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依頼解決と部の未来、の形

「なあ、人はどうして浮気すると思う?」


 五時間目の体育の授業。俺はいつも通りペアを組んでくれた鈴宮とともにストレッチをしている。今日は室内でバレーボールだ。

 体育館の反対側のコートでは女子がそろって体操している。各自適当にやっておけというスタイルの男子とは大違いだ。

 さて、俺がそんなことを言うと、「どうせ女子の方ばっか見て真面目にやってないんだろ?」みたいなことを思われてしまうかもしれないが、断言しよう。俺は今日、ほとんど女子の方を見ていない! 

 だって、始まってすぐ鈴宮と体操しながら目をちょっと向けると鈴宮を見ていた女の子たちに物凄い目で睨まれちゃったんだもん。

  もうね、怖くて怖くてさっきから俺、向こうに目がいきそうになるたびに下を向いてシューズの靴ひもを結びなおしてる。今日だけで十回は結んだね。


「どうしたんだい? 言っておくが浮気は犯罪だよ?」


 どうやらここ最近毎回ペアを組んで適当話しているせいか、鈴宮からの信用も無くなってしまったみたいだ。話せば話すほど信用がなくなるなんて流石俺だな。


「いや、俺のことじゃねえよ。ただふと思ったんだ。ほら、よくテレビとかでやってるだろ? 芸能人がどうこうって……。あれで浮気するやつってどんな心境なのかなと思ってな」


 村崎さんのことを話すわけにもいかないので適当な理由をでっちあげる。

 言いたいことが伝わったのか鈴宮はしばらく考えた後、


「……なるほど、確かにどうなんだろうね。俺もそれについては昔から気になっていたんだよ」


 どこか遠い目をしてそう答えた鈴宮。その意味ありげな様子に少し違和感を覚えた。


「ん? どういうことだ?」


 俺が今適当に思いついた(そう理由を説明した)雑談への答えにしては違和感がありすぎる。


「いや、それより君はどうなんだい? 浮気について、君はどう思うんだい?」


 背中を押し終えた俺は鈴宮と交代する。

 背中越しに伝わるその声はやはり冗談でも何でもなく、純粋に俺の答えを聞きたがっているように感じた。ここで適当言って地雷を踏めば困るのは俺なので少し真面目に考えてみる。

 ……浮気、か。


「正直分からんな、俺には。……悪いな、けどこういうのはやっぱ当事者にならないと分からないもんだな」


 そもそも俺が浮気をするなんて考えがまずない。結婚さえできないというのに浮気も何もないだろ?


「……はは、やっぱりそうだよね。俺もそうだよ。分からない。……ずっと分からないんだ」


 乾いた笑い声。けれどその声は妙に重たい。ぺったりと足についた上半身が埋まりそうなほど重たい。……というか、


「あの、悪いんだけど重すぎ……」


 知らず鈴宮が俺を押す力に手加減なく全体重が乗っていた。


「え――あ、いや、すまない」


 気づいた鈴宮がぱっと離れる。


「いや、別に痛くないからいいんだけどな」


 ただ俺じゃなければ救急車を呼ばなきゃいけなくなってただけだ……。


「それよりどうしたんだ? 俺が浮気の話をしたあたりからずっと強かったが」

「ああ、……いや、別に大したことじゃないよ。それより悪かった。怪我はないかい?」


 何かを誤魔化す――いや、忘れるように言った鈴宮は俺の怪我を心配する。その姿はいつもの鈴宮真で間違いなく、そんな鈴宮を見て横のコートからは歓声が、そして俺には新鮮な殺意の乗った憎悪の視線が飛んでくる。……いけね、靴紐結ばなきゃ。



