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仲直りの形

「さて、では説明してもらえるかしら」


 帰って来た俺に開口一番、一ノ瀬が言った。


「ああ、……だがその前に一つ、謝罪する機会をくれ」


 言って、俺は彼女たちに深く頭を下げる。外なので土下座はできないが、せめてもの誠意は見せなければならない。


「この前は本当にすまなかった。意図したことではなかったとはいえ、お前たちを傷つけてしまったことは事実だ。もう二度と顔を見たくないと言われても仕方ない」


 無知は罪だ。考えられなかったというのはもっと悪い。

 自分の愚かさが人を傷つけていい理由にはならない。


「あなた……」

「九十九さん……。そ、そんなに重くとらえなくても構いませんよ? そこまで傷ついたというほどではないですし。それに私たちも言い過ぎだった部分は」

「それでも、俺はお前たちを傷つけないと言った。それだけは守らなければいけない」


 いくら冗談でも。いくら本気ではなくても。それでも言われて傷つく言葉はある。

 俺はあまり人を知らない。だからああやって踏み込んだ話をして、どこまでが言っていい話なのか常に確かめることでコミュニケーションをとる。だからああして距離感を誤って傷つけてしまうことも少なくない。というか、それしかしたことがない……。

 それでも、それを分からなかったからといって済ませるわけにはいかない。

 俺は傷つけないと誓ったのだから、それを破ることはつまり俺が俺を裏切ることだ。

 俺はそれをやめたけれど、それでもそこだけは捨てられない。

 それを捨ててしまうと、もはや俺は俺でなくなってしまう。そうなってはもはや生きる意味がない。その先にあるのは俺の破滅と誰かの不幸。そんな未来は願い下げだ。


「だから本当にすまなかった。それでももし叶うなら、もう一度チャンスが欲しい。今度は間違えない。だからもう一度だけ俺と関りを持ってほしい。頼む」


 俺はこれまで喧嘩や争いをしたことがない。仲直りなんて尚更だ。

 これまでは敵対すれば壊し、嫌われれば離れていく。それでよかった。

 けれど今回は違う。今回は大事にしたいと思った。繋がっていたいと思った。

 だからどれだけ軽いひびでもそれが浅いうちに補正する。

 でないと、俺はまた過去を繰り返してしまう。


「……分かりました。九十九さん。では私もあなたに言わなければなりませんね」


 言うと、皇は突然、俺と同じように深く頭を下げた。


「こちらこそすみませんでした!」

「な、……なんでお前が謝るんだ?」

「私もあなたのことをいじったり、少し言いすぎた部分もありました。けれどあなたのことを一方的に殴りつけてしまって。あなたが謝るのなら私も同じです。私の方こそお願いします。私と、仲直りしてください!」

「っ!」


 そんな互いに頭を下げあう俺たちに、その様子を隣で黙ってみていた一ノ瀬が口を開いた。


「……私は、あの時の私の行動が間違ったとは思わないわ」

「一ノ瀬さん」

「……けれど、知らないというのは私も同じよ。だからあなたが知らずに私を傷つけたとしても、私が知らずにあなたを傷つけたとしても、お互い様なのだからあなたが謝罪をするのなら私もそれをしなければならない。けれどそれは嫌。あなたに頭を下げるなんて考えられない」


 デレているのかなんなのかいまいちよく分からないな。

 だが、言いたいことはなんとなく分かる。


「だから謝らないで。私も、今回のことは少し言いすぎたと思っているし、やりすぎたとも思う。あなたがこうして頭を下げているのは理不尽だということも分かる。本当なら今、頭を下げなければならないのは誰なのかも。けれど、それでも私は私を戒めない。私が私でいるために、私は常に私を肯定する。……だから謝らないで」


