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強い後輩、の形

 放課後。

 先輩は育才部の部室で先日俺に語った内容と同じ話を、今度は俺達全員にもう一度語った。

 現在、空手部のキャプテンである矢渡先輩だが、自分の強さに自信が持てず、キャプテンとして上手く部員たちを引っ張っていける自信がない。そんなとき新しく入部してきた一年生に自分よりもよっぽど強くてキャプテンに相応しい存在がいて、実質的には彼がキャプテンの役割を果たしている現状。

 そんな状況を変えたくて、強さを求めて俺たちの部を訪れたこと。

 強くなるための目的がはっきりしないまま修行を続けたところで意味がないとわかっていて、それでもそんな惨めな話をするのが恐くて言い出せなかったこと。

 弱さを克服したくて始めた空手で、期せずして不相応な立場になってしまって、逃げだすこともできないまま自分の弱さを恥じて、自分とは真逆の強い後輩に役割を押し付けてしまっている。それが悔しくて惨めで恥ずかしくて、勇気を出して俺達に相談したこと。

 赤裸々に告白される先輩の本音を、俺達は黙って聞いていた。



「……では先輩は、本当はどうしたいんですか?」


 話を聞き終えた後、一ノ瀬が問うた。


「僕は……」


 何かを答えようと口を開いた先輩だが、それ以上の言葉が出てこない。自分の気持ちに自信がないのか、将又(はたまた)まだ結論は出ていないのか。


「弱さを克服して少し強くなったとして、それだけではおそらく、先輩の抱える根本的な問題は解決しない。……でしょ?」


 一ノ瀬に問われる。


「……ああ。強さとか弱さとか、そういう話だけなら、修行を続けていればいつかは解決する」

「つまりそうではないから、こうして先輩の本音を聞き出した……ということでしょうか?」


 いつになく積極的に二人が思考を巡らせている。俺と同じく、多分二人も共感してしまう部分があるのだろう。もっとも、立場で言えば俺と三人は真逆に立つことになるかもしれないが。


「……僕はキャプテンになりたかったわけじゃない。ただ、昔から男なのに体が小さくて力が弱いことがコンプレックスで、少しでも強くなりたいと思って空手を始めただけだった。そんな僕がキャプテンとしてみんなを引っ張っていくなんて……っ。……とてもできないよっ」


 弱音だ。そしておそらく本音でもある。

 自分から望んだわけじゃなくて、押し付けられるように任されたキャプテンという大役。それは高校から空手を始めたばかりの先輩にとって、とても抱えきれるものではなかった。


「……正直、もう辞めようかなとも思ってたんだ。僕がいなくても、彼がいれば部活は大丈夫。僕がいる意味って、あるのかな……って」

「「「………」」」


 誰も口を開かなかった。

 そしてそのことに、俺は少しだけ驚いていた。一ノ瀬が何も言わなかったからだ。

 依頼のこと関係なく、一ノ瀬雅は弱さを許さない人間だった。赤の他人の勝手な弱音など、そんな彼女が認めるはずもない。


『辞めたければ辞めなさい。あなたの言い訳に付き合っているほど暇じゃないのよ』


 数日前に同じことを話していれば、きっとこれと似たようなことを言って突き放されていただろう。弱さを否定し強くあることを生きる意味と考えていた一ノ瀬にとって、弱音なんて時間の無駄でしかない。そもそも弱音を吐く人間の心情を理解できない。なぜなら彼女の中には弱さを受け入れるという選択肢が始めから無くて、それでも努力でその生き方が成立してしまうほどの才能を持ってしまっていたから。だから他人の弱さに気づけない。だから不安を吐き出し弱さを語るという行動を理解できない。それが以前の一ノ瀬だった。

 でも今は違う。

 先輩の本音を聞いても失望せずに本当の依頼を見つけ出そうとする今の一ノ瀬は、人の弱さを知っている。弱さから目を背けて盲目的に正しさを追い求める彼女の姿は、今はない。


 言葉にして初めて理解した自分の本音に戸惑う先輩に、かけるべき言葉が見つからない。

 だからこそ、最適解でもって道を示した部長の姿に、言いようのない感慨深さを覚えた。


「意味があるかどうかは自分の目で確かめなさい。行くわよ」

「? どこか行くのか?」


 困惑する俺達に、


「……決まっているでしょう? 矢渡先輩のいる意味を、見つけに行くのよ!」


 あの日のやり直しをするようにきっぱりと言った一ノ瀬の姿をみて、人の成長から感じる月日の経過は温かいものだとしみじみと思った。



 *



 二度目の空手部の訪問は一度目の時と違いスムーズだった。それには三つの理由がある。まず一つは二度目ということもあって空手部の練習している場所が始めから分かっていたこと。二つ目の理由は矢渡先輩が一緒だったこと。先輩の関係者ということで他の部からも変に意識されずに済んだ。

