浮気相手と彼女の勇気、の形
俺は考える。
昨日の調査の結果を確認するため後日『喫茶店猫の巣』に集まった俺達。そこで楽しそうにスイーツや紅茶を楽しむ彼女たちを見て俺は考える。
どうやら昨日一緒に映画を観たことで三人の中は予想以上に深まったようだ。時折俺の知らないフラメンコの紳士が華麗に舞う姿を興奮気味に語る村崎さんを見て、俺はこれが女子高生の会話なのだと学んだ。
そして俺は、どうしても皇の隣に俺を座らせたくなかった一ノ瀬と並んで皇たちの向かいの席に座っている。村崎さんは何故か俺が隣に座ろうとすると顔を赤らめて挙動不審になっていて、俺は皇たちに無理やり引き離された。そんな村崎さんを見て二人もまた良く分からない視線を向けてきたので綾さん直伝、男殺しのパッチリウインクで返してやった。紅茶が不味くなったわと新しいものを一杯ずつ奢らされたのは俺のこの優秀な頭脳(学年最下位)をもってしてもちょっとよく分からない。
彼女たちの楽し気な女子トークを聞き流しながらコーヒー片手に俺は考える。
「――あの優美な舞、フラメンコと言えば女性というイメージですがあえて男性という意外性。男性ならではのあの色気が――……」
「色気でもエロ気でも構わないけれどあなた、確かにエロ気に騙されているんじゃないかしら?」
「はい。……エロケ? というものはよくわかりませんが村崎さん、相手は選んだ方がいいですよ?」
「なっ、何の話ですか⁉ わ、私は別に騙されてなんて――」
そんな良く分からない会話を聞き流しながら俺は考える。
果たして、昨日のは浮気調査と言えるのだろうか?
確かに昨日先生は男と会っていた。二人はとても楽し気で、どう見てもデートにしか見えなかった。なんならこいつらには言わないが二人は行くところまで行っている(行っていると行っている二つの意だ。おまけに逝くも付けちゃう)。だから昨日の調査で二人が恋人関係にあるのだということは分かった。
だが、あれが浮気かと言われれば分からないと答えるしかない。
……なぜなら浮気しているかもしれないのは先生ではなくあの男の方なのだから。
浮気調査の確認のため集まったというのにさっきからスイーツ食ってコーヒーや紅茶を飲んでいるだけのとても簡単なお仕事であるところのこの部の部員たちは未だにそのことには触れず会話に花を咲かせている。
仕方ないので俺が枯らしてやろう。枯れ花万才。俺の少ない得意技の一つだ。
「……今お前たちが摂取したスイーツや紅茶等でのカロリーは全員で二千キロカロリーを超えている。一人頭七百ちょっとだとしてそれを消費するにはジョギング一時間じゃ足りないが、まあ、お前らは美人ぞろいだから大丈夫そうだな」
「「「(ピシッ)」」」
俺の言葉に先ほどまで紅茶でケーキやパフェを流し込んでいた彼女たちの時間が止まった。
「あ、あああああ……そ、そういえば最近今まで食べられなかった分もたくさん食べてやろうと美味しいものを食べまくっているせいで体重計に乗るのが怖くなってきました……」
「……わ、私はお姉ちゃんのことでストレスが溜まってて……それの解消に夜な夜な……」
「だ、大丈夫よ……きっと……ええ。わ、私はほら、……むしろもう少し大きく――……あ」
三者三様慌てふためく姿は、彼女達には悪いが少し面白い。というか一人完全に墓穴を掘って自滅している。自己肯定という名の自傷行為でどんどん顔色を曇らせるその様を見て、もうこいつは絶対みんなの憧れではないと思った。
「じょ、冗談だ。少し今日の本題について話したかったから言っただけだ。ほら、さっきも言ったがお前らは美人ぞろいだしな。少し食べたくらいでそんなに気にすることないんじゃないか?」
予想以上の効果に戸惑う俺。とりあえず話がしたいので優しく励ます。
「じょ、冗談にしてはたちが悪すぎますよ!」
「び、美人⁉ ……あ、あわわ……び、美人って……」
