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おすすめドリンクの形

 翌日の放課後。特別教室棟四階最奥の教室では、不穏な空気が流れていた。


「おい、一ノ瀬。お前、本気で言ってんのか?」

「ええ、というかむしろあなたの方こそ正気? もしもそれで正気のつもりでいるのなら、今すぐ病院に行くことを勧めるわ」

「はっ、お気遣いどうも。けど俺はいたって正常だ。お前の方こそ今すぐ医者に診てもらった方がいいんじゃないか?」

「あ、あの、二人とも。その辺でやめませんか? なにもそんなことでそんなにムキにならなくても……」


 俺たちの皮肉にしては幼すぎる言い合いに、皇が心配そうに割って入ってきた。

 だがこの争いはもとはと言えば皇が原因だったはずだ。一人の女の子をめぐって二人の人間が争う。そんな感じ。……片方同性だけどな。



 *



 事の起こりは数十分前。

 俺が教室に入ると、そこには自販機で購入したらしい紅茶の缶を自分の前の机に置いて、優雅に文庫本を読んでいる一ノ瀬がいた。

 そしてその前席には当たり前のように皇の姿もあり、どうやら二人一緒に教室からここまで来たようだ。

 一ノ瀬が本に夢中で手持ち無沙汰だった皇は、俺が教室に入るとすぐに出迎えてくれた。


「あ! こんにちは、九十九さん。昨日は送っていただき、ありがとうございました」

「ああ、いや、こちらこそ昨日は楽しかった。それより早いな、二人とも。一緒に来たのか?」


 ちょこんとお辞儀する皇はやはり可愛らしい。

 そして当然のように俺を無視して読書を続ける一ノ瀬さん。美しいです。


「いえ、二人で来たわけではありません。たまたま、教室を出るタイミングが同じだっただけで……」

「ん? そうなのか?」


 それにしては、ここに来るのが早すぎる気もするが。何せ俺だって授業が終わってすぐに教室を出たのだ。一ノ瀬ならまだしも、お客様の皇より遅れるとは思わなかった。


「あら、何を言っているのかしら皇さん。あなた、私が教室を出るとすぐに私の後を追いかけてきたじゃない。あれ、まだホームルームの号令終わってなかったわよ?」

「ち、違いますよ! ただ、その、私もお願いする立場なので急がなければと思いまして」


 どうやら一ノ瀬をストーカーしていた期間が長すぎて、皇は一ノ瀬を追いかけるのがデフォルトになってしまったようだ。


「……それ、お前も号令聞いてねえじゃねえか」


 当たり前のように自分を棚に上げる一ノ瀬さん。流石です。


「あら、いたのね蝙蝠君。まさか二日も続けてその不愉快な目を見ることになるとは思わなかったわ」

「お前いい加減俺だって泣くぞ?  それにお前が言ったんじゃねえか。今日から俺の入部を許すって」

「そうだったかしら? そうだとしても私が言ったのは入部を許可するではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()と言っただけよ。勘違いしないでもらえるかしら?」


 ふむ。そこを否定するのはいいが一ノ瀬さん。その言い方だと昨日の話を聞いていないやつには勘違いされちゃいますよ。現にほら。


「つ、付き合ってって……。ま、まさかお二人は……」

「……へ? っ⁉ ち、違うわ! これは別にそういう意味ではなくて」


 瞬間、皇が何を勘違いしたのか察したらしい一ノ瀬は、椅子から立ち上がって全力で否定する。少し顔が赤くなっているのが萌えである。


「ああ、そうだぞ皇。俺は昨日、一ノ瀬から熱烈なプロポーズを受けたんだ。だから悪いな、皇。お前の気持ちには答えられない。けど一ノ瀬が許してくれるなら、俺の愛人の席はお前だけのものだゴフッ」

「ぶっ飛ばすわよ⁉ 違うから、皇さん。私はただ夏休みが終わるまでの三か月間だけお試しという形での入部を許可すると言っただけよ」

「はい。私もさっきの九十九さんの言っていることを聞いてこれは嘘だなって思いました。それと九十九さん。私、言いましたよね? 浮気は認めません」


 もうぶっ飛ばしてますよ、一ノ瀬さん。

 怖いよ、皇さん。

 とりあえず話が逸れたので、無理やり戻す。これ以上は崖だ。


「それで、二人で来たわけじゃないのは分かったが、何してたんだ? さっきまで。というか一ノ瀬はちゃんと皇の相手しないとダメだろ? 一応これでも皇はこの部に相談しに来た客なんだから」

「ッ! それはっ、その、そろってからだと思って……」

「?」


 ごにょごにょと何事かをつぶやく一ノ瀬。いつもはきはきとしているこいつにしては珍しいな。一体どうしたのだろう?


