期待、の形
優しさについて考える。
優しい人間は苦手だった。優しいと言われるのも苦手だった。
優しさとは、憐れみからくる感情だから。だから優しくするということはつまり、自分は相手より上の立場にいると思っているから。相手を見下しているということだから。どこまで行っても結局それは不誠実で、決して言葉だけの意味ではないのだから。
けれど最近少し思う。一ノ瀬……は、まあ置いておくにしても、皇の細かな気遣いは、村崎さんの先生への想いは、鈴宮が俺を友達だと言ってくれる言葉は、あれらは優しさではないだろうか。そしてそんな彼ら彼女らは誰かを見下すような人間だろうか。昔、こんな俺に話しかけてくれた綾さんの言葉は、優しさではなかっただろうか。
俺はそれの形を知らない。けれど優しさにも形があることは知った。彼女たちが教えてくれた。
「人を知らないのは、まだまだだな」
そんなことは分かっていた。けれども人は自分の価値観の中でしか物事をとらえられない。それを知っていて、知らないということを知っていて、勝手に形に当てはめていた愚かさを戒める。
「何を知ないのですか?」
昼休み。今日も今日とて一人で梅の蕾を眺め、まなみの弁当を食べながら思考に耽っていた俺に後ろから聞き覚えのある声がかけられた。デジャヴだ。前にもここで同じ声を聞いたな。
「いえ、久しぶりですね、瀬上先輩」
振り向いて見えたのは眼鏡の下の凛々しい瞳。
「はい、お久しぶりですね、九十九さん。月末が近いですが、顧問の方は見つかりそうですか?」
それについては俺の担当ではないので分からないが、まあ、楽観視しなければきっと見つかっていないだろう。そもそもあれは甘地先生からもらったと伝えたが、本当は俺が適当に教員の名前を書き足しただけに過ぎないからな。勿論先生が教員の名を書いたメモをくれたのも事実だが、先生が教えてくれた教員だけでは今週分には足りなかったのだ。……内緒だよ?
「いえ、正直ギリギリですね。どうにかなるといいんですが……。あ、でも結局部費は出ないんですから、顧問もいらないんじゃないですかね」
冗談めかして聞いてみる。
「お気持ちは分かりますが規則ですので」
先輩ならそう言うと思っていた。
「はは、でも心配してくれるんですね?」
「当然です。……それより本当に大丈夫なんですか? いえ、その……、まだだと言う割にあまり九十九さんは焦っているようにないので」
不安をのぞかせるその表情は先輩にしては珍しい。いや、珍しいかどうかは分からないな。それを判断できるほど、俺はまだ彼女を知らない。
「そうですか? ……まあ、頼れる部長たちが何とかしてくれると思いますから」
言うと先輩は眉根を寄せて首を傾げた。思わずニヤニヤと頬が緩んでしまった俺が気持ち悪かったのかもしれないが、まあ、それは気づかなかった、もとい、爽やかな笑顔に見入ってしまったと理解しておこう。
それから一言二言言葉を交わした後、
「それでは私はこれで失礼します。私にできることは協力しますので言ってくださいね。……期待していますよ、九十九万才さん」
そう言って先輩はその場を立ち去った。
「期待、か」
さて、何を期待しているのか分からないが、せいぜいその期待に沿えるよう頑張るとしよう。
先輩の厳しさもまた、優しさの一つの形なのだと思った。