 要は、一ノ瀬はこう言いたいのだ。

 私も人を知らないから間違える。けれどそれは私が私であるために否定できない。俺に謝られると一ノ瀬も謝らざるを得ないので謝るな。

 言っていることはどっかの暴君のようだが、彼女のその表情は弱弱しく。きっと様々な感情を押し殺して、それでも一つだけ、どうしても譲れないものを守ろうとしているのだと分かる。


「……分かった。なら俺は謝らない。俺は俺を戒めるけれど、お前はその逆を行くんだな?」

「ええ、……それが私の選択だもの」


 肯定することは否定することよりも難しい。物事には必ず表と裏があるから。それが人であれば尚更だ。

 ……不器用なやつだ。けれど昔の俺とはまったく別の方法で、その答えに迫ろうとしている。

 易きに流れるは人の常だけれど、それでも彼女は茨の道を()()()歩く。

 その彼女の生き方に、その先を見てみたいと思った。その軌跡を見届けたいと思った。

 だから、俺はまた頭を下げる。


「なら、やはり悪かった」

「なっ、それは」

「これは謝罪じゃない。仲直りだ。俺はもう一度皇の友達として、一ノ瀬とは部活仲間として関わりたい。だから仲直りさせてくれ」


 言って俺は右手を差し出す。


()()()()()()だ」

「「っ‼」」


 俺の言葉を聞いて、驚いた様子の二人。けれど次第に顔をほころばせると、


「ええ、友達とは喧嘩しても仲直りすればより仲良くなれる関係だと聞きました。こちらこそよろしくお願いします」

「……私は私を否定しないけど、それでもいてくれるというのならいても構わないわ。……夏までだけれど」


 そう言って右手の小指を絡めた。


「夏までなんだな?」

「フンッ。……もしかしたら、いつかあなたを肯定する日が来るかもしれないわね」

「フフ、案外もうしてるかもしれませんよ?」

「それはなかなかチョロインだな」

「前言撤回。私はあなたの存在を否定するわ!」


 そんな軽口をかわしつつ、俺は言いようのないこの感情の意味を探さずにはいられなかった。



 *



「――なるほど。皇と一ノ瀬は双子の姉妹だったのか」


 仲直りを終えた後。俺と綾さんとの関係を尋ねてくる二人にまずは二人との関係を教えてほしいと頼み、この前、皇がはぐらかした依頼の内容などを教えてもらった。


「あら? 思ったより驚かないのね。もう少しその目に熱を見られるかと思ったのだけれど」

「ああ、いやまあ、驚いたには驚いたんだがな。けど、確かに俺も最初二人を見た時、どことなく似ているとは思ったんだよ。きっと皇の目の下の泣き黒子がなければすぐに気づいたかもしれないな」


 それがあるかないかで、二人の印象はまるで違う。

 いつかも言ったように、皇は美しく儚い月下美人だが、一ノ瀬は美しいが棘のある薔薇のようだ。どちらも手に入れようとすると傷ついてしまうというところは似ているが。


「それにやっと合点がいったというのが正直な感想だな。この前、皇が言葉を濁したのも、一ノ瀬の家族に関わる話だったからだろう?」

「ええ。私のことだけならいつでも話せたのですが、それを語ると必然、一ノ瀬さんとの関係についても語ることになりますので」

「そうか。というかずっと思っていたんだが、お前のその丁寧な話し方は綾さんの真似か?」

「っ、……え、ええ。いつの間にか癖づいてしまいました」


 なるほど。皇は極端に人との関りが少なかった。最も関りの深い彼女に影響されるのは当然だろう。ただ、それが全てだとは思わないが。


「……それにしてもお前たちがあの人の娘だとは。世間様も狭いものだな。……ということは、皇がキーちゃんで、一ノ瀬はミャーちゃんか?」

「「っ⁉」」


 俺の突然の問いかけに、二人の顔が朱色に色づく。


「な、なぜそれを九十九さんが⁉ からかわれると思って言わなかったのに」

「その呼び方は何度もやめてと言ったのに母がやめなかったものよ! というかいい加減あなたと母の関係について教えなさい!」


 やっぱり娘たちには不評だったのか。俺も一度そう言ったんだが、『可愛いじゃないですか~』と言ってきかなかったからな。初めて聞いたときは猫かなんかの名前だと思ったぞ。