「……ああ、そういうことですか。なるほどです」


 何事かを察したらしい皇が「分かりました♪」とばかりにうんうんとうなずいている。

 まさか皇が気づいて俺が気づけないとは。アホの子のくせになかなかやるじゃないか。


「どういうことだ?」

「つまりですね。一ノ瀬さんは九十九さんが来るのを待ってたんですよ!」

「ちょっ⁉ 違うから! 皇さん。あなた、ストーカーまでならまだ大目に見ていたけど、風評被害は見逃せないわね。弁護士を呼ぶことになるわ」

「待ってた? 俺をか?」

「ふふ。ええ、だってそうじゃなきゃおかしいじゃないですか? 私と一ノ瀬さんさえいれば九十九さんがいなくても相談はできるのに、私が言っても『まだ活動時間ではないから、もう少し待っていてもらえるかしら?』って言うんですよ? だから、それってつまり」

「い、いい加減にしなさい! いくらあなたでもこれ以上の妄言は見逃せないわ。それに私は、組織にはルールをきちんと守る姿勢を徹底させなければならないと思ったからであって――」


 一ノ瀬が何か言っているが、俺は今それどころではなかった。

 あの一ノ瀬が俺を待っていてくれた?

 ……いや、分かっていたことだ。一ノ瀬は同情なんかでものを見るような奴ではない。何せ出会って早々に俺の存在を拒絶してきたのだ。そんな彼女が俺を待っていたということはつまり、僅かでも微かでも俺のことを――……

 俺はこの時、一つ誓った。


「そうか。一ノ瀬、俺は絶対にお前に後悔はさせない。……今度だけは、絶対に」


 また一つ、この道化師の仮面に誓いを刻んで、俺は言った。


「っ! そ、そんな風に言われるとあまり否定できないじゃない。……まあ、せいぜい頑張るといいわ」

「ふふ、良かったですね、九十九さん?」

「ああ、やっぱり一ノ瀬はツンデレだったな。できればずっとこのまま見ていたいくらいだ」


 『ゲイン・ロス効果』で好感度ゲットだぜ! もちろん一ノ瀬にそんな気はないだろうが、もしかすると俺はいつか一ノ瀬にメロメロになっているかもしれない。


「九十九さん……。やはりあなたはあなたですね」


 なぜか呆れたような顔をする皇。どうやら俺の照れ隠しはバレバレのようだ。


 ――さて、そんな嬉し恥ずかしな甘酸っぱい空気がどうしてさっきのような殺伐としたものとなってしまったのか。

 それは、この後の皇の一言から始まった。

 俺が照れくささをごまかすために、さっきここに来る途中、玄関の自販機で買った缶コーヒーを鞄から取り出した時だ。


「あれ? 九十九さん、缶コーヒーですか?」


 話題を変えるためか、皇がそう話を振ってきた。


「ああ、さっき来る前に買ってきたんだ。この学校は校内のあっちこっちに自販機があるから楽だよな? 学校によっちゃ食堂に一つしかないってところもあるらしいぞ」

「そうなんですか? そういえば、確かに新しいだけあって凄く設備が整っていますよね」

「ああ、弁当売ってる自販機まであるからな。学食もあるのに贅沢すぎんだろ」

「へえ、それは知りませんでした。というか、私はあまり自販機というものを利用したことがないのですが、やはりあると便利なんですか?」


 自販機を利用したことがないとかどこのお嬢様だよ。


「まあ、そうだな。ワンコインとはいかないが、ポケットに小銭があれば店員と会話しなくても飲み物が入手できるってのは、俺達コミュ障勢の強い味方だと言えるな。お前もばっちりその同盟に入ってるんだから、積極的に利用することをお勧めするぞ」

「なんだか悪意を感じます。……まあ、否定はできませんが。しかしなるほど、確かに便利ですね。私、お店で店員さんに『袋必要ですか?』って聞かれると緊張してついいらないって答えちゃうんです。後ろに人がいるときなんてずっと首を横に振ってますし」

「分かる、分かるぞその気持ち。あと、『当店のカードはございますか?』とか『画面をタッチしてください』とか『警察呼びますよ?』って言われるのも苦手だ。そういう時はつい不愛想になって『あ、』とか『はい』とか『それだけは許してください』とか、そんな答えしかできないんだよな」

「最後の一つは分かりませんが、他のはよく分かります。あと、店員さんと話す時、いつも目を逸らしちゃいますね。お釣りをもらうときもつい手が触れないように少し下の方に手を出します」

「ああ、それもあるあるだな」


 基本、俺たちのようなコミュ障は他人との接触を極度に嫌う。俺と皇とでは警戒のベクトルは違うだろうが、触れないことを変わらないことだと思っているので、触れたことで生じる面倒な“何か”を恐れているのだ。


