少女たちの勧誘、の形
「どうしたものかしらね。もう十人近くの先生に声をかけたけれど、誰も引き受けてくれそうにないわ」
九十九君が担当を決めると提案して数日が経ち、今日は今週最後の平日、金曜日の放課後。
私は育才部の部室で机に突っ伏し、ため息とともに彼が甘地先生からもらったというメモの名簿の既に断られた教員の名前に線を引く。残りは数人。来週末が締め切りなので、なんとか今週中に顧問を引き受けてくれそうな先生を見つけておきたかったのだけれど――
「はい……。やはりもう入学から相当経ちましたし、その上今年できたばかりの部となると、なかなか都合のいい先生がいないものですね」
私のつぶやきにそう言ってため息を重ねる皇さん。彼女もまた私と同様に机に突っ伏し、不安と焦燥の入り混じった表情で机の上の紅茶のボトルを見つめている。
「ええ、やっぱりこういう問題は私たちには向いていないわね……」
いい加減自覚している。学業やスポーツで良い成績を残す。そういった私自身の努力で何とでもなることは得意だけれど、今回のように人に何かを頼るというのは苦手だ。
取引や交渉というのなら話は別だが、今回は圧倒的にこちらの立場が低い。ボランティアにものを頼むように、顧問を引き受けてもらうことに対するこちらが差し出せる対価がないのだ。
この学校は部活動を教員の職務の一環としていないため、あくまで部活動の顧問の契約は別。所謂部活動手当などは他の学校と違い、その部の部費から生徒会を通して顧問へ支払われることになっているのだが、それはあくまでも運動部のようにずっと時間を束縛され続けるような部や、外部から優秀な人材を雇い入れる場合の話で、私たちの部のように明確な活動内容がない部にはまず部費自体がおりない。活動実績が皆無なのだから仕方ないが、部費がない上、万が一の場合の責任以外何もない部活の顧問など相当のお人よしでもない限りは引き受けたいとは思わないだろう。
あの後、私たちはすぐに甘地先生のメモに名前のある先生を順に尋ねた。けれどもやはり皇さんの言う通り、この時期に面倒ごとを引き受けてくれるような先生は一向に見つからない。
すると、私の言葉に「はい、そうですね……」と首肯して、ここ数日もう何度目かになる深いため息を吐いていた皇さんは突然、パチリと手を叩くと、「よし!」という元気な声とともに立ち上がる。
「ですが私たちがいくら苦手だからと言っても、このまま成果を出さずに終わるわけにはいきません! 九十九さんは一人で頑張っているんです! 私たちも彼の帰る場所、きっと守って見せませんと!」
フンスッとやる気をみなぎらせる彼女に目をやりながら思う。
ああ、やっぱり皇さんは強い子だ。いつも姉ぶっているけれど、こういうとき、私は彼女に母の面影を見る。でもそうだ。十六年間。私が努力してきたぶん彼女は我慢してきたのだ。
……彼女が強いことなんて本当に今更だわ。
「ええ、そうね。そうだわ。これで何もできないまま終わってしまったら、後で彼に何を言われるか分からないもの」
いつもの軽口とともに私はゆっくりと椅子を引いて立ち上がる。未だ残る不安を手元のペットボトルの紅茶とともに飲み込んだ。
メモを持ってドアへと向かう。ドアの前。引手に手をかけたところでふと後ろで皇さんが言った。
「ふふ、でもきっと九十九さんはそんなこと言わないと思いますよ?」
それに私は答えない。代わりに「そう……」と一言、聞こえるか聞こえないかほどの息を吐いた。
分かっている。彼はきっと私たちを責めたりしない。今のはただの言い訳だ。
廊下に出て次の先生の所へと向かう。ふとさっきの皇さんの言葉をもう一度頭の中で反芻する。
『私たちも彼の帰る場所、きっと守って見せませんと』
その言葉を自然と受け入れていた自分に今更になって驚いた。
*
結論から言えば駄目だった。皇さんとともに部室へと戻ってきた私は甘地先生のメモの最後の教員の名前に線を引く。時刻はもうすぐ七時。とっくに部活時間は終わっている。
「…………」
「…………」
私たちの間に言葉はない。けれどもお互いの胸の内は湧き出る焦燥感に駆られていた。
「……帰りましょうか」
いつまでもこうしているわけにもいかないので、そう声をかけて部室の戸締りをする。私の言葉に彼女もまた「はい……」と気のない返事でもって答え、テニスコート側の窓を閉め始める。
最後の窓、今日何度目かになるため息とともにちらりと空を見やると、思った以上に月は低かった。もう来週で六月が終わる。いよいよ本格的な夏だ。夏服を着用している生徒もちらほらと見かけるし、昼間は若干汗ばむ。
帰り道。皇さんと別れた後、もう一度その低い月を眺める。
夏の終わり。それまでこの部が続かなければそもそも彼との約束を果たせない。
自覚している。最近の私は弱くなった。皇さんという妹――初めての友達ができて、放課後のあの時間が、教室で彼女とこっそりと目配せするドキドキが、楽しいと思った。認めるのは癪だけれど、彼とのくだらない軽口の応酬を楽しいと感じる自分がいるのも知っている。そして、私が部長であるにも関わらず彼の優しさに甘えて、本来私が果たすべき役割を彼に押し付けてしまっていることも……。
このままではいけない。私は私を肯定するために生きる。それが私で、それが母の望んだ生き方だ。
このまま彼が村崎さんの件を解決して、そしてまた私たちは彼に頼るのか?
すぐにそれは駄目だと首を振る。気づくといつの間にかその場に立ち尽くしていた。慌てて自宅へと歩みを進める。
もうすぐ七月。頬を撫でる生温かな風が無性に腹立たしい夜だった。