涙目で憤る皇となぜだか美人という言葉に反応した村崎さん。どうしたのだろう? これだけの美人なら言われ慣れていると思ったのだが。
と、そんな中、俺は気づいてしまった。目を逸らしたくなるほど恐ろしい殺気を隣から感じることに……。
「……それはつまりお前らみたいなツルペタの貧乳はもっとカロリー取って脂肪を付けろと……」
「い、一ノ瀬さん?」
「……お前らみたいな前も後ろも分からないようなまな板の鉄板女は牛乳でも飲んで牛を見習えと……」
誰もそんなことは言っていない。というかそもそも胸の話自体俺は全くしていない。全てこいつが自分で言って自分で傷ついて、そして今もこうしてその傷を自分でえぐっているだけだ。あと何気に「お前ら」とかいうのはやめてほしい。その度に隣の皇たちが傷ついていて、その度に空気が重くなる。
だがいつもは正しい一ノ瀬雅も今は違う。その理不尽な怒りはきっと標的を殲滅するまでおさまらないだろう。そして残念ながらいつもはそんな一ノ瀬の暴走を止めてくれる皇も今は涙目で「大丈夫……。ええ、私は今まで食べられなかったのでこれからどれだけ食べても実質プラマイゼロです。……きっと大丈夫。……自分を信じましょう……」と必死に自分に言い聞かせていてまったく役に立ちそうにない。村崎さんも同様に真っ赤な顔で美人がどうのと自分の世界に閉じこもっている。
抜本塞源。仕方ないので俺は一ノ瀬のその怒りの下を取り去ろうと試みる。
「悪かった、一ノ瀬。……けど、これ以上自分を悪く言うのはやめてくれ。お前を傷つけるのはやめてくれ」
「……え?」
俺の真剣な様子に少し冷静さを取り戻した一ノ瀬。
「だってお前は胸が小さくたって十分魅力的なんだ。お前が自分のことを悪く言っているのを見ると、お前のこと、素敵な女の子だって思ってる俺が悲しくなるだろ?」
「っ⁉ な、なにを言って⁉」
よくまなみにせがまれて少女漫画プレイ(健全です)というものをやっているのだが、初めてそれが役に立ったな。
明らかに一ノ瀬はさっきまでの殺意を霧散させ、距離を詰めた俺にどうしていいか分からず、体の前に出した手を握ったり開いたりしている様子は、誰が見ても動揺しているのは明らかだ。
よし、あと一息だな。
「それに前にも言っただろ? 俺は貧乳だろうと巨乳だろうと、女でさえあれば誰でも愛せるって」
そう言って俺は自分史上最高の笑顔で微笑みかけた。
「っ……そ、そんなこと言ってどうせ……え? ……今、何て?」
俺の素敵スマイルが効いたのかいい感じに決まったと思ったのだが、何かに気づいたような一ノ瀬。
「ん? だから俺はおっぱいなんてそんなに気にしないから。女の子ならみんなを平等に愛せるから。だからお前もそんな”小さなこと”、気にしなくていいんだって――」
「……小さいって」
「え?」
「~~~っ。小さいって言うなあ‼
「え………可愛いゴフッ」
真っ赤になってまるで子供のように言った一ノ瀬。
そのいつもとは違ったギャップに見とれていた俺の顎に一ノ瀬のアッパーが決まったのはもはや言うまでもないだろう。
俺が回復するのと一ノ瀬が冷静になって俺と仲直りするのはそれから十分後のことだった。
*
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
ギリギリでクリーンヒットは避けたので何とか軽傷で済んだ俺は、未だヒリヒリと痛む顎をさすりながらそう皆に話を振る。
「そ、その、まだ痛むかしら? ……大丈夫?」
流石に罪悪感があるのか一ノ瀬がとても優しい。俺は夢でも見ているのだろうか? こんな夢ならずっと見ていたいくらいだ。
「い、いや、大丈夫だぞ? それよりいい加減起き上がりたいんだけど……」
そう。信じられないかもしれないが、というより自分でも信じられないが、俺は今喫茶店のソファの上で横になっている。横に一ノ瀬がいるということはもちろんそういうことだ。まだ混乱が抜けきっていないのだろうか?