「……あなたたち、それでよく日常生活がおくれるわね?」


 そんな俺たちの買い物あるある談に興味を持ったのか、読んでいた文庫本を閉じた一ノ瀬が会話に入ってきた。


「まあ、苦手というだけで別にできないというわけじゃないからな。というか、そういうお前はどうなんだ? お前のコミュ障は俺以上、コミュ障同盟筆頭だろう?」

「っ……失礼ね。まあ、苦手ということは否定できないけれど。私はそもそもあまり外出自体しないもの。大抵は通販を利用しているわね。それか姉にお遣いを頼んでいるわ」


 近頃は便利な時代になったものだな。スマホ一つと金さえあれば指先一つで巨大ロボットさえ買えるらしい。でもそれを何に使うんだろうな? 金持ちの考えは分からんな。


「って、それお前が一番酷えじゃねえか! どんだけ人に会いたくないの? というかお前、お姉さんいたのか? なんか気の毒だな」


 妹にパシられる姉とは。……妹に使役されている俺が言えることではないが。


「あら? 知らないかしら? 私の姉もこの学校にいるのだけれど」

「そうなのか? 生憎と俺は友人が限りなく少ないんだ。そんな情報、お前くらい有名じゃないと入ってこねえよ」


 ああ、でも妹のこいつがこの学校の理事長の娘なら、その姉がこの学校にいるのは当然か。まあ、どちらにしろ知っているわけもないが。


「……姉さんに比べたら、私なんて有名でも何でもないわ」

「?」


 そう言った一ノ瀬の表情からは何も読み取れない。


「生徒会の方ですよね? 一ノ瀬さんのお姉さんって」

「ん、なんだそうなのか? それは凄いな。この学校の生徒会ってなかなか入れるもんじゃないんだろ?」

「はい。しかも一ノ瀬さんのお姉さんはその副会長らしいですよ。そのうえ入学から一度もテストで満点以外とったことがないそうです」


 さすが一ノ瀬のストーカーだな。家族のことまで熟知しているようだ。


「マジか⁉ それはもう凄いを通り越して漫画みたいな話だな」


 (にわ)かには信じがたい話だ。俺の周りでそういった人間は一人しかいない。


「ええ、まさに天才よ。姉さんは」

「っ……」


 ――天才。

 その言葉は何度聞いても俺の心をざわつかせる。


「ただ、何故そんな姉さんが生徒会長でないのか不思議でならないわ。姉さん以上に優れた人なんているはずないもの」


 一ノ瀬さんってパネエくらいのシスコンだったんですね。ツンデレ妹属性追加とはなかなかやるな。これで巨乳、ツインテールとくれば向かうところ敵なしなのだが。如何せん、最後の一つは絶望的だからな。


「そういえば、一ノ瀬さんのお姉さんのことはよく聞きますけど、生徒会長の話はあまり聞きませんね。一体どんな方なのでしょう?」

「さあ、私もあまり知らないわ。ただどんな人なのかは気になるわね。あの姉さんを凌いで学校のトップに立つような人だもの。きっととても優秀な人なのでしょうね」

「………」


 そのトップには心当たりがあるのだが。というか身内だ。まあ、俺が勝手に言いふらすべきではないので黙っておくが。


「さて、それはもういいでしょう。それよりなんの話だったかしら?」

「俺の正妻の座は誰だって話だゴフッ」

「たしか自動販売機の便利さを話していたはずです」

「ああ、そうだったわね。それで、どう? 自動販売機は便利かしら?」


 俺と皇との会話だったはずだが、何故か一ノ瀬がまとめている。俺は腹を押さえてうずくまっているので気にしなくていいよ。


「ええ、よくわかりました。今度さっそく利用してみようと思います」


 良かった。最終的には皇に自販機の魅力が伝わったようだ。


「それはそうと、さっきから気になっていたのですが、いま一ノ瀬さんは紅茶を、九十九さんはコーヒーを飲んでいますよね? 昔から思っていたのですが、紅茶とコーヒー。どちらが美味しいのでしょうか? 最近、趣味を探していて。よければおすすめを教えていただきたいのですが」


 いきなりだな。まあ、コミュ障は会話のテンポがつかめないからコミュ障なのだが。

 しかしコーヒーと紅茶か。ふむ、なるほど。愚問だな。紅茶とコーヒー、どちらを趣味にするべきかなどもはや考えるまでもないことだ。


「まあ、人それぞれ好みがあるからな。一概にどちらがいいとは言えないが――」

「ええ、趣味というのはあなた自身が好きなことをすればいいのよ。何も私たちが勧めたものを無理にする必要はないわ。けれど――」


 俺と一ノ瀬はそう前置きして、同時に口を開く。


「どちらかというと俺はコーヒーを勧めるな。むしろその二択ならコーヒー一択しかないぞ。紅茶なんて論外だ」

「どちらかというと私は紅茶を勧めるわね。むしろその二択なら紅茶一択しかないわ。コーヒーなんて論外よ」


「「…………」」


 さて、後はお察しの通りここからは前述の通り俺と一ノ瀬との激しい(醜いともいう)舌戦に続く。



 *



「あら、そんなこととは言ってくれるじゃない。ならあなたはどうなのかしら? 皇さん」

「ああ、そうだぞ、皇。これはお前の思っている以上に大切なことだ。やめろと言うのならお前の意見も聞かせてもらおうか」

「えっ⁉ ええと、それは……」


 途端、先ほどまで言い争っていた俺達は一気に皇に詰め寄ると、声をそろえて言った。


「さあ、紅茶とコーヒー。どっち好みだ?」

「さあ、紅茶とコーヒー。どちらが好み?」


「「…………」」


「真似をしないでもらえるかしら、蝙蝠君。だいたい何がコーヒーよ。どうせカッコつけてブラックなんて飲んでみても、違いなんて分かっていないのでしょう? 苦いなくらいにしか感じないのだから墨と入れ替えても気づかないわ」