 そして最後の三つだが、おそらくこれが一番大きな理由。……俺が始めから殺気を振りまいていたからだ。


「あはは……。相変わらず凄いね、君は。君がいるだけで、いつもの何倍も空気が重たく感じるよ」


 生徒会の関係者として空手部の練習風景を取材に来たと説明し傍で観察する言い訳をでっちあげた俺たちは、格技上の隅で彼らに説明した通り空手部の練習している様子を観察しているのだが、前回のような不躾な視線が注がれないよう始めから威圧していた俺に、額に汗をにじませた先輩が言う。


「本当にね。一度手合わせしたから分かるけど、あなたの実力は底が知れない。真正面から勝負を挑んで勝てる未来がとても想像できないもの。そんなあなたに殺気を向けられて、さぞかし居心地の良い空間なのでしょうね」


 涼しい顔で言って空手部の部員たちを煽っていく一ノ瀬。……こいつ、この前のこと結構根に持ってたんだな。


「? 皆さん確かに表情が強張っているように見えますが、特になにも……ハッ! もしや私、すっごく強いのでは⁉」


 キョトンとした顔で空手部員たちを観察していた皇が何かアホなことを言っている。


「……残念だけど、それは違うわ皇さん。九十九君が威圧しているのはあくまでこの()()()()()()()()()()()。彼の向ける殺気の矛先に、私たちが含まれていないだけよ」


 妹がバカなことを口走っている姿にちょっとだけ苦笑いを浮かべつつ、一ノ瀬が説明する。


「っ! クッ…ううっ……な、何で僕まで……」


 一ノ瀬の要望通り先輩にも特別にサービスすると、汗だくだくの先輩が眉を八の字に曲げてしんどそうに言う。我慢しろ、これも修行だ。文句なら師匠(一ノ瀬)に言ってくれ。比古清十郎くらい厳しいけど。飛天御剣流習得できるレベル。


「むう~……残念です。……というか、皆さん普通に使っていますが、そもそも殺気って何なんですか? アニメや漫画の中では聞きますが」


 ちょっとだけぷうっと可愛く頬を膨らめた皇が腕を組んで首を傾げる。う~んあざとい。そういうことを本気で意図なくやってるところが流石、綾さんの娘だと思う。


「そうあらためて聞かれるとちょっと恥ずかしいが。……殺気ってのは読んで字のごとく、()()()()()()()()()()()だ。……そんな顔するな。俺が犯罪者みたいだろ」


 言った瞬間、皇が怯えたような目になったので、慌てて訂正する。


「勘違いするな。べつに本当に殺そうってわけじゃない。ただ、もしいざ本当に実行しようとした時、確実にそうできるようなイメージを持っているってだけだ」

「? ただイメージしているだけ……ですか?」

「ええ、彼がしているのはあくまでイメージ。例えば彼と一対一、空手部全員と彼、……それこそこの格技上にいる全員と彼、そのすべてで確実に全員を必殺するというイメージを、恐ろしく具体的な段階で、細かく現実的にイメージとして……持っている」


 自分で言いながら、そのあまりにも常軌を逸した能力に説明している一ノ瀬自身が引いていた。


「まあ、そういうことだ。あくまでイメージだけどな。ただ、それがほぼ確実に実行できるほど濃密なイメージは、言い方を変えればいつでも実現できる『未来』だ。想像できることは行動できる。イメージを持った段階で、俺にとってはそれが真実にだってなる」


『……っ』


 少し具体的に説明しすぎたせいか、みんなの表情から冗談の色が消えて強張っている。というかよく見ると、空手部や他の部の連中の中にもちらほら聞き耳を立てているのが見える。……もう少し脅しておくか。


「……まあ、そんな感じだ」


 要望通り答えてはみたが、怖がらせるのは不本意だ。


「ありえない……と、本当は言いたいところだけれど、実際に目の当たりにしているのだから受け入れざるを得ないわね。……皇さん、あまり深く考えてはだめよ。要は檻のない動物園でトラやライオンを前にしたときと似たような恐怖をみんな感じているの」


 すこぶる分かりやすい説明で皇を納得させてくれる一ノ瀬さん。猛獣扱いというのは少し気になるところだが、確かに俺はオオカミだからな。夜道には気を付けてほしい。


「なるほど。九十九さんはコウモリさんではなく、トラさんだったんですね!」


 ……なんでそれで「分かりました!」みたいな顔できるのか謎だが、コウモリやらオオカミやら(とら)さんやら、忙しい男だな俺。まったく、男はつらいよ。



 *



「みんな集合!」


 しばらく殺気を振りまいて空手部の練習を邪魔していると、休憩時間なのか、自分も練習に加わっていた先輩が部員たちを集めた。


「ちょっと休憩の前に紹介させて。こちら生徒会の応援でうちの部の取材にきた育才部のみなさん」


 自己紹介の場を用意してくれたようだ。


「……こんにちは。部長の一ノ瀬です。……今週末行われる空手部の大会について取材させていただきたいので、邪魔にならない範囲で取材にご協力ください」


 以前先輩が言っていた大会のことか。下手に出すぎず、かといって高圧的ともとられない絶妙なラインだ。とっさの言い訳にしてはなかなかやる。もし何も思いつかないようならフォローを入れるべきかと思っていたが、必要なかったようだな。

