表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/137

呼称の形

 皇の一件が解決……と言っていいのか分からないが、ひとまず解決した翌週。

 我が育才部の部室は、再び俺と一ノ瀬との殺伐とした空間へと戻った――というのは嘘だ。


 久しぶりに育才部の部室を訪れた俺はいつも通り先に来て文庫本に目を落とす一ノ瀬と、そんな彼女に話しかけようとして、躊躇して、そしてまた手元の自販機で購入したらしいレモンティーをすするという中々に不思議な作業を繰り返す皇を見て思う。


 ……なんだ? この微妙な居心地の悪さは?


「「っ」」


 口にも出ていた。

 そんな俺に気づいた皇は、助けが来たとばかりにこちらに振り向くと、


「こんにちは、九十九さん! 先日はお世話になりました」


 そう言って嬉し気に微笑んだ。

 だがそれとは別に、俺に向けられた嫉妬の目を俺は見逃さない。


「ああ、久しぶり……でもないか。それより、一ノ瀬。俺をそんな目で見るくらいならちゃんと構ってやれよ」


 まあ、気持ちは分からんでもないが。

 一ノ瀬は皇が全てを話してくれるまでしばらくは他人のままの関係だと言った。どう接していいのか分からないのは仕方ない。

 でも、だからといって俺に嫉妬するのはやめていただきたいがな。


「別に、これはあなたの存在が空気を汚していることに対しての怒りの目よ。勘違いしないで」


 言いながらも一ノ瀬はどこか嬉しそうだ。きっと皇と同様、一ノ瀬も皇と話したかったのだろう。けれど元々のコミュ障と、しばらくは他人でいると言ってしまった手前どう接していいのか分からずの無視。……最後には無視という選択を選んでしまうあたり、やはり一ノ瀬、流石と言える。


「まあ、お前らがそれでいいならかまわないが。……俺と皇は友達で俺と一ノ瀬は友達じゃない。けど一ノ瀬と皇はそうじゃないだろ?」

「っ!」

「?」


 俺の言葉の意味を察したらしい皇と首を傾げる一ノ瀬。成績は一ノ瀬の方がいいらしいが、こういったことについては皇の方が鋭いな。IQの代わりにEQが高いというのだろうか。いや、べつに皇のIQが低いとは言っていないが。こいつらの場合、愛らしさを測る“愛級”なら間違いなく高そうだ。その場合たぶん俺が最弱。“哀級”なら負けないんだけどな。


「分かりました。では一ノ瀬さん。私と友達になってもらえませんか?」

「っ、……けれど」

「はい、私が全てを話すまで私たちは他人のままだと約束しました。けれど姉妹ではなくても友達なら普通に話せます。他人ですが他人ではありません。友達とはそういうものだと聞きました」


 そう。他人だと言ってしまったから接し方が分からない。けれど友人なら時に姉妹のように接することだってある。多分。友達であれば気を遣わずに皇と一ノ瀬は関われる。きっと。


「……そう。友達なら仕方ない。――分かったわ。では皇さん。いつかの日まで、私とあなたは友人よ」

「はい! よろしくお願いします、一ノ瀬さん!」


 心底嬉しそうに笑う皇。一応俺だって友達なんですよ?

 晴れて友達となった一ノ瀬と皇。皇に友人ができた嬉しさと、オンリーワンでなくなったことに対する若干の寂しさを感じつつ、それでも嬉しいと感じるのは皇が俺にとって友達だからだろうか? それともその相手が一ノ瀬だからだろうか? 


 ふとそんなことを考えて感傷に浸っていた俺だったが、一ノ瀬はまったく別のことを考えていたようだ。


「それはそうと、友達というものがどういうものかまったく分からないのだけれど、とりあえずどこまでならOKなのかしら? 膝枕? 耳かき? まさか一緒にお風呂に入るなんてことも――」


「ストップ! 落ち着け一ノ瀬。同性の友達ならそれぐらいするかもしれないが、許可の言質を取るのはやめろ! それはちょっと百合百合過ぎる!」


 こいつどんだけ我慢してたんだよ⁉ よくそれであんな澄まし顔してられたな。

 そういうところは綾さんそっくりだ。あと、さっきから君、文庫本をめくる手がまったく動いていないこと、ぼく気づいてるよ? 

