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妹の恋愛観、の形

「なあ、浮気ってどう思う?」


 昼休みにいい感じに分かれた後なので、今日の放課後はそのまま解散とした。


 そして帰宅後、飯と風呂を済ませた俺は今、リビングのソファーで寝転がっている。そんな俺の上に当たり前のように座ってここ最近ほったらかしにしたお詫びにと箱で買った(買わされた)高級アイスを頬張る妹に、この前鈴宮にしたものと同じ質問をしてみる。


「ん? んー……さあ? 別にどうでもいいって思うかな。誰が浮気してようがしてなかろうが、私には関係ないし」


 心底興味なさげにそう言って美味しそうにアイスを口に運ぶまなみ。……ちょっと俺も食べたくなってきたな。一口ねだったらくれた。優しい。


「ていうかなんで突然そんなこと聞くの?」


 ふむ。やはり高級なだけあって美味しいな。どれくらい美味しいかというとよく分からないが、まなみの使用後のスプーンという部分が多分隠し味だ。


 先ほどのまなみの言葉から、おそらくまなみは俺が芸能人なんかが浮気がどうのとテレビで報道されているのについてどう思うかと聞いたのだと思ったようだ。


「いやまあ、これといって理由はないが。あと質問が悪かったな。もしお前の家族や友人に恋人がいたとして、その恋人は既婚者で、その関係は浮気だった。それを知った時、お前ならどうする?」

「……いやに具体的だけど、それってお兄ちゃんのことじゃないよね?」


 もうほんと冷え冷えするくらいの笑みだった。アイスいらない。

 それに俺は「ひゃっ、ひゃい」と震えながら答える。


「うーん、そうだなあ。……それって結構真面目に考えた方がいい?」


 俺のことではないと分かったまなみはなんとなくその言葉の裏を察してくれたようだ。

 ほんと良くできた妹でお兄ちゃん嬉しい。


「ああ、いや、……ああ。そうだな。お前ならどうするか少し考えてみてほしい」


 直感でとも思ったが、少しまなみのその答えに興味が湧いた。


「分かった。……そうだね、私ならたぶん、止めるように言うかな。ほら、別に今はその恋にのぼせてても、いつかは覚めちゃうかもだし。それならできるだけ障害がない方がいいじゃない? それにそういうのって多分、そういうイケナイ関係だから余計思い込んじゃってるだけなんじゃないかな」


 ……妙に妹の恋愛観が達観している。まさか俺の知らない間にそういう経験が豊富とかじゃないよね? 

 俺が本気で妹の護衛を将来の職としようかと考えていると「でも」とまなみは続けた。


「でも多分、そういうのって他人事だからそう思うだけで、当人になったらきっと諦められないと思う。だって今が全てじゃない? 後で覚めても後悔しても、それは今じゃない。今一番好きなら、それをやめるだなんてきっとできないよ」


 なぜか俺の目を見て言うまなみ。含みのある言い方だが如何せん俺には伝わらない。だからあんまり意味深に俺の太腿をなでたりするのはやめてください。


「でも相手にとっては一番じゃないんだぞ? 一番なら今の家庭も何も捨てられる。捨てられていないのならそういうことだろ?」


 ロミオとジュリエット効果。障害が大きいほどそれを乗り越えなければという不協和を恋愛感情と錯覚し、障害を乗り越えたときの達成感などによってよりその勘違いを広げる。

 まなみが言いたいのはつまりそういうことなのだろう。冷静な見方ができる周囲の立場なら確かにそれに固執するよりは新しい恋をと考える。だが当人になってしまえばそんな冷静な見方などできはしない。出来たとしても確かにそこには相手を思う心があって、それを捨てることなんて簡単にはできない。故にそれから目を背けて、そしてまたその不安がよりその感情を加速させる。


 だが、本当に諦められないだろうか? どこまでいっても一番にはなれない。

 求めても返してもらえないのなら、その気持ちは薄れるのでは?


「そうかもね。……でも、だからこそ思うんじゃないかな? 一番になりたいって。一番じゃないから一番になりたいの。持っていないから欲するの。……ま、お兄ちゃんには理解できないかもしれないけどね」


 ベクトルの違う話だが確かにそういう感情もあるのかもしれない。負けず嫌いみたいなことか。

 けれど、


「それは違うな。持たないものを欲する気持ちは多分、お前らよりも俺のほうがよく知っていると思うぞ?」


 まなみは俺のことを何でも持っていると思っているのだろう。求めれば何でもできる。ないものがないから欲する気持ちは分からない、と。けれどそれは違う。持っているからこそ持たないことへの憧れもまたそれと同じだというのなら、俺はずっと何も持っていないのだから。


「? ……まあいいよ。人の恋愛観なんてそれこそ当人にしか分からないこともあるからね。考えるだけ無駄だよ。それよりさっきの続きだけど、……私が周りの立場だったら止めるって言ったよね? ……だって自分の大好きな人なんでしょ? その大好きな人が、一番になれないままの関係でいる。私はきっと本人よりも、周りの人の方が傷ついてると思うよ」


 言ってまなみはまた一口アイスを頬張る。

 ……なるほど。少し村崎さんの気持ちが分かった。

 自分の大切な人が大好きな人には一番好きな人が別にいる。早口言葉のような話だが、きっと一番辛いのは本人たちよりもそんな彼女に何もしてあげられない村崎さんだ。別れさせようと相手の男を陥れても傷つけてしまう。だからといってそのまま放っておいても先生は一番にはなれない。男が離婚して一番になれたとしても世間からの風当たりは強い。

 先生のことを思うから。先生を傷つけたくないと思うから。だからこそ何もできない。そして無力な自分に苦しむ。


「……やっぱり、お前は最高の妹だな」


 俺は未だに俺の膝の上から動こうとしないまなみの頭を優しくなでる。

 そしてその照れたように、けれど心底幸せそうにごろごろと猫のように喉を鳴らす(比喩)妹を見ながら、村崎さんの言葉を反芻する。


『私は、お姉ちゃんの本当の気持ちが知りたい!』


 あらためて彼女を凄いと思う。どこまでもどこまで、誰よりも姉のことを考えている。

 きっと彼女は選ばれなくたっていいのだ。先生が三島を選んでも、きっと彼女は笑って応援する。彼女が考えるのは常に先生の一番なのだから。

 思い出す。俺を信じると言った彼女の瞳を。無力でないと言った時、彼女が流した涙の重さを。


「いつか俺もあんな風に優しくなれるかな……」


 なれたらいいな。

 ……いや、ならなきゃな、か。

 俺のつぶやきに首を傾げる可愛い妹の姿を眺めながら、その頭をなでる手にそっと力を込めた。


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