか、ついに疑問を漏らす村崎さん。先生も気になるのか、村崎さんの疑問に頷いていた。
「先生、どうして三島さんが奥さまの事故のことを先生に話さなかったのか、分かりますか?」
俺は二人からの追及を無視して先生に話を振る。
「え――い、いえ、だから分からないから、さっきそれを」
「分かりませんか? 本当に? 本当はさっきからの俺の話しで、何となく察しはついているんじゃありませんか?」
「っ……、どういうこと? さっきから何のことかまったく――」
混乱が場を包む。その中で一人、三島だけは黙って俺の言葉を聞いていた。
「三島さん、これから話すのは俺の勝手な推測ですが、まず俺がこれまで言ったことに間違いがあったら教えて下さい。なければ続けます」
「……いや、すべて事実だよ。確かに君に話した弁当は毎朝私が自分で作っているものだ」
嘘は無駄だと悟ったのか諦めたのか、三島は俺の言葉をただ肯定し、視線を逸らす。
「分かりました。ではお話しします」
言って俺はもう一度三人の目を見る。
戸惑いや疑問で目を回す先生と村崎さんも、一旦落ち着いて俺の話に耳を傾けてくれるようだ。
「まずどうして三島さんがお弁当を毎朝自分で作ったものを奥さまが作ったと偽っているのか、それは彼が愛妻家であることを周囲に示し、また奥さまが介護生活であることを隠すためです。大学の学生から聞いた話だと、前に一度三島さんがお弁当でなくなったとき、奥さまとの不仲が噂されたとか。その後すぐに弁当に戻り、奥さまの具合が悪かったということで噂は収まったそうですが、事実は違った」
一体どういう経緯でそんな噂が広まるのか不思議だが、噂とはそういうものだ。三島の様にいろいろと隙のないやつほど、噂に尾ひれはつきやすい。
「ですが、そもそも奥さまが事故にあっていることをなぜ隠すんですか? 別に悪いことをしているわけでもないじゃないですか」
村崎さんの疑問はもっともだ。が、それより先に話を進める。
「それはまた後の話で分かるが、次にどうして三島さんは先生に奥さまのことを伝えていなかったのか。まだ分かりませんか? 先生」
「? 何が言いたいの、さっきから。分からないから聞いているんでしょう?」
心底困惑したように言う先生。どうやら本当に分からないようだ。
「三島さんの奥さまは足腰に障害を負い、今は病院で介護生活。三島さんは、週に一度は必ず彼女の下を訪れているそうです。ですよね? 三島さん」
「……ああ、その通りだよ」
俺の問いに素直に頷く三島。先生たちはまたも首を傾げたが、俺が続きを話すのをおとなしく待っている。
「奥さまが事故にあったのは二年前、先生は今日まで平日は大学で講義、研究をし、毎週末に彼女に会いに行く生活を送っている」
言って俺は言葉を区切る。何とも言えない表情の三人は、黙って俺の話を待っている。
「これがどういうことか分かりますか? 見方によっては献身的に奥さまの下を訪れ、リハビリに努める三島さんと奥さまの関係は愛する者同士の、夫婦の普通の関係の様に思えます。夫婦であれば、家族であれば当然だと」
それに先生と村崎さんはコクリと頷く。三島は複雑な表情を浮かべていた。
「ですが、忘れているかもしれませんが、三島さんも奥さまもまだ三十代。事故にあった時はまだ結婚して二年目です。そこから二年の間、結婚してまだ数年の夫婦が週に一度会うだけの関係。その上お二人の間には子供もいないんです」
「……つまり、何が言いたいの?」
俺のもったいぶった物言いに急かすように言う先生。だがその不安げな瞳を見る限り、既に俺の言いたいことに察しはついているようだ。
「結婚して数年で妻が介護生活を送る障害を負った。もうはっきりと言いますが、これが数十年連れ添った老夫婦や、やることもやって子供もできて、ある程度経験した夫婦なら別です。けれど三十代半ばで結婚して、これから子供も作って仕事もして、幸せな家庭を築こうと夢見ていた夫婦なら、分かりますよね?」
「「―――っ」」
村崎さんも先生も、俺の言いたいことは伝わったようだ。
「どれだけ綺麗ごとを並べたとしてもこればかりは仕方ない。たぎる欲求を発散しようにも自分は既に既婚者であり、ことをなすことが許されるたった一人の相手は、もはやそんな行為ができる身体ではない。愛妻家と世間には周知され、周囲からは期待の目。そのストレスは想像を絶するでしょう」
二人が視線を逸らし、三島は先ほどから口を開かずずっとうつむいたままだ。
「そんなとき、出会ったのが先生です。ですよね? 三島さん」
俺は言って三島を見た。
後の話は彼自信に任せよう。
「……ああ、そうだね。君の言う通りさ。……人生これからというときに妻が介護生活になって、目の前が真っ暗になったよ。仕事も家庭も順調で、数年後には息子か娘、どちらかが生まれて幸せな家庭を築いている。笑いの絶えない週末に、妻と子供たちを眺めながらコーヒーを飲むのがささやかな楽しみだった」
嘆くように、けれどどこか夢見る少年の様な目で語る三島。
その話を俺たちは黙って聞いていた。
「妻とは家が近所の幼馴染でね。三年前、初めて参加した小学六年の同窓会で再開したんだ。私の初恋だった。あれからお互い経験を重ねて、大人になっての再開。と言っても小学生の頃から彼女は人気者だったから、私のことなんて眼中にないと思っていたけどね。……でも再開して、話して、そして知ったんだ。驚いたよ。まさかあの頃の彼女の初恋が私だっただなんてね。そして私自身にも驚いた。私の中の熱はあの時から変わっていなかったんだ。それから連絡先を交換して、お付き合いを重ねて、そして結婚。……夢のようだったよ」
