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彼女は弱さを認めない、の形

 更衣室に汗を拭くためのタオルを取りに行っていたらしい先輩は、


「ごめん。あと5分、休憩時間ついか~」


 どうやらキャプテンという話は本当らしく、片手で簡易メガホンを作って部員たちに指示を出した。

 俺達はそのまま一旦体育館から出て、中庭側の手洗い場の前に集まる。


「すみません、先輩。ほんとはこっそり見るだけのつもりだったんですけど、思いのほかにぎやかになってしまいました」


 べつにふざけていたつもりはないが、真面目に練習をしている生徒たちには申し訳ないことをしてしまったな。


「いや、いいんだ。僕の方こそ最近お昼休み行けなくてごめんね。でも見学に来るって言ってくれたら準備してたのに」


 笑いながら言う先輩に、俺達は一瞬「うっ」と声を詰まらせる。

 最近先輩の依頼をないがしろにしていたのも、今日何も伝えずに見学に来たのも、すべての非は俺達にある。

 それに「ははは」と曖昧な笑みを返しつつ、


「休憩時間中に話し込むのも悪いですし、今日は少し部活動の様子を覗いてみようと思っただけなのでこれで引き取りますね。せっかくなので次の“修行”の日だけ決めたいんですけど」


 修行とか自分で言っておいてなんだがちょっと恥ずかしい。


「あ、それもそうだね。それなら……明日のお昼休みからまたお願いできるかな? 来週末、大会があるから、それまでに少しでも強くなりたいんだ」


 大会か。今更だけどフルコンタクト空手の大会とか怪我しそうで怖いな。

 そういえば俺も昔、少しだけ近所の道場に通っていたことがあった。一月ほどで辞めてしまったが、地元の小さな大会で優勝できるくらいには真面目に取り組んだ。まあ、型を覚えて試合に出た後はすぐに辞めてしまったので、帯は真っ白のままなんだが。

 そんな話を少し前に一ノ瀬達にして、

「どうでもいいけれど私は黒帯よ?(ふふん) 皇さん。武力が必要になったときは私を頼りなさい」

 とドヤっ顔された。日常生活で武力が必要になる機会とかそうそうないとは思うが、たしかに俺より一ノ瀬を頼った方が確実だと思う。あいつはきっと容赦しないからな。


「分かりました。それじゃあ練習頑張ってください」

「うんっ」


 きらっきらの笑顔で先輩は体育館に戻って行った。


「……爽やかね」

「……爽やかですね」

「……爽やかだな」


 これが運動部と文化部(?)の差なのだろうか。

 もう少しだけ真面目に部活をしようと思った俺達だった。



 *



「えいっ」

「たあっ」

「はあっ」


 昼休みの体育館で、先輩の気合の入った声が響き渡る。


「そこ! もう少し脇を絞めてください! 重心はもっと低く! 甘い‼」

「うわっ」


 先輩の攻撃を軽く受け流しながら、指示を飛ばす一ノ瀬。

 一瞬気を抜いた先輩の腹部に、一ノ瀬の鋭い突きが突き刺さる。……いや、突き刺さったように見えたそれはギリギリで当たらないところで止められていた。ずっと思っていたが、こいつ動きが達人過ぎて怖いんだけど。本当に女子高生か? べつに武道家の家系というわけでもないはずなのだが、それにしては強すぎないか?


「そこまで! 両者、いったん下がってください」


 決着がついたと判断した審判役の皇が間に入る。


「私は実際に拳を当てはしませんが、本番では今の突きが寸止めではなく実際に先輩の腹部に直撃します。今の様に気を抜いた状態でもろに食らってしまうと、最悪の場合、意識が飛ぶこともあります」


 皇から差し出された水を飲みながら、一ノ瀬は先輩に厳しい現実を突きつける。


「っ……う、うん」


 顔には笑みを張り付けているものの、先輩が落ち込んでいるのは明らかだ。


「では少し休憩したらもう一度――」


 けれど気づかない。


 先輩を強くするという目的しか見えていない一ノ瀬は、先輩の何かをこらえているような表情に気づけない。

 先輩が俺達に依頼した理由まで考えない一ノ瀬では、きっと先輩を導くことはできない。


 相も変わらず行われる一ノ瀬と先輩との中身のない“修行”を眺めながら、俺は強さの意味を考えずにはいられなかった。


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