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体育の形

 体育。辞書で引くと『知育・徳育に対して、適切な運動の実践を通して身体の健全な発達を促し、運動能力や健康な生活を営む態度などを養うことを目的とする教育。また、その教科』という感じで示されるその教科は俺たちの学校も例外なく週に二回。火曜と水曜に実施される。


 五日間もある中で何故二日続けて行うのか入学以来の謎なのだが、直近の問題はそこではない。


 体育。それは言わば日々勉学に励む俺達生徒に、偶には体を動かしてリフレッシュしようぜ! という息抜きのためのレクレーションに他ならない。つまりは遊び。

 故に、そのことを前提とするならば、いくら運動部の粋った連中が試合のたびにカッコつけて女の子たちにいいとこ見せようと初心者を踏み台として利用しようと、負けた理由を初心者に押し付けて逆切れしようと、経験者が初心者相手に全力でやって「下手くそとやってもつまんね~」とか言っちゃっていようと、大抵のことは許すことができる。……せいぜい、陰で集まって「あいつ何粋っちゃってんの? マジ萎えるんだけど~。調子のんな!」と罵詈雑言の音楽祭を開催するくらいの復讐で許すことができる。


 その事からも察するに体育とは、本来前提となる健康な身体の発達とともに無理やりクラスの連中と関わらせることでクラスの団結力を高め、一人一人が自分の器を自覚することでリーダーはリーダーの役割を、モブはモブの役割をというようにそれぞれが身分に合った態度をとるように誘導するという精神面での洗脳(せいちょう)を目的としているのではないだろうか。能力を持たない者は容赦なく責められ利用され、自称優しい人たちからは同情される。だから同情される立場ではなく同情する立場になろうねと、利用される前に利用しようねと、そういうことを伝えるために個人競技よりも集団で行うサッカーやバスケットなんかの競技が多く行われるのではないだろうか。

 (※あくまで個人の意見です)



 つまりだ。ここまで長々と語ったが最終的に俺が何を言いたいかというと、


『こういうときクラスに友達いなくて嫌われてる奴って、めっちゃ気まずいよね!』


 ということだ。


 何度も何度も言うが俺はクラスで浮いている。なんなら飛んで羽ばたいていると言ってもいいほどクラス中から嫌われている。翼があるはずなのに悲しみのない自由な空が見当たらないんだが、シンクロ率が足りていないのだろうか? クラスとのシンクロ率は絶対値で見れば優に四百を超えているのにな。


 さて、では問題です。三十六人のクラスで男子が偶数名いて一人も欠席がいないのに何故か一人だけ余ってしまいました。何故でしょう?


 答えは簡単。俺がハブられたから、だ。


 故に結論。

 一匹狼が一匹でいるのは見ている分にはカッコいいが、きっとそいつは群れの連中から嫌われているからハブられているだけなので、真っ赤なお鼻のトナカイさんと同じようなものだと思います!


 ――さて、ここまで(すこぶ)るくだらない、ボッチで寂しい嫌われ者の言い訳を長々と聞いてくれえてありがとう。

 聡明な皆様ならもうお分かりかもしれないが、そう。ここまで俺が屁理屈をこねまくったのは俺が今、とんでもないピンチに陥っているからに他ならない。





 馬鹿みたいに広い校庭。そこに二十人近い男たちが同じデザインの服を着て並ぶ光景はもはや宗教染みている。

 そんななか、体育教師であるおっさんのやる気のない声が響く。


「じゃあ、今日からの体育は昨日も伝えた通りサッカーだ。まずは各々ペアを作れ。あっ、いややっぱ待て。その前に……えーと、おい! そこのサッカー部、……そう、お前! ……違う、お前じゃなくてそっちの……そう、お前。悪いがちょっと皆にアップの手本を見せてくれ。お前ら、しっかり見とけ。んで、それ見終わったら適当にペア作って真似しろ。その後は試合だ。俺はめんどくさいからそこのベンチで座っとく。遊んでてもいいがくれぐれもうるさくしすぎて他の教師にばれるなよ。俺が叱られちまうからな。そんじゃ、終わったら呼んでくれ」


 言って先生は校庭の隅のベンチに座ると足を組んで眠りだした。

 おいおい、マジかよ⁉ 適当にもほどがあんだろ!