「言ってくれるじゃないか、一ノ瀬。流石の俺も墨とコーヒーの色の違いくらい分かるぞ!」

「……私が言っているのは味の違いなのだけれど」

「え、……そ、そう! 味だ、味の違いだ。だいたい、お前だって紅茶なんて飲んでエレガント気取ってるが、茶葉の種類も知らないんだろ?」

「お生憎様ね。私はあなたとは違って趣味として紅茶を楽しんでいるの。当然、自分が飲んでいる茶葉の種類くらい把握しているわ。あなたこそコーヒーの種類なんて知らないんじゃないの? 知ってる? ブラックと書いてあるからと言ってそれがコーヒーの名前ではないのよ?」

「知ってるわい! それぐらい。コーヒー豆だけのやつだろ? 砂糖やミルクを入れないのをブラックって言うんだよ!」

「え⁉ コーヒーって真っ黒だからブラックって言うんじゃないんですか⁉」


 ……アホは放っておこう。


「あら、あなたでもそのくらいの常識は知っていたのね? ならコーヒー豆の生産量一位の国はどこかしら?」

「フッ、造作もないな。ずばり、答えはブラジルだ。ちなみに二位がベトナムで三位がコロンビアもしくはインドネシアだな」

「コロンビア? ベトナムはベートーベンが生まれた町でしたよね?」


 違う。ベートーベンが生まれたのはボン。現在のドイツだ。どこをどうしたらベートーベンからベトナムになるのだろう? それならまだ『弁当と便』の方が近い気がする。


「「………」」


 顔を見合わせる俺達。

 視線だけの会議の結果、皇のアホはそのうち直すこととし、今は話の邪魔なので放置することが決定した。踊らない会議は問題を問題にしない。事件は現場で起きているのだ。


「それにしてもあなた、なかなかやるわね。正直驚いたわ」


 すぐ前の会話を無かったことにした一ノ瀬は、珍しく少し感心したように言う。


「まあな。コーヒーに関しては少しうるさいぞ、俺は」


 一ノ瀬に出会って初めて褒められた気がする。というか絶対。これが褒めて伸ばす教育というのだろうか? 褒められる機会が『コピ・ルアク』くらい希少な俺は、きっとずっとタケノコのまま死んでいくな。生産者に喜ばれるぞ。


「けれど、そのくらいは一般常識の範疇よ。コーヒー好きだというのならそれなりの知識があるのでしょう? 娯楽を楽しむにもそれ相応の知識がなければならない。ピカソの作品も、知識がなければただの下手な絵でしかないもの。あなたがコーヒー好きだというのなら、当然それを楽しめるだけの知識を持っているはずよね?」


 言って一ノ瀬は挑戦的に俺を見る。

 ……いいだろう。ならば俺の溢れるコーヒー愛、とくと語ってやろうじゃないか。


「分かった。ならコーヒーの奥深さ、お前たちに徹底的に解説してやる」


 言って俺は数回咳払いすると、手元のコーヒーの缶を一口飲み、姿勢を正して語り始める。

 そんな俺の姿を一ノ瀬は相変わらず余裕たっぷりの笑みを浮かべて見ており、皇は興味深そうな目を向けてきた。


「まず、そもそもコーヒーってのは豆の質、焙煎度合い、淹れ方によって味が変わるんだ」

「ふむ、それは聞いたことがあるわね」

「ばいせん? 海鮮丼なら知っていますが」

「……どこをどうしたら豆が魚介になるのかまったく理解できないが。……焙煎って言うのはコーヒーの豆を加熱する過程のことだ。よく見るコーヒー豆って黒いだろ? あれは火を通しているからだ」

「ああ、なるほどです」

「それじゃあ、ここからが本題だ。例えば、一般的に焙煎度合いは短いほど酸味が強く、長いほど苦みが強くなると言われている」

「なるほど、より生に近いかどうかということかしら?」

「ああ、そうだ。ライトローストやミディアムローストっていうと聞いたことあるだろ?」

「……え、ええ。当然よ」

「……は、はい。幼稚園児でも知っています」


 二人とも少し答えるのに間があったが、意外と知っていたらしい。これは少しペースを上げてもいいだろう。


「コーヒー豆だって産地によって全く違ってくる。さっき言ったブラジルなんかの中南米の地域で栽培されるものは酸味と苦みのバランスが良くて、甘みのボリュームもあってしっかりとしたボディ感を楽しめるコーヒーが多いが、インドネシアなんかのアジアで栽培されるものはややスパイシーな風味が感じられるものが多い。ケニアなんかのアフリカの地域だと、爽やかでフルーツのような酸味を味わえたりするんだ。そもそもコーヒーはコーヒーノキというアカネ科コフィア属――」

「ちょっ、ちょっと!」

「????」


「生産処理にもウォッシュドとナチュラルとがあって、まあ要は種を取り出す手順の違いってだけなんだが、前者はスッキリ、後者はコクがある味わいになると言われている。他にもその両方を組み合わせたハニープロセスやインドネシア独自の方法であるスマトラ式なんか――」