 というか、始めに膝枕が来ることがもうおかしい。友達特権でそれが許されるのなら俺だって皇の友達なのだから許されてもいいはずだ。許されないのはそれが恋人特権だからだと思います!


「わ、私は一ノ瀬さんとだったら別に」

「お前も何言ってんだ⁉ そんで、なんで若干顔赤らめてんの? 今の会話でそれはほんとヤバい!」


 何がヤバいって実は俺が否定するのをやめそうになっているのが何気に一番ヤバい。というか、そもそも俺はツッコミではないのだ。むしろ百合は大好物。否定する理由はどこにもない。……何となく否定しないと本当にそうなりそうでいろんな意味で心配だから止めるけどな。


「そ、そう。まあ、それは姉妹になった日までとっておくわ」

「は、はい。その時は……」


 姉妹でもそれはヤバいと思うが、それは家族の問題なので万が一の時は家族会議を開いてもらおう。俺は何も聞いていない。



「そ、そういえば皇はどうしてここにいるんだ? 別にどうせ暇を持て余しているからいいんだけど、一応今は部活中なんだが」


 そう。俺たちは別に放課後(俺は教室にも)居場所がなくて帰っても暇だからという理由でこんなところに集まっているわけではない。この学校をより良く、すべての生徒に充実した学校生活を送ってもらいたいという高尚な信念のもと悩みを持つ生徒のため、お助け係としてここにいるのだ。……ホントだよ?


「ああ、そういえばあなたには言っていなかったわね。彼女、今日からこの部の部員になるから」

「……え」


「実は昨日あの後、駅からの帰り道で彼女が部活動に入部していないと聞いて誘ったのよ」


 妙に嬉しそうだな、一ノ瀬。

 そういえばこの学校は部活動に入部していないと掃除当番強制だったな。俺もそれでこの部に捕まったのだ。


「はい、ということなのでこれから九十九さんは私の先輩ですね。まさか私の方が後輩になってしまうとは思いませんでした」


 そう言って笑う皇。

 放課後の部活動で離れ教室に女の子二人と三人きり。しかも二人とも美少女。……なるほど。どうやら俺はハーレム主人公だったようだな。


「そうか。なら、これからは俺のことを呼ぶときは先輩と……冗談だ。こちらこそよろしくな、皇」


 そんな軽口を返そうとした俺だったが、お姉ちゃんの鋭い視線を感じて慌てて訂正する。

 セクハラ発言はほどほどにしようと誓った。



 *



 皇が育才部へ入部したその週は特に何も依頼はなかった。というかもともと一ノ瀬の知名度一つしか情報のないこの部の存在を知っている生徒がまず少ない。その上、同い年の見ず知らずの他人に悩み事を相談する生徒などそういない。

 なので俺たちは毎日ホームルームが終わるとすぐに集まり、適当に時間をつぶして六時半になったら帰るという実に高校生らしいルーティンを繰り返していた。


 その間、印象的だったのは皇と一ノ瀬が少し前まででは考えられかった程仲良くなっていたことだ。始めの気まずい雰囲気は日が経つにつれ次第に薄れ、最近では皇も俺と話す時間より一ノ瀬と話している時間の方が長い。というか時々俺の存在を忘れている。突然高校生女子の下着事情について話し始めた時は思わず目を閉じてしまったな。

 ちなみに人間の視覚情報は実に八割近いらしい。俺の神経は聴覚に集中した。

 その後、寝たふりかましていたことがバレた俺がいったいどうなったか。それを知る者はいない。

 ついでに二人とも、特に一ノ瀬さんは妙にそれについての造詣が深かったのが意外でした。


 その他、俺のことで特に変わったことと言えば体育の授業で少し鈴宮と仲良くなったことだ。チキチキな仲とまでは言えないが、それでも最初の頃のように気まずい空気になることはほとんどなくなった。

