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それでも部長は話さない、の形

「大変な話になったわね」


 翌日。何とも言えない空気が漂う放課後。

 昨日の結末を振り返って、頭を抱えるように眉間に手をやった一ノ瀬がため息交じりに言った。


「……どうするつもり?」


 腕を組んで何か神妙なことを考えている雰囲気を装っていた俺に、策はあるのかと尋ねてくる一ノ瀬。


「どうするもなにも、……どうにもならんだろ、このままじゃ」


「「………」」


 思考をほっぽり出すようにお手上げだと頭の上に手を置いて言うと、ジトッとしたようなムウッとしたような、そっくりな視線が注がれる。ごめんね、期待外れで。でも俺も割とどうしていいか分からなくて結構困ってんだよね。俺が困るって結構珍しいぞ。……いや、そうでもないか。最近は関わる人間が増えたおかげか困ってばかりだ。


「というかあなた、彼と面識があるの?」

「あっ、そうですそうです! 九十九さん、お知り合いいたんですか⁉」


 何というか、皇の言い方はちょっと失礼じゃないか?


「いや、俺もあんないかつい奴知らんと思うが……ちょっと自信はないな。ほら俺、男の顔なんてミジンコほども興味ないから?」

「それもどうなの……。彼の様子からして、相当思うところがあるようだったけれど」


 俺の適当アンサーにどうしようもない奴を見る目で、眉間に手をやって呆れたように言う一ノ瀬。アホな妹やマイペースな姉、ろくでもない部員を抱えて(← 他人事)、こっちの部長もなかなか苦労してるな。


「うーん、そう言われてもな。本当に何も分からないんだ」


 俺も昨日から何か思いだそうと思考を巡らせているのだが、何度記憶を遡ってもそれらしい顔はヒットしない。俺はこれまでの俺の人生のほとんどを記憶しているが、その情報量は十六年分、一日や二日ではとてもさらえない。


「あなたの過去はもはや聞くのが怖いけれど……。その、彼は空手の強者(つわもの)なのでしょう? 昔のあなたが何も考えずトラウマのような敗北を与えたとかじゃないの? ……私の時みたいに」

「っ……」


 プイッと拗ねるように付け足した一ノ瀬になんと言っていいか分からず、少し言葉に詰まる。実に鋭い指摘だ。俺も薄々そんな気はしているのだが。


「まあ何にしても、当てにならん俺の記憶を漁るより、知ってるやつに聞いた方が確実だな」


 何となく心当たりがないわけではないが、しかしそのことを今この場で思い出すのは難しい。一度黒く塗りつぶした思い出と向き合うのは、俺にだってそう簡単なことじゃないのだ。



 *



「先輩、少し時間をもらえますか?」


 空手部の部活が終わるまで育才部で時間を潰した俺たちは、帰宅しようと玄関から出て来た先輩に声をかけた。


「ッ……九十九君! それに二人も」


 以前も似たような話しかけ方をしたため耐性がついたらしい先輩は、今度は前回の様に構えをとることなくすぐに警戒を解いた。でもやっぱり夜道で子供に話しかけるのはちょっと気が引けるよね。……いや、先輩なんだけどな?


「どうぞ」

「あ、ありがと」


 駅までの帰り道、前回も立ち寄った最寄りの公園のベンチに腰掛ける先輩にレモンティーを買って渡す。ついでに一ノ瀬と皇の分も渡すと、二人は慣れた様子で「ありがとう」「ありがとうございます!」と言って素直に受け取った。


「………」


 しまった。心中でそっと呟く。

 五百円しか入っていない俺の財布の残高は火の車だ。三人分のレモンティーを買ったら、自分の分の缶コーヒーが買えなくなってしまった。


「まったく、バカね。……少し待ちなさい」


 まあいいかと平然を装ってポケットに手をいれたまま先輩の隣に腰を下ろした俺に、一ノ瀬が呆れたように言って自販機へと向かい、俺の渡したペットボトルと同じレモンティーのボタンを押す。


「コーヒーが良かったかしら?」


 そう言って、当たり前のように買ってきたレモンティーを俺の目の前に差し出す一ノ瀬。


「いや、……ありがとう」


 あまりにも自然な動作に思わず受け取ってしまった。さっき同じものを買って渡したときとは少し違う、じんわりとした温かさに掌が包まれる。


「ふふ、たまにはあなたも、甘いものを飲みなさい」

「っ……悪いな」


 ベンチに腰掛ける俺を見下ろしながら、得意げに、からかうように浮かべた微笑(びしょう)の奥の照れ隠しは実に彼女らしく、そう思えるほど一ノ瀬のことを知った気になっている自分が妙に可笑しかった。



「昨日の様子から、あなたは一徹くんと九十九くんとの関係を知っていますよね? まずは、それを教えていただけますか」


 欠けた月を見上げながら一口みんながペットボトルに口づけをした後、一つ息を吐いて呼吸を整えた一ノ瀬が言った。

 問いかけられた先輩はすぐには答えず、そっと俺達から視線を外してもう一口レモンティーを飲んだ。その後、一瞬なにか考えるように唇を離したあとのキャップをちらと眺めて、蓋をし、ぐっと何かを堪えるように唾を飲み込んで、俺達に向き直ると、


