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正しさを守る者、の形

「先輩」

「っ!」


 放課後。部活帰りの先輩を呼び止める。

 練習が終わって先輩が一人になったタイミングで突然話しかけたので、先輩は驚いて俺から距離をとると、さっと戦闘態勢に入る構えをとった。


「……あれ? 九十九君?」


 しかし声をかけた相手が俺だと分かると、不思議そうに首を傾げた後、すぐに構えを解いて近づいてくる。


「すみません、突然声かけちゃって。立ち話もなんなんで、帰る準備できたら少しだけ時間もらえますか?」


 友人と帰る約束をしていたりしたら申し訳ないが、まあ諦めてもらおう。

 何の説明もなく言うと、一瞬怪訝な表情をするも、


「? わかった。ちょっと待っててね」


 と言って承諾してくれた。

 なんかアメちゃんあげるからおいでと子供に言っている気分だ。そんな簡単にほいほい人について言っちゃいけませんと言いたくなる。いや、先輩年上なんだけどな。



 *



「どうぞ」


 二人で少し歩いた後、近くの公園によった俺たちは自販機の傍のベンチに腰掛ける。

 俺はそういえばと先輩の部活が終わるまでの間に購入していたレモンティーを思い出し、「少しぬるくなっちゃいましたけど」と言って差し出す。


「あ、ありがと」


 それをべつに気にした風もなく、素直に受け取る先輩。

 ……うーん。なんかこう、先輩というより無邪気な親戚の末っ子みたいな感じだ。俺の親戚にこんな可愛い子供はいないが。……子供って言っちゃった。


「でもどうしたの? 今日は九十九くん一人? 何か僕に用事とかかな?」


 首を傾げて言う先輩に、俺は一つ視線を切って間を置くと、すっと笑顔をしまう。


「先輩、これはあくまでも俺個人の意見ですが、このまま俺達との修行を続けても多分、先輩が望む強さは得られません」

「っ」


 言葉を選ばず、ただ一方的に俺がこの二週間弱の修行を通して出した結論を伝えた。


「それはっ………僕が弱いから、……かな?」


 自分の努力を否定されるのは、当たり前だが誰でも嫌だ。

 ぐっと感情を抑えながら、苦々し気に言う先輩。さっき渡したペットボトルのへこむ音が静かな夜の公園に響いた。


「いえ、そういう話ではありません。先輩の能力や現時点での実力は大体把握しています。それについての評価として、このままでは強くなれないと言っているわけではありません」


 あくまで冷静に、事務的に、事実だけで会話を組み立てていく。


「だったら、どうして僕が強くなれないと思うの?」


 俺の話の意図が分からないのか、先輩は怪訝な表情で見つめ返してくる。


「理由は二つあります。一つはこちらの問題。一ノ瀬の実力不足です」

「一ノ瀬さん? ……でも、彼女はすっごく強いよ? 指示も適切だし、分かりやすいし」


 まあ、確かに突然こんな言われ方をしても納得いかないだろう。事実、一ノ瀬雅は優秀だ。なぜ一般生徒にもかかわらずあれほどまでに多才なのか不思議だが、武術ですら彼女は軽く常人のレベルを凌駕している。

 いくら弱いとはいえ、空手部の主将に当たり前のように指導できる一ノ瀬が実力不足だとはとても思えないだろう。

 だが、


「あいつの場合、武道の経験というより指導経験が浅いんです」


 確かに一ノ瀬の指示は的確で分かりやすい。滅多に間違ったことも言わない。だが、それは問題点の発見と改善であって、指導ではない。

 だから一ノ瀬の今のやり方は先輩の弱さを改善し、実力を向上させることはできるかもしれないが、先輩の望む『強さ』という依頼を達成することはできない。

 弱さしか見えない一ノ瀬では、先輩の隠していることに気づけない。だから強さの意味まで考えられない。


「なら、二つ目の理由は何?」

「本当はもう、先輩自身が気づいているんじゃないですか? 二つ目の理由は、俺達がまだ先輩の本当の依頼を受けていないからです」


 言うと、先輩は大きく目を見開いて、驚きすぎて口をわなわなさせていた。


「なんでっ、君にそんなことが分かるの?」

「分かりますよ、それくらい。一応俺も育才部の部員ですからね」


 畏怖にも似た感情をにじませる先輩の目に、俺は得意げに言って普段通りの笑みを返す。


「俺たちの部を初めて訪れた時、俺は先輩に『強く成ったら何か変わるんですか?』と尋ねましたよね? そして先輩は『弱いままじゃ嫌なんだ』と答えました。気づいていましたか? 実は先輩は一度も、自分の口から『強くなりたい』とは言っていないんです」

「っ! ……君は、なんでも分かっちゃうんだね。本当に、彼が憧れるわけだよ」


 おそらく先輩は強さではなく、もっと別に欲しいものがあった。そしてそれを手に入れるためには自分の実力を上げるのが一番早いと考え、そのために俺達に依頼した。

 でも、本心はもっと別のところにあったのだ。本気で実力不足を改善したいと思っている人間の目ではないことくらい、初めの手合わせの時点で分かっていた。


「べつに俺としてはこのまま『修行もどき』を続けてもいいんですけどね。俺たちの部は基本ずっと暇してますから」


 そこで一つ言葉を区切ると、少しだけ言葉の端に本気をにじませる。


「ただ、一ノ瀬は本気であなたを強くしたいと思っている。ちょくちょくきつい言い方になるときもありますが、あれらはあいつなりに先輩の依頼に答えようとしているが故の厳しさです。だから、本心から望む強さではないとはいえ、あいつの本気をこれ以上無下にするのなら、」


 一瞬だけ視線に殺気を込める。


「俺が許さない」

「っ」


 入部するとき、一ノ瀬に言われた言葉が脳裏をよぎる。


『なぜやる気のない人間を部室に入れなきゃいけないのかしら? それは本気でやっている者に失礼よ』


 部長の言葉はいつも正しい。

 だから、正しくない者がその道を阻もうとするのなら。その正しさを私欲のために利用しようとするのなら。正しさから最も遠いこの俺がその障害を取り除こう。


「ご、ごめんなさい! そんなつもりはなかったんだ。実力不足がコンプレックスだったのは本当のことだった。強くなりたいっていうのも嘘じゃない。でも、僕が本当になりたいのは……っ」


 俺としては軽く釘を刺しただけのつもりだったのだが、思いのほか娘が初めて連れて来た彼氏に接する父親のような態度になってしまったせいか、先輩を本気でビビらせてしまったみたいだ。


「ええ、分かってます。大丈夫です。ただできれば本心を話してほしかったから、少しきつい言い方をしてしまいました。すみません先輩」


 どうにも身内のことになると必要以上に相手を威圧してしまう癖がある。

 俺は反省しつつ、いつも通りの距離感に戻って声を和らげる。


「俺たちは育才部です。先輩が本当に欲しい強さを教えてくれれば、俺達は全力で協力します」


 蒸し暑い夜の公園で、少しずつ先輩は話し始めた。



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