『聞いてください少年! この前ミャーちゃんが寝ぼけて私のことをママと呼んでくれたんですよ⁉』

『キーちゃんはとても可愛いんです! それにお勉強も凄くできるんですよ? この前教えた足し算が、昨日は三桁までできたんです。うちの子は天才ですね』

『……その子、前に僕と同い年だって言ってませんでしたか?』

『いつかキーちゃんとミャーちゃんにあなたを紹介してあげたいですね』

『その時は何て言って紹介するんですか?』

『もちろん、彼は私の浮気相手です。これからあなたたちのパパになりますよ、ですね』

『……そんなことばかり言っていたら可愛い娘さん達に嫌われますよ』

『そうですか? なら彼はあなたたちの許嫁です』

『それはなかなか萌える展開ですね。今のうちに婚姻届けにサインしておきましょうか? 鍵付きのペンダントも作っとかなくちゃいけませんね』

『ふふ、あなたもなかなかつかんできましたね。けれどいつか本当に、そんな日が来るかもしれませんよ?』

『その時は全部綾さんのせいにして逃げるかもしれませんね』

『ならその時は私があの子たちと結婚します』

『……流石ですね』

『ふふ、でもいつか、きっと会う日が来ます。その時はどうかあの子たちのこと、よろしく――』


 彼女はいつもどこか寂し気で、とぼけたことばかり言っていたけれど、キーちゃんやミャーちゃんの話をするときだけは心からの笑顔を見せてくれた。

 俺は彼女のそんな顔をもっと見たいと、いや、その笑顔を向けてもらえる彼女たちに――

 ふと、そんな昔の恩人とのやり取りを思い出して首を振る。


「そうだな。お前らが話してくれたんだ。今度は俺が話そう」


 俺はもう一度綾さんの墓石に身体を向けると、目を閉じて過去の記憶を遡る。

 知識は財産だ。

 遺産相続は問題が多いが、知識は平等に与えられる。


 俺は、今はもうここにはいない彼女を、記憶の中で生き続ける彼女の思い出を語る。

 幽霊が見えなくとも忘れさえしなければ、いつでも彼女に会えるのだから。



 **



「聞いていいですか?」

「ええ、構いませんよ。その年で初対面の女性にスリーサイズを聞けるのはなかなか見どころがありますね。ちなみに上からはち――」

「違います。お姉さんはボケですか?」

「……それはどういう意味でしょうか? お姉さんはボケるのが好きなのですか? なのか、お姉さんはボケなのですか? なのか。あと、お姉さんではなく綺麗なお姉さんです」


 あっという間に逸れる会話。通じ合いはどこに行ったのだろう?


「綺麗なお姉さんはボケなんですか?」

「プラスマイナスゼロですね。ちなみに私は私です。あなたも、あなたはあなたでしょう?」

「……なるほど。ならお姉さんはお姉さんですね」

「いえ、私は綺麗なお姉さんです」

「それはそうと、なぜお姉さんはこんなところにいるんですか? ここは僕のお気に入りの場所なので他に人がいては困るんですけど」


 彼らがいるのは一言でいえば墓だ。山の上の墓。住宅街にポツンと立つ山、というよりどちらかと言えば丘の上。その頂上はある程度整備されていて、至る所に古い墓石があった。