……な? 言っただろ? こんな夢なら覚めないでほしいって。
「そ、そうね。ほんとに、……さっきはごめんなさい」
まさかあの一ノ瀬に膝枕された上に甲斐甲斐しく心配され、更には謝罪までされるとは思わなかった。……そろそろ隕石でも降ってくるのだろうか?
「気にしなくていい。俺もいらんことを言ったからな」
言って俺は起き上がる。
「それじゃあ、早速昨日のことだが……って、どうしたんだ? 二人とも。なんでそんな苦虫をかみつぶしたみたいな顔してるんだ? 美人が台無しだぞ」
極上の感触に大きな名残惜しさを感じつつも何とかその誘惑に抗い起き上がったその先で俺を待っていたのは、二人の女の子のジットリとした視線だった。
「……別に。ただ九十九さんも一ノ瀬さんもよくこんな人前でイチャつけるなと思っただけです」
「はい。とってもうらやま――い、いえ、とっても不健全だと思います!」
……何も言い返せないな。隣でまたもや自分の行動に顔を赤らめる一ノ瀬はとても可愛い。すみませーん、店員さん、ご飯大盛りでー。
「んんっ……。で、ではさっそく本題に入るが……」
気を取りなおすようにコーヒーに口をつけて空気を整える。
二人にもそれが伝わったのかそれ以上話を広げようとはしなかった。
未だ若干顔が赤い一ノ瀬もなんとか我慢して真剣な表情を作っている。……それを見てニヤけそうになる頬を必死に固めたのは内緒だ。
「昨日の調査の結果、俺の目からは先生たちは恋人関係にあるように見えたが……お前らはどうだ?」
「ええ、私も二人は幸せそうなカップルに見えました」
「そうね。強いて言うならそれなりに年の差があるようにも見えたけれど、……まあ、今時数年の年の差なんて珍しくもないんじゃないかしら」
二人の肯定を受け、俺は村崎さんに目を向ける。
「君の目から見て、二人はどうだった?」
この依頼はあくまでも彼女の主観がすべてだ。
「……はい、私も二人は愛し合っているように見えました」
決まりだ。これで先生に恋人がいたということが判明した。
「けれどあれが浮気かどうかまでは今の時点では分からないわね。先生が浮気しているのならあれで確定だけれど、浮気している可能性があるのはあの男だもの……」
俺と同じく一ノ瀬もまた昨日の調査だけでは村崎さんの依頼である『浮気調査』にはならないということを理解しているみたいだな。
「ああ。まあ、一応昨日ので先生に恋人がいるということは分かったけどな」
「でも先生を調査するのならまだしも相手の男性をとなると難しいのでは?」
「………」
皇の言葉に俯く村崎さん。
昨日幸せそうな先生を見た後だ。その相手が浮気をしているかもしれないということを考えなくてはならないのは複雑な気分だろう。
「いや、それについては何とかなるぞ」
言って俺はポケットからある紙を取り出す。
・三島輝明―――先生からの呼称「三島さん」。
・年齢は不明だが先生より年上だと思われる。
・時折「先生」と呼ばれ、また二人の会話の様子から先生の恩師であったと考えられる。
・「大学の方は?」と先生が聞いていたことからどこかの大学の関係者である可能性が高い。
・紳士的で大人の男性という感じの雰囲気。
・身に着けているものはブランド物のスーツでメガネをかけている。
「昨日お前らと別れた後、先生たちの入った喫茶店でわざと先生たちの傍を通りかかったとき、机の下に事前に用意しておいた盗聴器をセットして二人の会話を聴いたんだ。その時先生と男との会話から重要そうなことをメモしておいた」
「なっ、盗聴器⁉ あなた一体どこでそんなものを……」
どこでも何も俺の部屋を探せばたくさん出てくるが……。それはうちの妹の名誉のために言えないな。
「いや、調査と言えばやっぱり盗聴器は欠かせないだろ? 今時通販でポチれば普通に買えるし、なんならそこらのホームセンターでだって売ってるところはあるからな」
「で、でもこれなんで写真まであるんですか? しかもこんな正面からの……」