 周りの奴らも思ったことは同じなのか皆どうしていいか分からず戸惑っている。


「え、えーと……。そ、それじゃあ言われた通り俺が手本を見せるからみんな見ていてくれ」


 すると、一人の生徒が先ほど先生の立っていたところへと歩み出た。唖然としている俺たちの中で最初に口を開いたそいつは先ほど先生に指名されたやつだ。確か名前は……って、ああっ、そうだ。鈴宮だ。鈴宮真。クラスのリーダーでイケメン。おまけにいつもニコニコ笑顔を絶やさず、誰にでも優しい完璧超人の鈴宮君。いつもあのギャルの子がお熱を上げている正真正銘リア充のなかのリア充だ。

 なんだ? こいつサッカー部だったのか? イケメンでサッカー部とはまさにそれだな。つまり、俺の敵だ。


「ああ、そうだ。誰かペアがいなきゃできないな。誰か手伝ってくれないか?」


 言って鈴宮は俺たちを見渡す。それに俺は当然、華麗に目を伏せると、ほどけてもいない靴ひもを結ぶ。いやね、どうせ俺を選ぶことはないだろうけどね? けど万が一にも目があったりしたとき向こうから逸らされちゃったりしたら悲しいじゃん? だから俺はそんな悲しい思いをしないでいいように、始めから可能性を除外しているのだ。俺ってば未来見えちゃうからね。二百パーセント確実に逸らされる。


「じゃあ、俺が相手するよ。俺もサッカー部だから」


 そう言って鈴宮から少し離れた場所に走って行ったのは先ほど鈴宮が先生に指名されたとき隣で手を挙げていたやつだ。そうか、こいつもサッカー部だったのか。あの先生、サッカー部の奴としか言わなかったから恥ずかしい思いしちゃったんだな。可哀想に。

 俺は久しぶりに自分より不憫な目にあっている奴を見て、彼に少し友情的なものをおぼえた。


「そうか、じゃあタクで。それじゃあ、まずは少し離れてのパスからだ」


 言って鈴宮は慣れた動作で『タク』と呼んだ彼にパスする。

 それから少しの間、鈴宮先生による簡単なウォーミングアップの流れのお手本が行われた。



 そして今。お手本を終えた彼らは軽くリフティングでボールを遊ばせた後、爽やかな笑みで俺たちに向き直った。


「まあ、ざっとこんな感じだ。それじゃあ、次はペアだが……。どれも初心者だと難しいかもしれないから出来るだけ初心者同士や経験者同士が固まらないようにペアを作ってくれ」


 どうやらこの授業の先生はいつの間にか鈴宮先生になっていたようだ。普通こういうのは体育委員がやるのではないのだろうか? ……ごめん。普通これは教師の仕事だった。あそこでいびきかいて寝ているやつが教師だなんて信じられない学校だな。重役の連中は一体何を考えているのだろうか? ……俺が人のことを言えた義理ではないが。

 鈴宮の指示に従って各々仲のいい連中や売れ残った連中が集まってペアを作っていく。

 周りの商品たちが次第に売れていく中、最後まで売れ残った廃棄品はもちろんこの俺、九十九万才。スーパーの売れ残ったお惣菜たちの気持ちが少しわかった。

 ペアを作った連中はボールを持って散らばっていくため、あれだけ周りにうようよといた人間が今ではペアができ終わるのを確認するため友達の誘いを断って残っていた鈴宮だけだ。