「ス、ストップ! もう十分よ」


 気持ちよくコーヒーについて語っていると、妙に慌てた様子の一ノ瀬に止められた。


「ん? どうした一ノ瀬。これからが面白くなるんだぞ?」

「も、もう十分面白かったわ。ええ、あなたがコーヒーについて詳しいことはよ~~く分かったわ。疑ってしまってごめんなさい。私の非は認めるわ。けれど、本当に申し訳ないのだけれど、もういい加減黙ってもらえないかしら」

「そうか? まだまだこんなもんじゃないんだぞ? コーヒーの奥の深さは。さっき言ったブラジルやインドネシア、ケニアなんかはコーヒーベルトって呼ばれる北緯二十五度から南緯二十五度の地域に属していて、おいしいコーヒーを栽培するために欠かせないグフッ」

「い、一旦黙りなさい!」


 饒舌に語る俺の脇腹に一ノ瀬の鋭いチョップが決まった。

 な、何故だ……? 俺は一ノ瀬にコーヒーについて語れと言われたから語っているのに。というかこいつさっき俺に謝ったよね? なんで謝った直後の人間の脇腹にチョップ出来んの?


「さっきからもういいと言っているでしょう! あなたがコーヒー好きなのだということはよ~~~く分かったわ。けれど、私たちにそれを説明されてもぜんぜん理解できないの。私はそもそもコーヒー自体をあまり飲まないから」

「なっ⁉ まだまだ序の口の序の口。一般常識の範囲だぞ⁉ さっき言ったコーヒーノキで飲用に向いているのはアラビカ種、カネフォラ種、リベリカ種の三大原種しかないんだ。しかもスペシャルティコーヒーは全部その中のアラビカ種で、その突然変異のティピカやブルボン、ゲイシャなんかは――」

「だからもういいと言っているでしょうっ⁉ そんなに詳しく説明されても、せいぜい缶コーヒーくらいしか飲まない私たちには全然ピンと来ないのよ! 見なさい。さっきからあなたがわけのわからないことばかり言っているせいで、皇さんの頭がパンクしちゃったじゃない」


 言われて目の前に座る皇に目をやると、そこにはポケ~ッとした顔で、


「ゲイシャ? 芸者……まいこさん……舞妓さんマウンテン?」


 と、まったくわけのわからないことをつぶやいている危ない奴がいた。

 ゲイシャというのは、野生のコーヒーノキが多く品種の特定が困難なため、『エチオピア原種』とひとくくりにされる原種の一種で、パナマの品評会『ベスト・オブ・パナマ』に出展されたエスメラルダ農園のゲイシャが当時の史上最高価格で落札されたのをきっかけに知名度が格段に高まった、スペシャルティコーヒーの中でもとりわけ高価なものだ。個性が立った複雑で繊細な味わいで、愛好家も多い。決して日本の芸者さんのことではない。


「お~い。大丈夫か、皇? 確かに俺のマウンテンは玄人の芸者さんにも通用するだろうが、俺はそういうサービスはあんまり――」

「ちょっ、止めなさい! 不潔よ。大体あなたのマウンテンなんて精々関東の高尾山が良いところでしょう?」


 俺が適当なことを言って皇を夢の国から強制送還していると、それを聞いていた一ノ瀬が若干頬を染めて言う。おい、それは高尾山に失礼だろう? 


「不潔? 俺は別に俺のマウンテンとしか言っていないが。あれれ~? 一ノ瀬さんは一体、俺のマウンテンが何のことだと思ったのかな~?」


 もちろんそのつもりで言ったため特にこれといって別の意味は思いつかないが、これはチャンスだ。さんざん罵られた分、ここでからかってそのいつもの澄まし顔を羞恥に染めてやろう。……この言い方すっごいエッチだな。お疲れマウンテン。


「へ? ……あ、~~~っ⁉ べ、べつに何のことだとも思っていないわ! ただあなたのいやらしい視線を皇さんに向けることが不潔だと思っただけよ!」

「そうかそうか。そうだよな~。ま~さか、あの一ノ瀬さんが実はちょっとエッ――ゴフッ」

「だ、黙りなさい‼ 次そんな妄言を吐いたら容赦はしないわ」


 調子に乗った俺の腹部に一ノ瀬渾身の正拳突きが炸裂した。先ほどまで受けていた攻撃とはまるでレベルの違う鋭い突き。これは空手か? 急所を的確に狙ったその拳は俺の鳩尾をしっかりと捉えていた。俺が後ろに身を反らして受け身をとらなければ、きっと痛いでは済まなかっただろう。そんじょそこらの拳ではない、極められた本物の突き。

 俺じゃなかったら気絶してもおかしくなかったぞ、マジで。……ちょっとカッコつけてみたが、割と事実だ。流石は才色兼備の完璧優等生だな。武道までたしなんでいたとは。ツンデレにしては攻撃力が高すぎる。


「は、はい。調子に乗ってすみませんでした」


 それにしても、もう既に容赦なく殴られているがこれでも容赦していないつもりなのだろうか? ……二度と一ノ瀬には逆らわないようにしよう。

 このとき、この部内でのヒエラルキーが確定した気がした。


「皇さん。いい加減に帰ってきなさい! でないとそこの下卑た目の男が今にも襲い掛かりそうな勢いよ」

「ちょっ⁉」


 容赦なく俺と皇との友情をぶち壊しにきた一ノ瀬。

 さっきの件。どうやら相当な恨みを買ってしまったようだ。オッコトヌシ一ノ瀬。俺はシシガミに会いにいかなければならないようだ。俺としては鹿なんかよりオオカミ娘に会いたいのだが。アメだったかユキだったか……あれ? それは別作品か?