 ストレッチが終わっていよいよチーム戦。俺がわざわざ人の余るチームに入ってベンチに向かおうとすると、鈴宮に呼び止められた。


「……さっきの話、俺は浮気は嫌いだよ。浮気する人間の気持ちなんて分からないし知りたくもないけど、傷つくのは当人たちだけじゃないからね」


 言ってニコリと爽やかに駆けていく鈴宮。けれど爽やかに笑う彼の瞳には先ほどから俺が向けられている視線と同じ色が見えた。


「……ああ、やっぱり俺も嫌いだよ」


 やっぱり浮気なんてするものじゃないなとあらためて思った。





 昼休み。俺が約束の場所へと向かうため机を立とうとすると突然、珍しい人に呼び止められた。


「ねえ、あんた。ちょっと聞きたいことあるんだけど」


 瞬間、クラス中の視線が俺を向いた。が、俺はそっと座りなおすとキョロキョロとまわりを見まわす。

 おーい、あんたさーん。桐谷さんに呼ばれてますよー。

 そう、今俺の目の前で椅子に座る俺の方を見下ろし、きっと俺の近くにいるのであろう“あんた”君に聞きたいことがあるらしい彼女は桐谷京子。いつかも言ったようにこのクラスのカーストトップ、女子のリーダーであり、いつも鈴宮にお熱を上げているギャルだ。


「ねえ、何キョロキョロしてんの? あんたに言ってんだけど、あんたに!」


 不機嫌そうに腕を組んで俺を指さす桐谷さん。というか爪長いな。あとキラキラ。攻撃力が高そうだ。今も俺の目の前でピンと伸びる彼女の指。俺はいつでも目つぶしを回避できるように意識を向けておく。


「ふむ、いくらなんでもいきなり初対面の相手にサイズを教えろだなんて。……君、結構な変態さんなのか?」

「はあ? 何言ってんのか全然分かんないんだけど。ていうか変態って何? あたしのこと?」


 俺の友好のジョークは通じなかったらしく、より不機嫌になる桐谷さん。周囲の生徒たちも「お前何言ってんだ?」みたいな目で見ている。……一部意味が通じたらしい男女たちが笑いをこらえているな。ムッツリスケベめ。


「それで、何が聞きたいんだ?」


 とりあえず俺も忙しいので話を進める。


「……あんた、真と友達なんだって?」


 まあ、さっきの授業は初めて室内スポーツだったからな。俺が鈴宮といるところを見て思うところがあるだろうとは思っていた。まさか話しかけてくるとは思わなかったが。

 ふと桐谷さんの周りを見るといつもの取り巻きの姿がない。鈴宮も勿論いない。いたらすぐに助けてもらえたのだが……。


「まあ、お情けでペアを組んでもらっているとは思ってないな。少なくともあいつは俺を見下さないし、俺と友達になりたいと言ってくれた。俺たちが友達かと聞かれれば無論友達だと言える」


 俺が回りくどい言い方をすると桐谷さんの眉間にしわが寄る。美人が台無しですよ?


「……そう。その言い方、どうせあんたも分かってるんでしょう?」


 けれど俺がなぜそんな言い方をしたのか、彼女にも分かったようだ。思っていたより思考してもらえるから楽だな。


「ああ、まあな。それで、そんなことを聞くためにわざわざ声をかけたのか?」


 言うと桐谷さんはさらに不機嫌そうな表情になった。どうせならこのままどこまでいくか見てみたいな。

 けれどそれも無理なようだ。桐谷さんはその不機嫌な表情のまま俺の言葉を無視すると、


「分かってるみたいだけど一応言っとく。あんたと真が友達なんて釣り合ってないから。真は優しいから言ってるだけなの。勘違いして真の株落とさないで!」


 言うだけ言った桐谷さんはもう用はないとばかりに去っていく。周囲で温かく見守っていた連中もホッとしたように、けれど彼女の言葉に同意するようにひそひそと話し始める。居心地の悪い空気だ。

 ふと村崎さんと目が合った。彼女はなぜだか俺の方を見て今にも席を立とうとしているが、俺はそれを視線で止める。

 ――駄目だよ、来ちゃ。

 今ここで俺に話しかければ彼女もまた有名人になってしまうからな。俺の言いたいことが伝わったのか、村崎さんは複雑そうな表情をしていたが席は立たずにそのまま食事を続けてくれた。