「「…………」」


 気まずい沈黙が俺たちを包む。


「き、君はたしか、つくも君? だったよね?」


 ぎこちない笑顔で聞いてくる鈴宮。


「ああ。よく知ってるな、俺のことなんて」


『キャー! どうしましょう! あの鈴宮君に私の名前覚えてもらえていたなんて。か・ん・げ・き♡』

 と、普通ならなるのだろうが、生憎と俺は由利は好きだが薔薇はNGだ。

 そもそもこいつが俺のことを知っているのなんて言うまでもないだろう。俺は入学式以降、教室の誰とも口をきいていないのに全員に名前を憶えられている自信がある。


「ま、まあね。それじゃあ、行こうか」


 にこりと微笑んで去っていく鈴宮。

 いろいろと察してくれたらしい。流石だな。きっとこういうのを気配りができる紳士と言うのだろう。昨日の俺とそっくりだ。……そっくりさんはこの世に三人います。


「ああ」


 校庭の空いている方へと歩き出した鈴宮に俺も短い返事を返して続いた。どうやら今日はこいつが相手をしてくれるらしい。始めにあれだけ屁理屈をこねたのに案外あっさりしたものだった。俺って実は人気者⁉ ……ごめんなさい。鈴宮君が優しいだけでした。

 ほんと捨てられずに済んで良かった。今度からスーパーで余っているお惣菜を見つけたら積極的に買って行こうと思う。


「じゃあ、さっきの通り軽いパスからやっていくけど、君はサッカーをした経験はあるかい?」

「いや、ないな。漫画なら読んだことあるが」


 公園に行ったとき、ドライブシュートなど様々な技を真似してみたがスカイラブツインシュートだけはやろうと思ってもそもそも一緒にやってくれる相手がいなくて出来なかった。


「へえ、俺も昔読んでたな。日向小次郎に憧れてタイガーショットとか言って全力で蹴って姉さんに叱られたよ」

「なんだ、お前でも漫画とか読むんだな。あれシュートはどれもカッコいいんだけど如何せんどれも現実的じゃないからなあ」

「ハハ、確かにそうだね。摩擦でネットが焼けるようなシュートなんてとてもじゃないが打てない」

「だな。大体現実ならその前にボールが割れちまうだろって思って観てた」


 思ったより鈴宮はアニメを観ているようだ。リア充ってやつらは大体外で遊びまわっているかSNSに支配された生活を送っているのだと思っていたが、そういうわけでもないらしい。風の子とは彼らのことを言うのだと思っていた。

 共通の話題は人との距離を縮めるというのは案外間違っていないようだ。先ほどまでの気まずい空気はどこへやら。俺たちは気を遣いながらも普通に話せるようになっていた。


「そういえば君は何かのスポーツをやっていたことがあるのかい?」

「ん? いや、姉さんが通っていたからピアノと書道、フラダンスならやったことあるが……、なんでだ?」

「いや、それにしては動きがいいなと思ってね。それに今は服を着ているからあまり見えないけど君、結構鍛えてるよね?」

「そうか? 特に何をしてるってわけでもないけどな」

「まあ、あくまでも思ったことを言っただけだよ。サッカーの経験がないと言っていたのにサッカー部と遜色ないその動き。とても素人とは思えないからね」

「言っただろ。サッカー漫画読んでたって。というか、俺のことはどうでもいいんだよ。それよりお前はどうなんだ? 何でも出来るみたいだがやっぱリア充らしくサッカー部なのか?」

「俺かい? 俺はバスケ部だよ。小学生の頃にサッカーをやっていたからいろいろ知っているんだ。他にも昔から大抵の習い事はやらされたよ」

「へえ~、やっぱ完璧超人は教養からして違うんだな」


 やはりこいつはハイスペックの完璧人間のようだ。ここまでくると敵意すら抱かなくなるな。

 ……ん? バスケ部?


