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正しさを失った少女、の形

 私はずっと正しいと思っていた。

 正しく生きて来たと思っていた。


『あなたはあなたのままでいいんです。あなたらしく、あなたの望む人生を歩んでください』


 私は母のその言葉に恥じない生き方をしてきたはずだ。

 完璧で、完全で、不変で正しい。

 そういう人間になりたくて、ならなければいけなくて、そういう人間が私であると証明したかった。

 勉強もスポーツも、何でもできる隙のない人間。

 常に余裕を身にまとう人間。

 常に正しくて、決して誰かを傷つけたりしない人間。

 自分だけでなく誰かを気に掛ける優しい人間。

 温かくて優しくて、笑顔一つで心を癒してくれる、そんな人間。


 私はそういう『完璧』な人間になりたかった。完璧で強い人間になりたかった。

 そうなれるように努力してきた。

 そんな人間になることができれば、私は母の言う『私らしい生き方』を、私が私として生きるという母の望みを叶えられると思った。

 明日の私の形さえ見えないこの世界で、不変の存在になりたくて、そのためにずっとずっと努力してきた。


 それなのに――……


 ――お前は弱く、そして脆い。

 ――正しさはない。

 ――お前の行動は、間違っている。


「……っ」


 彼の言葉を思い出して、ぐっと胸の奥が痛くなるのを堪えるように歯を食いしばる。


「ならっ……わたしは何のために……っ」


 自分でも分かる弱弱しい声だった。もうすべてを投げ出してしまいたいという思いが胸をよぎる。

 でも、


『あなたはあなたらしく生きてくださいね』


 もう投げ出してしまおうと思っても、母のその言葉が私を否定する。


「どうしろっていうのよっ……!」


 ぶわっと襲い来る感情の渦に抑えがきかず思わず漏れ出ていた。しんと静まり返った教室で暑さも忘れて出したその声は、自分でも分かるほど震えている。


 何がいけなかった?

 どこで間違えた?


 ……いいえ、それは分かっている。でも、それならどうすればいい? 


 ずっと強くなれたと思っていた。正しくなれたと思っていた。そして強くて正しい人間になれば、優しくなれると思っていた。

 でも彼と出会って、これまで見ないふりをして遠ざけていたものと向き合う機会が増えて、私は自分の弱さに気づいた。


 強くも無くて正しく無くて、優しくもない。そんな私は果たして誰なのだろう?

 母の望んだ私ではない今の弱い私は、一体だれ?



 彼と出会って、始めこそどうしていいか戸惑ったけれど、いろいろなことを知っていくうち、次第にあの育才部での三人でいる時間に私は居心地の良さを感じるようになっていた。そしてそれと同時に、私は私がこれまで信じ続けて来た完璧な人間、『私』という存在に違和感を持つようになっていた。

 これまで人と関わることを避けて来た私は、皇さんや彼と関わることで自分の弱さを否定できなくなった。

 皇さんの心の強さや、彼の底知れない能力を肌で感じて、自分が劣っていると思ってしまった。そしてそれは弱さだと思った。

 それを否定したくて、弱さを認めるのが恐くて、これまで積み上げて来た『私』という存在を否定されてしまえば、もう何も残らない。それが恐くて仕方なくて、だからあんなバカなことをしてしまった。

 夏休みに彼を認められなかったのは、もしかしたら……。


 ……もう、何も分からない。


「――助けて……っ。……お母さん」


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