「ん……はっ! そ、そうなんですか⁉ 九十九さん! い、いくらなんでもそれはまだ早いと言いますか、ええと……」

「ちがうから‼ 俺は無実だから! 全部そこにいる一ノ瀬が勝手に言っているだけで」

「見苦しいわね、蝙蝠君。もう証拠は挙がっているの。今ならまだ情状酌量の余地はあるわ。無駄な抵抗はやめて今すぐ断頭台にあがりなさい」

「いや、それもう酌量する気ねえじゃねえか! いくら何でも俺にだって裁判ぐらい受ける権利はあるはずだ!」

「言ったわね? もう裁判を望んでいる時点で罪は明白よ。そもそも罪を犯していないのなら裁判すら受けたいとは思わないもの」

「なっ⁉ や、やはりそうだったんですか⁉ 九十九さん……。私、あなたは良い人だって信じていたのに……。そ、そういえば、今思い返すと、いつも私や一ノ瀬さんを見る目もどこか心ここにあらずという様子でした。ほんとうに、ほんとうに残念です」

「皇さん……。辛いかもしれないけれどこれが現実よ。受け入れなさい。所詮男なんて獣なの」

「う、うう~~~。いぢのぜざ~ん」


 言って机に突っ伏す皇とその肩を優しくなでる一ノ瀬。その光景はまさに信じていた夫に裏切られた若妻が女性の味方をうたうやり手女性弁護士の先生に励まされている図だ。

 ……何この茶番?


「おい、もういいだろ? 大体俺は、どちらかというともう少し標高の高い方が好みだ。お前らみたいな山とも言えねえ低品質な豆になんて興味ねえよ」

「(ピク)」

「(ピク)」

「「…………」」


 言った瞬間、先ほどまで顔をのぞかせていたお日様がまるでこれから起こるであろう惨劇から目を背けるように、急速に雲の影に隠れた。羞月閉花とはいうが、みんな恥ずかしがらずに出てきていいんだよ?

 数段暗くなった教室で、ハイライトの消えた瞳で無言で佇む二人の少女。

 心なしか先ほどから俺の本能が本気で赤信号を出しているような気がする。


「お、おーい。じょ、冗談だぞ? まさか、俺がお前らみたいな可憐な乙女を前にして興味を示さずにいられるわけないじゃないか~、まったく。君たちはもう少し冗談が分かるようになった方がいいよ、うん」

「「…………」」


 ガクガクガクガクガクガクガク

 俺の膝が尋常ではない程笑っている。いよいよもって命が危険だ。


「あの~、お二人さん? 何か言ってもらえないでしょうか?」

「「………(ニッコリ)」」


 この瞬間、俺の死刑判決が確定した。まさか本当に断頭台に上がることになるとは。

 その後、俺が三日連続で乙女たちに土下座を披露したことは言うまでもないだろう。俺の人生は土下座に始まり土下座に終わるのだ。



 *



「では、皇さん。昨日の続きだけれど」

「は、はい……」


 あの後、俺の土下座もむなしくキリストもビックリな左右同時全力ビンタを食らった俺は現在、痛む頬を机に突っ伏してひんやりとした感触に癒されていた。


「ひ、ひいのへはん? も、もうほのはなひはいいのへは?」

「うるさいわね。 人間のクズは黙っていなさい」

「九十九さん、今は私たちが話しています。変態さんはもう帰ってもいいんですよ?」

「……は、はひ。ふみまへん」


 素直に口を閉じる俺。虫歯になったことはないが、きっとこんな感じなのだと思う。

 というか、そんなことよりヤバい。本当にヤバい。何がヤバいって女の子たちからゴミのように見られることに慣れ切ってしまっている自分がヤバい。下手したらむしろ喜んでるまである。……ごめん、それは冗談だ。冗談ということでお願いします。