「ごめんね。たしかに僕はそのことを知ってるけど、それはほんとに僕の依頼とは関係ないんだ。彼が隠したことを僕の口からは言えないよ」

「っ……関係はあるでしょう? 彼は九十九君との対戦を条件に提示しているんです。二人の間に何があるのかを知ることは」

「うん。だけど、やっぱり言えない」


 あれだけ一ノ瀬に怯えていた先輩は真っすぐに一ノ瀬の目を見つめ返して、きっぱりと言った。


「ごめんね、僕のためにいろいろ頑張ってくれてるのに、こんなわがまま言っちゃって」


 けれどやっぱり先輩は話す気はないようで、出会った時から迷いばかりが浮かんでいたその目には一切の迷いの色はなく、どれだけ強引に話を聞きだそうと俺や一ノ瀬が言葉巧みに惑わしたとしても、きっと先輩は話さないのだろうと思えた。……なんかこの言い方だと俺達が詐欺師みたいだな。いや、口は上手いってだけだ。そう。口が上手くて腕っぷしも強い。やばいな。我が校きっての才女はアウトロー系の才能もあるみたいだ。


「ですが」

「やめとけ一ノ瀬。これ以上問い詰めたところで、先輩を困らせるだけだ」


 なおも食い下がろうとする一ノ瀬の前にさっと腕を出して制する。


「っ……だけど」

「ああ、ありがとうな、気を遣ってくれて。お前が俺の怪我のことを心配してくれてるのは分かってる」

「っ……!」


 俺は落ち着けるように穏やかに言いながら、そっと皇に視線を向ける。彼女もまた一ノ瀬と同じように俺の肩を心配してくれていた。


「……本当ですか?」


 心配してくれるのはありがたいのだが、自分の信用の無さを改めて自覚して少し悲しい。もう少し正直に生きるべきだろうか。


「ああ、もう心配ない。それに多分それを知ったところで、結末は変わらないだろう」


 大体の見通しを立てながらこれからのことを考える俺に、二人は何か言いたげな表情を向けて来る。……ん? さっきまで心配してくれていたくせに、なんで今はそんな「私、不満です!」みたいな目を向けて来るんだ?


「またあなただけ、すべて分かったみたいな顔をして」

「そうですよ、たまには私たちにも手伝わせてください!」


 ジットリとした一ノ瀬のゾクゾクする視線と、プク~っと頬をフグみたいに膨らませたうぐっと思わず声を詰まらせそうになる皇の可愛らしい視線が突き刺さる。


「いや、そんなことを言われても……。お前たちにはいつだって助けられてるぞ?」

「そんな口から出まかせみたいな適当なおべっかは不愉快なだけよ」

「なら、私が役に立てたことの具体的な例を一つ教えて下さい!」

「うぐっ、それは……」

「ほら、全然思い出せないじゃないですか! ……あれ? でもちょっと何だか自分でも悲しく」


 何一つ心当たりを思い出せない俺に勝ち誇っていた皇が、ふと何かに気づいたように言う。


「ちょっと九十九くん! 皇さんを悲しませるのはやめなさい。ほら皇さん、その、あなたにだって役に立ったことの一つや二つくらいあるわよ。そうね、例えばええと…………?」

「わあああ――っ! ぜんぜん思いついてないじゃないですかーっ!」

「ちょっ、いや、ええと、その」


 俺と同じく思考を懲らしても特にこれといった候補が見つからなかったらしい一ノ瀬がガックガックと肩を揺さぶられている。いやこのタイミングで俺に助けを求められてもどうにもできないぞ? ……まあ、とりあえず話を逸らしつつ先に進めよう。べつにあまりにも皇の役だった情報が見当たらなかったからとか、これ以上この話を続けていると本当に思っている皇の良いところや好きなところを恥ずかしげもなく大声で力説してしまいそうとか、それをしてしまうと自分の方が皇の良いところを知っているというバカな話題で一ノ瀬と血で血を洗う醜い舌戦を繰り広げてしまうことになるとか、そういうのではない。


「先輩、依頼の重複もできますが、どうしますか?」


 俺たちのバカなやり取りに少し慣れて来た様子で我関せずそっと視線を逸らしてジュースを飲んでいた先輩に、わちゃわちゃしている二人を放っておいて話を振る。

 俺の言葉の意味をすぐには理解できず、首を傾げる先輩。


「一徹はべつに俺たちの依頼人じゃないし、俺の友人でも何でもない。だからわざわざ俺がアイツの言う通りアイツに勝つとかそんなめんどくさい方法じゃなくても、先輩の依頼を解決することはできます。でも先輩がどうしてもって望むなら、俺はあいつの()()を受けてやってもいいと考えています」

「っ! ……やっぱり、君は」


 言った瞬間、口に含んでいた飲み物を吹き出しそうなほど驚いた様子の先輩はぱっと俺の目を見て何か言いかけた。しかし俺はそれ以上の言葉を遮るように、


「いいえ、俺は何も覚えてはいませんよ。ただ、それでも昔の俺が犯した過ちなら、それを清算する機会をもらえるとありがたいです」

「っ……」


 今日初めてのぞかせた俺の本音に、先輩は畏怖さえ滲む目をしていた。

 賑やかに騒いでいた二人も俺たちの間にある空気を敏感に感じ取って、先輩の言葉の続きを待つ。

 俺の目を見つめ返しながら先輩は何を想うのか。おそらく、今のこの時間が、思考の果てに行き着く決断が、迷いという霧を振り払い、先輩が望む強さへと続く道を明確なものにするだろう。

 逡巡の後、先輩は真っすぐな目で、


「お願い九十九君、一徹くんと――」


 誰よりも人の弱さを知る優しい部長の眼差しが、俺の知らない強さの形を教えてくれた。



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