 彼らが座るベンチがあるのはその山の端。崖となっているため視界を遮る木々はなく、策越しに見える町の景色は絶景と言って過言ではない。


「お墓がお気に入りの場所とはなかなかユニークですね。ゴーストハンターですか?」

「……普通、お墓に来ていたらお墓参りだと思いませんか?」

「それはありませんね」


 断言するお姉さん。


「へえ、なんで言い切れるんですか?」

「あなたはここをお気に入りの場所だと言いました。つまりお墓に来ているというよりは、この場所自体を目的としている」

「それだけで言い切れますか?」

「ええ、だってあなた手ぶらじゃないですか。お墓に行くのならそれなりに荷物をもってくるものです。それに比較的新しいものがお供えされているお墓は見当たりませんし」

「なるほど。でも別に何も持っていないからと言って、墓参りではないと言い切ることは出来ませんよ?」

「そこはほら、女の勘と言うやつですよ」


 まるで探偵とその推理をためす犯人のようなやり取りだが、最後は結局それらしい。


「……まあ、正解ですけどね」

「ということはやはりゴーストハンターですか?」

「やっぱり不正解です。というかお墓の前でそんなこと言ってると叱られますよ?」

「ではその時はゴーストバスターですね」


 ……そのうち呪われても仕方のない会話だな。軽口の後、少年はふと思い出したように、


「それで、結局お姉さんはどうしてここに?」

「それは秘密です。そういう少年こそどうなんですか? ちなみに、この場所は私のお気に入りの場所でもあります」

「……別に、この場所が気に入ったから来ているというだけですよ」

「そうですか。なら私もそれです」


 泥沼のように濁した会話。


「……なるほど。ではそういうことで」

「ええ、そういうことです」


 それ以上その会話が続くことはなかった。

 しばらくの沈黙の後、おもむろにお姉さんが口を開く。


「そういえば少年。今日は平日ですが、学校はお休みですか?」


 そう。今日は水曜日、平日だ。休日でもなければ祝日でもない。

 そして彼らはそんな平日の真昼間からこんなところにいるのだ。


「今更ですか? てっきり知らないのかと思いました」

「いえ、そういえばうちの子たちは今日、学校に行かせたなと思いまして」

「まあ、今日は特に行こうと思わなかったので行かなかったというだけです。というかお姉さん、子供いたんですね?」

「それはなかなか素晴らしい考え方ですね。行こうと思えば行く。思わなければいかないとは。全ての社畜を敵に回しそうです。……あと、子供がいても私は綺麗なお姉さんなので、何か失礼なことを考えているのなら今すぐやめてくださいね?」


 今日一番真剣な声音だった。


「……僕は、僕を知りたい。僕は何なのか。何ができて何ができないのか。自分のことを知りたい」


 突然語りだす少年。脈絡どころか血が通っているかさえ怪しいほど、会話に筋道はない。


「? あなたはあなたではないのですか?」

「僕とは何なのか。どうすれば僕が僕なのか。本当の僕はどんな存在なのか。それをずっと考えて、それだけを考えて、そのために生きています」


 街を見下ろす少年の赤い瞳は、ここではないどこかを映しているようで。きっとそれは目の前のお姉さんにではなく、ただ自分に言い聞かせているだけなのだろう。


「さっき僕はこの場所が気に入っているから来ていると言いましたよね?」

「……ええ、言いました」

「思ったんです。今の自分が数分後には違う自分になっていることもある。生きている限り絶対はない。なら、人は死んだら人に成るのか。本当の自分は死んで初めて見つかるのか」

「ッ――!」


 ただの思い付きのように語ったそれは、彼がこの場にいる理由としては最悪のものだった。


「……いや、それだと僕が知ることができないから駄目か」


 生きる理由と死ぬ理由を同じだと言う少年。その年で行きつくにはあまりに早い結論。

 けれどきっと、彼は本当にそれしか求めていないのだろう。その答えにしか興味がない。

 だからその目は、人を映さない。


「少年。その答えはまだ出してはいけません。まだ人生は長いんです。きっとそのうち見つかりますよ」

「ふむ、なるほど。ではもう少し考えてみます」


 あっさりと答える少年。

 そんな少年に、お姉さんは優しく語り始める。


「……実は私、今週末にある人に会うんです。とても大切な人で、心から愛していると言えるんです。けれど私はその人にとても酷いことをしてしまって。……許されることではないんです。もう関わりたくないと拒絶されたって仕方ありません」