「あれ? お前サッカー部じゃなかったのか? 先生にサッカー部って呼ばれてたからてっきりそうなのかと思ってたが。しかも当たり前のようにこなしてるし」

「ああ、あれは多分俺じゃなくてその横のタク……宮地琢磨って奴のことを言ってたんだろうけど、先生が俺と間違えてたみたいで。タクも手を挙げてたんだけど違うってね」


 マジか⁉ あの時先生が言ってたのはそもそもあいつが間違えてたのか。ほんとあのおっさんろくでもないな。そのうち誰かに訴えられるんじゃないか? まあ、あのおっさんがどうなろうが俺の知ったことではないが。

 それにしても宮地琢磨君か。君は今日から俺の心の友だ。


「なるほどな、理解した。……なんというか、あれだな。お疲れ様」

「ハハ、まったくだよ。……そういえば君、昨日の体育の時はいなかったよね? お昼から来て甘地先生に物凄い目で睨まれていたけど」


 熱烈な視線だったな。


「ああ、昨日は愛しの妹が目覚まし時計をセットし直しておいてくれてな。おかげで昼まで寝ちまったから飯食って午後から授業出ることにしたんだよ。そういえば昨日もあったんだったな。体育」


 確かその前の授業までが第一回目の体力測定で、昨日はレクリエーションとして男女混合、クラス全員でのドッジボール大会だったはずだ。本当は四月のうちに終わっているはずだったのだが、思いのほか雨の日が続いたことや、種目が多かったことが原因で、延びに延びて今日が初めてのサッカーである。だが俺はそのおかげでこれまでは一人でなんとかなっていた。もし俺が昨日遅刻していなかったらと思うとゾッとするな。クラス全員なので当然女の子もいる。俺がボールを持つたびに悲鳴が上がったり、俺を集中的に狙ってこられたりされたら間違いなく俺は不登校になっていた。まなみ、ありがとう。お前は最高の妹だ。


「ああ、結構盛り上がったよ。君も残念だったね。もしいればきっと……あ、いや……、悪い」

「……いや、気にするな。俺の評判が最悪なのは自覚してる」


「「…………」」


 再び重たい空気が俺達を包む。あれれ~? なんで盛り上がったはずなのに俺はこんなに悲しい気持ちになってるのかな~? みんな俺という邪魔者がいない楽しい時間をすごしていたはずなのに。こんなに私の心を締め付けるのは何? まさかこれが恋⁉


 ――A.これは悲しみです。


「ああ、その、ええと……、お前さっき姉がいるって言ったか? たしかよくボール蹴って叱られてたって」

「あ、ああ、いるよ。一つ上に一人。とても優秀な人なんだけど、自分にも他人にも厳しくて、昔は行儀が悪かったりすると凄く叱られたりしたよ」

「へえ、お前でも叱られたりすることってあったりするのか?」

「ああ、もちろんさ。……というか、さっきから気になっていたけど俺だって普通の高校生だよ?」

「完璧超人のスーパーリア充であるところのお前が普通なら俺なんて何になんだよ。まあ、でも姉か。俺にも一人姉がいるが……なかなかおっかなくてな」


 というよりあれは完全に俺のことを避けている。というか嫌っている。ただその理由にまったく心当たりがない。いや、嘘。正直多すぎて心当たりしかない。けれど、それでも俺が姉さんを傷つけるようなことをしたようには思えないんだけどな。

 ほんと何で俺あんなに嫌われてんだろ?

 昔はそうでもなかったのに……と思ってやめる。昔はどうだったかなど俺はおぼえていない。というか知らない。あの頃の俺は俺の世界でしか生きていなかった。他の人間を、家族さえきちんと見てはいなかったのだ。

 向き合ってやっと嫌われていることに気づくなんて。さすが俺だ。


「へえ、君のお姉さんか。少し興味あるな」

「なんだ? ナンパか? 確かに姉さんは美人だが、お前を兄と呼ぶのはごめんだぞ」

「ハハ、そうじゃないよ。まあ、確かに君のお姉さんならきっと凄く綺麗なんだろうけどね」

「そうか。それは安心だな。というか、それを言うなら俺だってお前の姉ちゃんってのがどんな人なのか興味あるぞ。美人なのは確定としてもお前が叱られるってことは相当に気難しい性格なのか?」