 俺と皇は部長に続いて簡単な自己紹介を続けた。俺たちの自己紹介……というか俺の自己紹介を聞いてみんな顔を引きつらせていたが、気のせいだと思う。まるで一ノ瀬や皇に邪な視線でも向けようものなら俺に殺されるんじゃないかってくらい、みんな極端なほど二人に目を向けようとしない。……ちょっとやりすぎたか?


「ごめんね、それじゃあみんな休憩いっていいよ。……あ、一徹くんはもう少しだけ残ってくれるかな?」


 他の部員たちが休憩に向かうなか、一人明らかにガタイの良い生徒が呼び止められた。


「ウっス。水飲んでからでいいスか?」

「あ、うん。ごめんね……」

「……うス」


 普通の体育会系の先輩と後輩のようなやり取りだが、あまりにも体格が違うせいで見た目だけではどちらが先輩か分からなくなる。向こうに高圧的な雰囲気は全くないのに先輩が無駄に縮こまっているせいで、あっちはあっちでちょっと気まずそうだ。

 っ……!

 妙に居心地の悪さを覚えたため、先輩になぜ一々謝るんだと聞いてみようとしたら、一ノ瀬に手の甲をギュッとつねられた。なぜバレたんだ?


「なるほど。彼ですか?」

「……うん。あはは」

「ほえー。強そうですもんねー」


 惨めさを誤魔化すように曖昧に笑ってみせる先輩に、皇が適当な相槌を打つ。


「お前……。幸せな奴だな」

「はい……?」


 つくづくアホの子だなとため息が漏れた。


「……あの人、唯一九十九君の殺気に動じてなかったわ。正直、私より……」


 不思議そうに首を傾げる皇に一ノ瀬が言う。


「っ! そんな……」


 素直に一ノ瀬が敗けを認めたことで、皇もようやくあいつの異常さが分かったようだ。


「二人の目から見ても、彼はそう見える?」


 ちょっとだけ部員を褒められて嬉しいのと、一ノ瀬が太鼓判を押したことで、改めてあいつの強さを認識したことに対しての嫉妬や恥辱を孕んだ目で、先輩が言う。


「そうですね。体格や立ち振る舞い、練習の様子を少し見たくらいなんで確実なことは言えませんが、おそらく高校生全体で見ても五本の指には入る実力者でしょうね」


 とはいえ俺もべつに空手について詳しいわけではないので、はっきりしたことは分からない。ただ筋肉の発達具合や熟練度を考えると、『達人』と言わるレベルに限りなく近いのは確かだ。


「実は彼、中学の全国大会で優勝してる実力者で、この学校にも推薦で入学してるんだ」

「推薦ということは、五組の生徒かしら? たしかに今年は例年より優秀な人が多いと聞いたけれど」


 ふむと顎に手をやって納得したように言う一ノ瀬。一組から四組までは普通科の生徒なのだが、五組は特別推薦で入学した生徒専用の教室だ。普通科は一クラス約四十人いるのに対し、二十人弱の彼らは主に部活動に重点を置いており、授業カリキュラムも特殊なため俺達普通科の生徒よりずっと科目が少ない。また学費も普通科の半額というなかなかVIPな待遇だ。その分、学校からは部活動での活躍を大いに期待されており、たまに郊外からメディアの取材が来ていたりするプチ有名人だ。つまり彼は以前、甘地先生が言っていた天才君たちの一人ということだろう。……なんだそれ? あいつと話す前からちょっと肩身が狭くなってきたというか、先輩の気持ちが何となく分かって来たんだけど。


「へえ、凄い人なんですねえー」


 ぽけーッとした顔で適当な相槌を打つ()()()()()の人がいるが、こいつは多分よく分かっていない。


「………」


 お姉ちゃん案件だぞと一ノ瀬に目をやると、なかなか味のある表情で頭を抱えていた。アホな子ほどかわいいとは言うが、ちょっと心配になるレベルかもしれない。いや、可愛いんだけどな? こう、犬とか猫を愛でるような可愛さだ。出来ない子ほど……っていうね?

 まあ皇のアホは最悪一ノ瀬が(喜んで)養ってくれるだろうと諦めて、そろそろ彼が帰ってくるだろう方をちらと見る。


「それにしても、お前が素直に負けを認めるとはな」


 こいつも随分素直になったなと思いつつしみじみと言うと、


「あら、いつ私が敗けを認めたかしら? 私は体力的には彼の方が上だと認めただけよ」


 こいつ……。

 負けず嫌いは変わってねえなあ!


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