 さて、また面倒なことにならなきゃいいんだがな……。

 俺はすっかり遅くなってしまったが、用事を済ませるべく弁当片手に教室を出る。最後の最後までとても居心地の悪い空気だった。





「悪かったな。昼休みに呼び出して」


 教室を出て向かったのは特別教室棟四階、最奥の部屋。育才部の部室だ。

 昨日家に帰った後、少し三人で話しておかなければならないことがあったので二人には明日の昼休み、部室で話があると連絡を入れていたのだ。


「いえ、私はそもそも問題ないわ」

「はい、私たちはいつもここで昼食をとっているので」


 俺が来た時には既に部屋の鍵は開いていて中では二人が談笑しながら食事していた。


「ん? いつもって、鍵はどうしているんだ?」


 気になったことを尋ねてみる。すると一ノ瀬は少し得意げに、


「私は四月のうちにこの部のスペアキーを作成済みよ。部活動の時間はきちんと職員室にとりに行っているけれど、やろうと思えばいつでもこの部屋に侵入できるわ」


「そ、そうか……」


 得意げに言ってはいるが、やっていることは普通にアウトだ。というか昨日連絡したとき鍵はいらないと言っていたのはそういうことか。


「……まあ、あるものは仕方ないな。俺はなにも見ていない。……ん? でも四月からってことはもしかして」


 部長の犯罪行為については目をつむるとして、俺は少し気になったことを尋ねる。


「なあ、もしかしてお前、昼休みはずっとここで飯食ってたのか?」


 俺の言葉に一ノ瀬ではなくそれまで俺の弁当の中身を見て、

「うわ~、妹さんお兄ちゃん大好きませんか? というかちょっと怖いですね」

 と俺の愛妹弁当を観察していた皇が口を開く。


「っ! そうなんですよ! 四月の頃、私が一ノ瀬さんの後を追っていた時、いつも昼休みは教室からすぐ出て行くのでどこに行っているのか不思議だったんです。そしたらこの前ここで食べていると教えてくれて!」


 よっぽど嬉しいのか皇が早口で語る。


「ええ、皇さんのストーカーを公認したのだけれど、そしたら毎日付きまとわれているわ」


 そんなことを言ってはいるが一ノ瀬もまた満更ではないのかその声音は優しいものだった。


「へえ、まあ、お前らが一人でないのならそれでもいいが……」


 ただあまり人間関係が限定的すぎるのも困りものだ。もう少し他の生徒とも関わる機会があればいいんだが……。


「あ、それなら今度村崎さんも誘ってみてはどうですか?」

「え、……皇さんとの二人きりの時間が………そ、そうね、この件が片付いたら声をかけてみるのもいいわね」


 若干複雑そうな一ノ瀬だが皇のその純粋な笑顔を見ては否定できないようだ。まあ、一ノ瀬もまた村崎さんとそれなりに親しくなっているのだろう。そうでなければ本当に嫌なら一ノ瀬は誰の言葉でも否定する。