「いや、そういうわけでもないんだけどね。それに叱られていたと言っても昔の話さ。今は……どうだろうね。会っても会話自体あまりないかな。嫌っているわけでも嫌われているわけでもないと思うんだけど、どうしていいか分からなくてね」


 言って鈴宮は俺がヘディングで返したボールを胸で受け軽く足で遊ばせる。物凄い技術を軽々とやってのけるその姿とは裏腹に、その目はどこか寂しそうだ。

 ……そういえば俺は昨日部活に入ったはずだったな。そしてその部の活動目的はたしか――……


「そうか。どこの家も家庭の問題というのはあるもんなんだな。……お節介かもしれないが、もし本気で何とかしたいと思ったら特別教室棟四階の一番奥の教室の戸を叩くといい。平日の六時までなら偏屈な美少女と、そいつ(いわ)く真っ赤なお目目の蝙蝠(こうもり)君がいるはずだ。何ができるかは分からないが、変化が欲しいのなら人を使ってみるのも一つの手だと思うぞ」


 今日まで俺はこいつのことをただのリア充の完璧超人で、俺とは住む世界が違うのだと思っていた。しかし、こいつだって俺と同じようなアニメを観て、家族のことで頭を抱える普通の高校生だったのだ。まあ、完璧超人のリア充だということはまったくの事実なのだが。

 返報性のルールというものあるように、御恩(ごおん)奉公(ほうこう)は双方が役割を果たして初めて対等な関係として成立する。まあ、滅びてしまったが。

 故に、受けた恩には必ずそれ以上の対価でもって報いなければならない。でなければそれはただの甘えであり、依存であり、憎むべき理不尽なのだから。

 こんな嫌われ者の俺と責任感からではあるがペアになってくれた。その恩は必ずいつか返さなければならない。そして何となくではあるが、あの部でならきっとそれができる気がする。


「こうもり? ……ハハ、よくわからないが、分かった。覚えておくよ」


 言って鈴宮は遊ばせていたボールをヘディングで俺に返す。確かこれでアップは終わりだったはずだ。


「よし、これで終わりだな。悪かったな、俺なんかとペアにならしちまって。次からはまた別の奴とでも組んでくれ」

「? 何でだい? 俺は普通に楽しかったよ。いろいろと噂は聞いていたから最初は嫌な奴なのかと思っていたけど、話してみるとむしろ面白いしいい奴だって思った。君がいいなら次の体育からも一緒にペアを組んでほしいな」

「……そう言ってくれるのは嬉しいが、俺なんかと関わっていたらお前の立場が悪くなるぞ」


 さっきまでだって俺と鈴宮がペアを組んで話している姿を怪訝な目で見てくるやつも少なくなかった。今日はたまたま鈴宮が指揮をとっていたからあれだったが、これからもずっととなるとそうはいかないだろう。きっと俺を嫌っている奴らは面白くないと感じるはずだ。そうなると自然、その矛先が鈴宮へも向いて――……。俺と関わってもこいつには何の得もない。それどころかむしろマイナスだ。


「ハハ、別に構わないさ。俺は別にみんなに好かれたいわけじゃないからね。俺が友達になりたいと思ったやつと仲良くできればそいつらを悪く言う奴らに嫌われたってかまわないよ」

「鈴宮……」

「それに、さっきから君が言ってたじゃないか。俺は完璧超人のリア充なんだろう? それなら、俺が君と関わることで君の信用にもつながるんじゃないかな? だから、これは勝負さ。俺と君。どちらが勝つか」


