『育才部』存続の危機、の形
「さて、どうしたもんかなあ」
昼休み。中庭最奥の日陰のベンチ。
いつもの梅の木の下で昼食を取りながら、俺は昨日のお姉さんの言葉を思い出す。
*
「あの、どういうことですか? この部が無くなるって……。それにあなたはどちら様ですか? 相談をしに来たお客、……というわけではありませんよね?」
お姉さんの一言に驚きを隠せない俺達。そんな中、俺達全員が疑問に思っていることをまとめて聞いてくれた皇。良かった。手間が省けた。
「まずは落ち着いてください。一つずつお話しします」
驚きを隠せない俺達とは裏腹に、お姉さんは極めて冷静に、言葉通りその意味を順序だてて説明する。
「では始めに、申し遅れました。私は二年四組の瀬上飛鳥。生徒会書記を務めさせていただいています」
「せ、生徒会! では廃部の話は……」
とても簡潔な自己紹介。
それを聞いて、珍しく一ノ瀬が動揺した様子を見せる。そして俺も顔には出さないが、生徒会と言われて少し思うところがあった。
「はい、先日の第二回部活動活動調査研究会でこの部が我が校が部活動を認める上での必要条件に達していないことが審議され、このまま部活動としての活動条件を満たせないようであれば、今月中にはこの部は廃部にせざるを得ないという結論に至りました。私はそのことをあなた方にお伝えするためここにいます」
一瞬も表情を崩すことなく、先輩は簡潔に説明する。
一方的にそんな結論のみを伝えられても、当然すぐに受け入れられるわけもない。というより、ここは素直に受け入れてはいけない。
何か抗弁はないかと頭をフル回転させる。
おそらく、そのなんたら会というので話し合われた内容に誤りはないのだろう。あったとしても、今の段階でそこを攻めるには情報が少ない。
やはりまずは絡め手で相手の様子を探るのがベターだ。
「ちょっ、ちょっと待ってください。そもそもこの部は今年に入って作られたばかり。ある程度の譲歩はあってもいいでしょう?」
あまり言いたくはないが、この部を作るよう言ったのは一ノ瀬の父、この学校の理事長だ。そういった意味でもある程度大目には見てくれないかと思うのだが、どうやらそんなに甘くはないらしい。
「ええ、ですが今日であなた方が入学されてから二カ月以上経過しています。既にほとんどの生徒が部活動に入部しており、これから入部希望者を募ったところで部員が増えるとは到底思えません。申し訳ありませんがこれでも譲歩しているんです。……新設というのは理事長の意志だと伺いましたが、いくらなんでもこれ以上譲歩しては他の部から反感を買う恐れもありますので」
彼女の言うことはそのすべてが正論で、とっさには切り返す言葉が思いつかない。
この流れは不味いと思い、俺は正攻法で対抗すべく目を閉じて記憶を遡る。
入学式の日にいたたまれずにじっと見つめていた、その日配られた学校の校則等について書かれたしおりには確か、部活動として認められるには部員は運動部では競技必要人数プラス二人以上、若しくは個人競技であれば最低五人以上。文化部では最低三人以上が条件だと書かれていたはずだ。
ついこの前皇が加入したこの部はギリギリだがその人数に達している。
「でも文化部の最低部員数は三名ですよね? その条件は満たしていると思いますが」
言って俺は他の二人に目を向ける。
もしかしたら皇の入部がその会議の後になってしまったため、その条件に達していないという判断で話が進められたのではないだろうか。
「え? ……そういえば三人いますね。失礼ですがここにいる皆さん、全員が部員という認識で間違いありませんか? どなたか相談に来た生徒だということは」
「いえ、私がこの前相談に乗ってもらった後、そのまま入部しました」
皇の言葉を聞いて瀬上さんは「ふむ」と顎に手を当てて、持参した書類と俺たちを見比べながら数秒考える仕草をしたかと思うと、
「……失礼、少し確認してきます」
そう言って席を立つと部屋から出て行った。
「……どうやら皇さんの入部が遅かったから確認が取れていなかったようね。まあ、あなたにしては役に立ったんじゃないかしら」
何目線で言っているのか不思議に思うが、俺に軽口を言いながらもその顔は心底安心した様子。
ほっと胸をなでおろす一ノ瀬。どうやら思った以上に動揺していたようだ。
「それにしても、よく部活動の活動条件なんて覚えていたわね? というか、そんなことどこに書いてあるの?」
「まあ、偶然な。てか、一応お前が部長なんだから、お前は知っとかないとだめだろ?」
それにこいつは新しく部を新設したようなやつだ。当然そんなことは隅々までチェックしているものだと思っていたのだが。
「そういえば、この部を作る時の書類にそんなようなものもあったような気がするわね。まあ、面倒で目を通していないけれど」
……なんだか最近こいつが優等生という噂は絶対嘘だろと思えてきた。
「そ、そうか。それなら仕方ない……のか?」
どう言っていいのか分からないが、今度からそういった書類は念のため俺も目を通すようにしようと思った。
「何にしてもこれで一件落着ですね! 良かったです、せっかくできた私たちの居場所がなくならずに済んで」
そう言って薄い胸をなでおろす皇。……薄いからなでおろしやすいのかな?
そんな下らないことが頭をよぎるが、皇のその感想はきっと俺達全員の言葉だ。
「まあそうだな。ここにすら居場所がなくなったら俺、いよいよもって学校に居場所がなくなっちまう」
その時は不登校になるかもしれないからな。命に代えてもこの部は守らなければならない。……割とマジです。
「ふふ、確かにそうね。あなた、この部が無くなったら本当にワールドアローンだものね。クリスマスに映画でも作ってみたら?」
珍しく上機嫌に罵ってくる一ノ瀬。……上機嫌に罵るってどんな日本語だ?