言って皇が指さした紙には四角いメガネをかけ爽やかに笑ういかにも知的で紳士的な大人の男性の顔が。
「いや、それは俺が描いた絵だ」
「え?」
「そう、絵だ。俺一人なら別にいつでも思い出せるからいいんだが、お前たちに伝えるにはやはり絵にした方が分かりやすいかと思ってな」
「い、いや、これが絵ですか⁉ どうみても正面から撮られた写真にしか見えませんが……」
「写真でも良かったが盗撮は犯罪からな。それに正面の写真なんて無理だし」
「盗聴だって立派な犯罪よ……」
一ノ瀬もまたその絵を見ながら言う。そもそも浮気自体犯罪だ。まあ、民法や刑法の違いはあるがな。罪に軽重は関係ないらしい。
「……それにしてもあなた絵が上手いのね。紙に描かれているから分かるけれど、これを写真だと言われても一目じゃ気づかないわ」
なんだかそう素直に一ノ瀬に褒められるとむずがゆいな。
「まあ記憶にあるように描くだけだから簡単だしな。それよりこれで調べられるだろ?」
言って俺は村崎さんを見る。
「君の依頼はこの男に既婚者がいるかどうか、だ。名前と顔が分かるなら調べられるだろ?」
「っ……はい。覚悟はできています」
どうやら腹をくくったようだ。
「そうか……。まあ、調べると言っても多分どっかの大学の教授か何かだろうし、ネットでポチればすぐだろうがな」
「あ、確かにそうですね! では村崎さん、さっそく」
「は、はい」
言ってスマホを取り出し始めた二人を見ていると、一ノ瀬が二人に聞こえないくらいの声で尋ねてきた。
「……ここまで分かっているのなら、あなたが昨日のうちに調べておいてくれれば良かったんじゃないの?」
内緒話のようでワクワクするな。
「まあな。けど、こういうのはみんなで調べたって言うんじゃないのか?」
「……良く分からないわね」
*
「あ、ありました! 三島輝明。関東教育大学で准教授を務めていますね。年は三十六歳。先生って確か今年で二十八でしたよね?」
「は、はい」
ネットで検索するとすぐに名前と顔が出てきた。年上だとは思っていたがやはりそうか。義務教育期間とほぼ同じくらい離れている。先生は真島の教え子だった可能性が高いな。
「……凄いわね。この年で准教授。もしあと数年で教授になれれば結構なエリートコースじゃないかしら?」
「ああ、このまま順当にいければ、だけどな……」
もし浮気が発覚なんてしたらもう無理だろう。
「思っていたより偉い方だったんですね……」
俺達の会話を聞いて村崎さんが驚いたように言う。いろいろと思うところがあるのかもしれない。
「まあ、社会的には偉いかもしれないが、それが浮気をしていい理由にはならないからな」
「ええ、浮気はダメです。私がされたら刺します」
……俺は昔綾さんに浮気相手だと言って紹介されそうになったんだが……。
「けれどネットでは彼が結婚しているかどうかまでは分からないわね。それ以外の情報も薄いし、やはり周辺の情報を探る必要があるわ」
やはりそうか。面倒だがそれが確実だろう。俺は自分のスマホで男の名を検索し、その大学について調べてみる。
「……よし、ならとりあえず明日、俺が大学に行って聞き込んでみる。幸いここは見学に許可もいらないみたいだしな」
「で、ですが明日は月曜、平日ですよ?」
俺が話をまとめようとすると、皇が慌てたように言う。
「いや、俺はその辺気にしないから平気だ。というか今更一日二日サボったところでどうってことはない」
「何一つ平気ではないのだけれど……。というか、これであなたの成績が下がったら、私はともかく皇さんたちが気を遣うじゃない」
いや、そこはお前も気を使えよ。
「そ、そうですよ! 昨日もほとんど任せきりになってしまったんですし、あまり九十九さんだけに無理させるわけには……」
申し訳なさそうに眉根を下げる皇。
困ったな。俺は大学でキャンパスガールのお姉さんたちとお知り合いになりたかったのだが……。
「そうか。……よし、なら今から行くか?」