「で、ゴミはどうでもいいのだけれど、結局昨日は時間がなかったから要件しか聞けていなかったわね。では話してもらえるかしら? 皇さん」

「は、はい。けど、いいんですか? その、そこの変態さんに聞かれても?」


 結構ホントに涙が出そうだ。あの皇ですら、もはや俺を名前で呼ぼうとはしない。


「そういえばそうね。ゴミに耳はないと思って忘れていたわ」


 確かにそう考えればまだ人間として扱ってくれる皇は優しいな。それか一ノ瀬が鬼すぎるだけか。……きっとその両方だな。


「あ、あの」

「(ギロリ)何かしら? ゴミに発言を許した覚えはないわよ」

「ひっ」


 ごめん、撤回。やっぱ一ノ瀬は鬼どころか悪魔だ。悪魔と鬼ならどちらが怖いのか分からないが、少なくとも今の一ノ瀬の目は俺のこの赤い目よりもよっぽど怖いと思う。


「す、すいません。あの、俺、いや僕、お邪魔でしたら外出てましょうか?」

「そうね、そうしてもらえると助かるわ。出来ればもう二度と中に入ってこないでもらえると嬉しいけれど」


 悪魔に『鬼は外』されるとは。どちらかというと俺は福だろう? 貧乏神や疫病神になら転生できる自信がある。転生したら嫌われました。……してもしなくても変わんないな。

 というか、門に柊鰯を置くよりも一ノ瀬の写真でも置いておいた方がよっぽど効果がありそうだ。特に俺は絶対入れない。

「は、はい。じゃあ、また後で」

 言って俺はそそくさと教室を出た。どうやら今日も俺は蚊帳の外のようだ。

 教室を出る前に見た皇はどこか複雑そうな表情をしていた。もしかしたら昨日の俺との会話を気にしているのだろうか。俺がもしよければ聞かせてほしいと言ったから、それが出来ないことに何か思うところがあるのかもしれない。

 まったく、優しいな。皇は。

 けれど優しい人間ほど傷つけてしまうのが俺だ。だから、いつか彼女の優しさを奪ってしまう日が来るかもしれない。

 その時はどうか門の前に彼女らの写真を飾っておいてほしいものだ。

 そうすれば、鬼は中に入れないから。



 *



「では、日曜日でいいかしら? 午後一時に駅前で待ち合せでどう?」

「はい、了解です。……すみません、ご一緒してもらうことになってしまって」

「いえ、私も久しぶりに会いたかったから構わないわ。それより、誰かと一緒に出掛けるというのは初めてだけれど、服装なんかは決まっているのかしら?」

「さ、さあ? 私もまったくの初心者ですので。正装なんてあるのでしょうか?」

「まあ、とりあえず制服を着ていけば間違いないわね。結婚式もお葬式も全対応だもの」

「た、確かにそうですね。ではそれで。良かったです。どうしようか本当に不安でしたから」


 ……なんだ? この間抜けな会話は。

 皇から連絡を受けて教室に戻った俺は、世にも奇妙な会話を耳にしていた。

 教室に入ると、昨日と違いまだ一ノ瀬は帰っておらず、まだ二人で話していた。その話から察するに、どうやら昨日皇が言っていたある人には休日に二人で会いに行くということでまとまったようだ。なんにしても二人が仲良くなったようでなによりだ。

 だが、それはそれとして、だ。まさか二人とも友達と休日にお出かけするのは今回が初体験だったとは。まあ、昨日からこいつらの話を聞いていると何となく察しはついていたが。

 それにしても制服とは。俺だってそんな経験はないが、流石に正装が分からないからと言って休日に出掛けるのに制服で行こうだなんて考えたりはしない。親戚の葬儀にジャージで行って追い出されたことはあるがな。あれから二度とお年玉がもらえなくなった。九十九家七不思議の一つだ。ちなみにその中には俺の名前の由来などが入っている。


「いや、休日に出掛けるくらいなんだっていいだろ? むしろ休日に制服で遊び回ってる方が目立つぞ。まあ、女子高生をブランドだと考える奴らはむしろ積極的に制服を活用するらしいが、そうでないなら普通の服にしといた方がいい」


 といっても、こいつらは何を着ていても周囲の目を引くことだろうが。なんなら何も着ないという選択肢がベストだと思います。絶対に口には出せないが、思想の自由ということで許してもらいたい。


「あら? ならあなたは休日に誰かと外出した経験なんてあるのかしら?」

「そ、そうですよ、九十九さん。あなただって私たちと同じ穴のもぐらでしょう?」

「……同じ穴の”ムジナ”よ、皇さん。というか、その男と同じ扱いをされるのは癪だけれど、確かにそうね。あなただって人のことは言えないでしょう? 適当なことを言って経験者感面しないでもらえるかしら」


 何これ嬉しい。……ち、違うよ? 罵られていることが嬉しいわけじゃないよ? そうじゃなくて、さっきまで人以下――なんならゴミ以下の扱いを受けていたのに、今はどうやらムジナにまで昇格している。やっぱり男は出世してなんぼだね。何も言わないでもらえると嬉しいです。


「フッ、無知なお前らと一緒にするなよ? 俺の休日の予定は一年先まで埋まっている。それも全て女子と二人で、だ」


 まあ、そのすべてが妹のまなみちゃんなのだが。確か今週は土曜に先週上映が開始されたばかりの、今大人気の映画を観に行くことになっていた。


「ついに妄想の世界に逃げたのね? 落ち着きなさい。いくらあなたでも人より少し劣った生活を送る権利は多分、ギリギリ、紙一重で残されていると思わなくもないわ。きっと来世では運が良ければミミズにくらいにならなれるわよ」