 なんでも鈴宮は意外にもアニメが好きらしく、特に熱血スポーツものは大好物らしい。バスケも昔学校の図書室で呼んだ漫画にハマったことがきっかけだと言っていた。相変わらず教室では肩身の狭い俺だが、それでも近頃は鈴宮効果なのか表立っての雑言は少なくなってきた……気がする。この部の評判のためにも俺の悪評は早急に解決しなければならない。だから鈴宮、マジ感謝です。



「なあ、ふと思ったんだが一ノ瀬は俺のことを蝙蝠君と呼ぶが、正直ちゃんと人間って認識しているのか?」


 いつも通り俺の存在を視界から抹消して仲良く会話を楽しむ二人に、ふと気になったことを尋ねてみる。

 初めて会った時から思っていたことだが、一ノ瀬は俺と会った時から今日まで、ずっと俺のことを蝙蝠君と呼んでいる。別に俺に人権がないのはいつものことなので構わないが、なぜ蝙蝠(こうもり)蝙蝠なのかずっと謎だったのだ。


「……何? 別にそんなことどうでもいいじゃない。私は今、皇さんと話しているの。あなたは得意の狸寝入りでもしていなさい」


 流石一ノ瀬。俺がこの学校で身に着けた唯一の技術を見破るとは。……本当に唯一なので冗談が冗談ではなくなってしまった。

 あと、日に日に一ノ瀬の皇愛が増大している気がする。しかもそれは指数関数的増加だ。

 というか怖い。さっきまで皇とニコニコ話していた一ノ瀬だが、今は人でも殺しそうなほど不機嫌だ。このままではいつか本当に百合の花が咲く日が来るかもしれない。


「ま、まあ、いいじゃないですか。それに私も気になっていたんです。どうして一ノ瀬さんは九十九さんを蝙蝠君と呼ぶんですか?」


 流石皇。最近一ノ瀬とばかり話しているが、ちゃんと俺の存在を認識してくれていたんですね。


「……はあ、皇さんがそう言うのなら仕方ないわね」


 皇からのお願いは聞いてくれる一ノ瀬さん。俺も妹になりたいと切に思う。


「まあ、一応認識はしているわよ。世の中にはいくら認めたくなくても同じホモサピエンスとして存在している者はいるのだと、大人な私は知っているもの。ええ、本当に、どれだけ人としての決まりを守らない人間社会のゴミクズにだって人権はあるの。遺憾の極みだけれどね」


 なんというか……。あまり考えたくはないが、俺を人間として認識してくれているということは分かった。いや、認識してくれてるってなんだ⁉ 俺はちゃんと生きてるよ?


「そ、そうか。……でもだったら何で俺を蝙蝠君って呼ぶんだ? 目が赤いからだとは思うが、それならウサギの方が良くないか?」


 というかそもそも蝙蝠の目は赤くない。テレビに出てくる吸血鬼(ヴァンパイア)の目は赤いけどな。

 目が赤い動物と言えばどちらかというとうさぎの方がしっくりくる。ちなみにウサギの中で目が赤いのはカイウサギのうち、体が白いハクショク種やヒマラヤン種だけらしい。それもアルビノと呼ばれるものだけだ。これらのウサギの体には色素がないため目の中の虹彩にも色素がなく、奥の血管等が通った網膜がそのまま見えるため目が赤く見えるのだそうだ。


「確かに目が赤い動物と言えばウサギさんですね。一度も生で見たことはないですが、写真で見ていつか実際に触ってみたいと思ってました」


「「っ……」」


 皇の言葉に思わず息を飲む俺たち。

 俺と一ノ瀬はこの時まったく同じことを決意した。


 ――いつか必ず皇を動物園に連れて行こう。



「別に、ただあなたがここに来た時に読んでいた本にヴァンパイアの怪物が出てきて、そのイメージが何となくあなたに似ていたからそう呼んでいるだけよ。あと、あなたをウサギさんと呼ぶのは死んでもごめんだわ」


