主将のプライド、の形
「今日、見学に来てくれたから多分もう分かったと思うんだけど。……正直な感想でいいんだ。君の目から見て、空手部はどんな感じに映った?」
「そうですね。率直な感想でいいのなら、思ったより真面目にやってんだなあ、ってところですかね」
歯に衣着せず言うと、先輩は「あはは」と苦笑いのような空笑いを浮かべた。
「うん。実際僕も、僕たちは真面目に部活動に取り組んでいると思う」
真面目に部活動に取り組んでいない俺達としては耳が痛い限りだ。
「他の部とかを見ているとどの部にも顧問の先生がいるみたいでしたが、空手部にはそういう顧問やコーチ的な人はいないんですか?」
今日、部を覗いたときにはそのような大人はいなかった。
「いや、一応顧問として一人、物理の西村先生がいるんだけど。未経験者だから練習を見に来ることはないんだ」
なるほど。
それで真面目に練習できているのなら素直に関心する。顧問の教師に強制されたメニューをこなすのではなく、自分たちで考えて練習に取り組んでいるのなら、それは立派なことだ。
全員の意識が高いのか、若しくはよっぽど優秀なリーダーがいるのだろう。
「先輩の努力の賜物ですね」
「あはは……」
言うと、苦々し気に笑顔を引きつらせた先輩はどこか気まずそうに、言いにくそうに視線を俺から逸らして手元のペットボトルのラベルへと移動させる。
そんな先輩を見て、どうして先輩が俺達に相談に来たのか分かったような気がした。
「もう分かったかもしれないけど、今の僕たち空手部のリーダーは僕じゃないんだ」
寂しさにも似た感情を孕んだ瞳で、先輩は何を考えているのか。
生憎とそれは俺には分からなかった。
「キャプテンは先輩なんですよね?」
言おうとしていることを理解して、それでもあえて遠回りしてみる。
「うん、そうなんだけど………ぼく、ほんとにこういうの苦手で。キャプテンとしてみんなを引っ張っていかないといけないって分かってるんだけど、一番弱いくせにとか自分で思っちゃって……」
まあ、分からないでもない。
先輩は自分の実力不足にコンプレックスを持っていると言った。
リーダーとは単に優しくて頼りになるだけでは足りない。ときに厳しい一面を持つこともリーダーには求められる。集団をコントロールするとき、必要な場面で適切な恐怖を与えられることもリーダーとしての大切な能力だ。
先輩の場合、生来の気質から責任感や生真面目さは十分ある。周囲の人間にもそれらは伝わるもので、信用を得られるという意味では先輩にもリーダーとしての素質はそれなりにあるように思う。
ただ、先輩は自分の弱さを恥じるが故に、自分の言葉を心の底では疑っている節がある。
例えば先輩が、
「もっと真面目に練習しないと強くなれないよ!」
と、真面目に練習に取り組まない部員を叱ったとする。
しかし先輩は心のどこかでこう思っているはずだ。
――お前が言うな。真面目に練習したって、弱いままじゃないか。
べつにこの場合、その部員が実際にこのようなことを言って反発するかどうかは問題ではない。
問題なのは、こういう厳しい態度をとらなければならない場面で、先輩自身に言葉に迷いがあることだ。
そして自分でも信じていない言葉など、相手に伝わるわけもない。
先輩の言う『弱さ』とは、自分の『強さ』を信じられないところだと見つけた。
「弱い人間の考える思考ってのは、大体みんな同じです」
よっこいしょ、とベンチから腰を上げながら何でもないように言うと、先輩はぱっと顔を上げて驚いた表情をする。
「そして先輩が思っている以上に、人間はみんな弱い生き物です」
カランと、自販機のゴミ箱に空になった缶コーヒーを放り込みながら、穏やかな声で続ける。
「もしも先輩が今、空手部で先輩の代わりにリーダーを務めてくれている奴に抱いている感情が憧れや嫉妬、恥辱であるのなら、そいつの弱さを見つけてみるのも一つの手かもしれませんね」
「っ! 君は……どこまで知っているの?」
芯をかすめた俺の一言は、先輩を動揺させるには十分だったようだ。
今日の空手部の見学の時、一人だけ、俺の殺気にひるまなかった奴がいた。
そいつの存在と先輩の言葉があれば、空手部の内情を推測するくらいはわけないことだ。
「何も知りませんよ。先輩はまだ何も教えてくれてはいませんから」
わざといじわるい言い方をして、俺は先輩に背を向けて帰路へと歩き出す。
「ま、待って!」
「先輩、」
俺の背に向けて何か声をかけようとする先輩の声を遮って、俺は今日の目的であった最後の言葉を告げた。
「また明日、昼休みに俺達の部で待ってます」
振り返ることはしなかった。