「つ、つくもさん……。そんなに辛い思いをしているのなら、言ってくれれば相談にのりますよ? 頼ってください。私たち、友達じゃないですか」

「……俺、そろそろ泣いていい?」


 まさか疑うどころか慰められるとは。これならばいっそ笑われた方がまだましだ。

 ……というか一ノ瀬のはまったく慰めじゃないな。むしろとどめ刺しに来てる。人権? なにそれ美味しいの? ってくらい酷い言われようだ。運が良くてミミズって。ミミズに失礼だろ。……いや、俺に失礼だ。

 あと皇さん。優しさがいてえっす。


「言っておくが本当のことだぞ? 俺の休日はすべて妹の荷物持ちで埋まっている。この間だって、『お兄ちゃんって黙って言うこと聞いてくれてお財布出してくれるからだ~い好き』って言われたんだぞ」

「……なるほど、納得だわ。素敵な妹さんね。大事にしなさい」

「九十九さん。私も九十九さんは黙っていればいいと思いますよ。あっ、いい意味で」


 それで納得されるのも釈然としないが、妹を褒められるのは素直に嬉しいな。でも皇さんは酷いと思います。片方が優しくなれば片方が毒を吐くのだろうか、こいつらは。トレードオフだな。


「いい意味でって言っておけばいいのなら、俺はお前らにおっぱい小っちゃくていいと思いまがっはあッ、ぐへえッ」

「……まだ足りなかったようね? もう二度とその水素並みに軽い口を開けないようにしてあげるわ」

「やっぱりさっきの言葉は取り消します。九十九さんは黙っていても不愉快なので、もういなくなればいいと思います」


 随分な言われようだ。せっかくムジナにまで上り詰めたのに、また一気に平のゴミに降格である。天下りが羨ましいな。


「そうか。なら俺も、最後にこれだけは言わせてもらおう」

「「?」」


 妙に強気な姿勢の俺に、怪訝な表情を浮かべる二人。

 俺は痛む腹部を押さえながら、見目麗しき少女達に誠意をもって宣言する。


「さっきコーヒーの話をしていた時に俺はもっと標高は高い方が好みだと言ったが、あれは嘘だ。すまなかった、二人とも。本当に申し訳なかったと思っている」

「「――っ」」

「そ、そんな風に謝られると責めるに責められないじゃない」

「九十九さん……。こちらこそ、ついカッとなって殴ってしまって。すみませんでした」


 真剣な声で頭を下げる俺に、二人の怒りは大分緩和されたようだ。やはりありがとうとごめんなさいはきちんと伝えた方がいいというのは本当だな。パミパミさん凄いね。

 だが、俺の気持ちはこんなものではない。俺はあろうことか彼女たちのコンプレックスを軽い気持ちでいじったことで、二人を傷つけてしまった。謝罪したくらいではその傷は消えないだろう。そもそもの問題は、彼女たちが胸が小さいこと気にしているということなのだ。俺が謝ったところで、それを気にし続ける限りこの問題は解決しない。

 だから、俺はこの正直な気持ちを伝えて、二人が気にしている胸の大きさを、大丈夫なのだと、気にする必要はないのだと、伝えることで彼女たちの抱く不安を解決して見せる。

 それが俺にできる、二人の笑顔を守るための最善策だと信じて――


「スウっ………俺はっ、貧乳を笑わない‼ おっぱいがあろうがなかろうが、俺は男でない限り、全ての女性を愛せる男だ‼」


 どうせゴミだと言われるのなら、言いたいことを言って平のゴミではなく、ゴミの中のゴミになる。それが俺だ。ゴミ山の王に、俺はなる‼


「……よ~~~く分かったわ。どうやらさっきまでのは少し甘すぎたようね」

「……はい。もう容赦はしません」


 ガクガクガクガククガクガクガクガクガクガクガクガクガク

 震度七(最大震度)が可愛いく思えるほど震える膝を無理やり握力でねじ伏せると、俺は彼の世紀末の覇者さながらに猛々しく、己が最後の言葉を言い放つ。


「もう、やめましょうよ! 世の中には小を愛す者もいれば大を愛す者もいる。それでもみんな理性という名の蓋をして、貧乳は嫌だと、でかすぎるのも嫌だと、そう言って己が欲望から目をそらして生きているんだ! けど……、けど……っ、いくら揉みたくっても、どれだけ善行を積んでも、一生揉めないで生を終える者は世の中にはたくさんいるんだよ‼ ……だったら、だったらもう、小さいだの大きいだの、そんなことはどうでもいいじゃないか‼ 俺はそこにチャンスがある限り、手を伸ばし続ける。でないと、そんな言い訳でチャンスから目をそらして、揉めないで死んでいく者たちはまるで……っ、まるでバカじゃないですか~~~‼」


 言った瞬間、俺の目に飛び込んできたのは迫りくる少女たちの拳。

 死っ―――だけど俺は言ったんだ。言いたいことを。悔いはない‼


 ……その後、俺がどうなったかはもはや語るまでもないだろう。どうやら俺が命を懸けて未来へ繋いだ勇気ある数秒は、俺の寿命を縮めることにしかならなかったようだ。

 ……おかしいな? 俺は一体どこで間違えたのだろう。


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