「なら会わなければいいのでは?」


 素で答える少年。

 そんな彼にお姉さんは優しく微笑むと、


「ええ、けれど会いたいんです。とても会いたい。会って抱きしめたい。愛していると伝えたい。……そして謝りたい。いえ、謝っても許されることではないんです。でも償いたい。彼女のために何かをしてあげたいんです」

「それがここに来た理由ですか?」

「……ええ、この場所は昔から私のお気に入りの場所なんです。何か辛い事があったり考え事があったりしたときはいつもここに来て、この景色を眺めるんです」

「なるほど。そうですか」


 本当に何も分かっていない少年は棒で返す。


「ふふ、すみません少年。お子様には難しかったですね」

「…………」


 少年は彼女の涙の理由が分からず、ただ首を傾げる。


「でもいつか、いつか分かる日が来ますよ。その時はあなたの本当に欲しいものが何か、分かるかもしれません」

「僕が欲しいものは僕の答えですよ?」


 声にした瞬間、なぜだか感じた違和感に首を傾げる少年。

 そのどこまでも深い茜色の瞳には、確かに美しく微笑む見知らぬお姉さんの涙が映っていた。



 **



「それが俺と綾さんとの出会いだな。あれからあの場所を訪れると偶に会うようになって、それでお互い近況を話すようになったんだ。と言っても、月に一度会えば多い方だったけどな」


 俺が初めてちゃんと個人として見た人が綾さんだ。彼女からは本当にたくさんのことを学んだ。……いらないこともたくさん学んだ。アダルトチルドレンと言ったとき、ショタものの同人誌みたいでエッチじゃないですか? と言っていたのには、流石の俺も携帯に例の連絡先を打ち込みかけたもんな。