 なるほど。ヴァンパイアの出てくるミステリーホラーものは結構多いからな。あと怪物が出てくる展開は面白い。リアルを追求するのは、それはそれでいいのだが、あり得ない存在をさも実在するかのように描写する人たちの思考は一体どうなっているのかいつも考えさせられる。


「ああ、確かに言われてみれば九十九さんはヴァンパイアに似ていますね。整った目鼻立ちに高い背。そしてその美しい赤色の瞳が正に西洋の吸血鬼、といった感じです」

「そ、そうか。……ん? それは褒めてるのか?」


  吸血鬼はカッコいいけど所詮化け物だ。「お前化け物に似てるな」と言われて褒められたと感じるやつは少ないと思う。


「と、当然です。九十九さんは容姿だけは最高だと女子の間でも噂なんですよ? ……まあ、それ以外の人格などは最低のクズ男だとも有名ですが」

「それは褒めているとは言わないんだが。……まあいいけど。しかしなるほどな、理解した。けど、一ノ瀬。言っておくが俺はウサギを背負う男だからな? バニーガールの格好をして餅つきしながら呼んでくれれば俺はいつでもウサギになるぞ?」


 飼育されているウサギは年中発情している動物なので、性の象徴として表されることが多い。かの有名な下着メーカーの会社のロゴマークがウサギなのはそれから来ているのだと聞いた。バニーガールに心奪われる俺達の男心も許してほしいものだ。


「そんなにウサギが好きなら今すぐ月に送ってあげるわ。それにベンチ入りさえできないあなたにそれは馬耳東風、猫に小判、豚に真珠、馬の耳に念仏……。人間身の程に合わないものは往々にして持て余してしまうものよ? 素直に百円ストアのものを身につけなさい」


 自我拡張。身に着けていれば経験はなくともその気分は味わえる。そう思って生きてきたが、それを否定されては俺のメンタルは世界恐慌時の株価並みに大暴落だ。


「? バニーガール? ウサギの話ですよね? ですがさっきから二人は何の話をしているんですか?」


「「…………」」


 俺たちの酷い会話を理解できなかったらしい皇が首を傾げる。そんな彼女を見て何故だか妙な罪悪感に襲われる俺たち。


「いや、何でもない! 忘れるんだ、皇。そうだ! 今度一緒に動物園に行こう。ウサギに会えるぞ? だから――」

「そ、そうね。皇さん、私たちはウサギの話をしていたのよ。ええ、決して変な意味ではないわ。いいわね、動物園。ええ、是非行きましょう。だから――」


 俺たちは自然と言葉が重なる。


「だからどうか純粋なままのお前でいてくれ!」

「だからどうか純粋なままのあなたでいてちょうだい!」


「は、はあ………?」


 不思議そうに首を傾げる皇だが、俺たちは構わず話を進める。

 危なかった。もう少しで皇の天使のように純粋な心を俺たちのせいで汚してしまうところだった。というか純粋なやつに変なことを教えるのってこんな罪悪感あるんだな。幼い俺に普通に適当口走っていた綾さんを改めて変人だと思った。


「ま、まあ、俺が蝙蝠って呼ばれてるのは分かったがもうちょっと他に呼び方ないのか? この前鈴宮に言われたぞ。蝙蝠ってどういう意味だって」


 そう、俺がこんな話をしたのは何もウサギの話をしたかったからというだけではない。

 というのも、昨日行われた体育の授業で二日続けて俺とペアを組んでくれた鈴宮がふと思い出したように言ったのだ。


『そういえば先週君が言っていた蝙蝠君って何なんだい? バットマンは俺も好きで良く見るよ?』


 そう言われたとき俺は思った。それは俺の所属している部活動の部長が俺を呼ぶときの呼称だよ。などとどうやって説明すればいいんだ? いや、そのまま言えばいいのかもしれないが、その後「いじめられてるの?」なんて聞かれたら俺はきっと泣いてしまう。