 言って鈴宮は爽やかに微笑んだ。

 キュンッ! あぶねえ、俺が女の子だったら間違いなく今ので落ちていた。

 ハハハ、これが本物のリア充の実力か。もう笑うしかない。


「ど、どうしたんだい? いきなり笑い出して」

「いや、やっぱりお前はリア充のスーパーイケメンだなと思ってな」

「?」

「そうだな。じゃあ、もし次も俺が売れ残ったら、……まあ、確実にそうなるだろうが、その時はまた一緒にペアになってくれると助かる」

「ああ、もちろん。こちらこそよろしく頼むよ。……さて、それじゃあ皆も大体終わったみたいだしそろそろ試合の準備かな。あ、ボール片づけてくるからもらえるかい?」


 言って鈴宮は手を挙げる。

 しかし、流石の俺もここで「それじゃあよろしく~」と鈴宮に片づけさせるわけにはいかない。今日、こいつにペアを組んでもらって助かったのは間違いなく俺の方なのだ。


「いや、俺が片づけておくよ。それにボールを入れるかごはここから反対側だからな。わざわざ行って帰るのは手間だろ?」

「そうかい? けれどそれは君が行っても同じことなんじゃ」

「同じじゃないさ。俺ならここから一歩も動かないでボールを片づけられる」

「?」


 首を傾げる鈴宮を横目に俺は足元のボールを転がして浮かせると太腿の上でリフティングさせ始める。それを見ていた鈴宮は俺が今から何をやろうとしているのか察したようだ。


「ちょっ⁉ まさかここから蹴り込むつもりなのかい⁉ そんなのプロの選手だって一回じゃ不可能だよ! それに人に当たったら危ない」

「いいや、大丈夫だ。何故なら俺はあの漫画を全巻読破したからな」

「っ⁉ そ、そういえば、さっきから気になってたんだけど、君もしかしてほんとに漫画を読んだだけなのかい?」


「ん? なんだなんだ? あいつらさっきから何をわめいてるんだ?」

「ああ、なんかボールを片づけるって言ってたけど」

「片付け? なんでそんなことであんなに鈴宮が動揺してんだよ?」

「さあ? けどあの入学式の時の奴、さっきからリフティングしだしててさ」

「リフティング? 片づけるんじゃないのか?」

 

 ……外野がうるさくなってきたな。俺たちのやり取りを(というか鈴宮のわめく声を)聞いた連中がこちらを見て騒いでいる。

 なんでボール片づけるくらいでそんなに注目されんの? これもやっぱり鈴宮のご加護なのだろうか?


「さあな。それじゃあ、いっくぞ~」


 トーンッ


 俺はまったく締まりのない声とともにリフティングしていたボールを気持ち強めに上げると、ボールかごに向かって思いっきり蹴り上げた。


「「「「「「…………」」」」」」


 みんなが押し黙る中、ボールははるか上空へと昇っていく。そしてそろそろ物理で習うであろう鉛直投げ上げの実験同様、あるところにまで到達するとそこからは自由落下を始め、美しい上向きの放物線を描くとまるで逆再生かのようにストンとかごに収まった。入った衝撃で落ちてこないようボールとボールの隙間を狙ったのでうまく衝撃が吸収されたようだ。

 静寂に包まれていた校庭に、生徒たちの興奮した声が響く。その声で爆睡していたおっさんが飛び起きていたのは笑った。

 そんな彼らの声を尻目に俺は未だにポカンとしている鈴宮にからかうように言ってやった。


「どうだ? これで少しは俺を頼る気になったか?」

「っ……!」


 言った瞬間、俺の言葉に困惑していた鈴宮だったが、徐々にその意味を理解したようだ。


「……ハハ。ああ、やっぱり君は只者じゃないな」


 鈴宮は爽やかな笑みを浮かべて言う。

 そう。俺がわざわざこんな目立つような真似をしたのは別に、さっきから鈴宮がカッコよすぎて悔しかったからとかそういうわけではない。……ごめん、嘘。ほんとはそういうのもちょっと思った。

