彼なりの解、の形
「……ウソ…でしょ……」
「「っ」」
その場に居る全員、今起こった出来事を理解できないでいた。
俺たちの戦いにただ見入っていた先輩や皇たちですら、今の状況が理解できず、完全に勝敗が決した今も決着を告げる審判《皇》の声は聞こえない。
「なかなかやるな一ノ瀬。怪我はないか?」
誰も口を開かず、対戦相手の一ノ瀬ですら呆けたようにただ何度も瞬きを繰り返す中、俺は一ノ瀬の鼻先から一寸の距離に放った掌底を解いて怪我がないことを確認する。目視で確認した後、一応本人にも確認をとった。今時、二重チェックが常識だ。
「え、……ええ。あなたも、その、怪我はないかしら?」
俺の声が普段と変わらない気楽なものであったことに驚いたのか、正気を取り戻した一ノ瀬が言う。
「! だ、大丈夫ですか、お二人とも⁉」
それに続いて我に返ったらしい皇と先輩も慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「決着はついた。一ノ瀬、俺の勝ちだ。……そしてこれがお前の望んでいた答えだ」
駆け寄ってくる二人に一瞬目を向けた一ノ瀬の視線をもう一度こちらに向けさせるため、俺は今、彼女が最も聞きたくないであろう言葉をためらいなく告げる。
「っ……そう、ね」
歯噛みする一ノ瀬を見つめ返す。
おそらく、一ノ瀬はまだ俺が何故こんな勝負を挑んだのか理解できていないはずだ。
だからまずはこれが俺のこの怪我に対しての、一ノ瀬への返事なのだということを伝えなければならない。
自分でも不器用すぎると分かる酷く愚かな方法。きっともっと別の手段はたくさんあったはずだ。
でも、やっぱり俺のやり方はこれしかないから。
もしかしたら伝わらないかもしれない。それでも、
「お前は弱く、そして脆い。弱さを認められないお前では、誰かを導くことなんてできない」
「っ――」
俺の言葉に、まるで美しいガラス細工にひびが入るように、一ノ瀬の心が砕けるのが分かった。
俺の目からも分かるそれに皇が気づかないはずもない。そして彼女はおそらく俺の言葉の意味も理解している。俺の今の行動が何を意味しているのか、ずっと近くで見て来た彼女だけは気づいたはずだ。
この場で最も俺と一ノ瀬の心を理解している皇は、ただ何かをこらえるように一歩下がって俺達を見守っていた。それはまるで以前村崎さんが俺たちの前で見せた、自分の無力を嘆く、泣きそうな表情と重なる。
俺は今、二人の女の子を傷つけている。
いつかの冗談のように予期せぬ結果ではなく、故意に俺は自分の意志で二人を傷つけようとして傷つけた。絶対に傷つけないと誓った、恩人の大切な愛娘たちを。
許されることではない。何よりも、俺自身が一番、俺の行動を許せない。
けれど、
『君はいい男だよ』
ふいに、甘地先生の言葉が脳裏をよぎる。
言い訳ではなく、たとえその誓いに背いたとしても、俺はこの結論を出さなければいけなかった。
たとえ今、二人を傷つけることになったとしても、俺はあの日の間違いを問い直し、また二人が本心から笑い会える日常を取り戻さなければならない。
俺が綾さんに誓ったのは他でもない、二人の幸せな未来なのだから。
だから、
「お前が負わせた俺のこの怪我に、正しさはない」
甘地先生が教えてくれた。
傷つけるだけなら誰でもできる。成長を願うから教育なのだ。
あの日、傷つけることを恐れ、向き合うことから逃げた自分の愚かさを悔いるように、どうか届いてくれと願いながら、
「あの日のお前の行動は、間違っている」
――これが俺なりの、『叱る』という行為なのだ。