「へえ、それは以外ね。あなた、皇さん以外にも友達いたのね?」

「そ、そうです! 浮気ですか? 浮気なんですね⁉ 私言いましたよね? 浮気すれば刺すって」


 ……そこですか。

 普通に俺に友達がいたことに驚く一ノ瀬と、まるで浮気した旦那を責め立てる妻のように興奮して席を立つ皇。そんな皇を見て俺は将来浮気はしないと心に決めた。というか一度も刺すなんて言っていない。


「いやいや、浮気って……。友達だから浮気も何もないだろ? それより蝙蝠の方だよ蝙蝠。そっちの話をしてくれ」


 本題が逸れそうなので無理やり戻す。そんな俺に皇はしばらく、

「むう~~浮気です……包丁……今日の放課後はホームセンターに寄りましょう」、

 と可愛くブー垂れていた。だが言わせてほしい。そんな彼女の思考も怖いがそれよりももっと怖かったのは彼女を落ち着かせるために一ノ瀬が、

「大丈夫よ。男は浮気するけれど私はしないから。私を選べば幸せよ?」

 と、割と本気の目で洗脳していたことだ。あいつは今のうちに止めておいた方がいいのではないかと強く思った。


「……そうですね。では一ノ瀬さん。九十九さんに蝙蝠君以外の呼称を考えてあげましょう」


 何とか機嫌を取り戻した皇が一ノ瀬に言う。


「別に私はどうでもいいけれど、まあ、あなたがそう言うのなら考えるわ……」


 やっぱり皇の頼みは聞いてくれる一ノ瀬。この部内でのヒエラルキーはいつの間にか逆転していたようだ。ちなみに俺の地位は枠外なので常に下の下。変わらないって素敵だね。



「ではそうね。……蝙蝠君を英語にしてバッド君はどうかしら?」


 しばし思考した後、思いついたらしい一ノ瀬はとてもいい笑顔で言った。


「なるほど、いいですねそれ。ではそれで――」

「ちょっと待ていっ!」


 そんな一ノ瀬の案に賛成する皇を俺は慌てて止める。というかこいつはこいつで今のを本当にいいと思ったのだろうか? さすが親子。綾さんの酷いネーミングセンスをしっかりと受け継いだようだ。


「な、何ですか⁉ バッド君、かっこいいじゃないですか!」


 皇に肯定してもらって嬉しいのか、一ノ瀬も若干頬を緩めてニヤニヤしている……気がする。

 が、こいつは分かっていない。その名に込められた一ノ瀬の皮肉を。


「皇、違うんだ。一ノ瀬は蝙蝠を英語にして”バッド”と言っているが蝙蝠は英語でbut。”バット”だ。一ノ瀬が言っているのは”バッド”。BUD。つまり駄目な人間、だ」

「あ……、ああ……。ハ、ハハ」

「ふむ……やるわね。よくわかったと褒めてあげるわ」


 俺の推理は的中していたらしい。嫌なミステリーだな。ヴァンパイアが登場しても面白くないとはよっぽどだぞ。


「よし、もう一ノ瀬は考えなくていい。というか考えないでください。代わりに皇、頼む」


 きっとこれ以上考えても一ノ瀬はろくな案を出さない。皇が考えた呼称なら嫌々ながらでも呼んでくれるはずだ。


「え、私が考えるんですか? そ、そうですね………では、名前が万才なのでバンザイさんはどうでしょう?」

「何でそれで「良くないですか?」みたいな顔ができんの⁉ 人前でバンザーイ、バンザーイって言ってるやつらがいたら呼んでる奴も呼ばれた奴も変人じゃねえか!」


 姉妹揃って酷すぎるネーミングセンスに、そういえばこいつら綾さんの子供だったなと改めて実感した。


「あら、いいじゃない。普段祝ってもらえないあなたはむしろ喜ぶべきじゃないかしら? というかあなた、下の名前万才というのね。まあ、どうでもいいけれど」

「いや、どうでも良くねえよ。というか知らなかったのかよ。俺、ちゃんとお前に自己紹介したし、入部届だってフルネームで書いて渡したぞ」

「何度も言っているでしょう? あなたの名前になんて興味はないわ。いいじゃない、バンザイ。どうせあなたを呼ぶ人間なんていないのだから、少しでも縁起がいい方がいいでしょう?」