語る三島の瞳は気のせいか若干の潤いが見て取れた。その目は羨望、……いや、もう届かぬ未来への後悔か。
「妻が事故にあって、先が真っ暗になった。けれど、私は愛していたんだ。たとえ彼女が動けなくなっても、私が支えようと誓った。そのためなら何でも、どんなことでもできる気でいたんだ」
「でも、現実は違った」
「……ああ、そうだね」
自嘲気味に口の端を吊り上げ目を細める三島。その拍子にツイと一条、目元から雫が零れた。
「正直、いっそのことあの事故で死んでくれていたら、そう思ったこともある。あれだけ愛おしかった彼女の笑顔が、酷く憎く見えたこともね」
その言葉にキュッと唇をかむ姉妹。
だが、それでも彼を軽蔑することはできない。きっとどんな人間であれ、彼の言葉を責める権利はないはずだ。
「すまないね、菫、……いや、村崎さん。……私はただ君を利用していただけなんだ。ただ君で欲を満たしていただけ。愛しているなんて言うのも、君を繋ぎ留めておくための嘘さ。彼の言う通り私は、自分のことしか考えていないクズなんだよ」
「っ! そう、ですか……」
三島の言葉に先生は何とかそれだけ漏らした。
視線は下がり、手元の既に冷め切ったコーヒーのカップを眺めている。
「……さて、先生、どうしますか? 先生の気持ちを、教えて下さい」
俺の言葉に村崎さんが息を呑むのが分かった。
三島はもうすべてをあきらめたような表情で、先生の選択に身を委ねている。
「私は、……私は――」
――……晴れやかな笑顔だった。
顔を上げた先生は驚くほどすっきりとした表情で、つきものが取れたように、口元には笑みが浮かんでいる。
「――さようなら、三島先生。奥さまを大切にしてください」
それが最後の会話だった。
ただどうしてか彼女たちはお互い、この店に入った時よりも今の方がよっぽど晴れやかな顔をしていて、笑って別れられたことに驚いた。
*
「あの、いろいろと聞きたいことがありますけど、でもまずどうして三島さんはああまでして、奥さまの事故のことを隠し続けたんですか?」
店からの帰り道。
三島と別れ、先生と村崎さんを家に送り届ける道すがら、村崎さんがそう言って俺に尋ねてきた。そういえば後で分かると言っておいてそのままだったな。
「金曜日、部活休みだっただろ?」
「? はい、明後日に備えていろいろと準備するから、私も心の準備をしろと……」
俺の問いに村崎さんは不思議そうに首を傾げる。
「流石にどうして三島があそこまで愛妻家であることを貫くのか。予想は出来るが確信はできなかったからな。だから直接聞きに行くことにしたんだ」
「聞きに行くって――っ! ……まさか」
「ああ、例の奥さまにな」
そう。金曜日、何も一ノ瀬達の手伝いもせずに帰ってソシャゲーでガチャをガチャガチャしていたわけではない。ただちょっと、ほんの数千円分のプリペイドカードが電子的にもゴミになってしまっただけだ。
ムッツリチェリー先輩こと月影先輩から聞いた奥さまの情報やらからいろいろと調べまくり、なんとか彼女が入院している施設の場所を探し当てた俺は、その足で彼女に会いに行った。もちろん三島と出くわさないようにいろいろと手をまわしたが。
「それで、どうだったの? その、彼の奥さまは……」
それまで口を閉じていた先生が、興味ありげに聞いてくる。どうやらいくら別れたとはいえ、やはりそこは気になるらしい。
「ええ、もう、めちゃくちゃ美人でした。凄いですよ。俺のことを三島さんの生徒だと勘違いしたみたいで、超甘やかしてくれましたし」
「へえー、九十九さんは一体何をしにその超綺麗な奥様のもとへ行ったんですか?」
冷え冷えする視線が二つ。なぜだか先生の視線も物凄く怖かった。
「じょ、冗談だって。いやまあ、すっごく美人だったのは本当なんだが」
鋭さを増す姉妹の視線から目を逸らしつつ、俺は村崎さんの疑問を説明する。
「三島に事故のことを隠すように頼んだのは奥さまらしい。自分のことで三島にいらぬ誤解がいかないように、これまで通り愛妻家として演じてほしいってな」
「? どうしてそんなこと……」
「……まあ、大人の事情ってやつだ。奥さまが事故にあったのは今から二年前。その頃はまだ三島も今ほどエリートってわけでもなかったみたいだからな。仕事も順調で結婚もして、愛妻家の三島輝明という存在がようやく確立しだしたぐらいの時期だ。そんな時にいきなり妻が事故にあって介護が必須の状態だ、なんて言ったらいろいろとな」
「? そのいろいろとは――」
「大人の世界にはあるのよ、そういう面倒なこともね」
村崎さんの疑問に先生が言葉を重ねる。
「……そういうものなの?」
「ええ、そういうものよ」
未だ納得いかなさそうな妹の頭にポンポンと手をのせて、会話をまとめる先生。
そんな姉妹の様子を眺めながら、俺はふと先生に気になったことを尋ねる。
「でも先生はいいんですか?」
「? 何がかしら?」
「結局最後、三島は嘘だなんだって言ってましたけど、多分あれは――」
「ええ、いいの。……もう、いいのよ」
妹の頭に手をやりつつ見上げる空は、一体姉の目にはどう見えていたのか。
少なくとも雨が降っていたことは確かだろうな。
俺の目に嘘は通じない。
どこかのクズとは違って、今の先生の言葉には嘘の色は見えなかった。