 さっき俺はペアなし地獄から救ってくれた礼に、本当に困ったら『育才部』に来いと言った。しかし、いくら少し馴染んできたとは言っても今日知り合ったばかりの変な奴になんてなかなか頼りづらいだろう。そもそも俺たちのことを何も知らないのだから頼っても解決できるのかなんて分からない。加えて俺たちの部には何一つ実績がないのだから尚更だ。というかきっとそんな部があること自体知らないかもしれない。

 他人を使うのも一つの手だと言ったが、その他人が使えないやつなら意味がない。だから俺は鈴宮に「俺は使える奴かもしれないぞ」ということを売り込む必要があった。要はバカには頼れないだろうから俺はバカじゃないよってことを言いたかったということだ。……いやまあ、俺がバカでないかどうかというところは置いておくとして。

 恩は返したいがそれを返すにも資格がいる。返せるだけの実力があるかもしれないということを伝えたかったのだが、どうやら聡明な鈴宮君はそんな俺の考えを理解してくれたようだ。


「まあな。なんたって俺は(よろず)の才を持つ男だからな」

「? ……ああ、そういえば君の名前は万才だったね。……それにしても変わった名前だね? 普段どうやって呼ばれているんだい?」

「普段? ……そういえば俺これまで母さん以外から名前で呼ばれたことないな」


 知っての通りこれまで俺に名前を呼ばれるほど仲良くなった友達はいない。というか友達自体皇が初めてだ。そうなると自然、俺が名を呼ばれるのは家族からということになるのだが……。

 妹のまなみはいつも俺を「お兄ちゃん」と呼ぶし、姉さんは俺を呼ぶときはいつも「あんた」だ。ちなみに唯一名前を呼んでくれる母さんは「さいちゃん」。……さいちゃんなのだから仕方ない。


「そ、そうか……。なんか、その、わるい……」

「ん? ……ああ、いや、気にするな。そもそも俺の名前は変わってて呼びにくいからな」

「そうだっ! なら俺が君を名前で呼んでいいかい?」

「ん? まあ俺は別に構わないが。いいのか? 俺を名前で呼んでたらお前が俺と友達みたいになるが」

「? 何を言っているんだい? 俺たちもうとっくに友達だろう?」

「え⁉ マジで⁉ 俺達ってもう友達だったのか? ど、どうすればいいんだ? 金か? それとも何かの会員に登録するのか?」


 知らなかった。これはあれかな? 初回一か月は無料とか言って会員登録させて、いざ一カ月たってみると解約するのにめちゃ手間かかるとかいうやり口かな? そうなるのが面倒だから俺は大抵プリペイドカードを利用して始めから金を支払っているのだが。

 引き落としにするとマジでヤバいからな。二度と妹に土下座するわけにはいかない。


「ち、ちがうよ! これだけ話して仲良くなったんだ。もうとっくに俺達友達だろう?」

「マジか⁉ 俺達って仲良くなったのか?」


 凄いな、リア充ってのは。いつの間にか俺はこいつと仲のいい友達になっていたようだ。知らない間に借金の保証人になっていたり、まったく見覚えのない大きなツボを買わされていたような気分だ。きっとこいつら詐欺師に向いてるな。


「そうだよ。それとも俺と友達になるのは嫌かい?」

「いや、別に嫌ってわけじゃないが……。これまで男友達なんてできたことがなかったからな。少し戸惑っているだけだ」

「男友達? なんだい、男の友達はいないけど女の子はいるのかい?」

「まあ……、そう言うと少し誤解が生じるが。昨日初めてできた友達が女の子だったというだけだ」

「ああ、なんだ。そういうことか。……ん? 昨日初めてできた友達?」

「ああ。昨日俺、初めて友達ができたんだ」

「え? その年で初めての友達?」

「そうだな。この年で初めての友達だ。相手のそいつも俺が初めての相手らしい」

「……君の方こそその言い方だと変な意味に聞こえるんだけどね。それにしてもそうか。ということは、これで俺が二人目の友達ということになるね?」

「ああ、友達なら重婚ではないからな。って、結局俺達って友達なのか?」


 いまいち友達というものがどういうものなのか未だよくわからない。少し話しただけでも友達なのなら今頃みんな友達百人いるはずだ。……当然俺はそのみんなの中には入らないが。