「いや、流石に家にくらい居場所は………え?」
「どうしたの? ツッコミは最後までしてもらえるかしら?」
何気に俺への罵倒をボケだと考えていたのか。ある種のじゃれあいだと思うと少し嬉しくなるな。
けれど今はそんなことよりもっと重大なことがある。
「す、皇……。今こいつ、言ったよな? この部がなくなればどうのって」
「え? ええ、言いました。でもワールドアローンとはどういう意味ですか?」
「バカ、今はそんなことどうでもいい! そうじゃなくてもっと重大なところがあるだろ⁉」
ちなみにもし本当に俺の映画を作ったら、聖夜の夜に泥棒さえ来ない本物の孤独というものを世の子供たちに教えることになる。
サンタな俺が絶望と恐怖を希望でいっぱいの靴下に詰めてやろう。何それ? ホラー映画? サンタというよりサタンだな。
「? 一体今の一ノ瀬さんの言葉のどこにそんな動揺するようなことが」
「ええ、私もいつも通りあなたを罵倒したつもりだけれど」
……いつも通り罵倒したってなんだ? いや、今はそれどころではない。
「分からないか? 一ノ瀬はさっきこの部が無くなったら俺の居場所はどこにもないって言ったんだ。つまり――」
そう、つまりそれは、
「この部が俺の居場所だって認めたってことだろ?」
「? ………ああっ!」
「え、……っ! ~~~ち、違うわ! 別にさっきのは皇さんの言葉に賛成して――」
意味に気づいた一ノ瀬が慌てて否定するが、正直そんなことはどうでもいい。
今、俺の思うことは一つだけだ。
自分の居場所だと、人から認めてもらえることはこんなに嬉しい事だったんだな。そしてそれは一ノ瀬だから。
「何にしても、これでこの部を守る言い訳は完璧だな」
守りたい理由がある。していい言い訳がある。それさえあれば俺は誰にも負けはしない。
もう昔とは違うのだ。今度はきっと後悔しない。
「フフ、ツンデレな友達を持つとキュンキュンが止まりません」
一ノ瀬のその様子にニヤニヤと嬉しそうに微笑む皇。まあ、その気持ちは十二分に理解できる。これがギャルゲーなら俺は今すぐ銀行でクレジット作りに行くな。リボ払いには注意しよう。
が、それはそれとしてだ。
「言っておくがお前もだぞ皇。お前だって俺がこの部を守る理由だ。お前たちが俺に居場所を与えてくれるなら、俺は何に代えても守って見せる」
「っ‼ ふ、不意打ちはずるいです。まさか私までターゲットだったとは」
何か良く分からないことを言って顔を赤らめる皇。そんな彼女を見て、突如一ノ瀬が怒りだす。……俺に。
「ちょっ⁉ ちょっとあなた! 私の皇さんをたぶらかすのはやめてもらえるかしら? 姉……友達‼ 友達として、友人が変な男に引っかかるのを見過ごすわけにはいかないわ!」
「え? ちょっ⁉」
俺の肩を掴んで怒り狂う一ノ瀬と未だに頬を染めて何事かをつぶやいている皇。
そんなカオスな空間で俺が思うことはただ一つ。
「誰か~! 助けてくださ~い‼」
ガラガラ
「すみません遅くなりました。確かに三名、部員の名を――」
「「「………」」」
俺の叫びが通じたのか突如現れた救世主。
だがそんな彼女の声は俺たちのこのカオスを見た瞬間フィーファイフォーファン、ピタリと止まり、俺たちは改めて今の自分たちの惨状を確認して、揃って声を漏らすのだった。
……空から巨人でも降りてきたのかな?
*
「えー、先ほどの続きですが……、もう一度資料を確認した結果この部の部員の数は文化部としての最低人数である三人以上に達しているため部員の数については問題ありません」
先ほどまでの酷い惨状を丸っとなかったこととした俺たちは、もう一度瀬上さんと向き直って話の続きをする。
「ではこれで廃部の件は大丈夫なんですね?」
一応確認する一ノ瀬。まあ、これは最終確認のようなものなので十中八九大丈夫だろう。……さっきのカオスを問題行為と認識されなければだが。
そんな風に楽観視する俺達だったが、次の瀬上さんの一言で世の中はそんなに甘くないのだということを改めて実感する。
「はい、部員の人数については問題ありません」
「……部員の人数については?」
「っ! ま、まさか……?」
「?」
唐突に嫌な予感がした。それは一ノ瀬も例外ではなかったらしい。
唯一皇だけは未だその意味を理解できていないようだ。できれば俺達も理解したくなかったが、そういえば今思うと先ほども妙にそのところを強調していたように思う。
前に一ノ瀬が言っていたが、人間嫌なものからは目を遠ざけるものだ。カエサルは実に的を射ている。
「ええ、そのまさかです。この部は確かに規定の人数部員がいます。活動実績は分かりませんがそれはまだ新設して数か月なので仕方ありません。ですが、一つ、足りていないものがありますよね?」
……正直に言えば始めから何となく気づいていた。人数のことについて話を逸らしたが、本当はそのことから目を背けたかったからだ。
そう、他の部にあってこの部にない。いや、この場合いないと言った方が正しいのだろうか。
「では、今月中にこの部の顧問を引き受けてくれる先生を見つけて報告してください」
「えっ⁉」
「はあ……、やっぱり」
「…………」
その言葉に驚く皇と深くため息を吐く一ノ瀬。
これで要件は終わったと部屋を出て行く瀬上さんを黙って見つめたまま俺は思った。
――ですよね~。