 皇の話を聞いた今思うと、あの時彼女が言っていた大切な人というのはきっと皇のことだろう。あの頃はてっきり浮気でもしているのかと思っていたが、違ったようで何よりだ。


「「…………」」

「……母も大概だけど、子供の頃のあなたもなかなかに変わり者ね」

「はい。まさかあの綾さんにツッコミをさせるとは」


 あれだけ聞いて興味を持ったのはそこなんだな。


「人に歴史ありだ。誰にだって黒く塗りつぶした思い出くらいあるだろ?」


 まあ俺の場合、最初から真っ黒な思い出を塗りつぶしたところで真っ黒なのだが。


「そうね。……あなたは今でも黒歴史を量産しているようだけど」


 さすが一ノ瀬。鋭いな。


「大丈夫です、九十九さん! 私の歴史も似たようなものなので」

「「………」」


 自己の相互開示。自分の欠点や悩み事を打ち明けると、相手もそれと同等の自分の話をしなければならないと思うものだ。

 安心してくださいとばかりに目をキラキラさせる皇。けれど俺の話はともかく、皇のそれは本気で笑えない。一ノ瀬も俺と思ったことは同じなのか、二人して目を逸らす。


「さて、この話はこれでいいだろ? そろそろ本題に入らなくていいのか?」

「? 本題?」

「……なぜ私たちが今日ここに来たのか忘れたのかしら?」


 俺の言葉に首を傾げる皇。それを嗜める一ノ瀬はさながらお姉ちゃんだな。


「ああっ! そういえば綾さんのお墓参りでしたね。九十九さんがいたことに驚いてすっかり忘れていました」

「……まったく。あなたが依頼したんでしょう?」


 そんな彼女たちを見て、ふと気になったことを尋ねてみる。


「ん? そういえば、お前らはどっちが姉なんだ?」

「え? それはもちろん、……あれ? そういえば私も聞いことがありませんね。そもそも私に姉がいると教えてくれたのは綾さんではなく父なので」


 そういえば、その辺のことについてはあまり詳しくは分からなかったな。こいつらが双子だということはその事実しか聞いていない。


「そうか。まあ、どっちが姉でも大して変わらないか」


 結局二人が双子であるという事実は変わらない。ならばどちらが姉だとしても大した違いはないのだ。

 と、俺は思うのだが、どうやらそれで納得がいかない奴がいるようだ。


「ええ、けれどまあ、きっと私が姉でしょうけれどね。ええ、確証はどこにもないけれど、どちらかと言えば私がお姉さんじゃないかしら? というか私は姉がいいわ」


 ……そういえば一ノ瀬は妹だったな。やはりそういう意味では姉というものに憧れがあるのだろうか。


「そ、そうか。けどそれは皇と話し合って決めた方がいいんじゃないか?」


 流石にいきなり自分の方が姉だと言われても困るだろう。

 そう思う俺だったが、当の皇は特に気にした様子はなく、


「いえ、私も一ノ瀬さんがお姉さんなら嬉しいです。私、お姉ちゃんに甘えるのが昔からの夢だったので!」


 そう言って嬉しそうに頬を緩める。

 っ! なんだこの可愛い生物は⁉ むしろ俺が姉になりたいくらいだ。

 隣を見ると、一ノ瀬も俺と同じようなことを思ったのかニヤニヤと口元を緩めている。


「……あ、ま、まあ、それはあなたが全てを話してくれたらだけれど」


 そういえばそんな約束をしていたな。目を逸らして口元を隠しながらなんとか言えた一ノ瀬。頑張ったな。


「はい。ではその時はよろしくお願いします。……エヘヘ、いつか雅お姉ちゃんと呼ぶ日が楽しみです」

「っ‼」


 やめたげて! もう既に一ノ瀬のライフは尽きてるから! 

 後ろを向いて全力で深呼吸に努める一ノ瀬に、皇の無垢な視線が突き刺さる。

 もう既に姉妹だろこいつら。頑張って否定している一ノ瀬には悪いが、そんなことを考えて少し嬉しく思った。


 その後、二人は今日の本来の目的を果たすため綾さんの墓石へと合掌する。掃除や線香なんかは先に来た俺がやっていたので、彼女たちが買ってきたものはまた次の機会にということになった。

 二人が手を合わせて綾さんに思いを馳せている間、俺はそんな彼女たちを後ろから見守っていた。姉妹水入らずで母親と話す機会を邪魔しては悪い。やっと姉妹同時に揃って会えた綾さんの嬉しそうな顔を思い浮かべて、少しだけ胸のあたりがチクリとしたのは内緒だ。



 帰り道。同じ電車だった俺達だが、二人は同じ駅で降りた。俺はもう少し先の駅なので、そこでお別れだ。


「なあ、今更だが皇があんなに友達を欲しがってたのって」


 電車を降りた皇に、最後に気になっていたことを尋ねる。そんな俺の問いに皇はしばし逡巡し……。


「……はい。綾さんにいつか友達を紹介すると約束しましたから。だからあらためて、私と友達になってくれてありがとうございます、九十九さん」


 言って屈託のない笑みを浮かべる皇。

 けれどそれは違う。きっとあの人はこれだけじゃ満足しない。

 行きの時ほど混んでいない電車内。乗車する人はいないようだ。あと一言ですぐにドアは閉まるだろう。

 俺は皇の隣、俺と同じように何か言いたげな表情を浮かべる一ノ瀬に目を向けると、


「いや、その約束はこれから果たしていくんだろ?」

「っ……!」

「ふふ、ええまったくその通りね」


 珍しく心が通じたらしい一ノ瀬が優しい声で皇に微笑んだ。

 ドアが閉じる。

 去り際、「また明日」とそろって言われたとき、彼女たちの整った顔が記憶の中の綾さんのものと重なって見えて。……きゅっと胸のあたりに違和感をおぼえた。


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