 言って不適に笑う一ノ瀬だが、どうやら話の内容を理解してないみたいだな。


「……いいんだな? 本当にバンザイで」

「? ええ、別にあなたの呼び名なんて何でも構わないわ」

「そうか。……一応言っておくが今はお前が俺を呼ぶときの呼び方を考えてるんだけど……もう一度訊くが、本当にそれでいいんだな?」

「へ……? ……あ。そ、そうね、では九十九という名字からとって鳩君はどうかしら?」


 気づいたらしい一ノ瀬はすぐに代わりの案を出す。自分で呼んで恥ずかしい名前を他人につけるのはやめましょう。


「? はと君?」


  なぜ鳩なのかと不思議そうに首を傾げる皇。確かに意味不明ではあるが、俺はすぐに理解した。


「なるほど、九九八十一だから鳩か。お前にしてはまともに考えてくれたみたいで嬉しいが、……なんで人間じゃないんだ? というか普通に名前か名字で呼んでくれれば良くない?」


 最終的にその結論になってほしくて言っているのだが、なかなかそうならないので自分で提案する。作戦も何もないな。


「なるほど、それもそうですね。では一ノ瀬さん、お願いします」

「っ‼ ……これは皇さんのため、これは皇さんのため、これは――」


 呪文のようにつぶやく一ノ瀬。そこまで嫌がられると流石の俺も泣きそうだ。


「分かったわ。……言っておくけれどこれは皇さんのためだから。決してあなたのためではないの。それは勘違いしないで」

「は、はい」


 人でも殺しそうな目で見られる俺。嬉しさより恐怖が勝つとは思わなかった。


「で、では行くわ。……い、行くわよ」


 ただでさえ人を呼び慣れていない上に、相手は男。けれども皇からのお願いなので断れない一ノ瀬。若干頬を赤らめて目を逸らして言うその様子は、見方によってはある種の告白にも見える。


「そ、そんなに嫌なら別に蝙蝠君のままでもいいんだぞ? お前の言う通り俺を呼ぶ奴なんてそういないし」


 自分から言っておいてなんだが、無理をしてまで呼んでほしいとは思わない。


「い、いえ、確かに私はあなたを呼ぶのはとても不快で、嫌で、これ以上ないくらい身の毛もよだつ行為だけれど、けれどこれは他でもない皇さんのお願い。友人として何としてでも聞いて見せるわ」

「そ、そうか……。まあ、その、頑張ってくれ」


 もう何と言っていいか分からないが、とりあえず呼んでもらってから考えよう。



「では、………………ば、万才///」


「「っ……‼」」


 これはいかん。これはいかんよ。ツンデレのデレがここまで強力な必殺技だとは思わなかった。

 顔を赤らめてもじもじと言うその姿は何というか、いろいろな意味での背徳感が物凄い。

 てか、どうして名前を呼んだ⁉ 名字で呼ぶと思って言ったのだがまさかの名前。正直言ってサイコーです。


「一ノ瀬さん。よく頑張りましたね。偉いです、偉いですよ」


 名前を呼んだきり俯いて黙り込んでしまった一ノ瀬の頭を優しく撫でる皇。若干頭を撫でられる一ノ瀬の口元がニヤニヤと緩んでいるような気がするが、まあ気付かなかったことにしておこう。主に今後の部活動のために。