 閑話休題。


「それで本題なんだが、今日集まってもらったのは今後の担当を決めておこうと思ってな」

「担当、ですか?」


 俺の言葉に皇が首を傾げる。


「ああ、まずは今の俺たちの抱えている問題を整理しよう」


 言って俺は後ろのホワイトボードの前に立ってマーカーを握る。


「まず、現状一番重要な案件。それは村崎さんの依頼だ」


①村崎さん 「浮気調査」


「驚くほど無駄に達筆ね。それで、もう一つは顧問の件ね?」


 流石一ノ瀬。俺の言いたいことが分かっているな。あと無駄は余計だ。

 俺はその横に書き足す。


②顧問


「ああ、とりあえず俺たちが解決しないといけない喫緊の課題はこの二つだ」


 俺は書いた二つを指して二人に言う。


「ええ、……こう書いてみるとあまりやることがないように感じるわね」

「はい、正直最近のことを考えるともう少し多いのかと思ってました」


 二人の言うことには俺も同意だ。自分で書いていてあれ?思ったより少なくね?って思ったもん。


「ああ、だが書いていることは少ないが、しなければいけないこと、面倒くささはめちゃめちゃあるからな」


 一つは浮気なんていう色恋が絡んでいる上にその当人たちは社会人だ。とても面倒くさい。

 もう一つは未だに村崎先生以外先生のあてが見つかっていない上、知り合いもいない。どうすればいいのか分からないという意味では浮気調査より面倒だ。


「……そうね。できれば考えたくなかったわ」


 一ノ瀬もまたそのことは理解しているのかため息とともに言う。ふと隣をみやると皇もまた「うへえ」と顔をしかめて首を振っている。……ちょっと可愛いな。


「でだ、本題はここからなんだが」


 そう、何も俺は美少女たちとお昼を共にしたかったわけでも、考えれば考えるほど面倒くさくなってくる問題を再確認してこいつらのしかめ面を拝みたかったわけでもない。そう、わけではないのだ。


「なるほど。だから担当を決めるという話になるのね?」


 俺の思考を先読みした一ノ瀬が、今俺が言おうとしていたことをあっさりと言う。なんだかちょっと悔しいな。


「? どういうことですか?」

「つまり、この面倒な二つの問題を一つずつ解決するには時間がないし非効率だから、もういっそのこと二手に分かれて何とかしましょう、ということよ」

「…………ああっ! なるほどです」


 一ノ瀬の説明を受けた皇はしばらくその言葉を自分の中で反芻し、理解ました、と言いたげにえへへと頬を緩ませる。そんな皇の様子を横目に一ノ瀬は「そうよね?」と俺に確認してくる。


「ああ、一ノ瀬にすべて言われてしまったが、俺が今日ここにお前らを呼んだのはそれを提案するためだ。それでどうだ? 担当を決めて分かれて行動するってことで大丈夫か?」


 そう、これは提案。この部の部長は一ノ瀬だ。俺が勝手に決めていい事じゃない。


「ええ、いいんじゃないかしら。皇さんはどう?」

「はい、私もそれで構いません」

「よし、それじゃあさっそく分担だが、悪いがこれは俺が勝手に決めさせてもらう」


 そう、ここまではいいのだがこの後が問題だ。ここで否と言われてしまうといろいろと面倒なのだが……。


「まず俺が村崎さんの一件をすべて担当する。二人には顧問の件をお願いしたい」


 俺の言葉に二人はしばし逡巡する。


「いえ、それは構わないのだけれど」

「はい。ただ顧問の先生なんてどうすればいいか」


 どうやら俺の意見自体はOKらしい。ただ不安があるのだろう。一応既に俺たちはそれぞれ顧問を探し回っている。あの時は甘地先生で確定だと思っていたからそこまで真剣にではなかったが、それでも一応どうにかしようと考えたのだろう。けれど予想以上にどうにもならなかった。あの時は俺もいたからどうにかなると楽観視できたが今は二人でどうにかするしかない。それが今、彼女たちが抱く不安の正体。


「いや、それさえ聞ければ十分だ。先生の件は一応甘地先生が心当たりを教えてくれたからな。そいつらに声をかけていけば何とかなるだろう」


 一応その変のサポートは考えてある。俺は胸ポケットから一枚のメモ用紙を取り出す。今朝甘地先生が部活動を受け持っていない教員、少ない教員、その他ボランティア活動などに熱心な教員など、何人かの名前を書いて渡してくれたのだ。マジ感謝。あの時は本当に結婚届にサインしてもいいと思った。


「……なるほど。それなら何とかなりそうね」

「はいっ! 顧問の件は私たちに任せてください!」


 希望が見えた途端とても安心したようにホッと息を吐く二人。こういうところは息ぴったりだな。


「ああ、期待してるぞ。俺も村崎さんの件はある程度の見通しがついている。うまくいけば今週末にでも解決する予定だ」


 俺の言葉に驚いた様子の二人だが、


「そう。まあ私たちもできる限りサポートするわ」

「九十九さん、村崎さんに変なことしちゃ駄目ですよ?」


 ……ほんと信用されてねえな、俺。


 その後はせっかくなので三人で昼食をとった。とは言っても俺は隅の席で二人の談笑を聞き流しながら飯を食うだけなのだが。

 いつも最高に美味しいまなみの弁当だが、今日はいつもより温かった。


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