「そうだね。君が良ければ俺は友達になりたいと思っているよ」

「そう言ってもらえるのは嬉しいがほんとうにいいの……いや、分かった。……その、俺もお前と友達になりたい……かもしれない」


 未だに俺と友達になりたいなんていう言葉が信じられずその真意を聞き返そうとして、それが野暮だということに気づいた。友達になってもいいではなく、俺と友達になりたいと言っているのだ。哀れみでなってくれると言うのならべつにいらない結構ですと答えるのが俺だが、少なくとも鈴宮はさっきの話を聞いても俺を対等な存在として見ている。そのことだけで彼の言葉を信じる理由は十分だ。


「ハハ、俺もさ。こんな風に誰かと友達になったのは初めてだけど、友達になってこんなに面白そうだと思ったのも初めてだよ。これからよろしくな、万才」


 言って鈴宮は右手を差し出してくる。これはもしや握手か? 握手なのか?

 昔掃除中に同級生の女の子が手を差し出してきたので握手だと思ってその手を握ったら顔を真っ赤にして逃げられたからな。それからは勘違いしないように必ず確認している。


「これは握手ということか?」

「あ、ああ、そういう意味だね。……君はもう少し常識を覚えた方がいいよ」


 やはり握手だったようだ。少し酷いことを言われているようだが握手の意味くらい知っている。握手とはローマ時代のヨーロッパで攻撃の意志がない事、武器を持っていないことを相手に伝えるため、利き手を差し出して示したのが始まりだと言われている。その頃の握手は今とは違い手を大きく上下に振って武器を隠し持っていないかも調べたそうだ。


「いや、そういうことではないんだけどね」


 そういうことではないらしい。ならいったいどういう意味なんだろうな?


「……まあ、確実に迷惑をかけることになると思うが、これからよろしくな。鈴宮」

「あはは、そこは『(まこと)』じゃないんだね?」

「いや、そうしようと思ったんだけどな。けど、なんか恥ずかしくて」


 人の名前なんてそれこそまなみくらいしか呼んだことがない。昨日は皇をキララキララと呼んでいたが、それはあいつの名前をからかっていただけだ。なのでこういう普通に友達の名前を呼ぶとなるとどうしても緊張してしまう。


「ハハ、じゃあ、そのうち気が向いたら呼んでくれ。あらためてよろしく。万才」

「ああ、よろしく。鈴宮」


 言って俺たちは握手した。

 なんだか照れくさいがそうか、これが握手か。悪くないな。

 初めてできた男友達がまさか俺とは対極にいると思っていた鈴宮だとは。

 人生何があるか分からないものだ。



 その後、二チームに分かれた俺たちはサッカーの試合を行ったのだが、結局俺は最後までベンチを温めているだけだった。……嘘、ごめん。俺がいるせいでこちら側のベンチの空気はとても冷たかった。六月なのに不思議だねだねフシギダネ。

 どうやら鈴宮一人と友達になったからと言って、俺がクラスの嫌われ者であるということには変わりないらしい。まあ、分かっていたことだが。


 前に先生と話したとき、温かいものに触れていた時間が長いと寒さもまた際立つと言ったが、やはりその通りだ。いつもなら俺が嫌われてハブられて無視されることなどなんとも思わないが、今日は少しだけ心が重たくなったような気がした。


 これは俺が弱くなっているということなのだろうか?

 こんな経験を積み重ねていった先には、弱い自分が待っているのだろうか?

 

 右手に残る温もりと空気の冷たさ。俺は冷めないようにとその手をポケットに突っ込んだ。

 未来の自分。その姿を想像して思う。


 どうか、その時鏡に映る俺が、弱い自分でありますように。


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