「「「――え?」」」
何を言っているんだとでもいうような表情の三人。
こういうことはできるだけ早く済ませた方がいい。今月中には片づけたいからな。
時刻は一時。あまり遅くなってもいけないのですぐに出た方がいいだろう。
「本気で言っているの⁉ 何の準備もしていないのよ?」
「そ、そうです! それに許可だってとっていませんし……」
「関東教育大は自由見学OKらしいから大丈夫だ。服装も時間帯も特に指定はないな」
俺はスマホで確認しながら伝える。
……まあ、こいつら全員コミュ障だからな。確かにキラキラのキャンパスは怖いかもしれない。ヤリサーなんてものも世の中にはあるからな。
「大丈夫だ。いざというときは一ノ瀬が守ってくれる」
「「「………」」」
俺の言葉に呆れたような目を向けてくる乙女たち。村崎さんまで微妙そうな顔をしている。というか誰だ、今ため息ついたの!「まあ、こいつだから仕方ないか(笑)」みたいなやつはやめてもらおう‼
「……そこはあなたではないのね」
「まあ、確実に勝てる方でいかないとな」
「「「はあ……」」」
三人のため息が重なった。……空気が美味しいな。
「それに今日は休日だから多分あんまり人はいないだろ。そこら辺は気にするな。それじゃあさっそく会計を――」
あまり遅くなるのは避けたいので俺は適当言って手元の伝票を掴む。
すると、
「っで、でも……、め、迷惑だと思いますし……」
席を立とうとする俺に村崎さんが弱弱しい声音で言う。
「お姉さんの恋人が浮気をしているか知りたいんだろ?」
「……はい」
けれども彼女は顔を上げない。
きっと彼女が求めている言葉はこんな言葉ではない。それを分かっていて俺はあえて情のない選択を迫る。
「別に明日俺が一人で行ってもいいが。……どうする?」
俺は卑怯だな。分かっていて言っている。こんな言い方をされたら、彼女は絶対に断れない。
「っ……わ、分かりました……」
「ん? やっぱり俺一人で行った方がいいか?」
とても意地悪な俺。村崎さんの目には若干涙が浮かんでいて、前横の二人はそんな俺にどん引いている。というか皇は若干怒っている。
「……行き……ます……っ」
「ん? どこに行くんだ?」
しつこい。とてもしつこい。そんな俺についに村崎さんがキレた。
「~~~っ、だ、だからっ……、だから一緒に行くって言ってるじゃないですか‼」
「お、おう……」
涙目で俺を睨みつけて「フーッ……フーッ……」と興奮した様子の村崎さん。どうやら結構なストレスを抱えていたようだ。……多分、そのほとんどが俺と先生が原因だとは思うが。
「……まったく、あなたも人が悪いわね」
ため息を吐いた一ノ瀬が呆れたようが言う。
「まあな」
別に普段おとなしい村崎さんに睨みつけられるのが思いほのかゾクゾクするから意地悪したというわけではない。チガウヨ、ホントホント……。
ただこれは村崎さんの依頼だ。しっかりと自分の目で真実を確認して、そして後悔のない選択をしてもらいたい。
「よし、それじゃあ行くか」
今度こそ俺は伝票を持って立ち上がると、未だ俺を睨みつけている村崎さんにそう言って右手を差し出した。
「っ! ……はい、よろしくお願いします!」
戸惑った村崎さんだが俺が笑顔を向けると一瞬の逡巡の後、吹っ切れたように言って俺の手を握り返した。
その手は細くて小さくて、とても弱弱しかったけれど、不思議ととても力強かった。
ちなみにカッコつけて伝票を掴んできたが、そういえば今日は俺、自分の財布しかもっていなかったんだった。
その後、みんなが追い付くまでゆっくりと歩き、割り勘の金額に足らなかった分を一ノ瀬に借りたことは俺の輝かしい黒歴史として真っ黒に塗りつぶした。
村崎さんが笑顔になってくれて良かったです!
「申し訳ございません、お客様。次回からはもう少しお静かにお願いします」
「……はい、すみませんでした」
三人の後を追いかけようとした俺に店員さんがとどめを刺した。