「あ、でもほら、ハードルの高い名前で呼んだ今なら名字で呼ぶくらい簡単なんじゃないですか? もうひと踏ん張り頑張りましょう!」


「……へ?」


 ……鬼だな皇さん。


 さっきまでニヤニヤしていた一ノ瀬の頬がカチンと固まった。


「も、もういいんじゃないか? ほら、もう名前を呼べたんだ。名字くらいつでも呼べるだろ?」

「……いえ、一応試しておくわ。出来ると思っていたことができなかったというのは愚かしいもの」


 以外に余裕あるな。まあ、あの後ではそれもそうか。


「では、行くわ。……つ……つくも……くん///」


 それでもやはり一ノ瀬さんはコミュ障です。若干照れたように言う一ノ瀬はいつもの凛々しい感じとは違い何というかこう、可愛らしい。


「っ……‼ こ、これは」

「ず、ずるいです九十九さん! 一ノ瀬さん私もっ、私も名前で、名前で呼んでください!」


 今度は皇が嫉妬する。

 こいつら、ついこの前まで他人とかどうとか言ってたよな? もうとっくに姉妹なんだが。いや、もっというとそれ以上の――


「分かったわ。ではもうこんな下らない名前はどうでもいいわね。さあ、皇さん、いえ、………キララちゃん、……キララちゃん……フフフ……キララ――」


 危ない奴が皇の名を連呼している。だが当の皇は自分で呼んでほしいと言ったくせに、キララという名前を連呼されて恥ずかしそうに俯いている。そんな彼女を見て更に一ノ瀬の目が怪しく光ったかと思うと、何度もその名前を繰り返す。



「……はあ、まったく、変な姉妹もいたもんだな」


 俺を置いてイチャつきだした彼女たちを見て、自然とそんな声が漏れるのだった。



 *



 コンコンコン


 二人の会話を聞き流しながら目を閉じて本を読んでいると、ふとドアをノックする音が聞こえた。

 二人もその音に気付いたようで、ニルギリがどうの、アッサム種がどうのという一ノ瀬の紅茶うんちくに皇がポケ~ッとした顔で相槌を打つという会話(?)を切り上げ、その視線を音がしたドアの方へと向ける。


「はい、開いてますよ」


 もちろん言ったのは俺だ。二人とも例に漏れず黙ったまま口を開こうとしない。

 最近分かったことだが、この中で何気に一番コミュニケーション能力が高いのは俺だったようだ。一ノ瀬は論外として、皇もクラスメイトに話しかけられると返答はするが、何を言っていいか分からず黙り込んでしまうらしい。

 まあ、皇の場合これまで経験したことが少ないためそもそも話題がないというのもあるだろうが。あとは、会話の方法を知らないというのだろうか。所謂空気が読めないのではなく、そもそも空気というものを理解していないのだ。

 それは仕方のない事なのでこれから徐々に理解して行けばいいと思う。

 一ノ瀬も皇との会話で少しずつだが人に慣れてきている。二人が仲良くなれたことはこれからの二人の成長につながる良い成果だったと改めて思う。……保護犬や保護猫の話をしているのかな?


 と、俺なりに考察をしてみたのだが、そもそも俺だって空気なんてものは少し前まではまったく知らなかった。綾さんのように分かっていてあえて壊しに行こうとする変人ではなく、どちらかというと皇のように空気というものの存在自体を知らない。(ここで言う空気は雰囲気的なやつの方の空気だ)

 それに読めたとしても、それに関係なくそもそも関わる人間がいないのでまったくもって意味がない。


 そう、コミュニケーション能力と好感度は別物なのだ。……多分。俺調べ。


 ガラガラッ


「失礼します。ここが『育才部』の部室でよろしいでしょうか?」


 そう言って入ってきたのは一人の女子生徒。胸の前に数枚の書類を両手で抱えるようにして持つ彼女は見るからに生真面目そうな雰囲気だ。

 きっちりと着用した学校指定の制服にはしわ一つなく、その一挙手一投足はきびきびとしていて無駄がない。今の学校ではあまり聞かないが、もし風紀委員という係が最も似合う生徒ナンバーワンを答えよと言われれば、誰もが迷いなく彼女の名を答えるだろう。

 そう断言できるほど清潔感漂う彼女は、眼鏡越しにも分かるその鋭い瞳をこちらに向けてそう尋ねてきた。


「「…………」」


 そしてもちろん初対面の人間は男だろうが女だろうが誰彼構わず拒絶する一ノ瀬と、何を言っていいのか分からない皇は押し黙る。というかこいつらさっきまであれだけはしゃいでいたくせに、ノックが聞こえた辺りから一言も喋っていない。

 ……なんかこう、いよいよもってこの部の存在意義が分からなくなってくるな。


「え、ええ、ここは育才部の部室です。本日はどうしました? 相談ですか? ご依頼ですか? それとも………なんだ?」


 接客というものはしたことがないのでテレビやアニメでみた受付のお姉さんを参考にしてみたが、俺自身この部のことをいまいち理解していないのに接客などできるわけもなく、淀みなく言葉と笑顔が出てきたが、結局最後は台無しになってしまった。


「うわ、九十九さん、それは猫かぶりですか? ちょっと素敵スマイルすぎませんか? それでもし最後まで完璧だったらきっといろんな女の子がデレデレですよ」

「あ、あなた今のは何? 本当にあなたの声だった? 何というか、まったくの別人のように聞こえたのだけれど。それにあの笑顔は偽物だったの? 正直あなたを信用していいのか不安になって来たわ」


 そんなことをこそこそと耳打ちする一ノ瀬と皇。きっと今、彼女たちはお客さんとの会話をすべて俺に任せ、あの人を完全無視のいないものとして俺に話しかけているのだろう。というか何気に俺の猫かぶりは好評だな。適当にやったのだがビックリだ。けどそれが一ノ瀬の信用を失うことになるとは思わなかった。まさに「どうせえっちゅうねん!」というやつだな。


「そうですか、分かりました。では要件を済ませましょう」


 だが、そんな俺の猫かぶりや一ノ瀬達の失礼な態度に眉一つ動かすことなく、そのまま話を進めるお姉さん。まさにクールビューティーだな。黒タイツが良く似合う美人な彼女はきっと特殊な性癖を持つ方々に大人気に違いない。


「どうぞおかけください」


 とりあえず前の席に座るようすすめる。ちなみにいつもはお姉さんから見て左から俺、(一席空けて)皇、一ノ瀬という並びで並んでいるのだが、流石に正面の席にこの部で一番の後輩である皇を座らせるわけにもいかないので、今は一ノ瀬と代わっている。俺と隣になることを酷く嫌がっていた一ノ瀬だったが、皇が犠牲になるくらいならと苦渋の決断。俺のガラスのハートが何枚か割れてしまったので後で通販で購入しようと思う。


「えー、ではまず、今日はどういったご用件でしょうか?」


 彼女の雰囲気にあてられてか、俺も若干丁寧な口調で尋ねる。


「その話をする前にまずこの部の部長はどなたでしょうか?」

「ああ……、おい、一ノ瀬」


 指名されては仕方がない。一ノ瀬はそもそも人が苦手というのもあるが、それより問題なのは敵対する相手には容赦なく戦闘不能になっても死体蹴りまでする勢いで攻撃することだ。何とか最悪な展開にならないことを祈るばかりだが……。


「私が部長の一ノ瀬です。本日はどういったご用件でしょうか?」


 良かった。どうやら一ノ瀬にもそれなりに常識は備わっているようだ。ただ初日の時の俺との差が凄すぎて嬉しさよりも涙が出そう。人って嬉しい時にも泣けるんだね。(グスッ)


「そうですか。では本題に入ります」


 まるで何かの会議のように淡々と進める彼女の感情はなかなかに読みとりにくい。

 だからその後に続いた彼女の一言は、まったく予想していないものだった


「単刀直入に言います。この部は部活動としての活動条件に達していません。このままでは今月中に廃部となります」


「「「――えっ⁉」」」


 この部が始まって以来、初めて全員の息が揃った瞬間だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